我ーズブートキャンプ

 合宿二日目、AM5:30――。
 ジャージに着替えて外に出た莉緒は、寝ぼけまなこをこすりながら相澤の説明を聞いていた。
 今日から本格的に強化合宿が始まるが、その目的は全員の強化及びそれによる“仮免”の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。
 
「というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

 そう言って相澤は爆豪にボールを渡す。それは入学初日、個性把握テストのソフトボール投げで使用したものだ。その時の彼の記録は705.2m。
 相澤は「どんだけ伸びてるかな」と軽く煽りを入れ、それを受けた爆豪は腕をブンブン振り回して準備運動をする。

「くたばれ!!」

 振りかぶって投げられたボールが爆風に乗って空高く飛ぶ。
 前回は『死ね』だったよね――と思いながら莉緒が見ていると、ピピッ……と相澤の持っている端末に結果が送られる。

「709.6m」

 三ヶ月ぶりの測定。授業や体育祭、職場体験など様々な経験を経て成長したと思っていたのだが記録は伸びなかった。

「確かに君らは成長している。だが、それはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインだ」

 相澤によると、“個性”そのものは今見た通りそこまで成長していないらしい。

「だから、今日から君らの“個性”を伸ばす。死ぬ程キツイがくれぐれも……死なないように――」

 そんな脅しのような言葉が嘘偽りではなく本当になるとは、まだ誰も想像していなかった。




 莉緒の“個性”伸ばし訓練は、前半と後半で別々のメニューになっていた。
 まず、前半はひたすら外回りの走り込み。ルートに沿って走っていたのだが、いつの間にか迷子になってしまい、同じく外回りを走っていた飯田に何度か捜索されるようなことがあった。
 初めての場所だから迷うのはしょうがない――そう思っていた莉緒だったが、飯田は「別れ道のないルートだから迷うはずはないのだが……」と不思議そうにしており、二人で顔を見合わせて首を傾げた。

 後半はワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの一員である“虎”の我ーズブートキャンプによる殴る蹴るの暴行によるしごき。
 虎は茶色を基調としたメイド服風の戦闘服コスチュームに筋骨隆々とした肉体という激しいギャップの持ち主だ。彼女――彼は単純な増強型の“個性”の人たちの指導を行っている。

「緑谷くん、大丈夫?」
「あ、望月さん。大丈夫だよ、何とかね……もしかして望月さんも?」
「うん、そっちのグループに入れてもらうことになったの。B組の人たちも一緒なんだね」
「宍田獣郎太ですぞ」
「回原旋だ」
「望月莉緒です。よろしくね」

 我ーズブートキャンプの参加者は同じクラスの緑谷と、B組の宍田と回原だ。
 彼らは筋肉をつけるために筋繊維が切れるほど激しい動きをしており、疲労困憊の様子。莉緒の場合は筋肉よりもペルソナの物理攻撃に必要な体力をつけることが目的だ。

「人数も増えたところで、おまえたちの体のキレを確認する」

 虎は初めから参加している三人に、莉緒に向けて攻撃をするように指示をした。莉緒は“個性”を使わなければ自由に反撃をしていいそうだ。
 最初はB組の宍田から。すでに体力の限界を迎えているようでぐったりとしていたが、“個性”であるビーストで獣化すると体格が大きくなった。

「遠慮なくいきますぞ!」

 テンションが高くなった宍田の右の大振りを身を翻して避け、体勢を低くして無防備になった背後から足を払う。
 背中から地面に倒れた宍田は頭を打ったのか、そのまま意識を失ってしまった。

