「っだー! マジか、負けた! 絶対勝ったと思ったのによォ!」
回原が地面に大の字になったまま大きな声を出す。負けたのが相当悔しかったようで、それが声色から滲み出ていた。
「望月はともかくとして、三人ともまだキレキレだったじゃないか! もっと厳しくする必要がありそうだな」
倒れている男衆と莉緒に視線を走らせた虎が、不穏な言葉を告げる。どんな厳しい訓練にしようかと楽しそうに顔を歪ませる姿を見て、莉緒の背筋に冷たいものが走った。
続きは休憩後ということになり、虎は莉緒にタオルや飲料水の入ったペットボトルを託してマタタビ荘に戻っていく。休憩明けの訓練に向けて準備をしにいったようだが、何が待っているのか考えるだけで恐ろしい。
虎の勇ましい背中を見送った莉緒は、未だ意識のない緑谷と宍田の額に濡らしたタオルを当てる。訓練の疲労も相まってか、目を覚ます様子はない。
緑谷からは穏やかな寝息が聞こえてくるのだが、宍田の方は“個性”ビーストに違わず豪快ないびきだ。気持ちよさそうに眠る二人の姿に、莉緒の顔に自然と笑みが浮かぶ。
そんな彼女の横顔を、回原がまじまじと見ながら問いかける。
「……最後のあれ、おまえわざとか?」
「最後の?」
最後は後ろ回し蹴りを回原の顎に決めて勝負がついた。しかし、『わざと』と言う発言には当てはまらず、莉緒はフィニッシュに持ち込む一連の攻撃を思い返す。
「あ、もしかして回原くんに足払いしたやつ?」
「それだよ、それ!」
「ふふ、わざとだよ。宍田くんのを見てた回原くんなら、避けてくれるかなって思ったの」
宍田を倒したのは背後からの足払い。回原に同じような技を使ったのはフェイクだったのだ。
とはいえ、攻撃を見抜いて避けるのも、それが避ける ように仕向けられたと気付いたのも、さすがとしか言いようがない。“個性”だけではなく頭の回転も速いようだ。
「やっぱりそうかよ。つーか、踏みつけて俺の攻撃止めるとか予想外だったぜ」
「数秒くらいなら靴でも防げるかなって思って。そのために体勢を低くして、回原くんの攻撃が下にくるように誘導したの」
「……これで“個性”使ってねえとか嘘だろ」
「“個性”使ってたら接近戦には持ち込まないよ。遠距離からばんばん攻撃して近づけないようにするもん」
「いや、それはさすがにエグいだろ」
「えー? 回原くんには言われたくないなぁ」
二人は顔を見合わせ、声を出して笑う。
そのまま楽し気な様子でお互いの“個性”やクラスの話をしていると、ふいに回原が「物間が意識してんのもわかるわ」と言葉をもらした。
「物間くん?」
「ああ、あいつA組にやたらと対抗意識持ってんだろ? 期末テストで望月が特待生だって知ってからは更に酷いぜ」
「B組の皆も私が特待生って知ってるんだね」
「期末の映像を見せられたからな。上には上があるんだから期末クリアできたくらいで気を抜くなってさ」
林間合宿出発前に物間からの視線を感じた気がしたが、回原のこの言い方からして勘違いではないだろう。
「もしかしたら物間が突っかかってくるかもしれねえけど、気にすんなよ。望月が“個性”だけのやつじゃねえってのはB組の連中もわかってるし、実際に俺は“個性”なしで負けたしな」
回原は気遣ってくれているようだが、続けられた「まぁ、物間はもうそういう性分だと思って諦めてくれ」という言葉がフラグのように思えて不吉だ。
物間と話したことがない莉緒は、彼がどんな人物なのか知らない。しかし、林間合宿出発前のA組への絡みを見る限り、とてもクセの強い人なのだろう。
絡まれませんように――そんなことを切に願っていると、呻くような声が耳に飛び込んできた。
「あ、おはよう緑谷くん」
「……おはよう望月さん――え、おはよう!?」
呻き声の主である緑谷に声をかけると、彼は寝ぼけ眼をこすりながら返事をした後に慌てて上体を起こした。起きたばかりで混乱しているのか、きょろきょろと辺りを見回している。
「気を失って寝てたんだよ。今は休憩中だから、まだ休んでても大丈夫」
