過去を追い抜く歩み

「怖かったろうに、よく耐えた! ごめんな、もう大丈夫だ少年!」
「こっ、怖くねえよ! ヨユーだクソッ!」
「ハハハ、望月少女は……?」

 オールマイトが莉緒の無事を確認しようとバーの中を見回す。その瞳が捉えたものに、オールマイトの拳がわなわなと震えだした。眼光だけでヴィランを倒すことができそうなほどの威圧を放っている。

 莉緒は両手を縛られた状態だった。それだけではなく、上半身は下着しか纏っておらず、露わになっている脇腹は火傷の影響で変色していた。

「望月少女! すまない、こんな……っ! もう大丈夫だ、よく頑張った!」
「……オールマイト先生、ごめんなさい」
「何を言っているんだい! 謝る必要なんてないんだぞ!」

 オールマイトは、莉緒の傷口に触れないように気をつけながら優しく抱き締める。そして庇うように莉緒を背後に隠すと、ヴィランと向き合った。

「よくもこんなことを! ここで終わりだ死柄木弔!」

 オールマイトの言葉に続けるように、グラントリノが言う。
 
「もう逃げ場ァねえってことよ、なァ死柄木。聞きてえんだが、おまえさんのボスはどこにいる?」
「…………ふざけるな。こんな……こんなあっけなく。ふざけるな、ふざけるな……」

 その問いに、死柄木はうわ言のように同じ言葉を繰り返した。

「失せろ、消えろ……」
「奴は今、どこにいる! 死柄木!」
「……おまえが! 嫌いだ!!」

 死柄木が叫んだ途端、何もないところから黒い液体のようなものが噴き出し、そこから複数の脳無が出現する。
 
「お゛!? っだこれ、体が……」
「爆豪少年!!」
 
 爆豪の口から黒い液体が溢れ、それは体を呑み込んでいく。
 
「爆豪くん!? ――っ!」

 莉緒が驚いて声を上げるが、彼女の口からも同じような現象が起きる。黒い液体が荒波のように莉緒の体をその中に引きずり込むと、目の前が真っ暗になった。




「ゲッホ! くっせぇぇ……んっじゃ、こりゃあ!」
「ゴホ! ……はぁ、っ!」

 次に目を開けると、そこはバーの中ではなかった。周囲に建っていたであろうビルや倉庫は吹き飛び、クレーターのような窪地が広がっている。端の方にはプロヒーローが数名、倒れていた。

「悪いね、爆豪くん――それに、望月莉緒さん」
 
 莉緒が名を呼ばれてそちらを見ると、目の前にはスーツを身に纏い金属製のパイプマスクをしている男がいた。
 男は、死柄木たちが黒い液体とともに現れたのを尻目に、一歩、一歩とゆっくり莉緒に近付いてきた。男の圧倒的な威圧感に、誰も口を開けない。

「――まさか君にここまでの力があるとはね、驚いたよ。僕が以前から奪ってストックしていた“個性”を組み合わせて、君に有用そうなものを作ってみたんだ。僕自身も、どれが君に効いたのかはわからないんだけどね」
「……っ、“個性”を、奪う? ストック?」
 
 緊迫から莉緒の喉が張りついたように固まり、かすれた声がようやく漏れる。話しぶりからして、この男の“個性”のせいでペルソナが使えなかったようだ。

「僕の“個性”を無理やり破るだなんて、とても興味深いよ。ぜひとも君には弔の力になってもらいたい」
「――ふざけたことをッ!」
「ふざけてなんかいないさ。それに僕と君は出会う運命だったんだよ」

 莉緒が怪訝な顔をすると、男は嬉しそうな声色で話し始める。

「14年前くらいかな? 僕はある“無個性”の男に“個性”を授けたんだ。自分を虐待してきた親に復讐をしたい、と言われてね」

 男の声が、さらにねっとりと愉悦を帯びていく。

「彼は、僕のあげた“個性”で自分の両親を殺したんだ。それによってタガが外れたみたいでね、その後何年も殺しを繰り返してきた。その過程で自分の中にある、一つの趣向に気付いたらしいんだ」

 “個性”の強奪と付与。それだけでも驚きだが、莉緒はこの男が何を言おうとしているのかに気付いて息を吞む。

 ――子どもの目の前で親を殺し、快感を得るヴィラン
 あの事件で警察に聞いた話が、莉緒の頭の中でリフレインする。

「――そう、子どもの目の前で親を殺すことだよ。自分が得られなかった幸せを感受している子どもたち。その心を壊すのに快感を覚えたようなんだ」

 絶句している莉緒の様子に、男は満足そうな笑い声を出す。
 あの時、幼い莉緒を見てニヤりと不敵に笑ったヴィランの顔が、目の前の男と重なる。違う顔なのに、笑みの端に潜む不気味さは同じで、莉緒の胸をざわつかせた。

