風口の蝋燭

「ご機嫌よろしゅう、雄英高校! 我らヴィラン連合、開闢行動隊!」

 トカゲのような緑色の肌に紫色の髪をしているヴィランが笑いながらそう言った。どうやらステインにあてられた連中のようで、ご丁寧にも“スピナー”だと名乗り、ステインの夢を紡ぐ者だと自己紹介をしている。

 マンダレイからヴィランはプロヒーローに任せて退避するように言われ、莉緒たちは委員長である飯田の引率で相澤のいる施設へ向かうことになった。

「……飯田くん、先行ってて」
「緑谷くん、何を言ってる!?」
「マンダレイ! 僕、知ってます!」

 緑谷は洸汰の居場所を知っているようで、一人で救けに行こうとしている。莉緒は今にも駆け出しそうな緑谷の腕を掴んで止めた。

「一人じゃ危険だよ! 敵が何人いるか、どんな“個性”かもわからないのに! だったら私も……!」
「大丈夫、接触させないように保護するだけだから。それに洸汰くんの所にピンポイントでヴィランがいるとは考えにくい。今の僕のなら、洸汰くんを抱えて逃げることはできる」
「でも……!」

 職場体験以降、機動力が向上している緑谷なら確かに可能かもしれない。機動力に不安がある莉緒では足手まといになる。

「では、引率は望月くんに任せて僕も!」
「……ヴィランの目的がわからない以上、捜索に人を割かないほうがいい。それに一人のほうが気付かれにくいと思うから」

 緑谷の意志は固く、莉緒や飯田の意見を聞き入れない。緑谷の言っていることも理解できるため、強く引き留めることができない。

「……わかった。洸汰のことは任せたからね」

 マンダレイからの許可が下りると、緑谷はすぐに駆け出そうとした。しかし、莉緒が腕を掴んだままで離さない。

「……望月さん、ごめん」
「お願い、無事に帰ってきて。トランぺッター、ヒートライザ」

 緑谷の足元が赤・青・緑に光り輝いた。ヒートライザは味方一人に対して攻撃と防御力、そして命中と回避率を上昇させるスキルだ。
 驚いたように目を見張る緑谷と莉緒の目が合う。

「行ってらっしゃい」

 莉緒のその言葉に緑谷は力強く頷き、今度こそ洸汰の元へ足を走らせた。

「望月くん、僕たちも急ごう!」
「……うん」

 莉緒は緑谷の後姿を見つめながら、飯田の後について行く。いつ、どこでヴィランと遭遇するかわからないため、飯田と尾白、峰田、口田、莉緒の五人は周りを警戒しながら森の中を進む。

「望月、頼む! 何かあったら絶対オイラを守ってくれぇ!」
「……普通逆じゃないのか、峰田」

 峰田は莉緒の足にしがみついて震え、その手が内腿を怪しく撫でる。この日はノースリーブのAラインブラウスにショートパンツの出で立ちだったため、峰田は遠慮なく素足を触っていた。
 こんな状況にもかかわらず、いつも通りな峰田に莉緒はため息を吐く。

「峰田くん、歩きづらいから離れて。あと足も触らないで。セクハラだよ」
「望月が約束してくれるまで離れねぇええ!」
「……わかったから」
「峰田くん! ヒーローとしてあるまじき行為だぞ!」

 飯田に注意をされ、峰田はしぶしぶと離れた。呆れた様子の尾白と心配そうな口田の視線を受け、莉緒は苦笑いを返す。

「あ、飯田くん。あの先が施設じゃない?」

 莉緒が指さした先は森の出口なのか光が差し込んでいた。峰田が「行くぞ、おまえら!」と急に仕切り始め、走って出口に向かう。勝手に進んで行く峰田を飯田が慌てて追いかけ、尾白や口田もそれに続く。

 緊張感がないなぁ――と思いながらも、でもそのおかげでパニックにならず冷静でいることができている。
 莉緒は前を走る四人に穏やかな眼差しを向けながら彼らの元へと足を進ませようとした。
 しかし、それは叶わなかった――。