莉緒が説明をしていると、話し声に反応したのか宍田も目を覚ました。緑谷同様、状況が理解できていないようで、回原が説明をしてあげている。
「望月氏、タオルありがとうですぞ。しかし、あっさりとやられてしまいましたな……」
「宍田くんたちは既に虎さんにしごかれてたし、疲労も溜まってたんだよ。万全の状態で戦ってたらまた違ったんじゃないかな。あ、でも休憩明けはもっと厳しくするって言ってたよ」
「なんと!?」
「うっ……!」
この世の終わりみたいな顔をする宍田と緑谷。他人事ではないのに、その表情が可笑しくて莉緒がくすくすと笑うと、回原も釣られたのか一緒になって笑い始めた。
肩を震わせて笑う二人の仲の良さそうな様子に、緑谷が目を瞬かせる。
「そう言えば、望月さんと回原くんはどっちが勝ったの? 見てみたかったなぁ」
残念そうな声を出す緑谷。それを聞いた回原は、先ほどまでの笑顔から一変し、沈んだような暗い表情になった。
「……望月だよ。俺もいい線いったと思ったんだけどよ、してやられたぜ。まさか攻撃が誘導されてたとは思わないだろ」
「そっか、回原くんも負けちゃったんだね」
「結局、私ら三人とも望月氏に負けてしまったんですな」
「俺なんか、勝ちを確信してたからな。そこからの負けとか……」
すっかり落ち込んでいる様子の回原。緑谷と宍田はそんな彼を励まそうとして、いかに自分の方がダメだったのかを語り始めた。もはや負け自慢大会だ。しかし、すぐに不毛な争いをしていることに気付いたようで、三人は顔を見合わせると一斉に深い溜め息を吐いた。
どんよりとした重い空気が漂い、そばで聞いていた莉緒は何だかいたたまれない気持ちだ。
「あー、えーっと……ほら! 強くなるための林間合宿なんだし、まだ始まったばかりだよ!」
「……そうだよな、望月の言う通りだ。俺、休憩切り上げて訓練始めてもらえるように頼んでくるぜ!」
「回原氏、私も付き合いますぞ!」
「え、でもちゃんと休んでた方が――」
莉緒の引き留めの声は、虎に会うため意気軒昂とマタタビ荘へ走る二人には届かなかった。
「……行っちゃった。やる気があるのはいいけど、休憩するのも訓練の一環だと思うんだけどなぁ。緑谷くんはちゃんと休んでね」
「う、うん。B組すごいな、僕はまだ体が痛くて動けないのに」
「もしかしたら良い感じに筋線維が千切れてるのかもね」
「そうだといいな。筋肉がつけば更に“個性”にパワーが乗るから、もっと頑張らないと!」
握り拳を作り、力強い声を出す緑谷の表情は晴れやかだ。
「ふふ。緑谷くんは怪我しないで“個性”を使えるようになってから、生き生きとしてるね」
「え、そうかな?」
「うん。以前は“個性”の使いどころで悩んでるような感じもあったけど、今は“個性”の幅が広がって、どうやって戦っていくのか楽しそうだもん」
出会った頃の緑谷は、“個性”を使うたびに怪我をしてボロボロの姿になっていた。表情も今とは違い、どこか自信なげな印象で会話中におどおどすることもあった――緑谷が女子と話すのに緊張していたことも起因しているのだが、それは莉緒の知る由のないことだ。
「実は緑谷くんの力を最初に見た時、“個性”が発現したばかりの人みたいだなって思ったことがあったの。私の“個性”が発現した時、カグヤを召喚しただけで倒れたことがあって、何だかそれを思い出しちゃったんだ」
個性把握テストで“個性”の反動により怪我をした緑谷。“個性”が発現したばかりで制御のできない子どもみたいだと、そう違和感を覚えるのと同時に、あの時の自分と重なったのだ。
「でも、今思えば仕方のないことだよね。公共の場では“個性”の使用は禁止だし、緑谷くんのようなパワー系は訓練する場が限られちゃうもんね」
出会ってから四ヶ月が経とうとしているが、この短い期間の中で緑谷の成長は著しい。
緑谷本人の努力はもちろんだが、今までは“個性”を訓練する場がなく伸ばしようがなかったのだろう――莉緒はそんなことを思いながら、ふと横を見る。するとそこには、顔からダラダラと汗を流し緊迫の表情を浮かべる緑谷の姿があった。
「……緑谷くん?」
「――え!? あ、いや……えっと、その……」
