崇高なる英雄

 職場体験三日目。
 
「ショートは俺と共に西側を、月白つきしろはバーニンとともに東側の見回りだ!」

 莉緒はエンデヴァーの指示で街中を巡回しながら、バーニンから事務所の方針やパトロールの説明を聞いていた。

「ヒーローは“救助”、“避難”、“撃退”の三項を主に求められるわ。“救助”か“撃退”どちらかに基本方針を定めた事務所もあるけど、私たちエンデヴァー事務所はその三項すべてをこなすから覚悟してついてきて!」
「はい! でも、流石ですね。エンデヴァーさんの強さとバーニンさんたちとの連携があるからこそ成せることですよね」
「良くわかってるじゃない!」

 エンデヴァー事務所にはバーニンだけではなく、“キドウ”や“オニマー”と言った有能な相棒サイドキックもいる。
 一人で何でもこなすことをモットーに動くエンデヴァーの周囲をサポートしており、その能力は別格だ。ちなみに職場体験初日、キドウとオニマーも執務室にいたため、莉緒がエンデヴァーに大口をたたいたのを見ている。彼女の大胆な発言に二人は大笑いしエンデヴァーに怒られていたが、あれが切っ掛けですっかり気に入られることになった。

「今日は保須市の見回りだけど、今回みたいな出張はよくあるわ。でも、知らない街だからと言って、初動が遅れるようではプロ失格!」

 バーニンの話では、『管轄の街を知りつくし、僅かな異音も逃さないこと』、『誰よりも速く現場に駆けつけること』、『被害が拡大しないよう市民がいれば遠ざけること』――エンデヴァーはこれを当たり前のようにこなしているそうだ。
 迅速で的確、高い危機管理能力があるからこそ事件解決数史上最多記録という実績があるのだろう。

 エンデヴァーの凄さを実感していると、西側から異変を感じた。微かだが、破壊音のようなものが聞こえたのだ。
 莉緒は轟とエンデヴァーがいる方角をじっと見つめる。すると、爆発音と悲鳴が響き、黒煙も上がり始めた。

「あっちはエンデヴァーさんがいる方ね。一旦、合流するわ! ついてきて!」
「はい!」

 エンデヴァーの元へ向かう莉緒は、急ぐあまり戦闘服コスチュームのポケットの中が振動していることに気付かなかった。
 



「エンデヴァーさん!」
「おお、来たか!」

 莉緒たちがエンデヴァーと合流した時、彼は白い脳無のようなヴィランと戦っていた。

「……エンデヴァーさん、轟くんは?」

 周りを見回しても轟の姿はない。あるのはエンデヴァーと戦闘服コスチュームを纏った老人の姿だけだ。

「焦凍ならケータイを見た後、江向通りへ行った。『友だちがピンチかもしれない』と言っていたな」

 エンデヴァーは「まったく! 俺がヒーローというものを見せてやるつもりだったのに!」と文句を言っているが、莉緒はそれどころではなかった。

 ――ケータイ? 江向通り? 友だちがピンチ?
 莉緒はポケットからスマホを取り出す。そこには緑谷から一括送信で位置情報のみが送られていた。

「……エンデヴァーさん、ごめんなさい」
「む?」
「私も行ってきます!」
「ッチ! おい、月白つきしろ!!」

 エンデヴァーの制止の声も聞かず、莉緒は再び駆け出した。
 緑谷は意味なく、そういうことをする人じゃない。それに轟の言動――答えはすぐに導き出された。
 メールの受信時間は数分前だが、切羽詰まった状態で送っているとしたら一刻の猶予もない。

「江向通り4-2-10、江向通り4-2-10、江向通り4-2-10……江向通りってどこ!?」

 勢いよく駆けたのはいいが、莉緒は自分がどこにいるのか分からなくなっていた。GPSを起動して現在位置を確認する。

「えっと、私が今ここで江向通りがここ……で、次は右と左どっちに行けば良いの?」

 スマホを持って狼狽える。
 何となくこっちかな――と思った方に進むが、地図上にマーカーをした目的地からは離れてしまった。急いで戻り先ほどと逆の方向へ進むと、現在地を示す点とマーカーが近づいていく。

