三日目、昼――。
昨日に引き続き、莉緒はひたすら外回りをしていた。10周ごとに水分補給の休憩が許されており、飲料水の入ったペットボトルを手に取った莉緒は暑さを凌ぐため木陰に移動する。水を飲んで喉を潤していると、ある人物の姿が目に映った。
「洸汰くん?」
木と木の隙間から皆の訓練の様子を覗いている洸汰だった。莉緒の声に驚いたように振り返ると、その場から立ち去ろうとする。
「待って。よかったら、ちょっとお喋りしない?」
足を止めた洸汰の様子から会話をしてくれると判断した莉緒は、彼のそばにある木を背もたれに座り込む。洸汰は警戒しているようで表情は固く、視線が合わない。
「一昨日はありがとう。お風呂の時に見張りしてくれてたよね。あの後、大丈夫だった?」
峰田の覗きを阻止した洸汰だったが、男女の湯を分ける間仕切りの上にいたため、バランスを崩し男湯の方に倒れ込んだのだ。あの時の莉緒はほとんど寝落ちしていてお礼が言えていなかった。
「なんともねえよ。それより何の用だ。言ったろ、つるむ気はねえって」
「お礼が言いたかっただけなの。他にも色々とお手伝いしてくれてるし、本当にありがとう」
「フン! 用はもう終わったんだろ? だったら早く戻れよ」
「今は休憩中だから大丈夫だよ。洸汰くんは皆の訓練の様子を見てたの?」
「……昨日、緑のやつにも言ったけど」
――緑のやつ? ……緑谷くんかな?
そう推察している莉緒を、洸汰はギロっと睨んだ。
「“個性”を伸ばすとか、はり切っちゃって気持ち悪いんだよ! そんなに“力”をひけらかしたいのか! 頭イカレてるよ。ヒーローとか敵 とか言って殺し合って、だからそうなるんだ!」
『そうなる』と言うのが何のことか莉緒にはわからない。だが、初日の洸汰の言動やこの様子からして、“個性”やヒーロー関係でつらい思いや悲しい思いをしているのかもしれない。それにマンダレイが洸汰を預かっていることから、彼の両親に何かがあった可能性もある。
洸汰は自分に似ているのかも――莉緒はそう思った。ただ、そのことを聞くことはできない。昨日、緑谷の内情に踏み込み過ぎたことを反省したばかりなのもあるが、洸汰とは出会って日が浅く関係性が希薄で警戒もされている。
「ヒーローとか目指して馬鹿みたいなんだよ!」
――それでも一つだけ。自分の気持ちを伝えてもいいだろうか。
「……私ね、大切な人を守れなかったの。その人たちは、私のことを守ってくれたのにね」
「――え?」
「あの時、自分に“力”があればって何度も思った。もうそんな風に思いたくないし、変えられない過去を後悔し続けるよりも、変えられる未来 のために強くなりたい」
莉緒が洸汰の帽子越しに頭を撫でる。驚かせてしまったようで一瞬身を震わせていたが、逃げられることはなかった。
「私みたいな思いをする人を減らす――これが、私がヒーローを目指す理由だよ」
莉緒の真剣な眼差しは、洸汰を捉えて離さない。雰囲気に呑まれたのか、洸汰は目を丸くさせたまま視線を逸らせないでいる。
「――君は、後悔しないようにね」
木々が風でざわめき、涼しい空気が二人の間をすり抜けていく。風が辺りの音をすべて持ち去ってしまったかのような静寂に包まれる。
緊張を孕んだような表情をしている洸汰の喉が動いた。静けさも相まって、固唾を呑む音がはっきりと聞こえた。
「なーんてね。そんなこと、その時にならないとわからないよね」
莉緒が柔らかな微笑みを浮かべると、張り詰めていた空気が雲散した。
「偉そうなことを言っちゃったけど、私だってまだ弱くて無力だし、これからも後悔することはあると思う。でも、だからこそ頑張りたいの」
「……おまえもあいつも、ズケズケとうるせえ」
「うん、ごめんね」
洸汰が自身の頭に乗っている莉緒の手を振り払って距離を取る。莉緒は、その際に落ちた彼の帽子を拾った。
