卵の偉大なる過ち

 一夜明け、保須総合病院――。

「冷静に考えると……凄いことしちゃったね」
「そうだな」
「……」
「怪我はあるけど、皆無事で良かったよ」

 緑谷は右腕と左足、轟は左腕、飯田は両腕、病院着で見えないが莉緒は左太ももに包帯をしている。
 男性陣は病院の四人部屋に入院しており、別室の莉緒はこの部屋にお邪魔していた。

「僕の脚、これ多分殺そうと思えば殺せてたと思うんだ」
「ああ、俺らはあからさまに生かされた。あんだけ殺意向けられて尚、立ち向かったおまえはすげえよ。救けに来たつもりが逆に救けられた、わりィな」
「いや……」

 轟に話しかけられた飯田の表情は曇っており、先ほどから口数も少ない。

「望月もありがとな。おまえが来なけりゃ、やばかった」
「間に合って良かった。でも、エンデヴァーさんの制止を振り切って来ちゃったから、怒られるかも……その時は轟くんも道連れだからね。隣に轟くんがいたら、あんまり怒られないはず」
「なんだそりゃ」

 莉緒たちはにこやかに会話を続けていたが、飯田は一人俯いていた。

「飯田くん? もしかして怪我痛む?」
「……違う、違うんだ。俺は――」

 浮かない面持ちで言葉を紡ぎ始めた飯田だったが、その続きを聞くよりも先に病室のドアが開いた。

「グラントリノ!」
「マニュアルさん……!」

 そこにいたのは、緑谷と飯田それぞれの職場体験先のヒーロー。そして、スーツを着た犬顔の男性だった。長身で体格が良いせいか、可愛らしい犬顔の割に威圧感を与えさせる。

「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」
「君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」

 グラントリノに紹介された犬顔の男性――面構の語尾の「ワン」に、莉緒は『かわいい!』と場違いなことを思った。

「……ヒーロー殺しだが、火傷に骨折となかなかの重傷で現在治療中だワン」

 低い声で告げられ、急に空気がピリッとする。
 引き締まったその雰囲気に、莉緒はこれから語られる内容が何となく分かった。

「警察は統率と規格を重要視し、“個性”に“武”を用いない事とした。そしてヒーローはその“穴”を埋める形で台頭してきた職だワン」

 容易に人を殺められる力が公に認められているのは、先人たちがモラルやルール遵守してきたからだ。
 資格未取得者である莉緒たちが行ったことは、たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも規則違反になる。そのため莉緒たち四名及び、監督不行届でプロヒーローのエンデヴァー、マニュアル、グラントリノには処分が下されなければならない。

「待って下さいよ」

 しかし、轟がそれに異を唱える。莉緒たちより一歩前に出て、面構を睨みつけた。

「飯田が動いてなきゃネイティヴさんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ。規則守って見殺しにするべきだったって!?」
「結果オーライであれば、規則などウヤムヤで良いと?」

 面構に食ってかかる轟は、どんどんヒートアップしていく。

「――人を、救けるのがヒーローの仕事だろ!」
「だから……君は“卵”だ。まったく……良い教育をしてるワンね、雄英もエンデヴァーも」
「この犬――!」
「ま、待って轟くん!」

 莉緒が今にも掴みかかりそうな勢いの轟を止めていると――

「――以上が、警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すればの話だワン」
「……え?」

 次いで告げられた思わぬ言葉に、目を瞬かせることになった。
 公表すれば誉め称えられるが処罰はまぬがれない。一方で公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立できる。目撃者は限られており、この違反はここで握りつぶせる――そう面構は言った。

「だが、君たちの英断と功績も誰にも知られることはない。一人の人間としては、前途ある若者の“偉大なる過ち”にケチをつけさせたくないんだワン!」

 どうするか問われ、莉緒たちは顔を見合わせた後、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「大人のズルで君たちが受けたであろう称賛の声はなくなってしまうが、せめて共に平和を守る人間として……ありがとう!」

 感謝の気持ちと一緒に頭を下げられ、莉緒は胸が熱くなった。ありがとう――その言葉が、心に響く。
 反省する点は大いにあるが、ヒーローとしての一歩を踏み出した気がした。

