21人

 見つけた――そう呟いた莉緒の、普段とは違う艶然とした雰囲気。モニタールームの面々は呑み込まれたように、その姿に釘付けになっていた。

『ジャアクフロスト、大氷河期』

 警報音が鳴り響くなか莉緒の体が青白い光りに包まれ、背後にジャアクフロストが現れる。氷の柱が辺りを埋め尽くし、エクトプラズムと分身が凍りついた。それを確認した莉緒は左側頭部にしている兎面を被り、氷の柱を足場に森の方へ跳んでいく。

 迷うことなく上空から森に侵入すると、そこにはスナイプの姿があった。スナイプのそばから警報音が鳴っているのか、ひと際音が大きい。

『ッチ……そういうことか!』
『ええ、これを待っていたんです! クー・フーリン、サイコキネシス! 死亡遊戯!』

 ネオンカラーの幾何学模様が現れ、回転し模様を変えながら弾けた。念動攻撃を受けたスナイプは倒れないように堪えているようだが、物理スキルによる鋭い一閃が側頭部に入り意識を失った。
 莉緒はハンドカフスを掛け、スナイプの左腕に付着している蛍光塗料に触れる。その中にある小さい“何か”を取って指で握り潰すと、うるさいくらいに鳴り響いていた警報音がぱたりと消えた。

『マダ我ガイルゾ! 分身ヲ消セバ、アレクライノ氷ナド、容易イモノダ!』

 背後からエクトプラズムの巨大な分身が迫ってくる。今まで数で圧倒してきたエクトプラズムだったが、今度は“個性”を一つに集約している。
 莉緒は顔につけていた兎面を側頭部にずらし、落ち着いた様子でエクトプラズムを見つめると静かな声で呟く。

『空間殺法』

 四方から現れた無数の斬撃がエクトプラズムと巨大な分身を襲う。畳みかけるように念動属性の全体攻撃であるサイコフォースを唱え、相手を惑わせる。
 エクトプラズムの頭がぐらぐらと揺れて地面に倒れ込むと、巨大な分身も姿を消した。莉緒は動けないエクトプラズムにハンドカフスを掛ける。

『望月、条件達成! 期末試験、これにて終了だよ!』

 モニタールームにいる生徒たちは声が出なかった。莉緒が艶めいた笑みを見せた後は展開が早くて頭が追いつかなかったようだ。

「……すげえ」

 誰かがそう呟いた言葉はA組の総意だろう。

「全員、しっかり見たな? まぁ、クラスの人数が21人なのに疑問を抱いていた奴もいたが……」

 相澤が生徒を見回しながら話し始める。

「あれが雄英高校が誇る、特待生の力だ――」

 モニターに映る莉緒は、安堵の息を吐きながら髪を耳にかけていた。
 無事に試験を終えたからか、穏やかな表情を見せる彼女はいつもの雰囲気に戻っている。ただ、端整な顔だちの中のその澄んだ瞳は、吸い込まれそうなほど魅力的だった。



 
 試験終了後、相澤の指示で莉緒はモニタールームに移動する。入室した途端、クラスメイトが群がり興奮したように口々に何かを述べるが、さすがに聞き取ることができない。莉緒が困惑していると、相澤が睨みを利かせてくれたようで場が静かになる。
 モニタールームが落ち着きを取り戻したところで、質問と講評を兼ねた時間が取られることになった。

「はいはーい! すっげー音が鳴ってたけど、あれ何なん?」

 最初に元気よく手を挙げたのは上鳴だった。

「あれはペイント弾に仕込んでる人感センサーのビーコンの音だよ」
「人感センサー? ビーコン? なんだそれ」
「人に触れると音が鳴り響く仕組みなんだけど、実はスナイプ先生の攻撃を相殺しながら先生本人を狙って撃ってたんだよね。そのうちの一つがヒットしたの」

 ペイント弾の外殻は衝撃で割れ、それにより蛍光塗料が付着するようになっているのだが、その中に塗料と同色の微粒なビーコンを混ぜている。ビーコンは肌や着用中の衣服にのみ反応を示すようになっている。

「もしかして、望月さんが多めに弾を撃ってたのって……」
「緑谷くん気付いてたんだ! そうだよ、あれを当てるためなの。先生、撃つたびに移動するから大変だったよー。それで、ビーコンが鳴ると私の兎面に座標が表示される仕組みになってるの」

