切島が爆豪の手を引く。
切島を抱えた緑谷と飯田が“個性”で加速し、手の届かない高さから戦場を横断する。しかし、敵 たちもやすやすと逃がすつもりはなく、追撃してきた。
「爆豪くん、俺の合図に合わせて爆風を……」
「てめェが俺に合わせろや」
「張り合うな、こんな時にィ!」
切島の言う通り、こんな状況でもいつも通りな爆豪。そんな彼の様子に莉緒は少し安心した。そして、一つの選択をする。
「……爆豪くん、私を投げて」
「ハァ!? なに言っとんだ、クソが!」
「……このままじゃ、追い付かれる。この人数、それに私がいると爆豪くんが“個性”を使いにくい」
爆豪の片手は切島と、もう片方は莉緒を肩に担ぐのに使われている。爆豪は手のひらの角度と威力を調整し、莉緒に爆破が当たらないようにしていたのだ。
「あっちの氷の方に投げて。滑り落ちたら、どこかに身を隠すから」
「危険だよ、望月さん! 轟くんたちはもう避難していて、あの先には誰も……」
「そうだぞ! それに氷の道まで距離もあるじゃないか!」
「大丈夫、無策なわけじゃないの。お願い……信じて」
その懇願に、爆豪は舌打ちをした。
「俺の次の爆破で一回転しろ! 望月、てめェ今の言葉が嘘だったら許さねえからな!」
「かっちゃん!?」
「うっせえ、クソデク! 言う通りにしろ!」
爆豪の合図で、緑谷と飯田がタイミングを合わせて“個性”で回転する。その遠心力を利用し、莉緒を氷の道の方に投げた。
「……ありがとう」
そう呟いたとき、緑谷たちは更に加速して離れて行った。敵 が彼らを追うも、端の方で倒れていたはずのMt.レディに阻まれて距離が縮まることはない。
莉緒はバーにいたときに聞こえた、もう一つの声に呼び掛ける。
「――我は汝、汝は我」
莉緒の体を押し上げるように風が吹きすさび、周りの空気を呑み込むかのように大きな唸りを上げる。
「天つ風となれ、バアル。――真空波」
風が竜巻を生み、渦巻状の上昇気流が瓦礫や敵 を巻き上げる。風量を調整し莉緒の体を氷の道の方に飛ばすと、それまで猛烈な風を成していた竜巻が跡形もなく消え去った。
莉緒は氷の道を滑り落ちながら、建物の壁面との衝突に備えて体勢を整える。
「望月!!」
壁にぶつかる直前に轟が間に入り、莉緒の体を抱き締めて受け止めた。
「……と、どろきくん、どうして――」
氷の道を形成したのは轟だとわかっていたが、まさかいるとは思わなかった。その場に留まる危険性に加え、緑谷が「轟くんたちはもう避難してる」と言っていたからだ。
「望月、よかった……。無事で、よかった!」
痛いくらいに抱き締めてくる轟の温度が肌を通して伝わり、震えていた莉緒の体を温める。鼓動が落ち着いていくのを感じ、目を閉じて温もりだけを感受する。安心感を与えてくれる轟の存在に、莉緒はやっと緊張を解くことができた。
「おまえがこっちに投げられてるのを見て、急いで戻ってきた。間に合ってよかった」
「ありがとう、轟くん」
「ああ。急いでここを離れるぞ」
抱き上げるために一旦体を離した轟が、莉緒の姿を見て動きを止めた。しかし、すぐに着ていたベストを脱ぐと莉緒の肩に掛ける。両腕はなおも縛られたままで腕を通すことはできない。
「おまえ、こんな……! くそっ、あいつら!」
「……ごめん、見苦しいよね」
さらけ出された白い肌。
緊急事態とはいえ、このような姿は轟には特に見られたくなかった。
「――っちげえ!」
轟が莉緒の体を再び抱き締める。先ほど肩に掛けられたばかりのベストが地面に落ちた。
轟の体が震えているのに気付いた莉緒は、彼の様子を窺おうと顔を覗き込む。すると、今にも泣きだしてしまいそうな轟の表情が目に映った。
「俺は――」
「轟さん! 莉緒さん!?」
