傷だらけのリスタート

「あの状況で位置情報を送信するなんて、緑谷くん凄いね。とっさの機転!」

 莉緒は緑谷と病室に戻りながら、ステインとの戦いを振り返っていた。
 緑谷のあの行動がなければ、どうなっていたのか――ピンチを打開しようとする力。緑谷のそれは、前世の彼に通じるものがあるように思う。

「ありがとう。でも、本当は大通りに出てプロの応援を呼ぶ方が良かったんだろうけど……」
「ヒーロー殺し相手に、飯田くんとネイティヴさんの二人抱えて逃げるのは難しいもんね」
「うん。あ、そういえば僕、望月さんに聞きたいことがあったんだ」
「ん? 何?」

 緑谷が病室のドアを開ける。莉緒と緑谷は会話を続けていたが、病室内にいる轟と飯田の空気が重いのを感じ口を閉ざした。

「望月、緑谷。今、飯田の診察が終わったとこなんだが……」
「――左手、後遺症が残るそうだ」

 両腕をボロボロにされ、特に左のダメージが大きかった。手指の動かし辛さと多少のしびれが残るが、手術で神経移植をすれば治る可能性もあるらしい。

「奴は憎いが、その言葉は事実だった。だから、俺が本当のヒーローになれるまで、この左手は残そうと思う」

 莉緒は飯田の話しを聞きながら、やるせない気持ちになった。
 自分がもっと早く駆け付けていれば、結果は変わったのだろうか――そんなことを考えてしまい、首を振ってその思考を頭から追い出した。
 タラレバ話に意味がないことは、両親の事件でよく分かっている。それに、飯田はもうすべてを飲み込んでいるようだ。莉緒が一人でごちゃごちゃと考え込むのは違う。
 多くを語る必要はない。きっと、これだけで伝わる――

「……飯田くん。“なりたい自分”になるために、これからも一緒に頑張ろうね」
「望月くん……」

 莉緒は飯田の左手に優しく触れた。緑谷は同意するように自分の右手を強く握り締める。
 
「僕も、同じだ。一緒に強くなろうね」

 緑谷のその右腕を見て、莉緒は彼の戦闘スタイルが今までと違うものだったことを思い出した。

「緑谷くん、怪我しないで“個性”を使えるようになってたね。何かピョンピョンしてたし!」
「実は、一箇所だけじゃなくて全身に一定の力を発動することによって、“個性”がコントロールできるようになったんだ……今回、ちょっと出力オーバーしちゃったんだけど」

 照れるように頭を掻く緑谷の腕を、轟がじっと見ている。

「なんか、わりィ……俺が関わると手がダメになるみてぇな感じになってる……呪いか?」

 轟からの突然の謝罪。莉緒と緑谷、飯田は顔を見合わせ、そして一斉に笑い始めた。

「あっはははは、何を言っているんだ!」
「轟くんも冗談を言ったりするんだね」
「ははは……もう、やめてよ! お腹痛くなってきちゃった!」
「いや、冗談じゃねえ。ハンドクラッシャー的存在に……」
「「「ハンドクラッシャー!」」」

 莉緒は笑いすぎて涙があふれ、目元を拭う。

「久しぶりに泣くほど笑っちゃった!」
「笑いすぎだ」
「だって、轟くんが……ふふっ! 私は怪我してないんだから、そんなことないのに」

 笑いがおさまらない莉緒を轟がジトっとした目で見るなか、緑谷が「あ、そういえば……」と思い出したように声をかけてくる。

「望月さん、さっき聞こうとしてたことなんだけど……」
「そんな話ししてたね、なーに?」
「望月さんの“個性”は物理を反射するスキルを持ってるんだよね? ヒーロー殺しの攻撃を受けたり、怪我もしてたから不思議だったんだ」

 緑谷は莉緒がステインの攻撃を自分の刀で受け止めたり、太ももを斬られた時のことを言っているようだ。

「んーと、私の“個性”は常時発動型というか、常にペルソナを装備してる状態なの」

 ペルソナチェンジをしない限り、莉緒の装備ペルソナはカグヤだ。戦闘終了後も自動でカグヤに戻るようになっている。

「私の意思に関係なく反射や吸収スキルは発動するんだけど、スイッチみたいにオンオフの切り替えができるんだ」

 前世ではそんなことはできなかった。小学生の頃に切り替えられるようになったのだが、その時は驚いた。
 前世と今世では戦闘スタイルや敵の攻撃方法が異なるので、もしかしたらペルソナもこの世界に適応しようとしているのかもしれない。

「だからあの時、ヒーロー殺しの刀を……」
「そうそう。殺す気はなかったみたいだし、反射してもダメージが少なかったんだよね。だったら私が攻撃を受けて隙を作れないかなって思って」

 反射攻撃は相手のダメージ量をそのまま返すので、手加減されればされた分だけダメージ量は減る。吸収スキルの場合も、体力として還元される分が減ることになる。
 反射によるダメージは期待できず、且つステインは素早い。避けられる可能性の高いスキルを繰り返すよりは、と思ってのことだった。実際、莉緒が受けに回っている間に飯田が攻撃を決めているので、悪い作戦ではなかったように思う。

「……なるほど。足の怪我もスキルをオフにしてたからなんだ」

 緑谷は納得したようで一人でブツブツと呟いている。緑谷が誤解しないように、莉緒は「この怪我は別だよ」と教えた。

「あの時召喚したクー・フーリンは物理反射や吸収スキルは覚えていないの。耐性自体はあるんだけどね。ちなみにヒーロー殺しの“個性”が効かなかったのは、カグヤに私限定で状態異常を即時回復するスキルがあるからだよ」
「状態異常の回復!?」

 探求心を抑えきれないのか、緑谷は莉緒の“個性”について熱心に尋ね、莉緒もそれに丁寧に答えていく。何回か質疑応答を繰り返すと、やっと満足したようで緑谷の顔は嬉々としていた。

「望月さんもエンデヴァー事務所だから、轟くんが来た時、一緒なのかと思ったよ」
「轟くんはエンデヴァーさんと、私は相棒サイドキックのバーニンさんとパトロールしてて別々だったの。爆発みたいなのがあって、エンデヴァーさんと合流したら轟くんがいなくて何事かと思っちゃった」

 莉緒が轟に「エンデヴァーさん、『ヒーローというものを見せてやるつもりだったのに!』って怒ってたよ」と言うと、嫌そうな顔をしていた。

「轟くんが江向通りに友だちを救けに行ったって聞いて、スマホを見たら緑谷くんから位置情報が来てたし慌てて向かったの。そしたら通り過ぎた路地裏から轟くんの声が聞こえて――」
「ん? 通り過ぎた路地裏?」

 不思議そうな顔をしている緑谷に、莉緒は頷いてみせた。

「……望月、地図ぐらい見ろよな」
「え? ちゃんとGPS付きで現在位置もバッチリな地図見てたよ? 目的地マーカーもしてたし」
「……でも、望月さん、通り過ぎたんだよね?」
「? うん」
「……望月くん」
「おまえ、もしかして……」

 飯田と轟が憐れみの表情で莉緒を見ている。

「二人とも止めよう! 何か望月さんに伝えちゃいけない気がする!」
「え、何? すっごく気になる」
「大丈夫、何でもないから! 望月さん来てくれてありがとう!!」
「えー、何か怪しい……」

 不満げな莉緒だったが、結局誰も教えてくれなかった。