深淵を彷徨う

 翌日、朝のHRで相澤から期末テストの結果が告げられた。
 筆記の方は赤点は出なかったが、実技ではクリアできなかった切島と上鳴、芦戸、砂藤の四人に加え、寝ていただけの瀬呂が赤点だった。
 “赤点は学校で補習地獄”と言われていたのだが、どうやらこれは相澤お得意の“合理的虚偽”だったようで林間合宿には全員で参加するそうだ。それを聞いた赤点メンバーが嬉々とした表情を浮かべるも、学校に残るのよりもキツイ補習が待っているのを知って顔色が一変していた。


 その日の放課後、莉緒が朝に配られた合宿のしおりを確認していると、葉隠から「明日、A組みんなで買い物に行こうよ!」と、お誘いがあった。
 一週間の林間合宿ともなればけっこうな大荷物になる。色々と買い揃える必要もあるだろう。そこでテスト明けのリフレッシュも兼ねて提案されたのだ。ちょうど明日は学校も休みだ。

「おお良い! 何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪、おまえも来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ、空気を読めやKY男共ォ!」

 切島の誘いを断った爆豪と、緑谷の誘いを断った轟に峰田からツッコミが入る。

「莉緒ちゃんは行くよね〜?」
「うん! 旅行グッズ持ってないし参加しようかな。誘ってくれてありがとう、透ちゃん」

 強化合宿とは理解していても、家族旅行などをしたことがなかった莉緒には胸を躍らせるものがあった。それに、その準備のために友だちと一緒に買い物にも行けるのだ。
 莉緒はほくほく顔で合宿のしおりに記載されている持ち物リストをチェックする。

「嬉しそうやね、莉緒ちゃん!」
「へへへ〜」
「うお! 望月の顔がすっげー緩んでる!」

 上鳴が莉緒の頬を指で突く。合宿のしおりを見つめる彼女の周りには花が咲いていた。




 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端、木椰区ショッピングモール――。
 今日の買い物に参加したのはクラスの半数くらいだった。

「莉緒ちゃん、可愛いー!」
「オシャレさんや〜!」

 この日の莉緒は清潔感のある白のノースリーブトップスに花柄のシフォンスカートを合わせていた。歩くたびにふんわりと広がるスカートは女性らしい雰囲気を醸し出す。
 髪は低い位置でラフに纏め、夏らしいテープハンドルのかごバッグと歩きやすいローヒールのストラップサンダルがカジュアルな印象も与える。

「ありがとう。透ちゃんとお茶子ちゃんも似合ってるね、可愛い」
「莉緒ちゃんの私服姿を見れないなんて、轟くん残念だねー!」
「あ、そう言えばキャリーバッグ買わないといけないんだった! どこのフロアかなー?」

 意味ありげな葉隠の言葉をまるっと無視し、そばにあったフロアガイドを見るフリをする。変に反応をすると葉隠の餌食になって危ない。

「ウチも大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「俺、アウトドア系の靴ねえから買いてえんだけど」
「ピッキング用品と小型のドリルってどこに売ってんだ?」

 目的がバラバラだったため時間を決めて自由行動をすることになり、莉緒は耳郎と八百万の三人で旅行用品店に、上鳴や葉隠、芦戸たちは靴を買いに行った。

「へぇ〜、すごいいっぱいお店があるんだね」

 フロアマップを持った莉緒が意気揚々と案内しながら、物珍しそうに辺りを見回す。“個性”に合わせた多様な店舗形態は前世では見たことがないものばかりだ。

「莉緒ってあんまりショッピングモールとか行かないの?」
「うん。近所のスーパーや商店街で十分だったからね」

 ショッピングモールを訪れたのは両親の事件以来だ。敬遠していた訳ではないのだが、祖母が騒がしいところが苦手だったこともあり足を運ぶ機会がなかった。

「まぁ、近くにない限り頻繁には行かないもんだよね。あ、そう言えば――」

 学校のことに話題が変わり、その後はテレビやファッションの話を楽しむ。そんな他愛のない会話をしている間に目的の場所に着いた。

「……あれ? 着いた……はず?」

 フロアマップと辿り着いた店を交互に見ながら莉緒が首を傾げる。目の前の店舗は外観も中も真っ暗で陳列棚には水晶や蝋燭、目から怪しい光を放つ髑髏、ハンガーラックには黒いマントなどが並べてあった。とても旅行用品店には見えない。

