同情でもいいから愛してくれる?


 ここ数年はすっかりリモートワークがメインになってしまい、出社する機会が減ってしまったけれど、有休消化を終え最終日にご挨拶に行った日は、直属の上司や同僚をはじめ、この十年弱で関わってきた多くの人にお見送りいただけた。お世話になりました、と小さな花束と色紙を贈ってくれた上司へ、こちらこそ大変お世話になりました、と深々と頭を下げて、送別の品をありがたく受け取る。有名ブランドのチョコレートの詰め合わせだった。私がこのブランドのチョコを好いていることを知っている同僚が提案してくれたらしい。うれしい。
 正式に手続きも済み、社内に残っていた荷物もすべてまとめ終え、忘れ物はないかと最終チェックをしていたところで、俄かに社内が騒がしくなる。どうしたのかと顔を上げれば、女性社員を中心に、何やら楽しそうな様子で窓から階下を見ているらしい。近くにいた同僚へ、何かイベントでもやっているのか尋ねたところ、どうやら超絶イケメン三人組が、ちょうどオフィス下の歩道あたりにいるとか何とか。それで女性社員たちが黄色い声を上げている云々。
 超絶イケメン三人組というフレーズの時点で嫌な予感しかしない。皇さんは興味ないの?と暗に、見てくれば、と言われたが、見に行って嫌な予感が的中したらそれはそれで嫌だ。さらに向こうからアクションなんか取られれば、最終日だというのに途端に針の筵になること間違いない。

 「めちゃくちゃイケメンだよね!しかもみんなタイプ違くない!?」
 「私真ん中のサングラスかけている人が良い〜!」
 「え、ちょっとヤクザっぽくない?アタシは断然右側の金髪くんかな。」
 「あの子だってちょっとチンピラっぽいじゃん!」
 「てか、全体的にちょっと悪そうだよね。」
 サングラス、金髪、三人組。このキーワードから浮かぶ人物像に、とうとう頭を抱える。嫌な予感が的中している。もしかして、何かの撮影かもとか淡い期待を持っていた自分が少なからずいたが、それも潰えた。窓際に噛り付くように集まってキャイキャイ黄色い声を上げる、社内でもかわいい系———いわゆるパリピ系と呼ばれる部類に入る、若い女性社員たちの話から総括するに、たぶんきっと恐らく一文字。九割くらいの確立で一文字。
 お迎えを頼んだ覚えはないが、刀剣男子はその性質からか、私の単独行動を極端に嫌う。特に一文字は過保護寄りだし、何より長である山鳥毛は、ここ数年長らく近侍をお願いしていたせいもあってか、特に私の行動に目を光らせている傾向がある。会社の場所も教えてはいないが、こっそり後を着けてきたのだろう。彼等がその気になれば、ただの人間である私に索敵などできるわけもない。

 「皇さんって、前からああいうのには興味なさそうだよね。」
 「ああいうの?」
 「イケメンがどうとか、芸能人がどうとか、そういうの。」
 「あ〜…」

 ないことはないけど、あのテンションに乗っていけるかと言われれば微妙だ。もうそんなに若々しい年齢でもないし。なんと返答するのが正しいのかは不明だが、当たり障りのない愛想笑いで流せば、何が彼の食指を動かしているのか、少し食い下がってきたようで、どんなタイプが好みなの?と会話を続けてくる。
 誠実な人とかが良いですね、と再度当たり障りのない回答を述べれば、ふーん、と興味があるのかないのか、よくわからない反応が返ってくる。同期として会話をすることは多かったけれど、特にプライベートでも仲が良いとかそういった関係でもないので、彼なりの最後の世間話というか、そういうものなのかな、と結論付けて、そろそろ帰ろうかと荷物を抱えたところで、あのさ、と再度彼から声をかけられた。