「そろそろ戻るね。じゃあね、洸汰くん」
すれ違いざまに洸汰に帽子を被せて訓練に戻った。
莉緒は外回りを再開し飯田と合流したのだが、並走している時に「浮かない顔をしている」と心配をされた。その後は、昨日と同じように我ーズブートキャンプへ参加していたのだが――
「わッ!」
回原と身体能力のみの肉弾戦を行った際、投げられた時にうまく受け身が取れず、顔から地面に落ちてしまった。
「……痛い」
「おい、大丈夫か望月!」
「あ、ごめんね。大丈夫だよ」
「ならいいけど……。集中しねえと危ないぞ。動きにキレがないし疲れてんのか?」
回原は倒れている莉緒の顔を覗き込む。
「顔が赤いな。今、打ったところか? それか熱中症かもな。虎さんには俺が言っとくから、望月は少し休んでろよ」
「え、でも……」
「今ので頭を打ったかもしれねえし、しばらく安静にしてた方がいいって。俺は宍田たちに入れてもらうから問題ねえし」
「……じゃあ、お言葉に甘えてそうしようかな。ありがとう、回原くん」
「おう! ちゃんと日陰で休めよ」
手を振って回原を送り出した莉緒は、彼の言うとおり日陰に移動して腰を落とした。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら両膝を立て、それを両腕で抱え込んで顔を埋める。
洸汰のことでモヤモヤを抱え、集中できずに回原には迷惑をかけてしまった。
――言い過ぎたかな?
洸汰に何と返せばよかったのか。ぐるぐると纏まらない思考と葛藤していると、莉緒の肩がポンと優しく叩かれた。
「望月さん、大丈夫? 体調悪い?」
「……緑谷くん」
「回原くんに熱中症かもって聞いて、水を貰ってきたんだ」
うずくまる莉緒の様子から、緑谷に勘違いをさせてしまったようだ。差し出されたペットボトルを受け取ってお礼を言うと、彼はそのまま莉緒の隣に座った。
「心配かけてごめんね、体調は大丈夫だよ」
「それならよかった。今日も暑いからね、僕もちょっと休憩するように言われたんだ」
「連日のこの暑さは参っちゃうよね」
莉緒は水で喉を潤した後、ペットボトルを先ほど打ち付けた顔に当てて目を瞑る。
「ふふ、冷たくて気持ちいい」
「……あのさ、もしかして望月さん元気ない?」
「――え?」
「あ、いや僕の勘違いならいいんだ。ただ、いつもより声に覇気がないように感じたから」
昨日の轟や今日の飯田と緑谷。いつも通り振る舞っていたつもりだが、彼らは些細な変化を見逃さない。
「皆、よく見てるなぁ。飯田くんにも似たようなことを言われたの。実は、ちょっと考えごとをしててね」
「考えごと? 僕が聞いても大丈夫?」
「うん。緑谷くんに聞いて欲しい」
洸汰は『緑のやつにも言った』と話していたので、おそらく緑谷も同じようなことを言われたはずだ。
莉緒は外回りの時に洸汰に会ったこと、“個性”やヒーローを否定する洸汰に自分の気持ちを正直に伝えたこと、もっと別の言葉や伝え方があったのでは――と、悩んでいたことを打ち明けた。
「洸汰くんを放って置けない気持ちはわかるよ。僕は昨日会った時に同じようなことを言われたんだけど、とりとめのないことしか言えなくて……。僕も何て返せばよかったのか考えてたんだ。望月さんは洸汰くんの話、どう思った?」
「……私は、“個性”やヒーローを否定することで自分の心を守ってるのかなって思ったの」
「もしかして、望月さんも洸汰くんの両親のこと知ってるの?」
「直接聞いたわけじゃなくて、洸汰くんの話す内容から『もしかして、そうなのかな?』って思っただけなんだけどね。でも、事情も知らない人に言われたって迷惑だし余計なお世話だよね」
莉緒は、緑谷に話すことで自分のやってしまったことを改めて自覚し、落ち込んだ。
「私、何か言わなくちゃって思い過ぎて、洸汰くんの気持ち考えられてなかったなぁ」