 莉緒の背後に人が現れ、布で口元を覆われる。足掻いて抵抗をするも、両腕を背中に回され関節を極められてしまった。
 今まで気配も何も感じなかった。急襲で混乱しそうな気持ちを落ち着かせ、相手に後ろ回し蹴りの要領で攻撃を仕掛ける。

「おっと、本体だからやられたら困るんだよなぁ」

 避けられてしまったが、そのおかげで拘束から逃げることはできた。
 先を行く飯田たちにヴィランのことを伝えようと口を開くが、声が出てこない。それどころか体に力が入らなくなって、その場に崩れ落ちた。
 心の中で何度もカグヤを喚ぶが、現れるどころか存在自体を感じることができない。

 ――どうして……っ!
 薄れゆく意識のなかで莉緒の瞳に映ったのは、皮膚が焼け爛れたように変色し、体に継ぎ接ぎのある男だった。




 相澤は施設の入り口で体に継ぎ接ぎのあるヴィランと応戦していた。
 捕縛布で拘束し、ヴィランから情報を引き出そうとしていると、自身の名を呼ぶ飯田の声が聞こえてきた。そちらに気を取られた一瞬の隙を突いてヴィランは相澤から距離を取る。

「生徒が大事か? 守りきれるといいな……また、会おうぜ」

 ヴィランはそんな言葉を残し、泥のように崩れて消滅した。

「先生! 今のは……!」
「……中、入っとけ。すぐ戻る」

 峰田の声を遮り、相澤は指示を出す。
 森は黒煙を上げて激しく燃え、地鳴りのような音が何度も聞こえてくる。敵は何人いるのか、目的は何なのか。そして他の生徒たちの安否は――相澤は最悪なことも想定しながら森の中に入ろうとしたのだが、飯田たちが何やら言い合っており未だに施設の外にいた。本来であれば相澤の指示にすぐに従う素直で内気な性格をしている口田が声を張っている。
 
「望月さんがいない!」
「は? 望月ならオイラたちの後ろに……!?」
「どういうことだ!? 望月くんはさっきまで……迷ったのか?」
「この距離で迷うか?」
「尾白くんの気持ちもわかるが、実は望月くんは方向音痴のようなんだ。職場体験のときや、この合宿でも迷いようのないルートで迷子になっていた」
「意外すぎる。でも森の出口に気付いたのは望月さんだし、俺たちの姿も見えていたはずだろ。さすがにそれは……」
「おい、何をやってる!」

 事態は一刻を争うのにどうしたというのか。相澤は飯田たちに声をかけた。
 
「先生! それが――っ!」

 飯田から委細を聞き取った相澤は、より一層険しい顔つきになる。

「……望月のことは俺に任せて、おまえらは中で待ってろ」

 ついて来ようとする飯田たちを押し留め、相澤は“莉緒と最後に会話した”という場所に向かう。

「どこだ……!」

 彼らの話によるとこの辺りで間違いないのだが、争った形跡などはない。
 相澤が捜索を続けていると、緑谷の声が聞こえてきた。灌木の茂みから現れた緑谷の姿を見て、相澤は眉をひそめる。洸汰を背負っている緑谷の両腕はボロボロになっており、力もほとんど入っていないように見受けられたからだ。

 焦った様子の緑谷は、相澤の声かけを無視して自分の要件を一方的に伝えてくる。どうやら彼はマンダレイに伝えたいことがあるらしく、洸汰を守るようにお願いをしてきた。それだけを伝え、すぐにマンダレイの元へ向かおうとする緑谷を引き留める。

「その怪我、またやりやがったな」
「あ……いやっ、でも……」

 緑谷の“個性”の制御については、入学当時から口を酸っぱくして注意をしてきた。それに、資格未取得者の“個性”使用による規則違反については職場体験で痛感しているはずだ。でも、今はそれらを咎める時間が惜しい。
 
「だから、マンダレイ彼女こう・・伝えろ。それから――」
 
 緑谷はその言葉に深く頷いた。