矜持とオリジン

「おっはよ〜、莉緒ちゃん」

 神野区の繁華街を少し裏に入ったビルにあるバー。莉緒はそのフロアのソファに寝かせられていた。
 目が覚めて周りを見渡すとUSJのときの死柄木と黒霧がいた。そして、ラグドールたちと戦っていたスピナーとサングラスをした大柄の男。それと莉緒を連れ去った継ぎ接ぎの男も。あとの三人は見たこともないヴィランだ。
 それだけではなく、さらに――

「爆豪くん!?」

 驚いて上半身を起こすが、両手が頭上で縛られており上手く起き上がることができない。爆豪は莉緒以上に厳重に拘束されて椅子に座らされていたが、怪我はないようだ。
 爆豪は不機嫌そうに莉緒から視線を逸らす。

「ひどいな〜、俺を無視して爆豪くん?」
「……死柄木」
「これ見てみなよ」

 カウンターのバーチェアに座っていた死柄木は、背後にあるテレビを指し示す。そこには校長の根津とヒーロー科1年担任の相澤、ブラドキングの姿――雄英高校の会見映像が流れていた。
 ヴィラン被害、敵意への防衛を怠ったことについての説明と謝罪が行われている。

「相澤先生……」
「さっき爆豪くんに話してたんだ。俺の仲間にならないかってね。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらうためにね」
「……殊勝なことでも言えば仲間になるとでも? 貴方は、ただ壊したいだけでしょ」

 死柄木はニタニタした笑みを浮かべながら莉緒に近付くと、ソファで仰向けになっている彼女の上に馬乗りになった。そして、人差し指を浮かした状態で胸ぐらを掴んでくる。

「俺は莉緒ちゃんの力が欲しいんだ。やっぱり補助キャラは必要だろ?」
「私は貴方の仲間にはならない」
「……ヒーロー志望なのにヴィランにヤられるとか、楽しそうだと思わない?」

 浮かしていた死柄木の人差し指が莉緒の服に触れた瞬間、ブラウスが塵となって崩れていった。

「――ッ!」
「てめェ!」

 爆豪が暴れてガチャガチャと拘束具が耳障りな音を立てる。それを気にも留めない死柄木は、カサカサした手で露わになった莉緒の鎖骨を撫でた。

「ほら、早く言えよ。『仲間になります』ってね。それとも爆豪くんに見られながらされたいの?」

 死柄木のもう片方の手が莉緒の腰のラインをなぞり、太ももを伝って膝を立てさせた。
 莉緒が鋭い視線を死柄木に突きつける。

「私はヴィランには屈しない! たとえ辱めを受けたとしても、ヒーローとしての矜持を失うわけにはいかない!」
「……生意気だなぁ、その目」
「貴方、これを見て『いいね』って言ったの忘れた?」

 ――『……君のその目、いいね。絶望を知っている目だ』

 USJで脳無に捕まっていたとき、死柄木を睨みつけた莉緒を見てそう言ったのだ。

「ああ、そんなこともあったな」

 絶望を知っている目――。
 死柄木が何を指して言ったのかはわからないが、莉緒にとってそれは両親の事件のことではない。病室に眠る二人を見て目の前が真っ暗になったが、これを“絶望”と呼ぶのは今を必死に生きる二人に失礼だ。
 
 莉緒が思い出す、赤い雨の記憶。
 大切な仲間が一人ずつ消滅し、最後に蓮が消えたときの届かなかった莉緒の手。聖杯に支配され、人が自我を失い、ただの人形となる世界の破滅。
 その絶望を知っているからこそ、莉緒はもう誰にも屈しない。

 ――怖くないと言ったら嘘になる。でも、ここで自分を守るために敵に堕ちるのなら、私はもうヒーローでいられない……!
 莉緒はもう一度、死柄木に告げる。

「貴方に、私の心は折れない」

 莉緒の力強い目と死柄木の目が交わり、沈黙が流れた。

「……萎えた」

 急につまらなそうな顔をした死柄木は、莉緒の上から退く。

「荼毘、死なねぇ程度にいたぶっとけ」
「は? 俺かよ」
「トガが遊びたいです! 弔くんはどーせ最初からそんな気なかったんですよねぇ? コミュ障なのに女の子の相手ができるはずないですもん」
「うるせぇ。女なんて適当に脅しとけばいいだけだろ。まぁ、莉緒ちゃんは違ったみたいだけどなぁ?」

 死柄木があざけり笑いながら莉緒を見下す。だが、その笑みは瞬時に消え去った。

「絶望を知ってんなら、そのまま闇に堕ちとけよ」

 低く、刃のように鋭い声色で吐き捨てられた言葉に、莉緒は思わず息を呑んだ。責めるような響きの奥に、寂しさが滲んでいるような気がしたからだ。莉緒の瞳が死柄木を捉えたまま動かせずにいると、間に他の人が割り込んできた。

「もう弔くん、早くトガにも莉緒ちゃんとお話させてくださいよ〜」

 自身を“トガ”と呼んだ女のヴィランが莉緒の肌に無遠慮に触れてくる。

「わぁ、カァイイねえ。お肌もスベスベです。でも、血ィ出てた方がもっと莉緒ちゃんの魅力が増すと思うんです。トガが切り刻んでもいいですよねぇ?」
「やめろイカレ野郎、おまえじゃ死ぬだろ」

