魔獣の森

 落下しながら体勢を整えようとするも、背後から更に土の波に押されて為す術なく落ちていく。
 目の前に地面が広がり、莉緒は咄嗟に目を瞑った。

「――っ!」

 衝撃を覚悟していたのだが、ピクシーボブの土が思った以上に柔らかく、それがクッション代わりになった。

「望月、怪我はないか?」
「土のおかげでなんともないよ、ありがとう。でも服の中にいっぱい入って気持ち悪い……」

 轟の手を借りて立ち上がり、服の襟元をばたつかせて土を落とす。そんな莉緒の胸元を峰田が凝視しているのに気付いて背を向けた。
 「上から見たいからしゃがんでくれ!」や「オイラが土を落としてやる!」などの言葉を無視していると、峰田は文句を言いながら森の中に走って行った。どうやらトイレが我慢できなくなったらしい。

 莉緒は呆れたように息を吐く。その耳に瀬呂と上鳴の叫び声が飛び込み、彼らの方に視線を向ける。そして、その先に見えた光景に目を丸くさせた。
 森の奥から木々の隙間を縫うように四足歩行をしてくる土色の獣がいたのだ。これがマンダレイの言った“魔獣”なのだろうか。

「静まりなさい獣よ! 下がるのです!」

 口田が魔獣を操ろうとするが、動物を従えるはずの“個性”が通じていない。そればかりか、魔獣が腕を振り上げて攻撃を仕掛けようとしている。

「カグヤ! 輝矢!!」

 光り輝く矢が降り注ぐのと同時に、緑谷と飯田、轟、爆豪の攻撃が決まった。魔獣は破壊されて土くれがボロボロと落ちていく。

「なんなんだよ、あれ!」

 上鳴が地面に散らばる土のかたまり――魔獣だったものを指さして叫んだ。

「ピクシーボブが土を操作してるんじゃないかな? 私たちを森に落としたのも土だったし、そういう“個性”なのかも」
「僕も望月さんの言う通りだと思う。口田くんの“個性”が効いてなかったことを考えても、あれは造り出されたものの可能性が高い……ってことは――」

 莉緒と緑谷の視線が交わる。彼の言いたいことが分かった莉緒は、深く頷いて言葉を引き継ぐ。

「うん。魔獣の森って言ってたくらいだし、さっきのが進むたびに出てくるのかもね」
「よし! まずは全員の安否確認の後、情報を共有して作戦を立てていこう!」 
「おまえら冷静だな、すげーや……」

 素早い状況判断をする二人と指示を出していく飯田に、上鳴がぼそりと呟いた。
 土のクッションに埋もれていたままだった生徒たちも集まり、飯田から先ほどの莉緒と緑谷の所見が伝えられる。

「わかったわ。何か策はあるのかしら?」
「うむ、そうだな……」

 蛙吹の言葉に、飯田が顎に手を添えて考え込むような仕草を見せた。

「隊列を組むのはどうかな?」
「望月くん、何か案があるのかい?」
「うん。緑谷くんや轟くん、爆豪くんは機動力があるし、さっきみたいに魔獣に先手を取れるから前衛を――」
「ッケ! やりたきゃ勝手にやってろ! 俺は先に行くからな!」

 莉緒の提案を遮り、爆豪は一人でスタスタと森の中を進んで行く。指示されるのも、協力して進むのも嫌なようだ。

「待ってよ爆豪くん! 宿泊施設までの距離や魔獣の数もわからないこの状況で一人になるのは自滅行為だよ」
「だったらてめェの案とやらを言ってみろや! しょーもねぇ作戦だったらぶっ飛ばすぞ!」

 喧嘩腰で睨まれた莉緒は軽く息を吐き、クラスメイトの顔を見回す。

「……前衛はさっき言った三人と切島くん。その後ろに索敵のできる響香と隣に百ちゃん。響香は異変を感じたら前方に伝えて、百ちゃんは後方のメンバーに指示を与えて欲しいの」
「りょーかい」
「わかりましたわ!」
「――え、俺!?」

