強者への渇望

 時は流れ、六月最終週――。
 期末テストまで残すところ一週間を切っていた。

「全く勉強してねー! 体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!!」

 上鳴(成績:21/21位)が頭を抱え込んで叫んでいる隣で、芦戸(20位)が諦めの境地を開いている。
 緑谷が二人を励まし飯田もそれに加わるが、轟は「普通に授業うけてりゃ赤点は出ねえだろ」と突き放していた。ちなみに緑谷は中間5位で飯田は2位、轟は6位だ。

 実は数日前のHRで夏休みに林間合宿があることを聞かされていた。生徒たちは肝試しや花火など期待に胸を踊らせていたのだが、そんな彼らを前に相澤は「期末テストで合格点に満たなかった奴は、学校で補習地獄」と告げたのだ。
 期末テストは座学と演習試験の両方が行われるため、学力に不安のある者たちはテストに頭を悩ませることになった。

「お二人とも。座学なら私、お力添え出来るかもしれません」
「ヤオモモー!」

 そうした経緯もあり上鳴と芦戸は打ちひしがれていたのだが、八百万(1位)が救い手のを差し伸べてきた。

「お二人じゃないけどウチもいいかな? 2次関数ちょっと応用でつまずいちゃってて……」
「わりィ俺も! 八百万、古文わかる?」
「おれも!」

 中間8位の耳郎と18位の瀬呂、9位の尾白も八百万に教えを乞う。人の役に立つことが好きなのか、頼られた八百万は嬉しそうにしている。

「では、週末にでも私の家でお勉強会を催しましょう!」
「まじで!? ヤオモモん家、楽しみー!」
「芦戸さんと上鳴さん、耳郎さんに瀬呂さん、尾白さんの5人ですわね!」
「ヤオモモ、人数多いけど大丈夫? ウチら苦手科目バラバラだし……」
「そうですわね……」

 いくら座学1位の八百万と言えど、21位と20位を抱えていては手が回らないかもしれない。

「あ、じゃあ私も一緒にしても良い?」

 懸念している八百万を見て、莉緒(3位)が助け船を出した。

「私も百ちゃんに応用問題とか聞きたいし、それに英語とかは得意だから教えられるよ」
「ありがとうございます! 莉緒さんは座学も演習も大丈夫そうですものね……」
「百ちゃん?」
「いえ、何でもありませんわ。一緒に頑張りましょう!」

 八百万が一瞬、暗い顔をしたように見えた。確認しようと思っても、そこには講堂やら紅茶のメーカーやらと勉強会の計画でプリプリとやる気を出している八百万しかいない。莉緒は見間違えかと思い小首を傾げた。

「望月……おまえ、八百万の勉強会に参加するのか?」

 八百万を観察している莉緒に轟が声をかける。

「うん。もう少し対策をしておきたいし、百ちゃん一人だと大変そうだから」
「そうか……」

 轟の方を向いて返答すると、彼は気落ちしたような表情をしていた。

「どうしたの?」
「いや、俺も望月に教えてもらおうかと……」
「私? でも、轟くん『普通に授業うけてたら赤点はない』って……あ、応用問題が不安とか? 轟くんも一緒に勉強会に参加する?」
「……俺はおまえと――いや、何でもねえ」

 轟は何かを言いかけて口を噤む。莉緒が不思議に思って尋ねようとするも、授業開始のチャイムが鳴ってしまったため聞くことはできなかった。


 その日の放課後――。
 緑谷たちから演習試験は『対ロボットの実戦演習』と聞かされた。昼休みに食堂でB組の拳藤に会い、情報提供をされたそうだ。莉緒は相澤に用があったためいなかったのだが、B組の物間とも色々あったらしい。
 相手がロボットだと聞いた上鳴と芦戸の表情は晴れやかだ。

「おまえらは対人だと“個性”の調整大変そうだからな……」
「ああ、ロボならぶっぱで楽勝だ!」

 障子の言葉に上鳴が嬉しそうに答える。あとは勉強を教えてもらうだけなので、林間合宿参加の希望が見えてきたのだろう。

「人でもロボでもぶっとばすのは同じだろ。何がラクチンだアホが」

 しかし、それに水を差したのは爆豪だった。

「アホとは何だ、アホとは!!」
「うるせえな、調整なんか勝手に出来るもんだろ、アホだろ! なぁ!? デク!」
「!!」

 爆豪は上鳴ではなく、緑谷の方に視線を送る。イライラしているのか、その声は荒々しい。

「“個性”の使い方がちょっとわかってきたか知らねえけどよ、てめェはつくづく俺の神経逆なでするな」

 職場体験明けの救助訓練レースで緑谷は爆豪のような動き方をしていた。どうやら、それが気に入らないようだ。

「体育祭みてえなハンパな結果はいらねえ! 次の期末なら個人成績で否が応にも優劣がつく! 完膚なきまでに差ァつけて、てめェをぶち殺してやる!」

 爆豪は緑谷を指さすと、次に莉緒と轟を睨みつけた。

「望月、轟ィ……! てめェらもなァ!」

 鋭い視線。爆豪の目には焦燥とも憎悪ともとれるような感情が浮かび上がっている。乱暴にドアを開けて帰って行く爆豪を見ながら、莉緒はふと疑問に思った。

「ねぇ、何か私……爆豪くんに親の仇みたいに思われてる?」

 莉緒の真剣そうな表情に、隣にいる耳郎が笑い声を上げる。

「親の仇って! ちょっと笑わせないでよ!」
「……だって、何かライバルってよりも憎しみがこもってるような感じじゃなかった?」

 先ほどの爆豪の目を思い浮かべる。力強い瞳には負の感情が宿っていた。

「あー。まぁ、ね。でも、あんたがどうってことじゃないと思うよ?」
「爆豪くんは完璧主義っぽいし、体育祭のことを思い出してモヤモヤしとるんやない?」
「うーん。そうなのかな?」

 体育祭での爆豪とのやり取りを思えば合点がいく。ただ、あの時よりも深く暗いドロドロしたものを感じた――考えすぎだろうか……。
 爆豪が去っていったドアに視線を向けると、芦戸の机が目に入った。

「あ、三奈! 置き勉しないでちゃんと持って帰らないと!」
「えー!? バレちゃった!」

 爆豪の言葉に静まり返っていた教室は、元の空気を取り戻していた。


 

 一週間はあっという間に過ぎていった。
 勉強会のために訪れた八百万の家は驚くほどの豪邸で、友だちの家に行くのが初めてだった莉緒は終始そわそわと落ち着かない気持ちだった。

 座学1位の八百万はさすがと言うか、教え方が上手かった。芦戸や上鳴たちの苦手箇所を分析し、それぞれに合わせた勉強方法の提案や対策など至れり尽くせりだ。
 莉緒が詰まったところも分かりやすく説明し、八百万の理解力の凄さを肌で感じた。また、莉緒も他の人に勉強を教えたことにより知識が身につき、そのおかげで期末テストの座学はスラスラと解けた。

 そして、ついに演習試験の当日を迎える。