十四松と松山さんのアパートへ辿り着くと彼女の部屋の扉が開いていた。


――もし彼女が倒れていたら……

――もし彼女が泥棒に襲われていたら……


只ならぬ雰囲気に思い切って近付いてみる。



開きっぱなしのドアから中を覗くと薄暗い廊下が続いておりリビングへと通じる扉もまた開いていた。

玄関には彼女の趣味を思わせるピンクの花柄のマット。ただ、土足で上がられたようで靴の跡が……それはリビングまで付けられていた。


「マズいな、本当に泥棒か……?」

中に入ろう、と十四松に合図する。恐る恐る廊下を進んでいると小さな女性の叫び声が聞こえ一気にリビングへ突入した。


『や……やめて、ごめんなさい……』



彼女は男に押し倒されていた。



「金がねェなら体売って稼げって言ってンだろォがよお!!」

犯されているのかと思いきや暴力を振るわれているらしい。


男の拳が彼女の体に当たり鈍い音がなる。

彼女は腕をクロスさせて顔を守るのが精一杯なようで弱々しく懺悔の言葉を呟いていた。

男の手が近くに転がっていたビール瓶を掴む。




身体は咄嗟に動いていた。

振りかざした男の腕を掴むとようやく俺たちの存在に気付いたのか男と目が合った。


まどろんだ目と赤ら顔。酷く酔っ払っているようだ。


手加減も無しに男の腕を捻る。

十四松と遊びでやっていたプロレスごっこが役に立つ日が来るとは。



「いだだだだ……!」


(いてェのは松山さんの方だっつの)



「俺もやっていい?」

まるで遊んでいるかのように嬉しそうな十四松に男を任せ、俺は彼女の安否を確かめる。


片腕で軽く上体を起こして彼女は事の成り行きを眺めていた。

驚きの表情を浮かべて――


『な、なんで……?』

目が合う。

俺の好きだったぽてっとした唇は血で滲み、俺を見ている流し目は殴られたらしく少し膨れていた。


「……いいから、」

今は何も言うべきではない。


そう思って彼女に手を差し伸べたのに――


『いや……ダメ……』

彼女はそう繰り返して涙を流す一方だった。





***

加減の知らない暴行が止んだと思ったら男――父が大声で叫んでいた。

次いで馬乗りにされていた重さがなくなり状況を判断しようと片腕を使って上半身を少し起こした。


(殴られたせいでぼやけてる……)


誰だか知らないが騒ぎを聞きつけて助けに来てくれたのだろう。

救世主は2人いて、最初に父から守ってくれた人物が此方へとやってきた。

近付くにつれ輪郭が明確になり、声を聞いてそれが誰だか確信する。


「……いいから、」

救世主は一松くんだった。

ぶっきらぼうで一見冷たい人間のように見えるが実は優しい事を私は知っている。


(なんにも変わってない……それに比べて私は――)



差し出された手を取ることが出来ない。


私は穢れている。


彼はあの頃から何も変わっていないのに。




『いや……ダメ……』


私は穢れているから。

その手は取れないの。






いつでもわたしを一番責め立てるのは私








「……ちっ!めんどくせぇ、十四松帰るぞ!!」
「あいあい!」


溢れ出る涙を見られたくなくて顔を覆っていると、背中と膝の裏に他人の腕の感触があり次の瞬間身体が浮いた。


「ひゃあ!」

急な浮上感に思わず覆っていた手をどかすと間近には一松の顔。


『いや……降ろして』

「うるさい」

「なまえ、泣かないで!」


一松の隣を走るのは……確かこの前出会った十四松くん。黄色いパーカーには印象があった。


その長い袖で顔を思い切り擦られた。

「もう止まった?」
『……うん、ありがとう』


頑張って微笑んでみたけれどやっぱり涙は止まらなくて、ほろほろと零していると、十四松くんは慌てたように色々な芸を見せてくれた。顔中から水を出すネタは一体どうやっているのだろう。

「ふふっ」

十四松くん、これは嬉し泣きだからそんなに慌てなくてもいいんだよ。


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