『一松くん、一松くん』

羽根のように優しいタッチでトントンと背中を叩かれ、机にべったり張り付いた身体をノロノロと起こす。


寝ぼけ眼で辺りを見渡すと数人の同級生と目が合った。

(ん、同級生?)

『一松くん、ほらココから……』

そう言って渡されたのは国語の教科書で正面を向くと怒った顔の先生の表情が。

『ここから読めば問題ないから。ね?』
「……」

ボソボソと指示された場所を読んでいく。わからない漢字が沢山あったが右にしっかり振り仮名がふられている為難なく読めた。


「はい、そこまで。松野君、今度居眠りしたら廊下に立たせますからね!」

教科書を返すついでに隣に座る救世主を見た。

彼女の目は黒板に注がれていたが、視線を感じたのかチラリと横目で僕を見る。

(あ、口角上がった)


大人しく消極的な彼女の些細な変化も見逃したくはなかった。

優等生で規則正しい隣の席の松山さん。
他の女子と比べると一見地味に見えるが透き通った肌は決して手間を惜しまず手入れされているのだろう。

唇だって。
やや肉厚なそれはみずみずしく荒れた様子など一度も見たことがない。

そんな彼女を見る度に僕の心臓は忙しなく動いてしまう。


この気持ちはなんだろう――

最近歌わされた合唱曲が頭をなぞっていった。



***

「兄さん、一松兄さん」

グイグイと背中を押され、ちゃぶ台にべったり張り付いた身体をノロノロと起こす。


寝ぼけ眼で辺りを見渡すと末弟のトド松と目が合った。


(ん、なんだ夢か)
どうやら昔の夢を見ていたらしい。

『一松兄さん、ほらコレ……』

そう言って渡されたのはノートの切れ端のような紙っぺらで、意味もわからずトド松を見ると困ったような照れているような表情で頬をかいていた。

『夕べはごめん。言い過ぎたよ。だからね、同級生の女の子片っ端から当たってなまえちゃんの事調べたんだ。コレ、住所だから。気になるなら行ってみて』

「別に、誰もそんな事頼んでないし。余計なお世話」

クシャっと握りつぶしてそのままズボンポケットに手ごと突っ込む。

「あ、兄さん。どこ行くの?」
「……散歩」

外は肌寒い空気に満ちていた。


(頭を冷やすには丁度良い)


思い出だけ背負って生きて、それで満足



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