「呪術高専……?」
「――公安部の方が、私たちに何かご用ですか?」

 世那は微笑みを浮かべて言った。
 しかし、その目は一瞬にして空気を張り詰めさせる冷ややかさを含んでいる。風見と名乗った男性はそれに身構えているが、金髪の男性の方は怪訝そうな顔を隠しもせずに口を開いた。

「依頼とはどんな内容だ?」

 世那は、彼の偉そうな物言いにカチンときながらも答える。

「知りたいのであれば、所轄の者に聞いてみたらどうです? そっちの連携がうまくいってないだけなのに、あれこれ質問されても面倒なので」
「先ほどの口振りからして、この件や犯人について心当たりがあるようだな。情報を開示しろ」
「無視か。お断りします」

 世那と金髪の男との間に火花が散った。それを、伊地知と風見がハラハラした様子で見ている。

「この男は重要な事件の容疑者だった。こちらとしても、これ以上この男による被害が広がらないうちに手を打ちたい」
「ええ、ぜひ手を打ってください。それじゃ、私たちはこれで失礼します」

 世那は犯人が真人だと判明した時点で、ある程度の予想はついていた。
 真人は好奇心旺盛な子供のような呪霊で、人間を遊び道具としか思っていない。七海から話を聞いていたのもあるが、今までの遺体を見ても間違いない。
 つまり、この金髪の男が真人を追ったところで意味はないのだ。亡くなった刺青の男性も真人のおもちゃにされただけで、そこには駆け引きも何もない。真人の裏にいる呪詛師がいたならそれもあったかもしれないが、ここには真人の残穢しかない。それを素直に教えたところで、彼らには到底理解できないだろう。彼らが真剣に捜査しているからこそ、受け入れがたい事実なのだ。

「伊地知、行くよ」
「よ、よろしいのですか?」
「本当のこと言って、わかってもらえると思う?」

 伊地知が小声で尋ねてきたので、世那も声量を落として答える。

「おい、待て! 話は終わっていないぞ!」

 金髪の男が世那の腕を掴んだ。
 それを一瞥した世那は、ため息を吐く。そして、反対の手で服のポケットから携帯を取り出して電話をかけた。

「あ、こんにちは。お久しぶりです、世那です。実は今、事件現場で公安部の方と鉢合わせまして。……そうなんです。えーと、風見さんと名乗られた方とその上司の金髪の方ですね。……はい、よろしくお願いします」

 公安の二人から鋭い視線を受けながらも、世那は電話相手とやり取りを進めた。そして電話が終わり、世那が携帯を仕舞うと同時に金髪の男の携帯から着信音が鳴る。
 誰も言葉を発さず、その音だけがやけに鮮明に響いた。
 
 金髪の男は、世那から手を離さずに画面を確認すると目を見開いた。

「――はい」

 金髪の男は硬い声で電話に出る。
 重々しい雰囲気でいくつかやり取りをし、驚いたような声を上げて世那に視線を送ったり、「しかし!」と電話相手に反論をしている。彼は渋々といった様子で電話相手に了承の返事をした後、電話を切った。

「――裏理事官から連絡があった。『この事件から手を引け』、だそうだ」
「っ!? それは本当ですか、降谷さん!」

 金髪の男――降谷は、風見にそう言った。
 降谷の拳は震えており、その表情は苦虫を噛みつぶしたようだった。とても納得しているとは言い難い。

「――君は、なぜ裏理事官の連絡先を知っている?」
「私が知っている公安に関係する人で、一番役職が高い人に連絡しただけです」

 世那は自分の腕を引いて、降谷からの拘束を解いた。そして伊地知と一緒に現場から退出しようとした。
 その背中に、降谷が声を投げかける。

「君たちは、一体何者なんだ!?」

 世那は立ち止まると、顔だけで振り返り落ち着いた声色で答えた。

「私たちは呪術師よ。そして、真人は人間じゃない。だからあなたたちが追っても意味はないわ」

 それだけを伝えると、今度こそ現場を後にした。


***


「――よかったのですか?」
「ん?」

 伊地知は、助手席に乗り込んだ世那に尋ねた。
 
「真人のこと、伝えないものかと思っていましたので……」
「ああ。だってフルヤさんの方、裏理事官に言われたくらいで諦めるような人に見えた?」

 伊地知は、先ほど降谷が反論したり渋々返事をしていた様子と苦虫を噛みつぶしたような表情を思い返した。
 確かに、世那の言う通り何も納得してなさそうであり、この事件から手を引くようにも思えない。

「それは……見えませんでしたね」
「でしょ? ノーヒントで首を突っ込んで危ない目に遭うよりは、ちょっとでも警戒を強めてもらえればと思ってね」
「そうだったんですね」
「うん。ねぇねぇ、さっき言ってた喫茶店の住所、ナビに入れていい?」
「いいですよ」

 任務が終わってパッと思考を切り替える世那に、伊地知は『相変わらずだな』と思いながら軽快にナビを操作する。
 結局のところ自分も、彼女との喫茶店デートを楽しみにしているのだった。