 「次の仕事とか、そういうのって決まっているの?」
 「まあ、それなりに。」
 「何系?また事務とか?」
 「…あー、まあ、そういうのも含めて、って感じですかね。」
 「そうなんだ。そっちもリモートワークメインとか?」
 「まあ…社外秘とか厳しいので、あまり言えませんが。」
 「…じゃあ、さ。連絡先とか、教えてもらったりできない、かな。」
 「え?」
 「時間が合うときとかでいいから、ご飯とか行こうよ。」

 これっきりで関係が終わっちゃうのも、勿体ないじゃん?という彼の言葉に、思考が一瞬停止した。今までプライベートで食事なんて行ったことも、況してや誘われたこともないのに、なんで突然。そんな私の感情が読み取れたのだろう、彼は少し照れ臭そうに頭を掻きながら、本当はもっと前から誘いたかったんだけれど、中々勇気が出なくてさ、と言って、つい先日までそんな兆しが全くなかったのに、急に退職することを知って慌てたと続けた。
 だから、連絡先だけでも先にどうかな、とスマホを見せてくる彼へ、何てお断りすれば良いのか。言い淀んだタイミングで、窓際に集まっていたはずの女性陣が、先程よりも大きな歓声———ほぼ悲鳴を上げたため、気まずい空気も言葉もあっという間に霧散してしまった。
 何事かと声の方へ振り返れば、階下の外にいたはずの三人組が何故かそこにいて、違う意味で思考が停止した。部外者であるはずの彼等が何故ここにいるのかとか、どうやって入ってきたんだとか、色々思うところはあるが、これは不味い。こんな状態で彼等に見つかってしまっては、絶対にあの騒がしい女性陣に尋問拷問を受ける羽目になるし、方々から好奇の眼を向けられることは必至である。何とか隠れながらさっさと荷物を持って退散せねば。
 しかしそういう時ほどターゲットにはすぐに見つかってしまうもので。もはやフラグとも呼べる展開に、ガックリと肩を下げる。無邪気な笑顔で手を振らないで欲しかった。途端に集まる視線に、気が遠くなりそう。気まずい空気が流れていた彼も、驚きを隠せない様子で、彼等と私を交互に見遣ってきた。

 「荷物これで全部か?重いだろうから、俺が持つ、にゃ。」
 「…うん、ありがとう…。」
 「入口に居たものに尋ねたら、ここだと聞いてな。許可をもらったので直接迎えに来た。」
 「そっかぁ…。」

 嬉々として私が抱えていた荷物を抱える南泉と、ここに入れた経緯をざっくりと説明してくれた日光に、カスカスになった声音で相槌を打てば、二口とも不思議そうに小首を傾げる。どうしたのか、と言わずとも眼で分かる様子に、私の今の心情を察してくれとは言えなかったけれど、こうなってしまったのなら、もういっそ捕まる前にさっさとお暇するに限る。
 通勤用のバッグを引っ掴んで、それじゃあ失礼します、と固まる同僚や上司たちに頭を下げて、さっさとフロアを後にする。同期くんからの連絡先交換も流れてくれたので丁度よかったと思おう。そうしよう。時間的なのか、ほかのフロアでもエレベーターを利用する人がいなかったようで、すぐに開いたエレベーターに乗り込み、閉めるボタンを連打する。残り僅かでドアが閉め切る、そのタイミングで、我に返ったのだろうパリピ属性の女性社員たちが、挙ってフロアから飛び出してきたけれど、彼女たちが引き留める前に、エレベーターのドアがピッタリ閉じた。危ない。あと数秒遅かったら捕まっていた。

 「…お迎え、わざわざありがとうね。」
 「なに、気にするな。こちらの時代に、時間遡行軍の確認はされていないが、用心するに越したことはないのでな。」
 「うん…、」
 「あるじ?なんか元気ねぇ、にゃ?」
 「いや、なんかどっと疲れただけ…。」
 「ところで、この花束や紙包みは何だ?」
 「ああ、それ。最後だからって送別品として皆さんが贈ってくれたの。」
 「…この小包も、か?」