 ――なんだ、やればできるじゃん私!
 莉緒が自分自身に感心しながら、とある路地裏を通り過ぎた時だった。

「やめて欲しけりゃ立て! なりてえもん、ちゃんと見ろ!!」

 近くの路地裏から轟の声が聞こえた。
 莉緒が飛び出して行くと、そこにはヴィランと対峙している轟。そして地に伏している緑谷と飯田、プロヒーローと思われる人がいた。

 轟の氷がヴィランの持っているサバイバルナイフと刃こぼれした日本刀で砕かれる。
 血のように赤い首巻きと、全身に刃物を携帯したヴィラン――ヒーロー殺し、ステイン。
 エンデヴァーの推測通り、保須市に潜んでいたようだ。

 ステインが轟の炎を避けて日本刀で斬りにかかるのを見るや、莉緒は二人の間に素早く入り轟を自分の後ろへと引き寄せた。
 カグヤの物理反射に弾かれ、ステインの攻撃は莉緒たちに届かない。

「望月!!」
「望月さん!!」
「望月くん、どうして君まで!?」

 突然現れた莉緒の姿に、轟や緑谷、飯田の驚いたような声がする。

「次から次へと……ハァ……」

「皆、怪我してるみたいだけど、大丈夫なの?」
「ああ、今のところは致命傷はない」
「良かった。私が足止めしてる間に担いで逃げれそう?」
「いや、それは――」
「!?」

 ステインが複数のサバイバルナイフを莉緒たちに向けて投げた。

「――あいつがさせてくれそうにねえ!」

 轟は氷で自身と莉緒へのナイフを阻む。動けない緑谷と飯田、プローヒーローに対して投げられたナイフは、莉緒が銃を使って撃ち落とす。
 軌道を変えて落下し、金属音を響かせたナイフには蛍光塗料が付着していた。

「ペイント弾!? 望月さんは戦闘訓練では捕獲網を出したって聞いてたけど……」
「あの時はそのマガジンをセットしてたってだけで、他にも弾は用意してあったよ」
「望月……」
「奥の手は最後まで取っておかないとね?」

 莉緒が轟と対戦した時、緑谷は保健室にいたのだが後から他の生徒に聞いていたようだ。轟は莉緒の『まだ奥の手がありました』発言に驚いている。

「三人とも! 今はそれどころではないぞ!!」

 飯田の言葉にハッとしてステインを見ると、莉緒に向かって日本刀を振り下ろしていた。

「カグヤ、輝矢!!」

 光り輝く矢が降り注ぎステインを攻撃するも、数本が掠っただけでほとんど避けられてしまった。どうやらステインの動きが速すぎて、捉えることができないようだ。
 細い路地裏ではメギドラオンなどの全体攻撃は使えない。アステリオス・賊神ピカロの火炎スキルも建物も巻き込んでしまう可能性がある。ペルソナのスキルは威力の調整と単体・全体攻撃の切り替えはできるが、技の規模そのものはコントロールできないのだ。

「トランペッター! マハラクカジャ、マハスクカジャ、マハタルカジャ、ランダマイザ!」

 スキルを使用し、莉緒たちの攻撃力と防御力、命中・回避率を上昇させる。カジャ系のスキルを選んだのは、人数を考えるとヒートライザよりSP効率がよいからだ。そして、ステインにはランダマイザでステータスを低下させる。

「ジャアクフロスト、ダイアモンドダスト!」

 ジャアクフロストが顕現し、氷の枝がステインを傷をつける。ランダマイザで回避率が下がっているためか、避けられることなく技が決まった。

「体が重い……面白い“個性”だな。いいな……いいぞ、おまえ」

 ステインが振りかざした日本刀を莉緒が自分の刀で受け止める。つばぜり合いのさなか、ステインが再び動けない三人にナイフを投げた。莉緒は振り返ることなく、銃ですべてのナイフを撃ち落とす。