莉緒としては何気ない会話のつもりで、何か意図があるわけではなかった。しかし、当の緑谷は妙に言い淀み目を泳がせ、忙しなく手が動いて落ち着きがない。
何か人に言えない、もしくは言いたくない事情がある――彼の様子は、そんなことを感じさせるには充分だった。そしてそれは、莉緒が図らずも相手の内情に踏み込みすぎてしまったことを表していた。
「……ごめん。変なこと言っちゃったね、無神経だった。本当にごめんなさい」
「そ、そんなことないよ! “個性”をうまく扱えなかったのは事実だし、そう思われるのも仕方のないことだから」
「緑谷くん……」
「前は皆に追いつこうと焦ってばかりで……って、それは今も変わらないんだけど、でも望月さんに言われて、それだけじゃないって気付いたんだ。やりたいことが少しずつ形になって、すごく充実してて楽しいってこと」
緑谷は「僕なんか、まだまだだけど」と言葉を続ける。
「だから謝る必要なんてないよ! むしろそのことを教えてくれてありがとう」
――緑谷くんのやりたいことが実現するといいなぁ。
彼のひたむきな姿勢は、周りを感化し突き動かそうとする。莉緒もその内の一人だ。
包み込むような優しい表情で許してくれた緑谷を、莉緒は眩しそうに目を細めて見つめた。
「それよりも、望月さんだよ!」
「……ん? 私?」
「あんなに簡単に攻撃を逸らされるなんて思わなかったよ! 宍田くんの攻撃もあっさり躱しちゃうし、僕たちの攻撃を予測してたの?」
莉緒との戦闘を思い出したのか、緑谷は少し興奮気味だ。
急な話題転換でお礼を言い損ねてしまったが、もう蒸し返さない方がいいだろうと、目をきらきらとさせている緑谷への返答を口にする。
「予測もしてるけど、それ以上に相手の予備動作を見て判断してるかな。筋力で劣る分、動体視力と反射を鍛えてるの」
“個性”に特化し“個性”ありきのこの世界では、当然のようにその力が重要視されている。身体能力を鍛えているヒーローもいるが、その特殊性ゆえ“個性”に頼り切っているヒーローが多いのも事実だ。
必要とされている能力が違うので、それが悪いとは一概には言えない。しかし身体能力だけで見てみると、サポート向きの“個性”を持つクラスメイトよりも、怪盗メンバーの筋トレ趣味の竜司や合気道が得意な真の方が強そうだ。
――トレーニングジムで鍛えて、木人拳をマスターしていた蓮もすごかったなぁ。
莉緒は、蓮や竜司と一緒に行った渋谷セントラル街にある「プロテイン・ラバーズ」での出来事を思い返し、笑みをこぼした。
「すごいね、望月さん。ちゃんと自分の欠点を理解して補ってる」
「私もまだまだだよ。職場体験でエンデヴァーさんに言われたの。私みたいに非力だと、体格のいい要救助者を運ぶことはできないって」
――『“個性”が使えない相手、使えない状況ではおまえの非力な腕では俺のような体格を持つ敵 を倒すことはできない。ましてや、要救助者を運ぶなんてこともできまい』
「……私、何も言い返せなくて」
以前から筋力不足は自覚しており歯がゆく思っていたのだが、それをはっきりと指摘されてしまった。
「望月さんの“個性”だと対敵 の方が向いてそうだもんね」
「そうなんだよね。でも、エンデヴァーさんから古武術のことを教えてもらって、効率の良い体の動かし方っていうのかな? それを練習中なの」
「古武術……そういえば、“個性”が発現する前はスポーツとかでも取り入れられてたって聞いたことがある」
「緑谷くん、物知りだね」
莉緒はあまり詳しくないのだが、前世でも様々なスポーツで応用されていたそうだ。竜司から借りたバスケやテニス漫画にも、古武術を使用する選手がいたのを覚えている。
「でも武術を取得するのって大変なんじゃ……」
「それがね、エンデヴァーさんって筆まめみたいで、よくメールを送ってきてくれるんだ」
「え、あのエンデヴァーが!?」
「何か意外だよね。古武術に関する文献を教えてくれたり、進捗状況を聞いてくれたりするの」
おかげで少しずつではあるが、身についてきている。そしてエンデヴァーが頻繁にメールをくれるのは、轟の様子が知りたいからではないかと莉緒は密かに思っていた。