「そんなことないよ! 余計なお世話はヒーローの本質なんだ! 今はまだ言葉が届いてないかもしれないけど、こんなに真剣に考えてくれている望月さんの言葉は、きっと洸汰くんにも届くよ」
緑谷自身も同じようなことで悩んでいるのに、落ち込む莉緒を励まそうとする力強い言葉に思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。緑谷くんは格好いいなぁ」
「え!? あ、今の言葉は僕もオールマイトに言われたことがあったからで……!」
「ふふふっ!」
――緑谷くんが言うと、本当に洸汰くんに届くんじゃないかって思えるから不思議。
莉緒はそんなことを思いながら、膝を抱えている腕に頭を預けて顔を緑谷の方に向けた。
緑谷は褒められるのに慣れていないのか、あたふたしている。緑谷の様子に莉緒が忍び笑いをもらすと、その動きに合わせて横髪がさらさらと流れて輪郭をなぞった。莉緒は落ちた髪を耳にかけながら、緑谷に声をかける。
「ありがとう。元気でた」
「えっと……そ、それならよかった」
緑谷は顔を真っ赤にし、返事をするのもやっとになっている。それが莉緒の女の子らしい仕種と柔らかな笑顔を直視したせいだなんてつゆ知らず、彼女は話を続けた。
「でも、緑谷くんの言葉も洸汰くんに届くと思うよ。緑谷くんの言葉は、いつも真っすぐで力強くて背中を押してくれるから。今みたいにね」
「そこまで言われるほどじゃないよ! でも……そうだといいな。僕の方こそありがとう」
二人で笑みを浮かべているところに、対決を終えた回原と宍田がやって来て洸汰の話はここで終わりとなった。
訓練終了後は昨日に引き続き自分たちで料理を作った。お腹も満たされ片付けが終わると、この後はクラス対抗の肝試しだ。
芦戸と上鳴はこの時間を楽しみに待っていたらしいが、残念ながら補習組は授業のため相澤の捕縛布でぐるぐる巻きにされ、泣く泣く引きずられていった。
プッシーキャッツの面々による肝試しの説明によると、脅かす側の先攻はB組で、A組は二人一組で3分置きに出発する。脅かす側は直接接触禁止で“個性”を使った脅かしネタを披露するらしい。
「よろしくね、緑谷くん」
「うん、こちらこそ!」
莉緒はくじ引きの結果、緑谷とのペアで8組目となった。轟は爆豪とペアになっており、その組み合わせの妙に莉緒は思わず吹き出しそうになった。
最初の常闇・障子ペアがスタートしてから次々と順調に出発していく。2組目の轟が出発する際に「行ってくる」と声を掛けられたので、「行ってらっしゃい」と手を振って送り出した。
3組目は耳郎・葉隠ペアで、このペアがスタートしてからは悲鳴が上がるようになった。
「響香、めっちゃ叫んでる……」
「耳郎さん、怖いの苦手なんだね。望月さんは大丈夫なの?」
「う〜ん、割と平気な方だとは思うんだけど、これだけ悲鳴が聞こえてくると不安かも」
5組目の麗日・蛙吹ペアが出発したばかりで、最終組の莉緒は少し時間があるため緑谷と談笑していた。
しかし、異変を感じた莉緒は会話の途中できょろきょろと周りを見渡し始める。
「望月さん、どうしたの?」
「……ねぇ、緑谷くん。何かこげ臭くない?」
「え?」
マンダレイやピクシーボブも気付いているようで、重々しい表情で何かを話しながら森の方を見ている。莉緒が二人の視線の先を追うと森から黒煙が上がっていた。そして、莉緒たちを囲む木々の間から二つの人影が射す。
「ピクシーボブ危ない!」
莉緒がいち早く声をかけるも、黒煙に気をとられていたピクシーボブの対応は間に合わなかった。彼女の体は宙に浮き、吸い寄せられるように人影の一つ――赤い長髪にサングラスをしている大柄の男へと引っ張られた。大柄の男は、身の丈ほどの円筒形の武器で引き寄せたピクシーボブの頭を地面に叩きつける。
「何で……! 万全を期したハズじゃあ……! 何で、何で敵 がいるんだよォ!」