 耳郎と八百万は頷いているが、切島は自分を指さして驚いたような声を上げた。

「このメンバーなら飯田の方が良いんじゃねえか? 俺は爆豪たちと違って機動力ねえし……」

 同じ前衛メンバーである緑谷たちを見て、切島は不安そうな表情を浮かべている。

「機動力があるってことは、それだけ前に飛び出して行くってこと。響香には索敵に集中して欲しいし、百ちゃんも指示を出している最中は攻撃に転じにくい。そんな時、切島くんのように防御力の高い人が前にいたら心強いと思うの」

 切島の不安を取り除くように、莉緒は言葉を続ける。

「それに私は、切島くんに機動力がないとは思ってないよ」
「え? でも俺は救助訓練レースの成績もよくなかったし……」
「あれは迷路のような密集工業地帯で立体機動が必要だったからでしょ? ここは森林地帯、場所が変われば求められることも違う。切島くんだから前衛を任せられるんだよ」
「……悪りぃ、望月。俺、期末も赤点だったし弱腰になってたぜ。こんなの漢らしくないよな!」

 自分の両頬を叩いて気合を入れ直した切島は、やる気に満ち溢れていた。

「望月の人心掌握術やべぇーな」
「ふふ。全部、本当のことだよ」

 砂藤がポツリと言葉をもらす。
 莉緒は「うおおお!」と滾っている切島に微笑ましそうな表情を向けた後、作戦の続きを話していく。

 殿を務めるのは莉緒と常闇。莉緒は物理に耐性があり、常闇は黒影ダークシャドウで防御にも優れ、かつ死角を探ることもできる。
 莉緒たちの前には障子と飯田。障子は耳郎のように索敵を担い、何かあれば殿の二人に伝える。飯田はその情報から前にいるメンバーに指示を出すことと、A組全体の状態を把握し遅れている生徒がいないかチェックをする。
 また、指示が重複しないように隊列の中でも前列は八百万、後列は飯田の指示を受ける――そう伝えた後、莉緒は爆豪に視線を送った。

「お、おう……」

 しっかりと組まれている作戦に爆豪は若干引いているようだった。文句を言ってこないあたり、納得はしているのだろう。

「さっき名前を呼ばれた人以外は二人、もしくは三人一列になって外側は攻撃や守備に優れた人で固めて欲しい。あと、口田くんの“個性”で施設までの距離ってわかるかな?」
「う、うん。鳥にお願いすれば……」
「じゃあ、随時伝えてもらってもいい? 残りの距離がわかればペース配分できるし、その辺の調整は各自の判断に任せるね」
「さすが望月くん、完璧な作戦だな!」
「あ、それと出発前に――」

 莉緒はトランぺッターを召喚してマハラクカジャ、マハタルカジャ、マハスクカジャを唱える。
 A組全員の足元が光り輝き、防御率と攻撃力、命中・回避率が上がった。

「……体がとても軽くなったわ、すごいわね」
「おぉ〜、莉緒ちゃんのこれ初めて! 体験してみたかったんよね〜!」
「数分しか持たないし、効果が切れるたびにスキルを使ってたらSPが枯渇して寝ちゃうから頻繁にはかけ直しはできないけどね」
「ありがとう、望月くん。よし、A組出発だ!」

 作戦通りに隊を組み、それぞれの“個性”を生かし連携して森を進んでいく。

「爆豪、2時の方向から来てる!」
「援護するぜ爆豪!」
「尾白さん、上鳴さんのサポートを!」
「常闇、望月! 後方から二匹!」
「峰田くん、どうしたんだ! 大丈夫か!? 悟りを開いたような顔をしているぞ!」

 莉緒はペルソナの物理攻撃を使用し、体力が少なくなるとトランぺッターの物理吸収で回復させるようにしていた。こうすることにより、体力消費の激しい物理攻撃を繰り返し使用することができる。今のところSPは寝るしか回復手段がないため、カジャ系以外は使わないようにしていた。
 
 そうやって進むこと数時間。太陽が沈み始め、空が赤く染まる。
 PM5:20――。

 魔獣の森を抜けると、宿泊施設である『プッシーキャッツのマタタビ荘』が見えてきた。施設の前では相澤とマンダレイ、ピクシーボブ、小さな男の子が到着を待っている。

「望月、大丈夫か?」
「……うん、なんとか。さすがに疲れて眠たいけどね」

 無事に全員で辿り着いたが、制服は土や汗で汚れ、体力的に限界を迎えていたり、“個性”の副作用で辛そうにしている者がほとんどだ。

「轟くんは大丈夫? ごめんね、私の立案で轟くんたちに負担を掛けちゃったから……」
「いや、あの状況なら仕方ねえ。それに望月だって殿で大変だったろ。俺は大丈夫だから気にするな」
「ありがとう、轟くん」

