待ち合わせ場所に姿を見せたイルミさんは、仕事用のそれに比べてラフな洋服に身を包んでいた。オーバーサイズの黒いTシャツ、手首に光るシンプルなバングル、白いジャージ素材のパンツにサンダル。長い髪はこれも白いヘアゴムで無造作なシニヨンのように括られている。
「おまたせ。夕飯、何食べたい?」
そう聞かれて、言葉に詰まった。昼に見た店々はあまりにも多様な料理を扱っていて、何を、と言われると迷う。
「希望ないなら魚介でいいよね?リエッカ通りに美味い魚料理の店があるんだって」
「はい」
「じゃ、行こうか」
そこは明るい雰囲気のくつろいだ店だった。カルテットが甘い音楽を流し、この季節に集まった観光客はさざなみのように笑い声をたてている。人が沢山いる場所での食事には、ゾルディック家に来る前もそれからもほとんど縁がなかったから、私はよく磨かれたテーブルの木目を見つめて居心地の悪さをやりすごした。素材はマホガニーで、メニューに使われている紙は防水加工が施された羊皮紙。いいお店というのはこういうところのことを言うのだろうか。昼にミルキさんと入った店々よりも、イルミさんが選んでくれたここが好きだった。
「ヴィシー水とマティーニ」
「かしこまりました」
イルミさんがさっさと食前酒を決めてギャルソンに伝えると、やがてそれらとともに前菜が運ばれてきた。素材は白身魚で、その繊細な見た目からして凝った料理であることが伝わってきた。
「おいしい?」
「はい、とても」
「……あ」
その時だった、マティーニのグラスをあおったイルミさんが目を丸くしたのは。視線の向こうには、テーブルの間を縫うようにしてこちらへやってくる、チープなオレンジ色の髪にワイシャツとスラックス姿の男がいた。彼は私たちのすぐ側まで来て、どこか演技めいた笑みを浮かべた。イルミさんよりも背が高く、格闘家を思わせる頑健な体格の男だった。
「あれ?奇遇だねえ、イルミ」
「てゆーか、わざわざ探して来たんだろ」
「その通り。そういえばキミの弟を見かけたよ。ゴンと一緒にいたんだけど。磨きがかかってて、どっちも美味しそうだったなァ」
「お前に教わらなくても知ってる」
「あっそう。で、このコ誰……?」
それ、に触れた瞬間、総毛立った。逃げなければここで死ぬ。本能的な恐怖に駆り立てられてすぐ近くの壁に手をつき扉を出現させようとしたけれど、それはイルミさんの落ち着いた声によって制止された。
「ナマエ」
パニックに陥りかけ、呼吸を乱し、一度は壁につけた私の手をテーブルに抑えたまま、イルミさんは普段と何ひとつ変わらない抑揚のない声で言う。
「落ち着いて」
「……へえ?」
うつむいていても濃茶の瞳が私を見下ろしているとわかった。震えが止まらない。自分の手に重ねられたイルミさんの指を握りしめる。すると、打って変わって愛想たっぷりの声がうなじに降りかかった。禍々しく重いオーラも消え去っていた。
「怖がらせてごめんね。ボクの名前はヒソカ。どうかな、お詫びにお茶でもおごるよ」
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