ときどきは秘密にしたいことだってある の続き

私は一刻も早くヒソカと名乗る男から離れてホテルへ帰りたかったけれど、イルミさんは男の誘いに乗った。私たちは店を出て、通りの斜向かいにあるカフェテリアへ入った。言葉を交わす二人の口ぶりからして、仕事仲間のようだということだけはわかった。

「オレ、結婚したんだよね。このコと」
柔らかなビロード張りのソファー席に落ち着いて、開口一番、イルミさんはそう言った。ヒソカと名乗った彼は呆気にとられたように沈黙した後、わざとらしく悲しそうな目つきでイルミさんを見た。
「……それじゃあキミ、遂に人のモノになっちゃったんだね。先にプロポーズしておけば良かったな」
「ナマエ、コーヒーは飲んだことあったっけ?」
メニューを取り上げたイルミさんはヒソカさんの冗談ともつかない冗談にまったく取り合わず、私に尋ねた。
「いえ」
「じゃ、ミルクティーでいいね。コーヒーは眠れなくなるから。ヒソカは?」
「……コーヒーフロートで」
「オレは紅茶。ヒソカ、オーダーしてよ」
彼はボーイを呼んで注文を取りつけると、さっきとは別人のような愛想のよさで私に向き直った。あの悍ましいオーラをわざと見せつけたのは、どんな反応をするか見ていたのだろうと思った。にっこりと微笑まれても、そのギャップを恐ろしく感じるだけだった。
「キミにすごく興味があるよ。イルミのどこが好きで結婚したの?それともお見合い?」
「イルミさんの」
好きなところと言われると、とっさに上手なごまかしを並べるようなことはできなかった。代わりに今まで過ごした情景がいくつも浮かんだ。ひとつひとつ、闇の中で氷の上をいくように進んでいく関係。いつ壊れるかもわからず、行き着く先にはなにも見えない。ただ漠然と愛されているように感じていた。だから、どこが好きなのか、と問われてもわからない。その時に浮かんだことばをそのまま声に出した。

「……全部が好き、と思います……」
隣にいたイルミさんが顔をこちらに向け、今度は彼が呆気にとられたように私の横顔を見つめているのがわかった。それが恥ずかしかったから、彼と反対のほうを見てごまかした。私たちを見たヒソカさんは天井を仰いで、黙ったまま、どうでもよさそうにワイシャツの一番上のボタンをひとつはずした。
「ご馳走様だね。でもキミにしてはずいぶん儚げなタイプを選んだじゃないか」
「まあいろいろあって」
「ヘえ……ねえナマエ、キミ、具現化系だろ?」
さっと顔を上げてヒソカさんを見た。なぜ今までのやり取りだけでそんなことがわかるのだろう。さっきは済んでのところで能力を知られないようにできたはずだ。
「ほら。さっきも今も、反応がよすぎるのは神経質な具現化系の証拠……ま、なんの根拠もない印象論だけど」
「ナマエで遊ばないでくれる?」
「ふふふ。んー、でもこのコの能力は全然遊び向きじゃないね。キミの奥さんって事でかなり期待して来たのにな」
「だろうね。ところで、次の依頼のことなんだけど……」


「ヒソカ」
「追跡に気づいても放っといてやったのは、ナマエがお前好みじゃないことを伝えるためだったからだよ」
「……ふーん?てっきりボクは可愛い可愛いナマエちゃんを見せびらかしたかったと思ったんだけど」
店の入り口で私たちは別れようとしていた。イルミさんは彼の軽口を無視して、じゃあ六日にまた、と言った。私は小さく頭を下げた。ヒソカさんは人混みの中に消え、イルミさんと私は向きを変えて、ホテルへと続く通りを歩き出した。

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