幸せのうちに目を瞑る

「部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後、入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ、早くしろ」

 相澤に急かされ荷物を置いてから食堂に向かうと、テーブルにはご飯に唐揚げ、サラダなど美味しそうな料理がたくさん並んでいた。お昼抜きでお腹が空いていた生徒たちはすごい勢いでご飯を掻き込む。

 誰かが作った料理を久しぶりに食べた莉緒は、その美味しさを噛みしめる。
 ふと目を上げると、マンダレイに指示をされてお手伝いをしている洸汰の姿があった。不服そうな表情ながらも言われた通りに野菜を運んでいる様子が、昔の自分――祖母のお手伝いをしたり、作った料理を美味しいと言ってもらえなくて拗ねる自分と重なって見えた。

 ――洸汰くんと仲良くなれるといいなぁ。
 せっかく一週間を一緒に過ごすのだ。どうせならギスギスするのではなく、仲良くやっていきたい。そう思いながら、莉緒は箸を動かした。


「あぁ〜、体にしみわたる〜」

 食事の後は待ちに待った入浴の時間。
 莉緒は体や髪を洗ってから、ゆっくりと湯船に浸かる。岩を背もたれにして寄りかかり、気持ちよさそうに目を閉じた。まさか温泉だとは思っておらず、嬉しいサプライズだ。

「莉緒ちゃん、魔獣の森で大活躍だったもんね」
「ありがとー、とおるちゃーん」
「あかん、莉緒ちゃんが蕩けよる」

 リラックスし過ぎてうとうとし始める。このまま眠ってしまいそうだ。しかし、それを邪魔するように壁の向こう側――男湯から峰田の声が聞こえてきた。
 疲れきっている莉緒の体は言うことを聞かず、まぶたが重くて目を開くことができない。耳から入る情報によると、峰田が何かをしていてそれを洸汰が阻止してくれたようだ。何をしようとしていたのか予想できるのが残念でならない。

 洸汰にお礼を言う芦戸たちの声が聞こえ、莉緒も続こうとしたが、押し寄せる眠気に勝つことができずに夢心地に包まれていく。そのため、男湯が再び騒がしくなったことには気付かなかった。

「あっちぃッ!?」
「何か急に熱くなったよね? 誰かバルブとか触った?」
「そう言うのって俺らはいじれないんじゃね?」

 上鳴と尾白、瀬呂が急に熱くなった温泉から避難するように立ち上がる。

「ってことは、爆豪か轟の“個性”だろ!」
「あ!? 何で俺がンなことしなきゃならねえんだよ、クソ髪!」
「おい、轟の左側から尋常じゃねえほどの湯気が出てるぞ!」

 砂藤が異変に気付き、他の男性メンバーも轟に視線を送った。轟本人はいたって平然としているが、左側の湯が沸騰しているように見える。

「峰田のところが特にやばくなってるぞ!?」
「やめろ轟ー! オイラを茹でるつもりか!」 

 こんな出来事があったことは、莉緒は知る由もない。




 お風呂上がりの莉緒はロビーに設置してあるソファに座り込んでいた。温泉で眠っていたところを耳郎たちに起こされたのだが、すっかりのぼせてしまったため休憩していたのだ。ちなみに、他の女性メンバーは先に部屋に戻っている。

 近くの自動販売機で買った水で喉を潤し、軽く息を吐く。
 楽しみだった合宿は初日からハードだった。それでも、全員で魔獣の森を攻略したり、一緒にお風呂に入ったり――それがとても嬉しかった。
 明日からのキツイ訓練を想像すると気が沈みそうになるが、強くなるのに近道などない。
 魔獣の森で気付いた課題や改善点を考えているうちに、また眠気が襲ってきてソファに身を委ねてゆっくりと目を閉じた。

「――望月?」
「……とどろき、くん」

 重たいまぶたを開けると、その瞳にはこちらを窺う轟の姿が映った。彼の手には自動販売機で買ったであろう飲み物が握られている。
 莉緒の座っているソファは自動販売機からは影になっており、名前を呼ばれるまで気付かなかった。

「おまえ、こんなところで寝てると風邪引くぞ」

 施設内には冷房が効いている。キャミソールにショートパンツ姿の莉緒は、のぼせた体が冷えていつの間にか湯冷めしていた。
 キャミソールの上に羽織るカーディガンを家から持参していたのだが、女子部屋に置いてきてしまったため手元にはない。

 自覚してしまうと余計に寒く感じ、思わず剥き出しの二の腕を擦った。そんな様子を見かねたのか、轟は羽織っていたシャツを脱ぐと莉緒の肩に掛ける。そして、そのまま隣に座った。

「……轟くんの匂いがする」

 シャツが落ちないように抱き寄せると、轟の香りに包まれた。しかも、それだけではなく――

「あったかい……」

 お礼を言うと、轟は顔を逸らし素っ気ない返事をした。それを不思議に思うよりも眠気の方が強かった莉緒は、轟の左側に引き寄せられるようにもたれ掛かる。

「眠いのか?」
「……うん、疲れちゃった」

 先程からのこの強い睡魔は、魔獣の森での疲労はもちろんだが、それ以上にSPを使い過ぎたことにより体が強制的に睡眠状態にさせようとしているのだ。

 隣に轟がいるのに、眠ってしまうのはもったいない――そう思っているのに、抗うことができない。この状態だと、長い時間一緒にいることはできないだろう。
 それを寂しく感じて、半袖Tシャツから伸びる轟の左腕にそっと触れた。こうしているだけで体がポカポカしてくるのは彼の“個性”の影響なのだろうか。
 轟は戦闘中も炎を使うようにはなったが、今までの経緯もあり自分の左側を好ましく思っていないようだ。でも――

「……私、轟くんの左側も好きだよ」

 そんなことを考えていたら、自然と言葉がもれていた。

「温かくて安心するの。轟くんが優しい人だって教えてくれるから。だから――」
「……」
「…………」
「?」

 言葉が不自然に止まる。それを疑問に思ったのか、轟が顔を覗き込むと莉緒は静かに寝息を立てていた。
 轟は呆れたような表情で莉緒の顔にかかる横髪をそっと払い、優しい声で呟いた。

「……おやすみ、望月」

 前腕に触れる莉緒の手を、反対側の手のひらで包み込む。小さな手は轟の大きな手にすっぽりと覆われた。そのまましばらく時間を過ごした後、轟はお姫様だっこをして莉緒を部屋まで運んだ。
 女子部屋の面々は驚いたような表情をしていたが、幸い芦戸や葉隠は寝ていたため騒がれるようなことはなかった。

 轟は蛙吹や八百万に手伝ってもらい莉緒を布団に寝かせると、風邪を引かないようにと貸していたシャツを引っ張る。しかし、莉緒がしっかりと握り締めており離す様子はない。
 目を丸くさせた轟だったが、すぐに穏やかな表情へと変わり、シャツをそのままにして男子部屋に帰って行く。そんな彼の背中を、蛙吹や八百万たちが微笑ましそうに見ていた。