『今日の授業はどうだった』など、古武術に関係のない、当たり障りのないメールが送られてくることがあるからだ。轟本人が嫌がりそうなので、彼のことを教えたりはしていないが。
「それでね、今度オールマイト先生を担ぐ練習をさせてもらおうかなって思ってるの」
「オールマイトを!?」
「うん。さすがにいきなりは無理だけど、体格がいい人を運ぶコツがわかればいいなって思って」
「え、でもオールマイトの公式プロフィールでは身長は220cmで、望月さんの約1.5倍。体重も公表では274kgで圧倒的に――」
早口でスラスラとオールマイトの情報を述べる緑谷。一切の淀みなく数値が出でくるのはさすがだが、聞き捨てならない言葉を耳にしてしまった。
「オールマイト先生ってそんなに重いんだ……」
「望月さん知らなかったの!?」
「うーん。八木さんの姿だとすごく細いから、マッスル体型でも案外重くないのかなって思っちゃってた」
「八木さん……あ、そっか! 望月さんも知ってたよね」
オールマイトの体格については分かっていたつもりだが、こうやって数値で聞くとその重さを実感する。USJ襲撃事件後、保健室で知った彼の本当の姿からは想像しづらい体重だ。
「もっと段階踏んだ方がよかったかなぁ。でも、最初から最大限を知っておくのも自分の非力さを痛感して勉強になるかも」
「……望月さん無理しないでね」
「ふふ、ありがとう。何とかコツを掴んで潰れないように頑張るね」
莉緒と緑谷がそんな会話を続けていると、回原と宍田が虎と一緒に帰ってきた。彼ら二人の手にはパワーリストやパワーアンクルのようなもの、そして虎の手にはタイヤがあった。
「もしかしてタイヤ引きをするのかな?」
「うわ、懐かしいな……」
「え、緑谷くんやったことあるの?」
「雄英に入る前のトレーニングでタイヤを運んだり押したり、冷蔵庫を引いたりトラックを押したりとかはね……ははは」
「あれ、何か遠い目になってる? 大丈夫?」
力のない笑いをしている緑谷を心配していた莉緒だったが、この後、他人を心配する余裕のないほどキツイ訓練が待っているのだった。
回原が地面に大の字になったまま大きな声を出す。負けたのが相当悔しかったようで、それが声色から滲み出ていた。
「望月はともかくとして、三人ともまだキレキレだったじゃないか! もっと厳しくする必要がありそうだな」
倒れている男衆と莉緒に視線を走らせた虎が、不穏な言葉を告げる。どんな厳しい訓練にしようかと楽しそうに顔を歪ませる姿を見て、莉緒の背筋に冷たいものが走った。
続きは休憩後ということになり、虎は莉緒にタオルや飲料水の入ったペットボトルを託してマタタビ荘に戻っていく。休憩明けの訓練に向けて準備をしにいったようだが、何が待っているのか考えるだけで恐ろしい。
虎の勇ましい背中を見送った莉緒は、未だ意識のない緑谷と宍田の額に濡らしたタオルを当てる。訓練の疲労も相まってか、目を覚ます様子はない。
緑谷からは穏やかな寝息が聞こえてくるのだが、宍田の方は“個性”ビーストに違わず豪快ないびきだ。気持ちよさそうに眠る二人の姿に、莉緒の顔に自然と笑みが浮かぶ。
そんな彼女の横顔を、回原がまじまじと見ながら問いかける。
「……最後のあれ、おまえわざとか?」
「最後の?」
最後は後ろ回し蹴りを回原の顎に決めて勝負がついた。しかし、『わざと』と言う発言には当てはまらず、莉緒はフィニッシュに持ち込む一連の攻撃を思い返す。
「あ、もしかして回原くんに足払いしたやつ?」
「それだよ、それ!」
「ふふ、わざとだよ。宍田くんのを見てた回原くんなら、避けてくれるかなって思ったの」
宍田を倒したのは背後からの足払い。回原に同じような技を使ったのはフェイクだったのだ。
とはいえ、攻撃を見抜いて避けるのも、それが
「やっぱりそうかよ。つーか、踏みつけて俺の攻撃止めるとか予想外だったぜ」
「数秒くらいなら靴でも防げるかなって思って。そのために体勢を低くして、回原くんの攻撃が下にくるように誘導したの」
