遅効性の毒を摂取して


 言い訳が通用するならば、食べたことはないけれど存在は知っていて、でも食べる機会が無くて手が出せなかったから、と行ってみたい、というかわいいお強請りお願いを叶えてやりたかったのだ。その時は、私のかわいい打刀南泉一文字のいじらしい望みを叶えてあげたいという気持ちしかなかった。前回の護衛であれだけ痛い目を見たのに———何なら、職場でも危うい状況に陥りかけたのに、その危機感なんぞ、かわいい私の子たち刀剣男子の前では霞よりも薄っぺらくなってしまっていた。
 ところ変わって、現在隣駅のショッピングモール。平日の昼間という時間帯だったことで、かなり空いているとはいえ、決して無人ではない。小さい子連れのママさんたちや、平日休みの人だっている。何なら、チラホラと学生さんらしき姿だって見える。そんな決して閑散としていない、多数世代が集うショッピングモールに、顔面国宝級刀剣男子を放逐すればどうなるか、なんて。火を見るよりも明らかなことなのだ。

 「ここは、万屋街に雰囲気が近いな。」
 「ドラ猫。はぐれるなよ。」
 「わかっている、にゃ!」

 某大手アパレルショップで購入した安いトップスに、体格の都合上足の長さで大量生産のメーカー品ではサイズが合わず、万屋街の刀剣男子向けに販売されているアパレルショップで購入したシンプルパンツを履いた姿であるはずなのに。上下トータル一人当たり一万円もしないコーデなのに。何故ハリウッド俳優や人気モデルのお忍びオフ姿みたくなるのだ。
 現在もすれ違う人や少し離れたところから熱視線を送られているにも関わらず、まったく気にした素振りもなく、モール内を見まわしたり、案内マップに視線を落としたりしている三口から、そっと距離を置くように歩幅を開けて歩いてみた。しかし気遣いが出来る良い子たちのため、私の歩幅に合わせて同じように速度を落としたり、立ち止まったりしてくれるためにまったく距離が置けない。その度に、彼等へ熱視線を送っている人達から訝し気な殺気交じりの視線が突き刺さってくる。完全に近所のスーパーの二の舞である。

 「小鳥、先程から俯きがちだが、体調が優れないか?」
 「いや、大丈夫。ちょっと自分の迂闊さに後悔・・・。」
 「迂闊?」
 「こっちの話・・・。」

 心配そうに顔を覗き込んでくる山鳥毛に、やめて、というわけにもいかず、無理やり笑顔を作って、周囲の視線や殺気にはまた気付かないふりをして、当初の目的であるバーガーショップへと足を速める。こんなことになるなら、ちょっと味は落ちちゃうけどテイクアウトとか、デリバリーとかにすればよかった。すべて後の祭りであるが。


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 キラキラと目を輝かせて、大きな一口でガブっと齧り付く南泉に心を癒されながら、セット商品で頼んだドリンクをストローで啜る。目当てのバーガーショップも休日に比べかなり空いていたが、やはりターゲット層であるファミリーや学生が散見された。店内に入るや、バイトであろうレジ担当の店員さんが黄色い悲鳴を上げ、それに驚いた客もまた黄色い声を上げ、連鎖していった結果、キッチン担当だろう店員までもが、チラチラと物陰から此方を窺うまでになっていた。
 天気も良いし、テラス席にでも行こうかと思ったけれど、この限られた空間でこれなのだから、外なぞに出れば道行く人から見られるどころか、人だかりが出来兼ねない。そこまで考えて、店内のなるべく端っこ、レジから一番遠いボックス席へと腰を落ち着けた。代わりに出入り口から近いし、外から店内を見渡せる広い窓から丸見えではあるが、致し方ない。先程から、女性客を中心に次々と来店してきているような気がしないでもないが、致し方ない。