峰田の叫び声が、静かな森に響いた。
昨日に引き続き、莉緒はひたすら外回りをしていた。10周ごとに水分補給の休憩が許されており、飲料水の入ったペットボトルを手に取った莉緒は暑さを凌ぐため木陰に移動する。水を飲んで喉を潤していると、ある人物の姿が目に映った。
「洸汰くん?」
木と木の隙間から皆の訓練の様子を覗いている洸汰だった。莉緒の声に驚いたように振り返ると、その場から立ち去ろうとする。
「待って。よかったら、ちょっとお喋りしない?」
足を止めた洸汰の様子から会話をしてくれると判断した莉緒は、彼のそばにある木を背もたれに座り込む。洸汰は警戒しているようで表情は固く、視線が合わない。
「一昨日はありがとう。お風呂の時に見張りしてくれてたよね。あの後、大丈夫だった?」
峰田の覗きを阻止した洸汰だったが、男女の湯を分ける間仕切りの上にいたため、バランスを崩し男湯の方に倒れ込んだのだ。あの時の莉緒はほとんど寝落ちしていてお礼が言えていなかった。
「なんともねえよ。それより何の用だ。言ったろ、つるむ気はねえって」
「お礼が言いたかっただけなの。他にも色々とお手伝いしてくれてるし、本当にありがとう」
「フン! 用はもう終わったんだろ? だったら早く戻れよ」
「今は休憩中だから大丈夫だよ。洸汰くんは皆の訓練の様子を見てたの?」
「……昨日、緑のやつにも言ったけど」
――緑のやつ? ……緑谷くんかな?
そう推察している莉緒を、洸汰はギロっと睨んだ。
「“個性”を伸ばすとか、はり切っちゃって気持ち悪いんだよ! そんなに“力”をひけらかしたいのか! 頭イカレてるよ。ヒーローとか
『そうなる』と言うのが何のことか莉緒にはわからない。だが、初日の洸汰の言動やこの様子からして、“個性”やヒーロー関係でつらい思いや悲しい思いをしているのかもしれない。それにマンダレイが洸汰を預かっていることから、彼の両親に何かがあった可能性もある。
洸汰は自分に似ているのかも――莉緒はそう思った。ただ、そのことを聞くことはできない。昨日、緑谷の内情に踏み込み過ぎたことを反省したばかりなのもあるが、洸汰とは出会って日が浅く関係性が希薄で警戒もされている。
「ヒーローとか目指して馬鹿みたいなんだよ!」
――それでも一つだけ。自分の気持ちを伝えてもいいだろうか。
「……私ね、大切な人を守れなかったの。その人たちは、私のことを守ってくれたのにね」
「――え?」
「あの時、自分に“力”があればって何度も思った。もうそんな風に思いたくないし、変えられない過去を後悔し続けるよりも、変えられる
莉緒が洸汰の帽子越しに頭を撫でる。驚かせてしまったようで一瞬身を震わせていたが、逃げられることはなかった。
「私みたいな思いをする人を減らす――これが、私がヒーローを目指す理由だよ」
莉緒の真剣な眼差しは、洸汰を捉えて離さない。雰囲気に呑まれたのか、洸汰は目を丸くさせたまま視線を逸らせないでいる。
「――君は、後悔しないようにね」
木々が風でざわめき、涼しい空気が二人の間をすり抜けていく。風が辺りの音をすべて持ち去ってしまったかのような静寂に包まれる。
緊張を孕んだような表情をしている洸汰の喉が動いた。静けさも相まって、固唾を呑む音がはっきりと聞こえた。
「なーんてね。そんなこと、その時にならないとわからないよね」
莉緒が柔らかな微笑みを浮かべると、張り詰めていた空気が雲散した。
「偉そうなことを言っちゃったけど、私だってまだ弱くて無力だし、これからも後悔することはあると思う。でも、だからこそ頑張りたいの」
「……おまえもあいつも、ズケズケとうるせえ」
「うん、ごめんね」
洸汰が自身の頭に乗っている莉緒の手を振り払って距離を取る。莉緒は、その際に落ちた彼の帽子を拾った。
「そろそろ戻るね。じゃあね、洸汰くん」
