信念の果て

“力を司る者よ……

この魔槍を振るい、血を躍らせろ!

さぁ、君の仮面となってやる!”


 莉緒は、長槍を握るクー・フーリンの手にそっと触れて微笑んだ。

「望月さんの“個性”……新しいペルソナ!?」

 驚いたような声を上げる緑谷に頷いて肯定を示すと、ペルソナを覚醒させるまで時間稼ぎをしてくれていた二人に視線を向ける。
 飯田は腕にナイフが突き刺さって地面に縫い付けられており、轟はそんな彼を庇いながら戦っていた。怪我の状態は気になるが、それは目の前の敵を倒してからだ。

「二人とも、ありがとう! クー・フーリン、死亡遊戯!」

 莉緒は二人の前に躍り出て、スキルを唱える。
 クー・フーリンが長槍を前に突き出す動作をすると、ステインの側頭部めがけて鋭い一閃が走った。

「ぐっ……なんだ!?」
「サイコキネシス!」

 ネオンカラーの巨大な幾何学模様が現れ、回転し模様を変えながら弾けた。立っていられなくなったステインが地面に膝をつき、無防備になったその脇腹に莉緒が蹴りが決まる。

「終わりよ、ヒーロー殺し」
「……ハァ、まだだ」
「――!?」

 ステインがナイフを舐め取った瞬間、莉緒の体が動かなくなった。自分の体を確認すると、ミニ丈の着物と膝あての間から覗く太ももが斬られ、血が流れている。どうやら莉緒が蹴りを入れた際に斬りつけられたようだ。
 クー・フーリンは元から物理に“耐性”があるため、スキル枠の関係で物理反射や物理吸収は覚えさせていなかった。

「望月!?」

 急に動かなくなった莉緒に、轟が焦ったように声をかける。しかし彼女は落ち着いていた。

「カグヤ!!」

 十二単の羽織を揺らめかせながらカグヤが顕現すると、体の違和感が消えていく。動き出した莉緒は、ステインが持っているナイフを刀で弾き飛ばした。

「……どういうことだ?」
「奥の手は取っておくものでしょう?」

 ステインの“個性”は血を取り込んだ者の自由を奪うだけで、相澤のように消すわけではない。意識さえあれば、ペルソナチェンジができる。
 動きの速いステインに対し一瞬の隙を作ってしまうのが難点だが、カグヤの瞬間回復があれば経口摂取されたとしても問題はない。

「望月くん!!」

 呼ばれて振り返ると、飯田が腕に刺さっているナイフを口で抜いてエンジンを噴かせていた。
 飯田の力強い眼差しから意図が伝わり、莉緒は再びクー・フーリンのサイコキネシスを唱えた。

「轟くん、お願い!」

 轟が氷を使って倒れ込んだステインを空高く飛ばす。そのステインに飯田の足技と、動けるようになった緑谷の拳が入った。たたみかけるようにクー・フーリンの死亡遊戯、そして轟の炎と飯田のもう一撃が決まる。

「立て! まだ奴は……」

 次の一手のために構えるが、ステインは意識を失った状態で轟の氷に引っかかっていた。

「……さすがに気絶してる? っぽい……?」

 緑谷の言葉に、思わず安堵のため息が漏れた。今までの張り詰めた空気が和らいでいく。

 ステインを拘束するため、何かないかと周囲を探索する。この路地裏はゴミ置き場にされていたようで、すぐにロープを見つけることができた。ちなみに捕獲網の銃弾もあるのだが、発砲音で気絶しているステインが起きる可能性を危惧して却下されていた。
 轟がステインを縛り、緑谷は念のため武器がないか確認する。

「あ、待って!」

 莉緒はロープを引き摺ろうとしていた轟を止めた。彼の腕からは血が流れており、莉緒は首元にあるスカーフを裂いて巻きつける。

「ごめんね、スカーフしかなくて……」
「いや、ありがとな」
「緑谷くんも足出して。圧迫止血しとこう」

 緑谷は顔を赤くしながら「え、え!?」と驚いていたが、莉緒は気にすることなく処置を施す。

「飯田くんはそのアーマー脱げる?」
「……いや、俺は大丈夫だ」
「でも、飯田くんが一番ひどい怪我をしてるのに……」

 飯田の肩や腕から血が流れている。止血をするためには戦闘服コスチュームのアーマーを脱いでもらわないといけないのだが、断られてしまった。

「ありがとう、望月くん。でも、いいんだ……それよりもプロヒーローの――」
「ネイティヴだ、大した怪我はないよ。悪かった……プロの俺が完全に足手まといだった」
「いえ、一対一でヒーロー殺しの“個性”だと、もう仕方ないと思います。強すぎる……」