 莉緒は兎面を取り、その目の部分を指さした。左目にレンズがはめ込まれており、液晶モニターになっている。

「なるほど! じゃあスナイプ先生の居場所が正確にわかったのは、そのビーコンと座標からってことなんだね」

 緑谷は納得したように頷いている。この場に彼の分析ノートがあれば、筆を走らせていたことだろう。

「前に他にも弾があるって言ってたけど、このビーコンのことだったんだね。もしかして元からスナイプ先生を先に捕まえるつもりだった……?」
「うん。居場所がわからないスナイプ先生の方が私にとっては厄介だったから、エクトプラズム先生に対してはあくまでも凌ぐだけ」

 エクトプラズムに集中し過ぎるとスナイプに狙われ、スナイプに集中するとエクトプラズムの分身に襲われる。遠距離からの攻撃が可能なスナイプの方が優先順位が高いのだが、位置が割れていないので深追いはできない。それを打開するためのビーコン弾だ。

「エクトプラズム先生には氷結攻撃を突破されちゃったし、前半はスキルを温存しといて正解だったかも」
「そうか! 前半は一対一を作り出すための時間稼ぎだったんだ! だからスキルを使わずに……じゃあ――」
「ちょいちょい緑谷! 今、俺の質問だから!」
「あ、ごめん上鳴くん……つい」

 質問したのは上鳴だったはずだが、いつの間にか緑谷とのやり取りになっていた。緑谷の探求心に負け、今まで口を挟めなかったのだろう。
 気を取り直して次の質問をしようとした上鳴だったが、言葉を発する前に別の声に阻まれる。

「先生から条件をつけられてたけど、莉緒ちゃんは反射や吸収を自分の意志で行えるのかしら?」

 蛙吹に割り込まれてしまった上鳴はがっくりと肩を落とし、それを瀬呂が慰めていた。

「最初は無意識下だったんだけどコントロールできるようになってね。でも、普段はしないかな」

 今回の演習試験では『反射・吸収のスキルはすべて使用不可』だったのでまだいいが、反射・吸収する攻撃、しない攻撃を採択しスイッチを切り替えるのは思考に負担がかかるのだ。

「そう言えば、莉緒ちゃんの新しいペルソナがいたね〜! イケメンだった!」
「ふふ。実は職場体験の時から使えるようになったの」

 葉隠が鼻息を荒くしながら詰め寄る。
 莉緒は前世で、“とある人物”がイケメンペルソナを好んで使っていたのを思い出し、笑みをこぼした。

「格好良かったよ! それに射撃センスありすぎてびっくりした!」
「職場体験の時もそうだったけど、本当にすごいよ!」

 緑谷も興奮したようにそれに参戦し、莉緒は気恥しくなりながらも二人にお礼を述べた。

「望月さんの腕前があれば、もっと攻撃的な弾も撃てそうだよね!」
「うーん。でも、私のはスナイプ先生みたいに“個性”で命中率を補ってるわけじゃないから、照準が外れた時が怖いかな……」
「それなのにその命中率って言うのが……! そう言えば、捕獲用の網やペイント弾、ビーコン弾以外にも種類があったりするの?」
「今のところはそれで全部かな。でも、弾丸に過冷却水を入れて当たった瞬間に凍るのとか作ってみたいかも。それに――」

 莉緒は顎に手をあて、考え込むような表情で未だ元気のない上鳴の顔を見る。

「静電気をためる液体が入ってて、ビリビリってなるのとか面白そう」
「望月、それ止めろよな! 俺のアイデンティティがなくなるから!」
「あはは、大丈夫だよ! もしできたとしても上鳴くんみたいに強い電気じゃないだろうし」

 新しい弾丸の構想が思いついた莉緒は楽しそうに笑っており、再び落ち込む上鳴を今度は砂藤が慰めていた。

「しかし、さすが望月くんと言ったところだな。特待生というのも頷ける強さだった!」
「……やっぱり言ったんですね、それ」

 莉緒がそう言って相澤を見ると、頭を掻きながらため息を吐いていた。

「雄英は“特待生枠”のことを公にしていない。そもそも、この枠はスカウトによるものだから滅多なことでは採用されない。そのこともあって望月には他言しないようにお願いしていた」

 生徒たちはその内容に驚いているようで、莉緒のことを凝視している。

「このタイミングで教えたのは、この試験が特待生試験も兼ねていたからだ」

 雄英高校での“特待生”とは、優秀な成績を収めることはもちろん、定期的に特待生として相応しいか確認が行われる。もし成績や素行が悪ければ特待生取り消しとなる可能性もある。