「……これで“個性”使ってねえとか嘘だろ」
「“個性”使ってたら接近戦には持ち込まないよ。遠距離からばんばん攻撃して近づけないようにするもん」
「いや、それはさすがにエグいだろ」
「えー? 回原くんには言われたくないなぁ」
二人は顔を見合わせ、声を出して笑う。
そのまま楽し気な様子でお互いの“個性”やクラスの話をしていると、ふいに回原が「物間が意識してんのもわかるわ」と言葉をもらした。
「物間くん?」
「ああ、あいつA組にやたらと対抗意識持ってんだろ? 期末テストで望月が特待生だって知ってからは更に酷いぜ」
「B組の皆も私が特待生って知ってるんだね」
「期末の映像を見せられたからな。上には上があるんだから期末クリアできたくらいで気を抜くなってさ」
林間合宿出発前に物間からの視線を感じた気がしたが、回原のこの言い方からして勘違いではないだろう。
「もしかしたら物間が突っかかってくるかもしれねえけど、気にすんなよ。望月が“個性”だけのやつじゃねえってのはB組の連中もわかってるし、実際に俺は“個性”なしで負けたしな」
回原は気遣ってくれているようだが、続けられた「まぁ、物間はもうそういう性分だと思って諦めてくれ」という言葉がフラグのように思えて不吉だ。
物間と話したことがない莉緒は、彼がどんな人物なのか知らない。しかし、林間合宿出発前のA組への絡みを見る限り、とてもクセの強い人なのだろう。
絡まれませんように――そんなことを切に願っていると、呻くような声が耳に飛び込んできた。
「あ、おはよう緑谷くん」
「……おはよう望月さん――え、おはよう!?」
呻き声の主である緑谷に声をかけると、彼は寝ぼけ眼をこすりながら返事をした後に慌てて上体を起こした。起きたばかりで混乱しているのか、きょろきょろと辺りを見回している。
「気を失って寝てたんだよ。今は休憩中だから、まだ休んでても大丈夫」
莉緒が説明をしていると、話し声に反応したのか宍田も目を覚ました。緑谷同様、状況が理解できていないようで、回原が説明をしてあげている。
「望月氏、タオルありがとうですぞ。しかし、あっさりとやられてしまいましたな……」
「宍田くんたちは既に虎さんにしごかれてたし、疲労も溜まってたんだよ。万全の状態で戦ってたらまた違ったんじゃないかな。あ、でも休憩明けはもっと厳しくするって言ってたよ」
「なんと!?」
「うっ……!」
この世の終わりみたいな顔をする宍田と緑谷。他人事ではないのに、その表情が可笑しくて莉緒がくすくすと笑うと、回原も釣られたのか一緒になって笑い始めた。
肩を震わせて笑う二人の仲の良さそうな様子に、緑谷が目を瞬かせる。
「そう言えば、望月さんと回原くんはどっちが勝ったの? 見てみたかったなぁ」
残念そうな声を出す緑谷。それを聞いた回原は、先ほどまでの笑顔から一変し、沈んだような暗い表情になった。
「……望月だよ。俺もいい線いったと思ったんだけどよ、してやられたぜ。まさか攻撃が誘導されてたとは思わないだろ」
「そっか、回原くんも負けちゃったんだね」
「結局、私ら三人とも望月氏に負けてしまったんですな」
「俺なんか、勝ちを確信してたからな。そこからの負けとか……」
すっかり落ち込んでいる様子の回原。緑谷と宍田はそんな彼を励まそうとして、いかに自分の方がダメだったのかを語り始めた。もはや負け自慢大会だ。しかし、すぐに不毛な争いをしていることに気付いたようで、三人は顔を見合わせると一斉に深い溜め息を吐いた。
どんよりとした重い空気が漂い、そばで聞いていた莉緒は何だかいたたまれない気持ちだ。
「あー、えーっと……ほら! 強くなるための林間合宿なんだし、まだ始まったばかりだよ!」
「……そうだよな、望月の言う通りだ。俺、休憩切り上げて訓練始めてもらえるように頼んでくるぜ!」
「回原氏、私も付き合いますぞ!」
「え、でもちゃんと休んでた方が――」
莉緒の引き留めの声は、虎に会うため意気軒昂とマタタビ荘へ走る二人には届かなかった。