すれ違いざまに洸汰に帽子を被せて訓練に戻った。
莉緒は外回りを再開し飯田と合流したのだが、並走している時に「浮かない顔をしている」と心配をされた。その後は、昨日と同じように我ーズブートキャンプへ参加していたのだが――
「わッ!」
回原と身体能力のみの肉弾戦を行った際、投げられた時にうまく受け身が取れず、顔から地面に落ちてしまった。
「……痛い」
「おい、大丈夫か望月!」
「あ、ごめんね。大丈夫だよ」
「ならいいけど……。集中しねえと危ないぞ。動きにキレがないし疲れてんのか?」
回原は倒れている莉緒の顔を覗き込む。
「顔が赤いな。今、打ったところか? それか熱中症かもな。虎さんには俺が言っとくから、望月は少し休んでろよ」
「え、でも……」
「今ので頭を打ったかもしれねえし、しばらく安静にしてた方がいいって。俺は宍田たちに入れてもらうから問題ねえし」
「……じゃあ、お言葉に甘えてそうしようかな。ありがとう、回原くん」
「おう! ちゃんと日陰で休めよ」
手を振って回原を送り出した莉緒は、彼の言うとおり日陰に移動して腰を落とした。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら両膝を立て、それを両腕で抱え込んで顔を埋める。
洸汰のことでモヤモヤを抱え、集中できずに回原には迷惑をかけてしまった。
――言い過ぎたかな?
洸汰に何と返せばよかったのか。ぐるぐると纏まらない思考と葛藤していると、莉緒の肩がポンと優しく叩かれた。
「望月さん、大丈夫? 体調悪い?」
「……緑谷くん」
「回原くんに熱中症かもって聞いて、水を貰ってきたんだ」
うずくまる莉緒の様子から、緑谷に勘違いをさせてしまったようだ。差し出されたペットボトルを受け取ってお礼を言うと、彼はそのまま莉緒の隣に座った。
「心配かけてごめんね、体調は大丈夫だよ」
「それならよかった。今日も暑いからね、僕もちょっと休憩するように言われたんだ」
「連日のこの暑さは参っちゃうよね」
莉緒は水で喉を潤した後、ペットボトルを先ほど打ち付けた顔に当てて目を瞑る。
「ふふ、冷たくて気持ちいい」
「……あのさ、もしかして望月さん元気ない?」
「――え?」
「あ、いや僕の勘違いならいいんだ。ただ、いつもより声に覇気がないように感じたから」
昨日の轟や今日の飯田と緑谷。いつも通り振る舞っていたつもりだが、彼らは些細な変化を見逃さない。
「皆、よく見てるなぁ。飯田くんにも似たようなことを言われたの。実は、ちょっと考えごとをしててね」
「考えごと? 僕が聞いても大丈夫?」
「うん。緑谷くんに聞いて欲しい」
洸汰は『緑のやつにも言った』と話していたので、おそらく緑谷も同じようなことを言われたはずだ。
莉緒は外回りの時に洸汰に会ったこと、“個性”やヒーローを否定する洸汰に自分の気持ちを正直に伝えたこと、もっと別の言葉や伝え方があったのでは――と、悩んでいたことを打ち明けた。
「洸汰くんを放って置けない気持ちはわかるよ。僕は昨日会った時に同じようなことを言われたんだけど、とりとめのないことしか言えなくて……。僕も何て返せばよかったのか考えてたんだ。望月さんは洸汰くんの話、どう思った?」
「……私は、“個性”やヒーローを否定することで自分の心を守ってるのかなって思ったの」
「もしかして、望月さんも洸汰くんの両親のこと知ってるの?」
「直接聞いたわけじゃなくて、洸汰くんの話す内容から『もしかして、そうなのかな?』って思っただけなんだけどね。でも、事情も知らない人に言われたって迷惑だし余計なお世話だよね」
莉緒は、緑谷に話すことで自分のやってしまったことを改めて自覚し、落ち込んだ。
「私、何か言わなくちゃって思い過ぎて、洸汰くんの気持ち考えられてなかったなぁ」