 含みのある言い方で再度尋ねてくる日光に、そんなものあったっけ、と思いながら、贈り物が入った紙袋の中を見遣る。ご挨拶の時に手渡してくれた、有名ブランドのチョコレートとは別に、見覚えのない小箱がひとつ。確かにこれは知らない。首を傾げつつ、見覚えのないそれを取り出せば、メッセージカードがタグのように結ばれたリボンに取り付けられていて、封筒を開いて名刺サイズのカードを出す。
 お疲れさまでした、と短いメッセージだけが書かれたそれは、シンプルなものだったけれど、その筆跡には見覚えがあった。例の連絡先を持ち掛けてきた同期くんである。わざわざ個別に用意してくれたのだろうか。でもその割に、メッセージに名前も書いていないし、先の会話でもそんな話題は一切上がらなかった。

 「先程、話していた男か。」
 「え、あ、うん。たぶん。」
 「…連絡先を強請られていたようだが、渡していないな?」
 「うん。その前にみんなが来たから、そっちに気を取られて。」
 「そうか。それならよかった。」
 「うん?」
 「小鳥に、あの男は不釣り合いだからな。」

 ゆるりと柔い笑みを浮かべる山鳥毛を見上げ、彼の深紅の双眸の奥に揺らぐ焔を見付け、そうだね、と相槌を打って視線を戻す。やべぇものを見た。これは追及してはいけない話である。いつかの初期刀が見せた色に似たものを感じ、そっと話題を流す。視界の端にチラリと見えた南泉も、誤魔化してはいたが少し冷や汗を見せていたので、そういうことな触れてはいけないのだろう。


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 業務都合や、その他諸々の事情でプライベートでも連絡先を交換していた数名の社員から、さっきの三人組は一体誰だ、どういう関係だ、と探りを入れてくるトークが何個か飛んできたが、親戚です、を貫き通した。中には、恐らくパリピ属性組からの圧力に負けたのだろう、紹介してくれ、今度彼等も含めてお食事しましょう合コンさせろといったお誘いも来たが、基本海外勤務なので〜、とお茶を濁した。あのビジュアルなら海外在住でも通用するだろう。
 そうして予想よりもあっさりと、しかし最後にドタバタの展開を経て完全退社となった。これからは形式上は、職業:国家公務員として名乗ることになる。そして、審神者業務に専念することになれば、来るわ来るわ、刀剣達からのいつ本丸来るのさっさと帰ってこんかいコール。大きい子たちの言葉は流されると学んだのか、最近は短刀を中心にかわいいお強請り攻撃が増えてきた。揺らいじゃうから切実にやめて欲しい。

 「なあ、主。ちょっと相談がある・・・にゃ。」
 「どうしたの?」
 「昼飯のこと、なんだけど。その・・・食べてぇもんが、あって。」
 「うん。」

 これ、と言って南泉が見せてくれたのは、暇つぶしも兼ねて渡しておいたタブレットだった。画面を見れば、デカデカとハンバーガーの写真が掲載されている。どうやら、有名なファストフードチェーン店のサイトらしい。ハンバーガーが食べたいの、と南泉に尋ねれば、何度も頷きながら期待を孕ませるキラキラとした視線を送ってくる。
 本丸では基本、歌仙と光忠が厨房を仕切っていたこともあり、健康志向強めの食事が多かったらしく、万屋街のフードコートなどでその存在は知ってはいたようだが、審神者向けに出店されたようなものなので、中々男子達だけで足を踏み入れることが出来なかったらしい。
 見せてもらったサイトは、安い、早い、そこそこ旨い、で人気を博している有名チェーン店のものだったけれど、せっかくならもうワンランク上のお店にでも連れて行ってあげるべきか。最近、隣駅に出来たショッピングモールの中に出店したバーガーショップを思い浮かべながら、かわいいお強請りを叶えてやるべく、お出かけの準備に取り掛かることにした。