「……行っちゃった。やる気があるのはいいけど、休憩するのも訓練の一環だと思うんだけどなぁ。緑谷くんはちゃんと休んでね」
「う、うん。B組すごいな、僕はまだ体が痛くて動けないのに」
「もしかしたら良い感じに筋線維が千切れてるのかもね」
「そうだといいな。筋肉がつけば更に“個性”にパワーが乗るから、もっと頑張らないと!」
握り拳を作り、力強い声を出す緑谷の表情は晴れやかだ。
「ふふ。緑谷くんは怪我しないで“個性”を使えるようになってから、生き生きとしてるね」
「え、そうかな?」
「うん。以前は“個性”の使いどころで悩んでるような感じもあったけど、今は“個性”の幅が広がって、どうやって戦っていくのか楽しそうだもん」
出会った頃の緑谷は、“個性”を使うたびに怪我をしてボロボロの姿になっていた。表情も今とは違い、どこか自信なげな印象で会話中におどおどすることもあった――緑谷が女子と話すのに緊張していたことも起因しているのだが、それは莉緒の知る由のないことだ。
「実は緑谷くんの力を最初に見た時、“個性”が発現したばかりの人みたいだなって思ったことがあったの。私の“個性”が発現した時、カグヤを召喚しただけで倒れたことがあって、何だかそれを思い出しちゃったんだ」
個性把握テストで“個性”の反動により怪我をした緑谷。“個性”が発現したばかりで制御のできない子どもみたいだと、そう違和感を覚えるのと同時に、あの時の自分と重なったのだ。
「でも、今思えば仕方のないことだよね。公共の場では“個性”の使用は禁止だし、緑谷くんのようなパワー系は訓練する場が限られちゃうもんね」
出会ってから四ヶ月が経とうとしているが、この短い期間の中で緑谷の成長は著しい。
緑谷本人の努力はもちろんだが、今までは“個性”を訓練する場がなく伸ばしようがなかったのだろう――莉緒はそんなことを思いながら、ふと横を見る。するとそこには、顔からダラダラと汗を流し緊迫の表情を浮かべる緑谷の姿があった。
「……緑谷くん?」
「――え!? あ、いや……えっと、その……」
莉緒としては何気ない会話のつもりで、何か意図があるわけではなかった。しかし、当の緑谷は妙に言い淀み目を泳がせ、忙しなく手が動いて落ち着きがない。
何か人に言えない、もしくは言いたくない事情がある――彼の様子は、そんなことを感じさせるには充分だった。そしてそれは、莉緒が図らずも相手の内情に踏み込みすぎてしまったことを表していた。
「……ごめん。変なこと言っちゃったね、無神経だった。本当にごめんなさい」
「そ、そんなことないよ! “個性”をうまく扱えなかったのは事実だし、そう思われるのも仕方のないことだから」
「緑谷くん……」
「前は皆に追いつこうと焦ってばかりで……って、それは今も変わらないんだけど、でも望月さんに言われて、それだけじゃないって気付いたんだ。やりたいことが少しずつ形になって、すごく充実してて楽しいってこと」
緑谷は「僕なんか、まだまだだけど」と言葉を続ける。
「だから謝る必要なんてないよ! むしろそのことを教えてくれてありがとう」
――緑谷くんのやりたいことが実現するといいなぁ。
彼のひたむきな姿勢は、周りを感化し突き動かそうとする。莉緒もその内の一人だ。
包み込むような優しい表情で許してくれた緑谷を、莉緒は眩しそうに目を細めて見つめた。
「それよりも、望月さんだよ!」
「……ん? 私?」
「あんなに簡単に攻撃を逸らされるなんて思わなかったよ! 宍田くんの攻撃もあっさり躱しちゃうし、僕たちの攻撃を予測してたの?」
莉緒との戦闘を思い出したのか、緑谷は少し興奮気味だ。
急な話題転換でお礼を言い損ねてしまったが、もう蒸し返さない方がいいだろうと、目をきらきらとさせている緑谷への返答を口にする。
「予測もしてるけど、それ以上に相手の予備動作を見て判断してるかな。筋力で劣る分、動体視力と反射を鍛えてるの」
“個性”に特化し“個性”ありきのこの世界では、当然のようにその力が重要視されている。身体能力を鍛えているヒーローもいるが、その特殊性ゆえ“個性”に頼り切っているヒーローが多いのも事実だ。