「見てないのに全弾命中って……望月さん、凄い!」
「望月! あいつに血を見せるな! 経口摂取で自由を奪われるぞ!」
「りょーかい!」

 轟に元気良く返事をしたのはいいが、腕力で劣る莉緒はこのままではジリ貧どころではない。そもそも物理反射ではなく受けに回ったのは、ステインの隙を作り出すためだったのだが、ステータスを下降させているのにもかかわらず予想以上に強い。
 莉緒は他に策はないかと考えあぐねる。

「望月くん、屈め!!」

 指示されて屈んだ瞬間、動けるようになった飯田のレシプロバーストがステインに決まった。

「望月くん、轟くんも緑谷くんも関係ないことで申し訳ない……だから、もうこれ以上、血を流させるわけにはいかない」
「人間の本質はそう易々と変わらない。おまえは私欲を優先させる贋物にしかならない。“英雄ヒーロー”を歪ませる社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」

 轟が「耳を貸すな」と言うも、飯田はそれを拒否した。

「言う通りさ、僕にヒーローを名乗る資格などない。それでも折れるわけにはいかない……俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」
「論外」

 状況や言動から察するに、飯田は私怨にかられステインを罰していたようだ。彼らの戦闘中に緑谷が救けに現れ、位置情報を送信したのだろう。

「おまえはここで死ね」

 ステインが飯田にナイフを投げた。飯田の冷却装置は先ほどのレシプロバーストで故障したのか異音がしており、避けられない。
 莉緒は刀を使い、飯田へ投げられたナイフを真上へ跳ね返す。回転しながら落ちてきたナイフを掴みステインへ投げ返し、それと同時に詰め寄った。

「……粛清し“英雄ヒーロー”を取り戻す!」
「どんな理由があろうと、人を傷つけるあなたを許すわけにはいかない!」

 莉緒が投げ返したナイフをステインは日本刀で弾く。そのステインの手首を掴んで捻り、日本刀を奪う。武器がなくなったステインは地面に落ちているナイフを拾おうとするも、そこに莉緒の下段回し蹴りが入る。上手く受け身を取ったようで、決定打にはならなかった。

 ――ヒーロー殺しが避けられないような鋭くて重いスキルがあれば……!
 轟や緑谷、飯田は血を流している。長く戦っている余裕はない。
 莉緒は悔しさで拳を握りしめた。


“我は汝、汝は我……”


 ふいに、莉緒の頭の中に声が流れた。

「――っ! 轟くん、飯田くん!」
「なんだ!」
「どうした!」
「3分でいい、稼げる!?」
「「任せろ!!」」

 轟と飯田に託し、ステインから距離を取る。

「望月さん、どうするの!?」

 莉緒の背後には、ステインの“個性”によって未だ動けない緑谷とプロヒーローがいる。

「大丈夫、絶対に攻撃は通さないから!」

 目を瞑って精神を集中させる。
 莉緒の足元から風が巻き上がり、ジャケットがはためく。

「な、何だ? ……望月さんを中心に風が吹いてる?」

 空から青白い光の柱が下り、莉緒に降り注いだ。天から地上へ繋がる光芒は神秘的でありながらも、どこか力強さを感じる。

「我は汝、汝は我……」


“さぁ、僕の名前を喚べ!”


 莉緒はゆっくりと目を開けた。そして、ある英雄の名を喚ぶ。

「来て! クー・フーリン!」

 風がより一層強くなり、射し当たっていた青白い光を吹き飛ばし、凪いでいく。
 莉緒の背後には、長い黒髪に青と黒のラインが入った白鎧を身に纏う美しい青年がいた。
 マントをはためかせる彼の右手には長槍があり、青白い光を放ちながら立つその姿は、気高く堂々としていた。