欠けた月に祈りを

 No.1ヒーロー、オールマイトの事実上のヒーロー活動引退。No.4ヒーロー、ベストジーニストの長期の活動休止。林間合宿でお世話になったNO.32ヒーロー、プッシーキャッツのラグドールが拉致後の“個性”変調から活動の見合わせ。
 一夜にして多くのヒーローたちが大打撃を受けた“神野の悪夢”。
 それから数日後。雄英高校、全寮制導入についての家庭訪問が行われた。

 そして、8月中旬――。
 雄英敷地内、校舎から徒歩五分の築三日。
 『ハイツアライアンス』――ここが、1年A組の新たな家だ。

「とりあえず、1年A組。無事にまた集まれて何よりだ」

 担任の相澤が玄関アプローチに集まった生徒20人・・・を前に話を始める。久しぶりに会った生徒たちは、お互い入寮を許可されたことに安堵しているようだった。

「さて、これから寮について軽く説明をするが、その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった“仮免”取得に向けて動いていく」
「そういやあったな、そんな話!」

 上鳴が思い出したかのように声を出す。
 林間合宿のときに『全員の強化及びそれによる“仮免”の取得』と『具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備』と説明があったのだが、ヴィランの襲撃と神野の悪夢ですっかり皆の頭から抜けていたようだ。

「大事な話だ、いいか……轟、切島、緑谷、八百万、飯田。この5人はあの晩、あの場所へ爆豪と望月の救出に赴いた」

 名前を呼ばれていない生徒の顔が強張り、言葉を失っている。ただ、その表情から行く素振りは把握していたようだ。

「色々棚上げした上で言わせて貰うよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪・望月・耳郎・葉隠以外、全員除籍処分にしてる」
「「「「!?」」」」

 爆豪と莉緒は拉致された当人たち。そして耳郎と葉隠はヴィランのガスによって意識が戻っておらず、病室で寝たままだった。
 相澤が実際に除籍処分にしないのは、ヴィラン連合の出方が読めない以上、雄英から人を追い出すことができないからだ。

「行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった12人も理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切った事には変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして信頼を取り戻してくれるとありがたい」

 相澤は「以上! さっ、中に入るぞ。元気に行こう」と声を掛けて寮の中に向かうが、とても元気に行ける雰囲気ではない。
 暗い空気が漂うなか、声を上げたのは芦戸だった。

「先生、待ってよー! 莉緒は? 家庭訪問のときに『無事に保護されたが、入寮は遅れるかもしれない』って言ってたけど爆豪はいるし……いつ戻ってくるの?」

 今この場に集まっているのは、莉緒を除いたA組の生徒たち。芦戸が不思議に思うのも当然のことだった。

「……望月の入寮の目処はまだ立っていない」
「え? それって私みたいに苦戦してるってこと?」
「透ちゃんはガスのこともあったし、ご両親も相当心配されたんじゃないかしら」
「まぁ、フツーそうなるよね……」

 葉隠は入寮の際に両親と揉めたようだが、同じく被害にあっていた耳郎の方はすんなりと許可が下りたようだ。

「違う。おまえらには話しておくが、望月は今、意識不明の重体だ」
「――え?」

 その言葉を発したのは誰か。
 凍りついた空気が流れ、言葉を忘れたかのように誰も音を発しなくなった。

「深達性V度熱傷に加え、“個性”の反動で肺や気管支からの出血。そして呼吸不全……正直、いつ目が覚めるのかわからないそうだ」
「……熱傷? いやいや、そんなハズないっしょ! だって、望月は体育祭のときに炎を反射してたじゃないっすか!?」

 上鳴が言うように、莉緒は体育祭で炎を反射していた。第一種目である障害物競走の最終関門。そこで“個性”を使って地雷原を攻略していたのだ。

「まだ調査中でわかっていないこともあるが、爆豪の証言と合わせると望月は“個性”が使えない状況にあった」

 ざわざわと騒ぎ始める生徒たち。
 相澤は彼らを一瞥して騒ぎを鎮めると、説明を続けた。

ヴィランは何らかの方法で望月の“個性”を消し、眠らせてから連れ去っている。縛られ“個性”が使えないのをいいことに、連中の誘いを断った報復からか拷問まがいのように火炙りにされた」
「――っ!」

 言葉を失う人、悲痛な声を上げる人――莉緒の火傷をその目で見ている轟の拳に力が入り、わなわなと震えている。八百万は必死に涙を堪えているようだ。

「さっき言った“個性”の反動とは、使えないはずの“個性”を無理やり発動したことによる体への負荷のことだ。恐らく、生命を維持するために体が異常を出した。そのまま“個性”を使い続けていたら最悪――」

 その言葉の先を想像したのか、生徒たちの顔は真っ青になっている。

「……だが、“個性”が使えるようになったことで、状態異常を回復する自動スキルが作用し火傷の進行が止まった。それもあって医者の想像以上に快方に向かっている。だから……あいつなら大丈夫だ。おまえらは自分のやるべきことをしながら、望月が目を覚ますのを信じて待ってろ」

 相澤が紡いだ言葉には、生徒だけでなく彼自身にも言い聞かせるような響きが含まれていた。
 
「……っ! はい、わかりましたわ!」

 八百万の頬には今まで耐えていた涙が流れ、隣にいる耳郎の目にも光るものがあった。

「まさかそんなことになっとったなんて……」
「あ、麗日だめだよ。莉緒は今頑張ってるんだから、そんな顔しちゃだめ」
「そうだよ! 心配だけど、でも莉緒ちゃんなら絶対に目覚めてくれるよ!」
「三奈ちゃんや透ちゃんの言う通りだわ。お茶子ちゃん、今は莉緒ちゃんの回復を信じましょう」
「そうとも! あの望月くんのことだ、すぐに俺たちの輪に戻ってくるさ」
「……うん、そうやね!」

 誰もがそれぞれの思いで莉緒の回復を信じていた。
 その祈りに、静かな熱意が宿る。莉緒がこの場に戻ってきたときに頼れる仲間として迎えるため、彼らを前へ進ませる原動力の一つになった。

「……それにしても“個性”を消すって、相澤先生のような“個性”なのかしら?」

 ふと、蛙吹が疑問を口にする。
 その問いに、相澤は険しい表情をした。
 
「いや、まだ判明はしていないが『声が出なくなる』、『弛緩させる』、『眠らせる』などいくつかの“個性”が使われている。それに、目的はわからないが『不可逆』のような“個性”や、他の“個性”も使用された痕跡があった。そのどれかが望月の“個性”に作用したと思われるが……」

 “個性”を消した張本人であるオール・フォー・ワンでさえ「どれが君に効いたのかはわからないんだ」と言っていた。そのため、原因を探るのは難航しそうだった。

「警察が研究機関などにも調査を依頼したと言っていた。時期に判明するだろう。だから、それは俺たち大人に任せておけ」

 相澤は、生徒を安心させるように力強く言った。
 莉緒の意識は戻っていないが快方に向かっていることと、相澤の言葉にほとんどの生徒は安心していた。しかし、轟だけは未だに表情が暗い。その表情に気付いたのか、緑谷が声をかけた。

「轟くん、大丈夫だよ。だって望月さんだもん! きっとすぐに目を覚ますよ」
「……ああ、そうだな」

 轟の表情が少し緩む。だが、すぐに険しい表情に戻った。そして――

「――望月が戻るまでに強くなって、今度こそ俺が守る」

 守る覚悟と熱を秘めた眼差しで、そう告げたのだった。