艶やかに笑う月

「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿に行きたけりゃ、みっともねえヘマはするなよ」

 戦闘服コスチュームに着替えた生徒たちの目の前に、10人ほどの先生たちが並ぶ。雄英が誇る教師陣の顔ぶれは壮観ではあるが、『対ロボットの実戦演習』だと聞いていた莉緒はその多さに疑問を抱いた。

「諸君なら事前に情報を仕入れて何をするか薄々わかってるとは思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ!」
「花火! カレー! 肝試しー!」

 『ロボならラクチン!』と思っている上鳴と芦戸はノリノリだ。しかし、相澤の首元から飛び出した根津の「残念! 諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」の言葉に固まった。
 根津によると、ヴィランの活性化のおそれにより戦闘が激化する可能性があるため、ロボとの戦闘訓練は実戦的ではない、という判断になったそうだ。

「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ! というわけで諸君らには、二人一組チームアップでここにいる教師と戦闘を行ってもらう!」
「ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 轟・八百万チームが相澤と、緑谷・爆豪チームがオールマイトと。相澤が次々に発表していき、10組のチームができる。

「あれ? そういや、俺らのクラスは21人だから三人チームができるんじゃねえの? 呼ばれてないの誰だ?」

 上鳴が不思議そうに周りを見回す。相澤が読み上げたチームは全て二人で組まれており、三人チームは存在しない。

「そして――望月。おまえは一人で試験を受けてもらう。相手はスナイプとエクトプラズムだ」
「……わかりました」

 相澤の射抜くような視線を受け、莉緒は静かに返事をする。しかし、周りはそうではなかった。

「はぁ!? 望月、一人かよ! ヤバくね!?」
「ウチらと違って先生二人が相手ってのもおかしくない?」

 他の生徒は二人一組となり一人の先生と戦うのだが、莉緒だけ一人で二人の先生を相手にするのだ。

「ってか、いまさらだけどよ。俺らのクラスだけ何で21人なんだ?」
「入学試験で同率順位があったんじゃないのかしら。それよりもエクトプラズム先生は私たちと対戦するはずだけど……」
「それを言うなら、スナイプ先生だって私と障子くんとだよー?」

 エクトプラズムは蛙吹・常闇チームと、スナイプは葉隠・障子チームと戦うことになっている。

「望月は10組の試験が終わってからのスタートだ……この意味、わかるな?」
「……はい」
「なら、しっかりやれ。試験を終えた者たちはモニタールームで望月の試験を観戦する。詳しいことはその時に説明をするからさっさと移動しろ」

 生徒たちは莉緒に気遣うような視線を向けながらも、渋々移動を始める。その視線を受けた莉緒は、皆を心配させないように笑顔で送り出した。

 莉緒は一人で演習会場に移動する。10組すべての試験が終わるまで、ここで待機しなければならない。
 待っている間に先生二人の対策を考え、デザートイーグルの装填やストックのマガジンを確認する。その最中、リカバリーガールの放送で条件を達成したチームが報告されていた。

 時間が経つのはあっという間だった。

『峰田・瀬呂チーム条件達成! そしてタイムアップ、10組の期末試験これにて終了だよ』

 ゲートの方からスナイプとエクトプラズムが姿を見せる。莉緒は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、先生たちの方へと歩みを進めた。




 一方、モニタールーム――。

「緑谷くん、ボロボロじゃないか!? 大丈夫なのかい!?」
「うん、リカバリーガールに治してもらって何とか……」
「それならいいが、爆豪くんはどうしたんだ?」
「かっちゃんは治癒後の消耗でまだ目が覚めていないんだ。校舎内で休んでいるはずだよ」

 モニタールームに集まった面々は試験後ということもあり、傷だらけの者が多い。リカバリーガールに治してもらっているため体調に問題はないが、疲労感が滲み出ている。演習試験の結果が思わしくない者からは虚脱感も漂っていた。
 爆豪だけは未だ眠ったままのため、ここにはその爆豪を除いた19名が集まっている。

「莉緒、一人で大丈夫かな……?」
「莉緒ちゃんなら反射とかあるし、先生二人でも大丈夫なんやないかな?」

 耳郎と麗日がそんな会話をしていると、相澤がモニタールームに集まった生徒を見て「爆豪以外は全員集まったな」と声をかける。

「最初に言った通り、今からおまえたちには望月の試験を観戦してもらう。今回はモニターから音声も流れる設定にしている。望月の達成条件は『ハンドカフスを二人に掛ける』、それだけだ」
「え? ステージからの脱出は?」

 葉隠が不思議そうに聞き返すが、相澤は首を横に振るだけだった。

「教師には重量のハンデもあるが……望月」
『……はい』

 モニタールームのマイクを通じて相澤の声が演習会場に届いているようで、莉緒から返事が戻ってくる。

「反射・吸収のスキルはすべての属性に於いて使用不可だ。いいな」
『……わかりました』

 反射・吸収スキルは莉緒の“個性”の強みだ。それを使用不可と言われたのにもかかわらず、莉緒は顔色を変えることなく了承した。

「そんな!? いくら望月さんでも“個性”まで制限されたら……!」
「つーか、何で望月だけこんな理不尽な試験なん?」
「そもそも全員で試験を観戦するってのもおかしくねえか?」
「緑谷に上鳴、切島も黙ってろ。今からスタートするが、おまえらちゃんと見とけよ」