「ただ、そんな彼も当時4歳になったばかりの子の反撃に遭い、今はタルタロスだ。弔から仲間にしたい子がいると聞いて、君のことを調べて驚いたよ。これは運命だとね」

 男は、さらに続ける。

「君は被害者だ。あの日、ヒーローがもっと早く駆けつけていれば、君の両親は今も元気だったかもしれないね」
「っ、悪いのはヴィランであってヒーローじゃない! 両親の件をヒーローのせいにしてしまうほど、私は子どもじゃない!」

 莉緒が男を睨みつける。張り詰めた空気が二人の間に漂い、しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは、男の呆れまじりのため息だった。
 
「……そうか。君の力は欲しいけど、思考はいらないな。人形にでもしてしまおうか」
「人形? ――なるほど。私の“個性”は貴方には扱えないみたいね」

 今までの発言から、この男の“個性”であれば莉緒の“個性”も奪えたはずだ。にもかかわらず『人形にする』とは――。
 おそらく、莉緒の意識がない間に強奪を試みたが、成功しなかったのだ。そもそもペルソナとは、“反逆の意志”がカタチとなったもう一人の自分のことだ。前世では、社会や大人の理不尽に立ち向かい、目を背けていた本当の自分自身と向き合うことでペルソナを顕現することができた。今世では“個性”という扱いだが、その本質は変わっていないのだろう。だからこそ誰にも――この男にも、もう一人の自分ペルソナを奪うことはできない。

「おい、さっきからごちゃごちゃと何の話をしとんだ!?」
「ああ、ごめんよ爆豪くん。そろそろ君の相手もしようか」

 男の纏う雰囲気が変わり、莉緒と爆豪が臨戦態勢をとる。

「動ける!? 爆豪くん!」
「はぁ? そりゃてめェの方だろ! 足引っ張ったら承知しねーぞ! つーか、おまえは腕縛られてんだろーが!」
「今は解く時間さえ惜しい!」

 莉緒と爆豪が背中合わせになり、男と他のヴィランの動きを警戒していると、頭上からオールマイトが跳んできた。

「全て返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!」
「また僕を殺すか、オールマイト」

 男――オール・フォー・ワンがオールマイトの攻撃を素手で弾き、その衝撃で周りの瓦礫が吹き飛ぶ。莉緒や爆豪が飛ばされないように必死になっているなか、二人の攻防が繰り広げられる。
 お互いの凄まじい力がぶつかり合い、一挙手一投足のたびに周りの建物が消し飛び街が壊されていく。

「ここは逃げろ、弔。その子たちを連れて」

 オール・フォー・ワンの指から黒い枝のようなものが伸び、気絶している黒霧に刺さる。すると、意識がないはずの彼から黒い靄が広がっていく。動けるヴィランは莉緒たちを取り囲み、攫って逃げるつもりだ。オールマイトが莉緒たちの助けに入ろうとするが、オール・フォー・ワンに邪魔されて阻まれている。このままでは、ヴィラン有利な展開になってしまう。でも――

 ――もう、4歳の時の無力なあの時の私じゃない!

「トランぺッター! マハラクカジャ、マハスクカジャ、マハタルカジャ!」

 莉緒がスキルを唱えると足元が光り輝き、力が湧いてくる。味方全体のステータス上昇を行うスキルだ。端の方で倒れているヒーローも対象範囲なのだが、彼らはピクリとも動かない。その事実に嫌な汗が流れるが、攻撃の手は緩めない。

「ランダマイザ!」

 オール・フォー・ワンの周囲に紫と黒の渦が現れ、ステータスを奪っていく。それによってオールマイトの攻撃が通りやすくなった。

「……厄介だな」

 今までオールマイトに攻撃されても泰然とした態度だったオール・フォー・ワン。しかし、その声色に怒りの感情が籠る。パイプマスク越しだが、その視線は確実に莉緒の方を向いていた。

「コンセントレイト! カグヤ、輝矢!」

 空から光り輝く長剣のような矢が幾つも降り注ぎ、オール・フォー・ワンとヴィランたちを地面に縫い付ける。コンセントレイトの効果で、いつもの倍以上の攻撃力になっている。
 
 ――早くここから離脱しないと先生が……。
 脱出経路を模索していた莉緒だが、極度の緊張で体力的にも精神的にも限界なのか、むせかえるような咳を繰り返し地面に膝をついた。冷や汗が体を伝い、体温が奪われていく。不快な寒気に襲われ、体が震えはじめた。

「っおい、望月!」
「……っごめん、大丈夫だから!」

 爆豪に強がった言葉を返すが、長く戦える状態ではないことは莉緒が一番わかっていた。

 ――今、限界を超えないでどうするの! Plus Ultra更に 向こうへでしょ!
 莉緒は足に力を入れて立ち上がり、前を見据える。その瞬間、ヴィランの背後にあったはずの壁が何者かに破壊され、そこから氷の道が空に向かって高く形成された。それを踏み台にして、切島を抱えた緑谷と飯田が跳んできたのだ。

「来い!!」

 差し伸べられた切島の手。爆豪は莉緒を肩に担ぐと、片手で爆風を生み出し空中を駆け上っていく。

「……バカかよ」

 そう呟いた爆豪の手と、切島の手がしっかりと合わさった。