「……あの、面構さん。こちらこそ寛大な対応、ありがとございます」

 面構は莉緒の頭をポンポンと撫で、マニュアルとグラントリノは飯田と緑谷それぞれにお小言を言って帰っていった。

「ふふ」
「望月?」

 莉緒は面構たちが出て行ったドアを見つめながら、笑い声を漏らす。

「ご、ごめん、でも……ふふっ! だって轟くん、面構さんに『この犬!』だなんて言っちゃうんだもん! 思い出したらおかしくて!」
「しょうがねえだろ……望月だって思ったろ」
「語尾の『ワン』は可愛いと思ったよ!」

 ばつの悪そうな顔をしている轟を見て、くすくす笑っていると、病院着のポケットに入れていたスマホが振動し着信を報せる。取り出したスマホには『着信:相澤消太』と表示されていた。

「げ!」

 思わずそんな声が出てしまった。轟や緑谷、飯田が不思議そうに見てくるが、電話をしてくることだけを伝え、その場を離れる。

「……もしもし」

 病院のロビーで電話をとった莉緒の声は小さく、怖ず怖ずとしていた。
 
『出るのが遅い』
「ご、ごめんなさい。今、病院にいてロビーまで移動していました」
『……怪我は大丈夫なのか?』
「私はかすり傷程度です。他の三人も無事ですが、飯田くんは一番怪我が深くて……たぶん、これから診察があると思います」
『そうか。それにしても……』

 相澤の声がより一層低くなり、莉緒は心の中で悲鳴を上げる。

『さっそく問題を起こすとはどういうことだ?』
「えっと、あの……ごめんなさい」
『警察から校長に連絡があって、校長から詳細を聞いた。心配かけさせるな』
「はい、あの、ありがとうございます」

 二三、やり取りをして電話は切れた。
 莉緒はロビーのソファに座り、背もたれに寄りかかる。そして、数日前のことを思い返す――。




「望月、ちょっといいか?」

 職場体験に行く少し前のことだ。授業が終わり帰り支度をしていた莉緒の元に相澤が訪れ、話があるのでついてくるように言われた。莉緒が首をかしげながら後を追うと、着いた先は校長室だった。

「やぁ、待ってたよ!」

 小さなネズミ――ネズミにしては大きいが、根津校長がソファに座って元気よく声をかける。
 莉緒は校長室に呼び出された理由が思い当たらず、不安を抱きながらも挨拶を返す。座るように促されて莉緒は根津の正面に、相澤は根津の隣に座った。

「急に呼び出して悪かったね」
「いえ……あの、お話というのは?」

 莉緒が恐る恐る尋ねた。

「ああ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。実は望月さんを入学させると決めた時から検討していたことがあってね」
「?」
「ただ君の気持ちを考えたら、なかなか実行に移せなくてね。でも、もうそうも言ってられなくなってしまったのさ」

 莉緒は何のことか分からず、話についていけない。

「入学前の面談の時、ご両親と育ててくれたお祖母さんのことを教えてくれたよね」
「……はい」
「実はそのことで、君の未成年後見人を相澤くんにお願いできないかと思ってるのさ」
「――え?」

 莉緒は思わず相澤を凝視するが、彼の表情はいつも通りだった。

 ――未成年後見人。
 未成年者に対して親権を行う者がないとき、または、親権を行う者が管理権を有しないときに法定代理人となる者のことだ。

 “平和の象徴”と称されるオールマイトの存在がヴィラン犯罪の抑止力とされているが、それでも尚、連日のようにヴィランは世間を騒がせている。そして、その中で犠牲になっていく人たち――。
 ヒーローの活躍は目覚ましいが、ヒーローが現場に到着する前に消える命もある。世の中は、いつだって理不尽にまみれている。
 この未成年後見人制度は、ヴィラン被害に遭った人たちのために従来よりも変化してきた。