「え、宍田くん? 大丈夫?」
 
 打ち所が悪かったのかと心配し、莉緒は慌てて声を掛ける。優しく肩を叩くと宍田からいびきが聞こえてきた。

「……うそ、寝ちゃったの?」
「もう終わりか!? 仕方ない。男ども、運んでやれ!」

 唖然としている莉緒を余所に、虎に言われて緑谷と回原の二人がビーストモードが解除された宍田を引っ張り森の木陰に移動させる。

「さっさとやるぞ! 次は誰が行くんだ?」
「僕が行きます!」

 立候補したのは緑谷だった。一定の距離を置いて向かい合って立ち、静かに視線を交わす。緑谷の強い眼差しを受けた莉緒は臨戦態勢に入る。
 先に動いたのは緑谷だ。“個性”を灯した拳を放ってくるが、攻撃が届く寸前に彼の前腕側面に触れて軌道を変えさせる。そして、そのまま腕を掴んで一本背負いを決めた。
 次の攻撃に備えて急いで体勢を整え、緑谷の方を確認すると――

「……おい、こいつも気を失ったぞ?」
「――え?」

 緑谷は仰向けに倒れたきり動かない。莉緒は思わず目をぱちくりとさせた。

「望月……おまえ、やべぇーな」
「いや、私がって言うよりも虎さんの訓練がヤバかったんじゃないかな?」

 莉緒の反撃だけで宍田や緑谷が意識を失うとは思えない。元々、相当な疲労が蓄積されていたのだろう。
 莉緒が心配そうに顔を覗き込んでいると、虎が片手で緑谷の足を掴み乱暴に宍田の隣に転がした。緑谷は蛙が潰れたような声を出したが、目を覚ますことはなかった。

「どいつもこいつも、だらしないな。おまえらのプルスウルトラはこんなもんか? あ?」
「よ、よし! じゃあ、俺の番だな。こいつらみたいに甘くないから覚悟しろよな」

 厳つい表情の虎から慌てて視線を逸らした回原は、好戦的な笑みを浮かべると腕と指をドリルのように回転させながら莉緒に迫ってきた。

「おまえにハンデがあったって関係ねえ! 勝つのは俺だ!」
 
 回原の“個性”は旋回。体中のあらゆる部位を回転させて相手の攻撃を弾き、防御されても削り倒す。そのため緑谷の時のように攻撃を逸らすことはできない。身体能力のみで戦うには相手が強すぎる。
 莉緒は相手の攻撃を避けるだけの防戦一方になっていく。

「来ねえならこっちから行くぞ、望月!」
「――っ!」

 仕掛けてこないことにしびれを切らしたのか、回原はさらに距離を詰めて攻撃してくる。その攻撃を咄嗟に避けるも、避けた先には彼の足が待っていた。
 両腕でガードをして直撃は免れたが、回転の威力が加わった蹴りによって吹っ飛ばされる。地面に片手をついて転倒を防ぎ、そのまま後方に回転して衝撃を逃がした。その際、腕にピリッとした痛みが走り思わず顔をしかめる。

 回原も緑谷たちのように疲れているとしても、長期戦は不利。そして接近戦も不利。
 “個性”の使用は不可、武器もない――でもきっと、ヒーローをしているとこんな状況やピンチが何度も訪れるのだろう。
 莉緒は深く息を吐き、前を見据えて瞳に回原の姿を映す。そして、口元に笑みを浮かべた。
 
 お互いが前に出て距離が縮まる。恐らく、これが最後の攻防。
 回原の腕ドリルを体勢を低くして避け、そのまま後ろ回し蹴りのように相手の足を払う。

「その足払いはさっき見たぜ!」

 攻撃を見切っていた回原は上に跳んで躱し、ドリルのような指を莉緒に向けた。

「これで、俺の勝ちだ!」

 勝利を確信しているかのような表情の回原。対する莉緒も、思惑通りの展開に目を細めた。
 莉緒は足払いを掛けた攻撃の勢いを利用してくるりと立ち上がり、自分に向かってきている腕を踏みつけて地面に固定する。

「――なっ!?」

 突然体勢を崩された回原が莉緒を見上げ、その上向きになった顎に蹴りを入れた。踏みつけていた腕を解放し、地面で軸足のバランスを取り直して後ろ回し蹴りを再び顎に決める。
 回原の体が飛び、そのまま背中から地面に叩きつけられた。

「よォォォし、そこまでだ!」

 虎の合図で勝負が終わり、莉緒は額に流れる汗を拭うとほっと息を吐いた。