 莉緒は緑谷の言葉に頷く。
 複数人を相手にしながらも、常に一対一に近い状況で戦い続けていた。これだけ高い戦闘能力だ、一人の時に出会ってしまったら、とてもじゃないが対応できないだろう。

 足を怪我している緑谷をネイティヴに担いでもらい細道を抜け出す。大通りへ行こうとしていると、向かいの路地裏から戦闘服コスチューム姿の老人が現れ、勢いよく緑谷の顔面に蹴りを入れた。

「っぶ!?」
「え!? 緑谷くん!?」
「だ、大丈夫だよ望月さん! 僕が職場体験先でお世話になってる人なんだ」
「グラントリノだ、お嬢ちゃん」
「緑谷くんのクラスメイトで望月莉緒と言います……あの、先ほどエンデヴァーさんと一緒にいらっしゃった方ですよね?」
「ああ、あの時の子か。そういや、エンデヴァーが怒っとったぞ」

 莉緒はエンデヴァーの制止を無視してこちらに駆けつけたことを思い出し、顔色が変わった。

 ――やばい。絶対、叱られる……!
 エンデヴァーに連絡を入れるため、慌ててスマホを取り出す。焦るあまり上手く連絡先が見つからずもたもたとしていると、エンデヴァーからの応援要請を受けた他のプロヒーローたちが集まってきた。彼らの話では、エンデヴァーはまだ交戦中のようだ。
 今は連絡を取るのは難しいかも――莉緒がそう思っていると、飯田が神妙な面持ちで「……三人とも」と、声をかけてきた。

「……僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった……」

 飯田からの突然の謝罪。彼は涙を流しながら頭を下げた。

「何も……見えなくなってしまっていた……!」

 私怨に走ってしまった飯田だが、ヴィランを恨む気持ちは理解できる。莉緒も、両親との未来を奪ったヴィランを許すことはできないから。しかし、だからと言って飯田の行動が正しいわけではない。それはもう、彼も分かっている。
 何と、声をかければいいのか――。

「飯田くん……」
「……僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友だちなのに……」
「しっかりしてくれよ、委員長だろ」
「……うん」

 肩で涙を拭う飯田に、莉緒はハンカチを渡そうとする。しかし、翼をはためかせるような音が聞こえたと思ったら、グラントリノが「伏せろ!」と叫んだ。
 屈んで空を見上げると、翼を持つ脳無がこちらに向かって飛んで来ていた。莉緒たちのすぐ上を通過し、その一瞬で緑谷を掴んで上昇していく。

「わあああ!!」
「緑谷くん!? ……っ、カグヤ!」

 莉緒がカグヤを顕現させスキルを唱えようとするが、翼の脳無は力を失ったかのように急下降し始めた。
 何が起こっているのか理解するよりも先に、ステインがロープの拘束を解いて翼の脳無にナイフを突き立てる。拘束後に緑谷が武器の有無を確認していたはずだが、どうやら暗器を仕込んでいたようだ。
 翼の脳無を仕留めるまでの、そのあまりの速さに莉緒は言葉を失う。

「偽物が蔓延るこの社会も、徒に“力”を振りまく犯罪者も、粛清対象だ。……全ては、正しき社会の為に」

 ステインに捕まっている緑谷は、バタバタと暴れて抵抗をするが抑え込まれていた。莉緒は戦闘態勢をとり、警戒を高める。

「何故ひとカタマリでつっ立っている!? そっちに一人逃げたハズだが!?」

 翼の脳無を追って来たのか、エンデヴァーが向かいの道路から現れた。彼はヒーロー殺しステインの姿を目に留め、攻撃を仕掛けようとする。しかし、それをグラントリノが止めた。

 ピリピリした緊迫感が肌を刺し、凍てついた空気が、周囲を侵食していく。

「贋物……正さねば……誰かが、血に染まらねば……! “英雄ヒーロー”を取り戻さねば!」

 ステインが一歩一歩、ゆっくりとこちらに向かってくる。
 強い思想と信念、強迫観念からくる威圧感と殺気――エンデヴァーを含むプロヒーローでさえ気圧され、戦慄させられている。
 身がすくみ、体が恐怖に支配されそうだ。

「来い、来てみろ贋物ども。俺を殺していいのは、本物の英雄オールマイトだけだ!!」
「……っ何を!?」
「……待て、月白つきしろ! 気を、失っている……」

 刀を構え、飛び出そうとする莉緒をエンデヴァーが止めた。 
 ステインは立ったまま気を失っており、先ほどまでの殺気は消えていた。