ジリリリリ――

「ん……」

鳴ってしまった。
携帯のアラームを止めベッドに寝転んだまま背筋を伸ばす。

(家出たくないな……)

そのままゴロゴロしていると、ピロン♪っとメッセージを受信した音が聞こえ、まどろみながらスマホをいじる。

“今日の撮影場所、新宿のザ・ムードってホテルだから。遅れずに来るように!”

監督からだった。それもそのはず、私には友人知人なんて居ないのだから。


ゆるゆると支度を始める。
化粧はいいか。どうせコスチュームに合ったものに変えなきゃならないし。

それでも服装には少し気をつけなきゃならないのが面倒だったりする。顔合わせの時にあまりにダサいとお相手の男優さんを萎えさせてしまうらしい。

Vネックのセーターにタイトスカートを合わせ、上着を着ればいっか。


更に大きめのマスクとつばの広いハットを被ればスッピンなのもごまかせる。



一週間ぶりに外に出ると、もうすぐそこまで冬は近付いているようで思ったよりも寒かった。





***

「あっ!!」

一松は居た。
電信柱の影に隠れて。

ただじっと一点を見つめていた。
その先には築年数はるかにいってるボロアパートが。


「バカ、しっ!」
何故かおそ松兄さんに怒られた。


「しばらく様子を見ようぜ。あそこのファミレスならバレずに監視できるし」



そう言ってハンバーグやらスパゲッティやら、挙句の果てにパフェまで頼みだしたけど一体誰がコレ払うの?



「あれ、十四松兄さんだ」


トド松の声に外を見ると一松に近付く五男の姿が。残念ながら会話まで聞こえるはずもなく、目を凝らして様子を見ていると、俊敏な動きで一松がアパートの方を向いた。

アパートからは一人の女性。目深に被った帽子とマスクで顔はよく見えない。


「――!ホシに動きあり!!出動だ!!」
「えっ、ちょっと待って!誰がコレ支払うの!?」


えー……俺?





***


トド松から渡された紙がどうしても気になって、しわくちゃになったそれを頼りに彼女のアパートを見つけたのがその翌日だった。


それから3日。

朝の7時から夜の7時までずっと同じ場所で張り付いていたけれど、彼女の部屋のドアは1回も開くことはなかった。

(もう既に住んでいないのか……)



仮にそこに住んでいたとしても自分が何かアクションを起こすとは到底考えられなかった。

どっちみち一緒。


「いちまつにいさんこんなところでどうしたの〜?」


遊びの帰りなのかバットを持った十四松に声を掛けられビクっと肩を震わせた。


「別に何もしてないよ」
「はっ……もしかして……」



たまに見る十四松の真剣な顔に自分の醜態がバレたのかと腹を括ると、


「かくれんぼ?」


「ちがうよ」
「じゃあ、やきうする!?」


――ガチャ、


目の前で素振りをし出す弟から今まで見ていたアパートへ目線を向けると、今まで一度も開かなかったドアから1人の女性が出てきた。


歳は自分と同年代だろう。厚めの茶色いコートに黒のタイトスカート、顔は帽子とマスクで見えはしないが彼女に間違いはないだろう。



「追いかける?」

十四松は何も考えてないように見えるが、実際はそうではないのだろう。


ヘラヘラ笑う弟に何度助けられたことか。


目の前をフラフラ歩く女性はどこか気だるげで覇気がない。




病んでるのは、俺か、君か




彼女は電車に乗った。
俺は十四松の分も切符を買って後をつけた。



同じ車両に乗る。
尾行がばれない様に距離は空けた。
十四松は窓から景色を眺めていた。


彼女は新宿で降りた。
人が多くて何度も見失いそうになった。
次第に人の数は減り怪しげな路地へ。


彼女はある建物に入った。



「ホテル……ザ・ムード」
「ラブホっ!」


もうこれ以上先へは入れない。

本当は心のどこかで松山さんは松本ルミではない、他人の空似だと思いたかったのかもしれない。


その可能性も無くなった訳だけど。




途方に暮れていると、


「帰ろーぜ」




背後には他の兄弟がみんな揃っていて、



「心配したんだよ、一松」
「ごめんね、僕が教えたばっかりに……」
「弟よ、おぶってやろうか?」
「うん」

「えっ!?あの一松がカラ松にむちゃくちゃ素直っ!!」



俺は、俺達は六つ子で本当に良かったと思った。


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