「まぁ、望月が体育祭で結果を残していれば、この試験は行われず、おまえたちと一緒に受けていたんだがな……」
「……ごめんなさい」

 莉緒は体育祭のトーナメント初戦で棄権しており、最終成績はベスト16だ。これでは特待生として優秀な成績とは言い難い。
 演習試験前に莉緒が一人で試験を受けると説明された時、相澤が「この意味、わかるな?」と言ったのは特待生試験のことを示唆していたのだ。

「これで期末テストは終わりだ、赤点のやつは後日発表する。今日はこれで解散だ」

 相澤はそれだけ言うと、モニタールームを出て行った。その相澤の後ろ姿を眺め、項垂れる者が数名。

「うわー、そうだよ! 望月の試験に気を取られて忘れてた!」
「ヤバイよー! 私たちどうなるの!?」
「俺たちもだ……」
「燃え尽きたぜ……」

 演習試験をクリアできなかったのは上鳴と芦戸、砂藤と切島の四人だ。

 ――私の試験を見てる場合じゃなかったよね、ごめん……。
 試験をクリアできた人たちが四人を励ましているのを見て、申し訳ない気持ちになった。

「……望月」

 莉緒が上鳴たちの様子を窺っていると、名前を呼ばれた。振り返った途端、莉緒の瞳は轟の顔でいっぱいになる。彼が、莉緒の左頬に触れる髪を優しく耳にかけたからだ。
 思わず固まってしまった莉緒を余所に、轟の手はそのまま左頬に流れ、拭うように優しく親指を動かす。

「血が固まってんな。痛くないか?」

 開始早々のスナイプのヘッドショットを完璧には避けきれず、左頬から血が出ていたのだ。莉緒はすっかりそのことを忘れていた。
 赤い筋から垂れた血は頬を汚し、首元にも鮮やかな色を残している。
 轟は心配そうな表情で、頬を拭う手を莉緒の顎に移動させる。莉緒の顎を動かして垂れた血を確認しているようだ。

 莉緒は恥ずかしさのあまり、顔が熱くなっていくのを感じた。轟は心配しての行動だろうが、これは所謂“顎クイ”に近いものだ。

 轟の綺麗な顔が近くにあり、莉緒は目を逸らした。しかし、その方向がいけなかった。
 先程まで落ち込んでいたはずの芦戸が莉緒を見ながらニタニタと笑っている。しかも隣には葉隠の姿まである。この二人はA組女子の中でも、“恋愛話に飢えている者”なのだ。
 芦戸は笑みを深くさせ『ラブラブだね〜』と目線で語る。葉隠は口に手を当ててメガホンのようなポーズをしていることから、『ヒューヒュー』と囃し立てているのかもしれない。

「望月? 悪い、痛かったよな」
「へ? え、あ、大丈夫だよ、これくらい。心配してくれてありがとう。それよりも轟くんのチームは一番乗りだったね!」
「ああ、八百万の作戦のおかげだ」
「ふふ、さすが百ちゃん。勉強を教えてもらった時も、分析や対策がすごかったの。百ちゃんの豊富な知識があるからこそだよね!」

 八百万が感動した様子で「莉緒さん……!」と呟いていたが、残念ながら目の前の轟に精一杯な莉緒には届いていなかった。

「……俺のせいで試験一人だったんだよな」

 轟が「……悪い」と謝ってくる。先ほど相澤が話していた体育祭の結果について、思うところがあったようだ。

「轟くんのせいじゃないよ。私が勝手に棄権したんだから。それに……」
「?」
「あの試合があったからこそ、轟くんとの距離が縮まったと思うの。だから、気にしないで?」
「……そうか」

 轟はその言葉に安心したような表情を見せた。

「轟ー! 莉緒、ケガしてるから保健室連れて行ってあげてよー!」
「顔に傷痕が残ったらイヤだもんね〜!」
「え!? 大丈夫だから! 轟くん、三奈と透ちゃんが言ったこと聞かなくていいからね!」

 揶揄ってくる二人に莉緒が咎めるような視線を投げるが、どこ吹く風のようだ。

「ああ、わかった。俺が連れて行く」

 天然な轟は、芦戸と葉隠の企みを不思議に思うことなく受け入れていた。莉緒の頬に触れる轟は柔らかい笑みを浮かべる。

「……望月に傷が残るのは俺も嫌だからな」

 莉緒は顔から湯気が出るのではないかと思うくらい真っ赤になった。
 芦戸と葉隠が「キャー!」と盛り上がっているなか、轟は莉緒の手を引いて保健室に向かった。