嘲笑う花のほどき方 の続き
引きずるように連れられてきた浴室には逃げるところがどこにも無かった。水の轟音が甘いものに汚されたわたしの顔をそそいで、同時に叫びをかき消す。間隙で息をする。彼が背後から鏡についた手以外に選択肢が無いから溺れた人のように縋りつく。痛みがあるのかないのかがわからなくなる。快楽がないことだけは事実だった。
あの日から求められたのは盲従でしかなかったのに、わたしはその契約を愛だと勘違いした。悪いことだとは思わない。水が低いところへ流れていくように、愛されない犬がのばされた腕のなかに入るのは必然だったから。そしてかつて暗がりの中からわたしにのばされたあの靭い腕が、今はひたすら水に濡れている。
まぐわいは罰か務めのどちらかであると回を重ねるごとに知ってゆき、女としても人としても子ども同然に無防備だったわたしは失望した。それを慰め倣うように体も何も感じなくなっていった。そして自分を失望させた人に愛してほしいとこうべを垂れるより、もっと易しくて上品な軽蔑を選んだ。それが単なる間違い、あさはかな反逆としかみなされないことを知りながら。子どもだったから。許してください、もう二度としませんと繰り返し叫ぶ。やめてもらえる訳がないと知りながら。また同じ罰を受けている。
「ナマエってさー……」
水を吸って青になったわたしのドレスが、彼の腰の動きにあわせて重く揺れるのを感じていた。自分の叫びはほとんど聴こえないのに、イルミさんの声だけはうるさいほど暴力的に頭のなかで響いた。
「分かっててやってるの?」
髪を掴まれて耐えうる限り体を反らされる。襟首を掴まれた惨めな犬のようだと思う。息ができなくなくなってきて、水のきらめきに何かが混ざる。気絶する前にいつも見える何か。それが前は怖かったのに、最近はもう慣れきってしまった。
──違う。
わたしは慣れきってしまうまで数えきれないほど気絶した。彼と家の求めに応じた。報いを求めてしまうのが人の自然な心なら、その上から飴を落としたり鞭すればいいのに。ミケ、にしているみたいにわたしを飼い馴らしてしまえばいいのに。そうしないなんてイルミさんは馬鹿な人だと思う。まさしく軽蔑にあたうと思う。動きはまだ止まない。苦しくて仕方ない。
「息止めると締まるんだけど……そんなに好き?」
彼が嗤っている。髪を掴んでいた手を放される。どれだけ慣れたとしても彼の手際の良さには敵わない。死ぬかも知れないと思う程度に息を与えてくれる。水に冷えた顔が恥で熱くなった。わたしはまた自分が力の無い子どものように思えて涙を止められなくなってしまう。
違う。彼が思うようなわたしではないのに。イルミさんのなかのわたしと、ここで生きている身体と精神は全く違うかたちをしているのに。……何気なく愛してるよと声をかけるとき、イルミさんは彼の中のわたしにそうしている。現実としてのわたしは、彼の外側で幽霊のように今ここにいる。罰されるためにではなく、愛されて、愛するために存在したかったと、したたる水のなかで泣きながら。
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