夢と温もりを抱きしめる

 焼けるように強い日差しのなか、一週間分の荷物を持った莉緒は轟と一緒に学校へ向かった。
 学校で全員の集合を待っている間、莉緒は手で口元を隠して欠伸を繰り返していた。目元に浮かんだ涙を拭っていると、A組を煽るような明るい声が耳に届く。どうやらB組の物間が絡んできているようだ。
 直接話し掛けられたわけではないため会話には参加していなかったのだが、物間から一瞥されたような気がして首を傾げた。

「莉緒ー、どこ座るー?」

 バスに乗り込んだ莉緒の耳元で、芦戸が「轟の隣、空いてるよ」と声を掛ける。

「変な気を使わなくていいから!」
「まぁまぁ。轟ー! 隣空いてるのー?」
「ああ。望月が座るかと思ったんだが、芦戸と座るのか?」

 “隣に座るのが当たり前”みたいな発言に莉緒が固まった。
 芦戸は「莉緒も轟の方が良いだろうし、あげるねー!」と勝手に話を進めていく。

「で、でも私、昨日寝れなかったからバスの中で仮眠をとろうと思ってるんだけど……」
「そういや今日はよく欠伸してたな。ちゃんと寝ておかないと訓練の時に倒れるぞ」
「うん。だから私じゃない方が轟くんもお喋りできて楽しいんじゃないかな?」
「……? 俺は望月といるといつも楽しいぞ」

 莉緒の顔が一気に赤く染まった。
 “この気持ちを焦らずゆっくり育てていく”つもりだったのだが、轟の無自覚な攻めにどぎまぎする。夏の暑さと寝不足と、轟のトリプルコンボで脳内は大混乱だ。

「はいはい、バスも動くし莉緒も座ってー!」
「眠るなら窓際の方がいいか?」
「あ、え、通路側で大丈夫です……」

 大人しく轟の隣に座った莉緒を見て、芦戸はニヤニヤしながら前の席に座った。芦戸の隣にいる葉隠も笑っているような気がする。
 芦戸の策略にまんまと嵌められてしまった莉緒だが、バスが動き出すとその揺れに合わせてすぐに船を漕ぎ始めた。隣に座る轟の存在や、盛り上がっているクラスメイトの声が次第にぼんやりとしていき、眠気に身を任せた。




「起きろ、望月」

 出発してもうすぐ1時間が経とうとしている。
 莉緒は眠っていたため聞いていなかったが、相澤からバスが一度止まることが説明されていた。

「あー! 莉緒ちゃん、轟くんの肩に凭れてぐっすりだ〜!」

 バスの振動により、いつの間にか莉緒は轟の左側に寄りかかっていた。轟が軽く揺すって起こそうとするも、返事にもならない言葉が返ってくるだけで起きる気配はない。

「……望月」
「…………あと、5……じかん」
「そりゃ無理だ」
「莉緒ってば、どんだけ寝不足なのー?」

 前の席に座る葉隠と芦戸は笑いながらその様子を見ている。
 気持ちよく眠っていたのを邪魔されたのが嫌だったのか、莉緒は轟の左胸に顔を埋めてすりすりと額をこすりつけた。

「莉緒、赤ちゃんみたい!」
「可愛いね〜!」
「お、おい……っ!」

 楽しそうな女子二人の声とは対照的に、轟はどうすればいいのか分からず焦っているようだ。

「……モルガナ、あったかくて……きもちいい」

 バスの冷房で体が冷えたのか、莉緒は轟の左腕を抱きしめて暖をとる。

「……望月。頼む、起きてくれ」
「んっ……あれ? モルガナ、固い?」

 轟の腕を触って感触を確かめる莉緒は、モルガナだと思って抱き着いたものが実は違うものだということに気付き始めた。

「モフモフしてない、黒い毛もない……何で?」

 目を摩りながら顔を上げる。そのとろんとした眼に映ったのは綺麗なオッドアイだった。拳ひとつ分ほどしかない近い距離にあり、今にも互いの呼吸が触れ合いそうだ。

「…………え?」

 たっぷりと間を空けた後、莉緒から間抜けな声がもれる。

「え、あの! え!?」

 素早く轟と距離を置き、自分が何をしていたのかを思い出して顔を赤くさせた。怖くて相手の目を見ることができない。

「ご、ごめん! モルガナと間違えて……あ、モルガナって言うのは猫なんだけど……猫でいいのかな? と、とりあえず昔飼ってて、いや私が飼ってたんじゃなくて蓮……じゃなかった、友だちの猫で、だからそのー、えっとー」

 パニックになり、あたふたと視線を泳がせる。一体何の説明をしているのか、もう分からなくなっていた。

「……望月」
「ひぃ! ご、ごめんなさ〜い!」

 怒られると思って謝罪した莉緒の声は、随分と情けない。それを見ていた葉隠と芦戸はゲラゲラと笑っている。

「怒ってねえから落ち着け」
「え、怒ってない? ほんと?」
「ああ」
「よ、良かった〜! 嫌われたかと思ったー!」
「俺が望月を嫌うわけねえだろ」
「そうなの?」
「ああ」

 『怒ってない』、『嫌われていない』ということに安堵していた莉緒に、轟の発言を深く考えるような余裕はなかった。

「莉緒ちゃん、寝坊助だ〜!」
「だ、だって楽しみすぎて昨日眠れなかったんだもん!」
「小学生みたい! あ、バス着いたよ!」
「三奈、ひどい……ん? 合宿先に着いたの?」
「いや、一回バスが止まるらしい。望月、降りれるか?」
「はーい」

 莉緒は轟に促され、バスから降りる。
 行きと変わらずカラッとした天気に、背伸びをして固まった体をほぐす。まだ頭は完全には覚めてはいないが、日差しを浴びていると光合成をしているかのように力が漲る。

 バスは高台の広場に止まっており、周りは山や深い森に囲まれている。てっきり休憩だと思っていたのだが、パーキングエリアではないようでトイレもない。

「よーう、イレイザー!」
「ご無沙汰してます」
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」

 いきなり現れた二人のプロヒーローがキャッチフレーズと決めポーズを披露する。そのテンションの高さに寝起きの莉緒はついていけず、目を瞬かせた。

 ヒーローに詳しい緑谷の情報によると、連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団で、山岳救助などを得意とするベテランチームだそうだ。
 ボブヘアで赤色の戦闘服コスチュームを着ているのが“マンダレイ”。金色の髪を一つに結び、水色の戦闘服コスチュームを着ているのが“ピクシーボブ”だ。猫をイメージしたようなヘッドセットに肉球グローブ、メイド服風の戦闘服コスチュームで揃えている。
 彼女たちは今回お世話になるヒーローだと相澤から紹介があった。マンダレイの隣には、なぜか小さな男の子の姿がある。

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

 マンダレイが指さしたのは高台の下に広がる森だった。ここからでは、その宿泊施設とやらは確認できない。

「今はAM9:30、早ければぁ……12時前後かしらん」

 マンダレイが不敵な笑みを浮かべ、不穏な空気を察した芦戸や口田、切島たちが急いでバスに戻ろうとする。

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 ピクシーボブの両手が地面に触れると、そこから津波のように土が押し寄せて莉緒たちを呑み込んだ。高台の下にある森へと落ちながら、マンダレイの声が聞こえた。

「私有地につき“個性”の使用は自由だよ! 今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ! この……“魔獣の森”を抜けて!」