言葉を紡ごうとした轟を遮るように、悲鳴に近い驚いたような八百万の声が響いた。轟は、我に返ったようにすぐさま莉緒を抱き上げる。
「八百万、毛布か何か出せねぇか? 体が冷てえ! それに救急車も呼んでくれ!」
「わ、わかりましたわ!」
「火傷の処置もしてえが、ここじゃ危険だ! 離れるぞ!」
こんな姿の莉緒を人前に出すことは憚られたのか、少し離れた路地裏まで運ばれる。
腕を縛っている拘束具を外してもらうと、手首はうっ血していた。轟はそれを見て顔を歪ませていたが、自身のベストを着せ直し、八百万の“個性”で出した毛布で莉緒の体を包む。その隣で、八百万は涙を流していた。
「莉緒さん、大丈夫ですか!? こんなにひどい火傷……」
「……百ちゃん、ありがとう。平気だよ、見た目ほど痛くないから」
「おまえそれ――」
痛くないということは、痛みを感じる知覚神経まで損傷している深い火傷ということだ。
轟が驚いたような顔をしていると、莉緒が体を二つ折りにして激しい咳をし始めた。八百万が優しく背中をさすり、落ち着いてきた莉緒が顔を上げる。口を押えていた手を放すと、その手のひらには真っ赤な血が広がっていた。
「望月!」
「だ、大丈夫だから……」
莉緒は心配そうに顔を覗き込む轟に微笑み、血のついていない指先で彼の頬を撫でる。
「救けてくれて、ありがとう……やっぱり、轟くんは私のヒーローだね。だから、大丈夫だよ?」
「――っ!」
轟は言葉に詰まり、複雑そうな表情をしている。莉緒は言葉を続けようと口を開いたが、再び咽んでしまい咳の音しか出てこない。
「望月っ!」
「莉緒さん、私の声が聞こえますか!」
轟と八百万が必死に呼びかけるが、答えることができない。
咳のたびに赤いものが指の隙間から滴り、視界が霞んでいく。呼吸の音さえ風のように遠ざかり、薄れていく意識に逆らうことができない。
――莉緒の記憶は、そこで止まった。
切島を抱えた緑谷と飯田が“個性”で加速し、手の届かない高さから戦場を横断する。しかし、
「爆豪くん、俺の合図に合わせて爆風を……」
「てめェが俺に合わせろや」
「張り合うな、こんな時にィ!」
切島の言う通り、こんな状況でもいつも通りな爆豪。そんな彼の様子に莉緒は少し安心した。そして、一つの選択をする。
「……爆豪くん、私を投げて」
「ハァ!? なに言っとんだ、クソが!」
「……このままじゃ、追い付かれる。この人数、それに私がいると爆豪くんが“個性”を使いにくい」
爆豪の片手は切島と、もう片方は莉緒を肩に担ぐのに使われている。爆豪は手のひらの角度と威力を調整し、莉緒に爆破が当たらないようにしていたのだ。
「あっちの氷の方に投げて。滑り落ちたら、どこかに身を隠すから」
「危険だよ、望月さん! 轟くんたちはもう避難していて、あの先には誰も……」
「そうだぞ! それに氷の道まで距離もあるじゃないか!」
「大丈夫、無策なわけじゃないの。お願い……信じて」
その懇願に、爆豪は舌打ちをした。
「俺の次の爆破で一回転しろ! 望月、てめェ今の言葉が嘘だったら許さねえからな!」
「かっちゃん!?」
「うっせえ、クソデク! 言う通りにしろ!」
爆豪の合図で、緑谷と飯田がタイミングを合わせて“個性”で回転する。その遠心力を利用し、莉緒を氷の道の方に投げた。
「……ありがとう」
そう呟いたとき、緑谷たちは更に加速して離れて行った。
莉緒はバーにいたときに聞こえた、もう一つの声に呼び掛ける。
「――我は汝、汝は我」
“我は汝、汝は我……”
莉緒の体を押し上げるように風が吹きすさび、周りの空気を呑み込むかのように大きな唸りを上げる。
「天つ風となれ、バアル。――真空波」
“我はバアル。
雨を降らして大地を潤す豊穣の力、