 相澤に言われ、生徒たちは固唾を呑むようにモニターに釘付けになる。
 モニターには莉緒とスナイプ、エクトプラズムの三人が映っていた。スナイプとエクトプラズムは手足に超圧縮重りを装着すると、スナイプだけ画面上から姿を消す。
 ステージは鬱蒼とした木々に覆われた森林地帯。遠距離射撃が得意なスナイプは森の中に姿を隠したのだろう。莉緒とエクトプラズムは森林ステージ唯一の開けた地で向き合っている。

『それじゃ、望月の試験を始めるよ。レディーゴォ!!』

 演習会場とモニタールームの両方にリカバリーガールのスタートの合図が響く。

 ――その瞬間、莉緒が首を右に傾けた。
 あたりが静寂に包まれ木々のざわめきだけが聞こえてくるなか、莉緒の左頬に一筋の赤い切れ目が走り、血が頬を伝って落ちた。

「――えっ!?」
「おいおい、開始早々ヘッドショットかよ!? スナイプ先生やりすぎだろ!」
「ってか、今のよく避けれたな! いや掠ってっけど、普通は反応できねえよ!」

 緑谷や切島、上鳴の驚いたような声を皮切りに、モニタールームにどよめきが起こった。スタートの合図とともに撃たれたスナイプの弾丸に誰も気付いていなかったのだ。

 莉緒は頬の傷を気にする素振りも見せず、右手で伸縮式の日本刀を鞘から抜く。振り下ろして刀身を伸ばすと、エクトプラズムが出した30人ほどの分身に接近して攻撃を仕掛ける。それを邪魔するようにスナイプが狙撃してくるが、左手のデザートイーグルで相殺させた。

「す、すごい……! ヒーロー殺しの時もそうだったけど、あんなに小さな弾まで……」
「ああ。しかもマガジンの交換時には、撃ち込まれた方角から死角を計算して分身を盾にしてる」
「あれ、おまえら望月の銃のこと知ってんの? あいつ、前に網出してなかった?」

 莉緒の使用する弾丸については、緑谷や轟もステイン戦で初めて見たため瀬呂が疑問に思うのは仕方のないことだった。

「前にちょっと……他にも弾があるって言ってたけど、今使ってるのはペイント弾じゃないかな」

 緑谷の言う通り、地面に落ちたスナイプの弾丸にはペイント弾の外殻が割れたことによる蛍光塗料が付着している。

「でも……おかしい」
「どうした、緑谷」
「望月さんが撃ってる弾数と、実際に相殺している弾数が合わない……ほら、また!」

 莉緒から発砲音が4回聞こえたが、相殺して地面に落ちたのは3発だけだった。

「外したとかじゃないのかい? いくら望月くんでもエクトプラズム先生の分身を相手にしながらだと、そういうこともあるだろう」
「うん、それはそうなんだけど……」

 緑谷は腑に落ちないような表情を浮かべる。
 スタート時より数は減ったが、それでも圧倒的な人数を誇るエクトプラズムの分身に莉緒が追い込まれていく。“個性”を制限されたうえに、スナイプの方にも意識を割かなければならず、精神的にも疲弊しているようだ。

『ソロソロ疲レテキタカ?』
『……ご冗談を。まだまだやれますよ』

「何で莉緒はペルソナ使わないのー? 炎は森が燃えちゃうけど、氷とか他にもあるのに……!」

 刀でみぞおちや頸椎を攻撃をしたり、回し蹴りや払い蹴りなどを決めて分身を減らす。莉緒の隙をついてスナイプが銃撃を仕掛けるが、デザートイーグルで応戦し弾同士のぶつかり合う音が響いた。

《ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー! ビー!》

 突然、警報音のようなものが鳴り渡る。画面越しの音にもかかわらず、あまりの大音量にモニタールームの面々は咄嗟に耳を塞いだ。

「もうタイムアップなん!?」
「いえ、まだ10分以上は残ってますわ!」

 モニターに映っている莉緒はエクトプラズムから距離を取る。今まではスナイプの死角を位置取ったり、銃で狙われ難くするために分身に接近していたのだが、ここにきて別のパターンの行動をみせた。

『ドウシタ。モウ終イカ?』

 エクトプラズムの問いかけに莉緒は答えない。

 演習会場に風が吹き抜け、葉擦れの音がする。
 莉緒の髪の毛がさらさらとなびき、日の光が髪を透かして反射し輝いていた。大きな瞳は細められ、長い睫毛が頬に影を落とす。

 その口元に笑みが浮かび、弧を描いた艶やかな唇が静かに呟いた。

『――見つけた』