「ヒーロー科にいると怪我は付き物さ。これから職場体験など外の活動でヴィランと戦うこともあるだろうね。病院のお世話になることもあるかもしれない。もちろん、そんなことはない方が良いに決まっているけど、望月さんの“保護者”と言う立場が必要だと思ってね」
「……でも、先生の負担になるわけには……どうしても必要と言うことであれば、専門の方にお願いしても……」
「うん、そうすることもできるね。でも、そう言うわけにはいかなくなったんだよ」

 ――そう言うわけにはいかない?
 いきなりのことで混乱している莉緒は、怪訝な顔をしながら根津を見る。

「USJ襲撃事件……死柄木は去り際に君を連れていこうとした。あって欲しくないけど、今後同様のことがないとも言い切れないんだ」

 ――『君は貰っていこうかな……』

 あの時の死柄木の手の感触を思い出し、体に悪寒が走った。そんな莉緒の様子に気付いたのか、根津は「もちろん僕たちは君を全力で守るから、そこは安心して欲しい」と続ける。

「そのためにも、内部事情に詳しい人の方が都合が良いんだ。そこで君の担任である相澤くんが抜擢されたのさ!」

 根津は莉緒の不安を取り除くように、元気よくサムズアップしてくる。

「でも、ご迷惑では……」
「なーに、あまり深く考えなくても大丈夫! 相澤くんはあくまでも君の緊急連絡先、とでも思っておけば良いよ。それに相澤くんだったら色々と相談しやすいだろう?」

 莉緒はチラッと相澤の様子を窺った。相澤はいつも通りの気だるげな声で話し始める。

「望月が心配する必要はないよ。俺は迷惑だとは思っていない。今までこの話をおまえに持ちかけなかったのは――」
「……親権のことを考えて下さったんですよね。ありがとうございます」

 両親の植物状態による親権喪失、それに伴った後見人の選任。レアケースではあるが、後見人を立てる条件は揃っている。
 根津が言ったようにヒーローを目指している以上、何があるか分からない。頼るべき大人がいない莉緒にとっては有難い話なのかもしれない。
 根津や相澤は気遣ってくれていたようだが、法律上の親子関係がなくなるわけではない。もしなくなったとしても、そんなことは些細なことだ。
 だって――

「……親権がなくなっても、私が両親の子どもであることには変わりありません」

 莉緒は、前を見据えて言い切った。

「ご迷惑をおかけしますが学校側がそちらの方が良いと言うのであれば、こちらからも……お願いします」
「……いや、こちらも万全を期しておきたい。了承してくれて助かるよ」

 そこでやっと、緊張感から解放され肩の力を抜くことができた。

「裁判所とはこっちの方で話を進めておくよ。受け入れてくれてありがとう」
「校長が言ったように俺が後見人になったところで身構える必要はない。望月は今まで通りの生活をすればいい……ただ、何かあれば俺にすぐ連絡しろ」
「はい、ありがとうございます」

 その後、必要書類等の確認をして莉緒は校長室を退出した。相澤は根津と話があるそうで、そのまま校長室に残っている。そのため根津が「面談の時も思っていたけど、まだ高校一年生なのに凄くしっかりした子だね。それだけ色々なことを背負ってきたんだろうね……」と話していたことは知らない。
 当の莉緒は廊下を歩き校長室から離れたところで止まると、急にしゃがみ込み深いため息を吐いた。

「……びっくりした」

 ――相澤先生が後見人……迷惑かけないようにしないと。
 誰もいない廊下でひっそりと意気込んだ。




 ――さっそく迷惑かけてるじゃん……。
 この病院への入院手続きも相澤がしてくれたのだろう。退院時にもお世話になることは必至だ。図らずも、根津の言っていたような“保護者”が必要な場面を早々に作り出してしまった。
 手で顔を覆い、心の中で相澤に謝る。そんな莉緒の微かな視界に緑色の影が映った。こちらに気付かず、目の前を通過して行く緑谷。彼のその手にはスマホがあり、顔が真っ赤になっていた。

「緑谷くん?」
「わ! 望月さん! ここで電話してたんだね」
「うん、緑谷くんも電話?」
「う、麗日さんとちょっと……」
「お茶子ちゃん心配してたでしょ! あ、病室に戻るなら一緒に行こうよ」

 莉緒は気を紛らわせるように、緑谷と病室に戻っていった。