『あのね……、私を殴ってた人――お父さんなんだ』


思わず息を飲んだ。全身の神経が張り詰める。

でもそのことを悟られたくはなかった。


まるで自分の手ではないくらいぎこちなく動かしてビールを一口。


『私が大学1年の時……お母さんが亡くなったの。交通事故だった。夜が明ける少し前、帰り道だったみたい』


『後から知ったんだけど、うちには借金があって、それを少しでも返すために、お母さん風俗で働いていたんだって。……娘の私には一言も言わないで』


『お父さんはね、小さい頃にはもう居なかったの。お母さんと私、2人だけだった。うちはそういう家族なんだって、当然のように思ってたの。バカだよねぇ――』


ぽつり、ぽつりとこぼれるなまえの言葉が止んだ。


(泣いているのか……?)


慰めるのは苦手だな、と思って彼女を見ると、




庭を見つめるなまえ。
その瞳は光を宿してはいなかった。


『ふふ……ふふふっ』

膝を抱き、体を前後に揺らす。


僅かに口元を歪ませて――




『その3ヶ月後急に、父親と名乗る人物が現れたの。母はあの人にも生活費を送っていたみたい。それが振り込まれないから来たんですって。あの人なんて言ったと思う?』


なまえと目が合った。



これは憎悪の瞳だ。
狂っている、そうだろう?



『ならお前が働け』




『大学を辞めさせられて……私は働かなきゃならなくなった。借金を返す為に……生きる為に』



『ごめんね、一松くん。こんな話……おやすみなさい』



なまえは俺をおいて縁側を離れたが俺はすぐには立ち上がることが出来なかった。



(……くそっ!)


これは明らかに彼女からのSOSのサインだ。


それなのに、それなのに……




(守りたい――)
(支えたい――)
(幸せにしてやりたい――)

でもクズニートの俺がどうやって?



言わない台詞はただの妄想です





***

『んっ……いたた』

「おはよ」
『おはよう……ってひゃああ!!』

俺を見るなりなまえは悲鳴をあげた。

『いいいつからそこに?』
「ずっとだけど」


『もしかしてずっと起きてたの?』
「ぶっさいくな寝顔してんなーと思って」
『お、女の子の寝顔見るなんてサイテーッ!ばっかじゃないの!?』


なまえは顔を真っ赤にして洗面所へと逃げてしまった。


「あれ、おはよう一松。今日は早いね……って何ニヤニヤしてんの?」

「別に――」



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