必要とされている能力が違うので、それが悪いとは一概には言えない。しかし身体能力だけで見てみると、サポート向きの“個性”を持つクラスメイトよりも、怪盗メンバーの筋トレ趣味の竜司や合気道が得意な真の方が強そうだ。
――トレーニングジムで鍛えて、木人拳をマスターしていた蓮もすごかったなぁ。
莉緒は、蓮や竜司と一緒に行った渋谷セントラル街にある「プロテイン・ラバーズ」での出来事を思い返し、笑みをこぼした。
「すごいね、望月さん。ちゃんと自分の欠点を理解して補ってる」
「私もまだまだだよ。職場体験でエンデヴァーさんに言われたの。私みたいに非力だと、体格のいい要救助者を運ぶことはできないって」
――『“個性”が使えない相手、使えない状況ではおまえの非力な腕では俺のような体格を持つ
「……私、何も言い返せなくて」
以前から筋力不足は自覚しており歯がゆく思っていたのだが、それをはっきりと指摘されてしまった。
「望月さんの“個性”だと対
「そうなんだよね。でも、エンデヴァーさんから古武術のことを教えてもらって、効率の良い体の動かし方っていうのかな? それを練習中なの」
「古武術……そういえば、“個性”が発現する前はスポーツとかでも取り入れられてたって聞いたことがある」
「緑谷くん、物知りだね」
莉緒はあまり詳しくないのだが、前世でも様々なスポーツで応用されていたそうだ。竜司から借りたバスケやテニス漫画にも、古武術を使用する選手がいたのを覚えている。
「でも武術を取得するのって大変なんじゃ……」
「それがね、エンデヴァーさんって筆まめみたいで、よくメールを送ってきてくれるんだ」
「え、あのエンデヴァーが!?」
「何か意外だよね。古武術に関する文献を教えてくれたり、進捗状況を聞いてくれたりするの」
おかげで少しずつではあるが、身についてきている。そしてエンデヴァーが頻繁にメールをくれるのは、轟の様子が知りたいからではないかと莉緒は密かに思っていた。
『今日の授業はどうだった』など、古武術に関係のない、当たり障りのないメールが送られてくることがあるからだ。轟本人が嫌がりそうなので、彼のことを教えたりはしていないが。
「それでね、今度オールマイト先生を担ぐ練習をさせてもらおうかなって思ってるの」
「オールマイトを!?」
「うん。さすがにいきなりは無理だけど、体格がいい人を運ぶコツがわかればいいなって思って」
「え、でもオールマイトの公式プロフィールでは身長は220cmで、望月さんの約1.5倍。体重も公表では274kgで圧倒的に――」
早口でスラスラとオールマイトの情報を述べる緑谷。一切の淀みなく数値が出でくるのはさすがだが、聞き捨てならない言葉を耳にしてしまった。
「オールマイト先生ってそんなに重いんだ……」
「望月さん知らなかったの!?」
「うーん。八木さんの姿だとすごく細いから、マッスル体型でも案外重くないのかなって思っちゃってた」
「八木さん……あ、そっか! 望月さんも知ってたよね」
オールマイトの体格については分かっていたつもりだが、こうやって数値で聞くとその重さを実感する。USJ襲撃事件後、保健室で知った彼の本当の姿からは想像しづらい体重だ。
「もっと段階踏んだ方がよかったかなぁ。でも、最初から最大限を知っておくのも自分の非力さを痛感して勉強になるかも」
「……望月さん無理しないでね」
「ふふ、ありがとう。何とかコツを掴んで潰れないように頑張るね」
莉緒と緑谷がそんな会話を続けていると、回原と宍田が虎と一緒に帰ってきた。彼ら二人の手にはパワーリストやパワーアンクルのようなもの、そして虎の手にはタイヤがあった。
「もしかしてタイヤ引きをするのかな?」
「うわ、懐かしいな……」
「え、緑谷くんやったことあるの?」
「雄英に入る前のトレーニングでタイヤを運んだり押したり、冷蔵庫を引いたりトラックを押したりとかはね……ははは」
「あれ、何か遠い目になってる? 大丈夫?」
力のない笑いをしている緑谷を心配していた莉緒だったが、この後、他人を心配する余裕のないほどキツイ訓練が待っているのだった。