月の心にかかる薄雲

 早いもので、あれから一週間が経った。
 入院中、オールマイトは頻繁に莉緒のお見舞いに訪れた。そして、その際にオール・フォー・ワンとの因縁を教えてくれた。

 以前、オールマイトが言っていた活動制限ができてしまうほどの重傷と後遺症。それらは全てオール・フォー・ワンによってもたらされたものだそうだ。
 今回のオール・フォー・ワンとの戦闘はオールマイト自身が望んだことであり、彼でなければいけなかった。だから、人質にされたことやオールマイトの引退に対して莉緒が気に病むことはないのだと。

 しかし、彼はそれ以上のことには口を閉ざした。
 莉緒の両親はオール・フォー・ワンがあのヴィランに“個性”を授けたことで被害を受けた。そして、莉緒が一時的に“個性”を使えなくなったのはオール・フォー・ワンの“個性”が原因である。
 オール・フォー・ワン本人の口ぶりからして、“個性”を奪いストックし、授けることができるようだ。そのことをオールマイトに尋ねても、彼は口を濁すばかりだった。肝心なところは教えてもらえず、知られたくない“何か”があることはひしひしと伝わってきた。それを無理に聞き出すことはできず、莉緒は無意識にベッドのシーツを握りしめた。

 ――このやり場のない気持ちを、どうしたらいいのかな……。
 復讐を考えていたわけではない。それにあのヴィランもオール・フォー・ワンも今はタルタロスにいる。両親さえ目覚めてくれればそれでいい。それは本心だ。でも――それでも、真実は知りたい。

 入院中の莉緒はそんな心のモヤモヤを誤魔化すように、相澤から貰った授業プリントを解きまくっては看護師から「まだ熱があるのだからやめてくれ」と注意を受けた。そして、鈍っている体を動かしては今度は「やりすぎだ」と怒られていた。もちろん、莉緒のことを心配して叱ってくれているのはわかっているのだが、何かしていないとネガティブなことばかり考えてしまいそうだったのだ。
 しかし、頑張りすぎたのか熱がさらに上がり寝込んでしまった。当初の予定よりやや長く入院することになり、担当医や看護師の方々に平謝りをするしかなかった。
 
 そんなこんなで、やっと退院の日を迎えた。

「望月、準備できたか?」
「はい、大丈夫です」

 荷物を纏めた莉緒が、迎えに来てくれた相澤に返事をする。

「俺が同行する予定だったが、すぐに学校に戻らなくてはいけなくなった。代わりの人を呼んだから、その人を頼れ」

 これから自宅に寄ってもらい、雄英が呼んだ引っ越し業者に持っていく物の指示を出してから寮に行くことになる。
 現在、クラスの皆は“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出し、技の性質に合わせて戦闘服コスチュームの改良も行っているらしい。
 莉緒はスタートがだいぶ遅れてしまったが、相澤から「望月の技はすでに必殺技みたいなものだから、焦らずに体の調子を戻せ」と言われた。相澤からの言葉に安心感と訓練へのやる気が漲ってくる。そんな莉緒の耳に、病室のドアがノックされる音が聞こえた。

「失礼する」
「――え!?」

 想像していなかった人の登場に、莉緒の口から驚きの声が上がる。
 病室に入ってきたのは、ドアが小さく見えるほど逞しい体格のエンデヴァーだった。

ヴィランのボスは捕まったが、死柄木以下他のヴィランは未だ逃走中だ。警護もかねてエンデヴァーさんに同行をお願いすることにした」
「え? でも……」

 相澤の説明に、莉緒はエンデヴァーを上から下まで眺める。
 いつも見る戦闘服コスチュームではなく、今日の彼は私服姿だ。

「今日はおまえの個別警護だ。戦闘服コスチュームだと目立つからな。体調はもういいのか?」
「はい、おかげさまで動けるほどには回復しました」
「そうか。では行くぞ」

 退院の手続きはすでに相澤が済ませてくれていたようで、エンデヴァーは莉緒の荷物を持つとさっそうと部屋を出ていく。

「あ、エンデヴァーさん!」

 相澤に挨拶をした後に莉緒が慌てて追いかけると、『エンデヴァー』の名前に反応したのか廊下にいた他の入院患者の視線を集めてしまった。目立たないために私服を着ているのに、これでは意味がない。

「あ、えっと……え、炎司さん」
「……どうした」
「いえ、荷物持ってもらってすみません。家までは新幹線ですか?」
「新幹線? 事務所の者が車を回しているが……ああ、ここは神野区ではない。おまえの容態が安定した後に転院しているからな」

 確かに言われてみれば、転院でもしていなければ忙しいはずの相澤やオールマイトが頻繁に見舞いに来られるはずがない。

「自宅の住所はイレイザーヘッドから聞いてある。回復したといっても万全ではないだろう、車の中でゆっくり休んでいろ」
「ありがとうございます、炎司さん」
「ああ」

 どことなく満足げな表情のエンデヴァーと共に車に乗り込む。
 道中では古武術の話をした。今回はまさに“個性”が使えない状況で、非力な莉緒ではなすすべもなかった。状況ごとにどういった判断を下すのか、エンデヴァーの話はすごく勉強になった。

 自宅に着くと、すでに業者が待っていた。先に家具など大物の指示を出し、急いで荷造りを行う。何週間も入院していたため、家の中は少し埃が舞っていた。
 久しぶりの家にもかかわらず、ゆっくりする時間はない。簡単に掃除をした後は、家電の電源を抜きシャッターと戸締まりをして家を出る。この家ともしばらくの間はお別れだ。

「家の管理はどうするんだ?」
「寮では先生の許可と同行がないと外出できないと聞いています。たまに掃除をしに帰れるかお願いしようとは思っていますが……」
「ふむ。おまえの家からなら……よし!」

 エンデヴァーは何かを思いついたように車に乗り込むと、運転手に手短に指示を出した。スマホで誰かに連絡を入れながら莉緒を車内に引き入れると、理由を尋ねる隙も与えぬまま車が走り出した。
 
 一体どこに連れて行かれるのか不安に思っていた莉緒だったが、目的地と思われる場所にはものの五分で到着した。
 車から降ろされた莉緒は、瞳に映った光景に思わず息を呑む。
 
 目の前に広がるのは、瓦屋根の美しい日本家屋。その静謐な佇まいに、莉緒は圧倒される。
 重厚感のある飛び石と石畳が続く玄関アプローチ。常緑低木や景石、石灯篭が整然と並び、どこか凛とした気配が漂っていた。そして表札には「轟」と達筆な文字が静かに刻まれている。
 家が近いと轟本人から聞いていたが、莉緒が彼の家を訪れるのはこれが初めてだった。
 
 なぜこんなことになったのか――莉緒は威容を湛えた住まいを前に、呆然と立ち尽くすしかなかった。

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