尊き魂の主たる汝の仮面となり、授けん”
雨を降らして大地を潤す豊穣の力、
尊き魂の主たる汝の仮面となり、授けん”
風が竜巻を生み、渦巻状の上昇気流が瓦礫や
莉緒は氷の道を滑り落ちながら、建物の壁面との衝突に備えて体勢を整える。
「望月!!」
壁にぶつかる直前に轟が間に入り、莉緒の体を抱き締めて受け止めた。
「……と、どろきくん、どうして――」
氷の道を形成したのは轟だとわかっていたが、まさかいるとは思わなかった。その場に留まる危険性に加え、緑谷が「轟くんたちはもう避難してる」と言っていたからだ。
「望月、よかった……。無事で、よかった!」
痛いくらいに抱き締めてくる轟の温度が肌を通して伝わり、震えていた莉緒の体を温める。鼓動が落ち着いていくのを感じ、目を閉じて温もりだけを感受する。安心感を与えてくれる轟の存在に、莉緒はやっと緊張を解くことができた。
「おまえがこっちに投げられてるのを見て、急いで戻ってきた。間に合ってよかった」
「ありがとう、轟くん」
「ああ。急いでここを離れるぞ」
抱き上げるために一旦体を離した轟が、莉緒の姿を見て動きを止めた。しかし、すぐに着ていたベストを脱ぐと莉緒の肩に掛ける。両腕はなおも縛られたままで腕を通すことはできない。
「おまえ、こんな……! くそっ、あいつら!」
「……ごめん、見苦しいよね」
さらけ出された白い肌。
緊急事態とはいえ、このような姿は轟には特に見られたくなかった。
「――っちげえ!」
轟が莉緒の体を再び抱き締める。先ほど肩に掛けられたばかりのベストが地面に落ちた。
轟の体が震えているのに気付いた莉緒は、彼の様子を窺おうと顔を覗き込む。すると、今にも泣きだしてしまいそうな轟の表情が目に映った。
「俺は――」
「轟さん! 莉緒さん!?」
言葉を紡ごうとした轟を遮るように、悲鳴に近い驚いたような八百万の声が響いた。轟は、我に返ったようにすぐさま莉緒を抱き上げる。
「八百万、毛布か何か出せねぇか? 体が冷てえ! それに救急車も呼んでくれ!」
「わ、わかりましたわ!」
「火傷の処置もしてえが、ここじゃ危険だ! 離れるぞ!」
こんな姿の莉緒を人前に出すことは憚られたのか、少し離れた路地裏まで運ばれる。
腕を縛っている拘束具を外してもらうと、手首はうっ血していた。轟はそれを見て顔を歪ませていたが、自身のベストを着せ直し、八百万の“個性”で出した毛布で莉緒の体を包む。その隣で、八百万は涙を流していた。
「莉緒さん、大丈夫ですか!? こんなにひどい火傷……」
「……百ちゃん、ありがとう。平気だよ、見た目ほど痛くないから」
「おまえそれ――」
痛くないということは、痛みを感じる知覚神経まで損傷している深い火傷ということだ。
轟が驚いたような顔をしていると、莉緒が体を二つ折りにして激しい咳をし始めた。八百万が優しく背中をさすり、落ち着いてきた莉緒が顔を上げる。口を押えていた手を放すと、その手のひらには真っ赤な血が広がっていた。
「望月!」
「だ、大丈夫だから……」
莉緒は心配そうに顔を覗き込む轟に微笑み、血のついていない指先で彼の頬を撫でる。
「救けてくれて、ありがとう……やっぱり、轟くんは私のヒーローだね。だから、大丈夫だよ?」
「――っ!」
轟は言葉に詰まり、複雑そうな表情をしている。莉緒は言葉を続けようと口を開いたが、再び咽んでしまい咳の音しか出てこない。
「望月っ!」
「莉緒さん、私の声が聞こえますか!」
轟と八百万が必死に呼びかけるが、答えることができない。
咳のたびに赤いものが指の隙間から滴り、視界が霞んでいく。呼吸の音さえ風のように遠ざかり、薄れていく意識に逆らうことができない。
――莉緒の記憶は、そこで止まった。