「そんなことないよ! 余計なお世話はヒーローの本質なんだ! 今はまだ言葉が届いてないかもしれないけど、こんなに真剣に考えてくれている望月さんの言葉は、きっと洸汰くんにも届くよ」
緑谷自身も同じようなことで悩んでいるのに、落ち込む莉緒を励まそうとする力強い言葉に思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。緑谷くんは格好いいなぁ」
「え!? あ、今の言葉は僕もオールマイトに言われたことがあったからで……!」
「ふふふっ!」
――緑谷くんが言うと、本当に洸汰くんに届くんじゃないかって思えるから不思議。
莉緒はそんなことを思いながら、膝を抱えている腕に頭を預けて顔を緑谷の方に向けた。
緑谷は褒められるのに慣れていないのか、あたふたしている。緑谷の様子に莉緒が忍び笑いをもらすと、その動きに合わせて横髪がさらさらと流れて輪郭をなぞった。莉緒は落ちた髪を耳にかけながら、緑谷に声をかける。
「ありがとう。元気でた」
「えっと……そ、それならよかった」
緑谷は顔を真っ赤にし、返事をするのもやっとになっている。それが莉緒の女の子らしい仕種と柔らかな笑顔を直視したせいだなんてつゆ知らず、彼女は話を続けた。
「でも、緑谷くんの言葉も洸汰くんに届くと思うよ。緑谷くんの言葉は、いつも真っすぐで力強くて背中を押してくれるから。今みたいにね」
「そこまで言われるほどじゃないよ! でも……そうだといいな。僕の方こそありがとう」
二人で笑みを浮かべているところに、対決を終えた回原と宍田がやって来て洸汰の話はここで終わりとなった。
訓練終了後は昨日に引き続き自分たちで料理を作った。お腹も満たされ片付けが終わると、この後はクラス対抗の肝試しだ。
芦戸と上鳴はこの時間を楽しみに待っていたらしいが、残念ながら補習組は授業のため相澤の捕縛布でぐるぐる巻きにされ、泣く泣く引きずられていった。
プッシーキャッツの面々による肝試しの説明によると、脅かす側の先攻はB組で、A組は二人一組で3分置きに出発する。脅かす側は直接接触禁止で“個性”を使った脅かしネタを披露するらしい。
「よろしくね、緑谷くん」
「うん、こちらこそ!」
莉緒はくじ引きの結果、緑谷とのペアで8組目となった。轟は爆豪とペアになっており、その組み合わせの妙に莉緒は思わず吹き出しそうになった。
最初の常闇・障子ペアがスタートしてから次々と順調に出発していく。2組目の轟が出発する際に「行ってくる」と声を掛けられたので、「行ってらっしゃい」と手を振って送り出した。
3組目は耳郎・葉隠ペアで、このペアがスタートしてからは悲鳴が上がるようになった。
「響香、めっちゃ叫んでる……」
「耳郎さん、怖いの苦手なんだね。望月さんは大丈夫なの?」
「う〜ん、割と平気な方だとは思うんだけど、これだけ悲鳴が聞こえてくると不安かも」
5組目の麗日・蛙吹ペアが出発したばかりで、最終組の莉緒は少し時間があるため緑谷と談笑していた。
しかし、異変を感じた莉緒は会話の途中できょろきょろと周りを見渡し始める。
「望月さん、どうしたの?」
「……ねぇ、緑谷くん。何かこげ臭くない?」
「え?」
マンダレイやピクシーボブも気付いているようで、重々しい表情で何かを話しながら森の方を見ている。莉緒が二人の視線の先を追うと森から黒煙が上がっていた。そして、莉緒たちを囲む木々の間から二つの人影が射す。
「ピクシーボブ危ない!」
莉緒がいち早く声をかけるも、黒煙に気をとられていたピクシーボブの対応は間に合わなかった。彼女の体は宙に浮き、吸い寄せられるように人影の一つ――赤い長髪にサングラスをしている大柄の男へと引っ張られた。大柄の男は、身の丈ほどの円筒形の武器で引き寄せたピクシーボブの頭を地面に叩きつける。
「何で……! 万全を期したハズじゃあ……! 何で、何で
峰田の叫び声が、静かな森に響いた。