「……知らない奴から渡された物はすぐ捨てること。オレといる時以外、酒は絶対に飲まないこと、ミルがいてもね。向こうから声かけてくる奴がいたらハハキに殺してもらうこと。あとは……」
夫は私の姿をじっと見つめて言った。
「必要以上に肌が見える服は着るな」
私が着ている灰色のワンピースは、キキョウさんが選んだものだった。とてもシンプルなかたちのワンピース。飾りといえば肩の上にある目立たないリボンだけ。義母が、息子の保守的な趣味を考えて、と言いながら選びとってフィッティングをしたそれは、まだ夏の盛りを迎えたばかりのヨークシンで人目を引くようなものでもなかった。
「他に何か持ってきたよね?ハハキ!」
執事を呼んでいくつかの洋服をベッドへ広げさせたイルミさんは、顎に手をあてて素早く服を選び直した。私が新しく身につけたのは、黒い薄手のブラウスと同じく黒のロングスカートだった。ブラウスは肘まである五分袖で、たしかにさっきよりは露出が少ない。靴は黒革のバレエシューズ。着てみれば喪服のようで縁起が悪い気がする、と思った。殺し屋と結婚して縁起を気にするのもどこかおかしいかもしれないけれど。でも、華奢なサンダルよりはこの靴の方がいい。今日はミルキさんと美味しいものを食べ歩くために一日中歩くのだから。それにしても、ただ平和な街を歩くための服ひとつにここまで執着するのは母子だからだろうか。
「よし」
ホテルの広く明るい鏡の前でイルミさんは満足げだった。表情には映らないけれど私にはそうとわかって、だからうなずいた。彼が良いという服が良い服なのだった、私たちにとっては。
「あ、忘れるところだった」
彼はポケットから何かを取り出し、後ろから私の髪を除け、鎖骨の前に流し、それから首にかけた。鏡を見るとそれは白く細いチョーカーだった。金具をとめる気配とともに、うなじからジジ、という電子音が鳴る。
「GPSと音声受信機。金具が外れたら危険な状況と判断されて見張りの執事が即時ここに帰すってことになってる。何かあったら外して。お前の力でも外れるように作ってあるから。あと音声はオレに聴こえてるって忘れないようにね。お前を地下牢に何日も閉じ込めるような真似、オレだってしたくないからさ……じゃ、いってらっしゃい」
「いってきます」
私はほほえんだ。
きっと優越感から。私には夫の居るところが分からない。声も聴こえない。別にそれで良い。なにも困らない。でも彼は困るからこんなもので私を護ろうとする。まるであの美しい、苦痛に囚われた、とても可哀想なミケみたいに。
私の背で音もなく重い扉が閉まった。彼につけられた首輪が念を押すように、再び静かな電子音を立てた。
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