 興奮しているトガを止め、荼毘と呼ばれた継ぎ接ぎの男がソファに座った。不敵な笑みを浮かべながら、莉緒の顔を覗き込む。

「そんな趣味はねえが、そういう指示だからな。まぁ、でもおまえにはちょっと興味がある」
「……貴方、あのとき私に何をしたの?」

 この男に何かを嗅がされた後、声が出なくなり体に力も入らなくなった。しかも通常ならカグヤの瞬間回復ですぐに治るはずが、回復どころかペルソナの存在を感じることすらできなくなった。
 今は声が戻り、僅かに体に力を入れることもできる。だが、目が覚めてからずっと心の中で喚んでいるのに、ペルソナは応えない。

 その疑問に荼毘は笑みを深くしただけで答えず、莉緒の脇腹に触れる。そこから青い炎が燃え盛り、皮膚が焼かれていく。

「――ぁッ!」
「望月! おい、“個性”使って何とかしろや!」

 莉緒は苦痛に悶え、悲鳴を上げないように必死に耐える。そんな莉緒の代わりに、死柄木が得意然と答えた。

「ああ。莉緒ちゃんは今ね、“個性”が使えないんだ。先生が彼女のために特別なものを作ってくれてさぁ。まさか効くとは思わなかったけど」
「先生ぇ……? てめェがボスじゃねえのかよ、白けんな」
「先生は俺のために手段をつくってくれたんだ。莉緒ちゃんを壊すためのね。トゥワイス、こいつの拘束外せ」
「はァ俺!? 嫌だし!」

 死柄木はラバースーツのヴィラン――トゥワイスに指示を出す。トゥワイスは口では「嫌だ」と言いながらも、大人しく爆豪の拘束具を外した。

「この状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろ?」

 拘束が解かれた爆豪は、そんな挑発を意に介することなく“個性”を使って死柄木を吹き飛ばした。
 莉緒の耳に爆豪の怒鳴り声が聞こえるが、熱に浮かされ霞む意識では何を言っているのかまでは聞き取れない。ただ、爆豪が無事なのか横目で確かめることしかできなかった。

「自分より他人の心配か? 随分と余裕だな」
「は、ぁっ! ……カグ、ヤっ!」
「無駄だ。死なねぇようにって命令だからな、じわじわ焼かれてろよ」

 熱くて暑くて、莉緒の思考が溶けていく。脇腹以外の部分にも青い炎が迫り肌が焼けるにおいがする。

 後悔したくないから、強くなりたかった。守りたいから、ヒーローになりたかった。

 ――負けたくない……っ!
 心の中で力強く叫んだとき、莉緒の脳裏にオールマイトのある言葉が浮かんだ。

 ――『ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!』

 USJで脳無を倒したときに言っていたこの言葉が、莉緒の心を掻き立てた。
 胸の奥に二つの声が生まれる。


“我は汝、汝は我……

眩しき心の光……

その矜持に応えましょう……”



 朦朧とする意識の中で、声が届く。お互いを求め、喚び合い、応えようとする。
 ペルソナとはもう一人の自分。そして魂の絆。いくら“個性”を消されたとしても、この繋がりは消えない。

「――カグヤ!」
 
 弾けるような高音が空気を裂き、風が吹き荒れ唸る音が響いた。莉緒と荼毘の間に透明な盾が現れ、青い炎を反射する。
 十二単の羽織を静かに揺らしながらカグヤが降臨すると、風を巻き起こして莉緒と爆豪の周りにいるヴィランを吹き飛ばした。

「――っ! おい、どうなってんだ!」

 自分の炎を喰らった荼毘の肌が焼け、黒い煙を上げる。青い炎の責め苦から脱することができた莉緒は、湿った咳を繰り返しながらもスキルを唱える。瞬時に光り輝く矢が降り注ぎ、荼毘や死柄木を地面に縫い付けた。

「先生! “個性”は使えないはずだろ!?」
「形勢逆転だな! おまえら望月そいつの“個性”が怖かったんだろ? “個性”が使えないように『特別なものを作った』のに残念だったなァ!」

 爆豪は拘束が外され自由に動ける。莉緒の方は両手を縛られてはいるが、“個性”を使って参戦できるようになった。

 ――あとはここから逃げるだけ……!
 莉緒の意識はぐらつき、視界は霞んでいる。それでも必死に逃げ道を探そうと目を凝らした、その時――爆豪の背後にあるドアがノックされた。

「どーもォ、ピザーラ神野店ですー」

 中の緊張感にそぐわない軽い声がドアの向こう側から聞こえ、全員の意識がそちらに持っていかれる。刹那、横の壁が破壊され、オールマイトが姿を見せた。それにシンリンカムイと、緑谷が職場体験でお世話になったグラントリノが迷いなく飛び込み次々にヴィランを薙ぎ倒し、制圧する。

「もう逃げられんぞ、ヴィラン連合……何故って!? 我々が来た!」

 その声に、希望の風が吹き込んだ。