「常闇と障子じゃん」

 店舗内には先ほど別れたはずの常闇と障子がいた。常闇は商品を吟味しており、障子は少し離れたところでそれを待っているように見える。

「おまえたち、旅行用品店に行ったんじゃないのか?」

 障子が莉緒たちに気付いて声をかけてくる。彼の話によれば、林間合宿用の衣服を見に行く途中で常闇がこのお店に寄りたいと言ったらしい。

「マップ通りに来たはずなんだけど……障子くん、ここって何て名前のお店なの?」
「ああ、“開闢の終焉ラグナロク”だ」
「……ん?」
「開闢とは世界の始まりのことで、ラグナロクとは北欧神話で世界の終末を意味する言葉ですわ」
「さすが百ちゃん、物知り」
「それ結局、世界はどうなってんの?」
「世界が滅んでまた新たな時代が始まる、と言う意味なのでしょうか……?」
 
 莉緒がフロアマップで“開闢の終焉ラグナロク”を探すも、旅行用品店の近くにそのような名前の店がなく、不思議そうな表情を浮かべる。それを見かねたのか、障子が「貸してみろ」と言うのでマップを預けた。そうこうしているうちに、常闇の買い物も終わったようだ。
 常闇の手には燃え盛る大樹がプリントされたショッパーが握られていた。もしかして、これが“開闢の終焉ラグナロク”――滅ぶ世界と新たな時代を示しているのだろうか。

「フッ、望月たちもこの混沌とした世界に引き寄せられたのか」
「こんとん……」
「混沌とした世界のことは知らないけど、迷ったっぽいね。莉緒が張り切って案内してたから任せてたんだけど……」
「マップが古かったのでしょうか……?」
「望月……旅行用品店は逆だぞ」
「え?」
 
 障子がフロアマップを指さし、莉緒が視線でそれを追う。旅行用品店と“開闢の終焉ラグナロク”は真逆に位置していた。

「今までよく間違ってるのに気付かなかったな」
「うーん。色んなお店があって、あちこち見てたからかな?」
「え、でもスタートの時点で間違ってない?」
「あれ、ほんとだ。何でだろう……」

 莉緒はマップを受け取ると、不可解な面持ちでそれをぐるぐると回す。その様子を見ていた耳郎が「あー」と声を出し、八百万と障子も納得がいったような表情をしている。

「二人ともごめんね、私のせいで間違っちゃったみたい」
「……いや、何か莉緒の意外な面が見れたからいいよ」
「ええ、莉緒さんにも苦手なことがあるんですね!」

 耳郎も八百万も気にしていないようだったので、莉緒は安堵の息を吐いた。

「障子くん、ありがとね」
「今度は迷わないようにしろよ」
「うん。常闇くんも、お買い物邪魔しちゃってごめんね」
「気にするな、望月は天使や悪魔を召喚するから共鳴しやすいのだろう。また深淵を彷徨うようであれば連絡をしろ」
「しんえんをさまよう……」
「あー、迷子ってことかな?」

 耳郎のおかげで理解した莉緒は、常闇と障子にお礼を言って別れた。フロアマップは八百万の手に渡り、今度こそ旅行用品店を目指す。
 目に留まった雑貨店やアパレルショップに入ったりと寄り道をしながらも、無事に旅行用品店で目的のものを購入することができた。

「ちょっと休憩する?」

 次はどこへ行こうか、と話していたところで耳郎から提案をされる。彼女の視線の先にはショッピングモールに設置してあるベンチがあった。

「そうだね。私、飲み物買ってくるけど響香と百ちゃんはいる?」
「じゃ、ウチはお茶で」
「私は大丈夫ですわ。ありがとうございます」

 莉緒は二人から離れ、近くの自動販売機で自分用の水と耳郎のお茶を購入する。ペットボトルを持ちベンチへと戻る莉緒の視界に、楽しそうに笑っている耳郎と八百万の姿が映った。

 友だちと遊ぶことなく訓練に励み、家のことやお見舞いで忙しかった幼少期。同級生のほとんどが『ヒーローになりたい』とは言うが、口にするだけで実際に何かをしている子はいなかった。本気で取り組む莉緒と同級生の間には自然と溝ができていた。
 自分で選択した人生だ、後悔はしていない。それでも、寂しさを感じることはあった。

 ――雄英に入れて、ほんとに良かったなぁ。
 そう思いながら二人を見ていると、視線に気付いたのか耳郎と八百万が手を振ってくる。
 あの時、自分のことを優先させて諦めていた友だちとの時間。今は夢を追い続けながらも、かけがえのない時を過ごせている。
 莉緒は幸せそうな笑みを浮かべ、二人の元に足を進めた。