 マンダレイが3時間くらいで着くと言っていたが、到着までに約8時間を要した。あの言葉は『マンダレイたちなら』という意味だったらしい。
 なかなか辿り着かないゴールに嫌気が差す人や自棄を起こす人、モチベーションが下がる人が出るたびにカジャ系スキルを使って皆の体を誤魔化してきた。一時的とはいえ、体が軽くなると気分も軽くなるのだ。それ故、思った以上にSPを消費してしまった。

 ――バスの中で仮眠してて良かった……。
 莉緒は眠そうにゆっくりと瞬きを繰り返しながら、そう思った。
 もし寝不足の状態で魔獣の森に投げ出されていれば、貧血でも起こしていたかもしれない。

「正直、もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ、君ら……特にそこの5人」

 そう言ってピクシーボブは莉緒と轟、飯田、緑谷、爆豪を指さす。

「躊躇の無さは経験値によるものかしらん? それに貴女の素早い判断と作戦も良かったわ」

 どうやら魔獣との戦闘を見られていたようだ。
 ピクシーボブのヘッドセットにはゴーグルが付いている。恐らく、莉緒の兎面のような液晶になっており、こちらの動きを把握した上で魔獣を操作していたのだろう。

「三年後が楽しみ! ツバつけとこー!」

 本当に「プップッ」と勢いよくツバを飛ばしてきたため、轟が莉緒の手を引いて自身の背中に庇い、距離を取った。
 轟の行動と手を掴まれても抵抗なく受け入れている莉緒を見て、ピクシーボブは恨めしそうな目を二人に向ける。その様子を目撃していた相澤が「あの人、あんなでしたっけ」とマンダレイに尋ねると、「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」と返答があった。

「庇ってくれてありがとう。でも、ピクシーボブは轟くんにツバをつけたかったみたいだし、私が庇えばよかったね」
「望月の方が性別も一緒だから同じチームにスカウトしやすいんじゃねえか?」

 莉緒には相澤とマンダレイの会話が聞こえていたのだが、轟の耳には届いていなかったようだ。
 勘違いをしている轟が可愛く思えて、自然と笑みが浮かぶ。

「ふふ。そうじゃなくて、恋人とか結婚相手って意味みたいだよ」
「そうなのか? でも俺は――」

 轟に見つめられ、言葉の続きを静かに待つ。彼の瞳に熱がこもり始めているのを感じ、莉緒は恥ずかしそうに頬を染めた。

「ちょっと、私の目の前で甘酸っぱい雰囲気出さないで! ってか、この二人まだだったの!?」

 ピクシーボブが二人の間に割って入り、引き離す。初々しさの中にある微妙な空気感を察したのか、言外に「まだ付き合っていないの?」と他のA組の生徒に聞くと、耳郎や八百万が頷いていた。

「ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 莉緒と轟を中心にふわふわとした雰囲気が漂うなか、緑谷がマンダレイとピクシーボブのそばにいる小さな男の子について尋ねる。
 “洸汰”と言う名前でマンダレイの従甥だと紹介があった。彼はマンダレイたちのお手伝いをしてくれるらしく、一週間一緒に過ごすことになる。

 緑谷が自己紹介をして握手を求めた。しかし、洸汰は握り拳を作ると緑谷の股関めがけて突きを入れる。

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」

 それだけ言うと、崩れ落ちている緑谷を無視して施設に入って行った。そんな彼の後ろ姿を見ながら爆豪は「マセガキ」っと、鼻で笑っている。

「え、爆豪くんに似てない?」
爆豪おまえに似てねえか?」

 思わず言葉がもれてしまったが、轟も同じことを思っていたようで被ってしまった。

「あ? 似てねえよ、眼科行ってこい兎女! つーかてめェ、喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎!」

 そんなところがそっくりなんだけど――と言いかけた莉緒だったが、それはさすがに口を噤んでおいた。