 「おいしい?」
 「んん!めちゃくちゃ旨ぇ!連れてきてくれてありがとう、にゃ!」
 「そっかぁ。足りなかったら、好きにおかわりしていいからね。」
 「ん!」

 まぐまぐと大きい口で食べ進める南泉の頭を撫でまわしたい衝動を抑えつつ、今度はポテトを一本口に含む。六人掛けのBOX席に二人ずつ対面で腰を下ろしてしばらく。本来なら注文した品が出来上がったらブザーで呼ばれ、セルフで取りに行くスタイルだろうに、支払が終わるや否や、お席までお持ちします、と元気な店員さんの声を複数いただいてしまった。なので大人しく席について注文した私と日光のバーガーが届くのを待っている。先に受け取った山鳥毛と南泉も、全員分が揃うまで待とうとしていたけれど、こういうのは出来立てが美味しいし、何よりも長居はしたくないので、気にせず先に食べるよう勧めたのだ。
 食べたいと思っていたというだけあってか、初めて口にするはずのバーガーも溢さず器用に食べ進めていく南泉とは反対に、食べなれないそれに悪戦苦闘を強いられている山鳥毛がちょっとかわいい。南泉に負けじと大きな一口で齧り付くも、反対から具材やソースが零れてしまうようで、先程からオロオロと手間取っている姿が本当にかわいい。

 「はんばーがーというものは、食べるのが中々に難しいな・・・。」
 「食べるときに包みで後ろを少し抑えると零れにくいよ。零れても、後で掬って食べていいし。」
 「ああ、」

 上手に食べられなかったことが気恥ずかしかったようで、眉根を下げる姿に癒されつつ、恐らく店員同士の仁義なき戦いを勝ち抜いたのだろう、二名の女性店員が持ってきてくれたバーガーを受け取る。正確には、店員が日光に手渡したトレーを、日光経由で受け取った。彼の優しさによりトレーごとではなく、私の分のバーガーのみを手渡されたため、さり気無く、店員二名から鋭い視線をいただくことになったが。
 ごゆっくりどうぞ、と名残惜しそうに去っていく店員を見送って、改めて日光へお礼を言って出来立てのバーガーの包みを開ける。アボカドとパインが入ったハワイアンバーガー。この店に来るといつも頼む定番商品。好みがわからなくて、とりあえずスタンダードのバーガーを注文した日光が、不思議そうに私のバーガーを覗き込んでくる。

 「あぼかど、は野菜だろう。ぱいんは、果物。肉と合うのか・・・?」
 「好みはあると思うけど、私は結構好きかな。食べてみる?」
 「いただく。」

 まだ口をつけていないバーガーを渡せば、意外と興味が強かったようで、特に否定することもなく受け取った日光がパクっと一口噛り付いた。南泉と比較してずいぶんと可愛い一口。お肉とパインの組み合わせは、割と賛否両論あるが、日光は好みの方だったらしく、少しだけ口許が緩く持ち上がった。おいしかったんだね。
 はじめは想像できない組み合わせだったが、悪くない。満足そうにうなずいた日光からバーガーを受け取って、私も一口。変わっていないいつもの味。いつもって言えるほど食べていないけれど。しばらく食べ進めていれば、周囲から突き刺さってくる視線とは別に、すぐ近くから向けられてくる視線に気づき、顔を上げれば、南泉と山鳥毛が揃ってこちらに顔を向けていた。

 「なに?」
 「・・・日光の兄貴だけずるい、にゃぁ。」
 「ん?ああ、たべる?」
 「食う!!」

 一口食べたかったらしい。パアッとわかりやすく顔色を明るくさせた南泉に、何度目かわからないかわいいを脳内で呟きながら、三分の一ほど減ったバーガーを手渡す。南泉もお肉とパインの組み合わせは大丈夫らしい。続く山鳥毛も好み的には問題なかったようだ。ただ食べ方が未だ慣れないようで、随分と小さい一口だったけれど。
 結局、食べたりなかった南泉はバーガーを追加していたし、バーガーは食べるのが大変だけどもう少し食べたそうにしていた山鳥毛のためにポテトもLサイズを二つ追加した。ハンバーガーショップでこんなにも沢山購入したのは人生初かもしれない。


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 しょっぱいものを食べたら甘いものを食べたい気分になり、でも何となく何かを食べるにはお腹がしんどい気がする。そんな時によく利用するのが、某有名珈琲チェーン店である。そしてここも利用客は比較的年齢層が若いため、顔面偏差値がつよつよな三口は、またもや注目の的となった。
 期間限定のフラペチーノにするか、定番のお気に入りにするか。メニューを眺めながら悩む私を他所に、目を♡に変えた店員から手取り足取り丁寧な説明を受けて、既に注文を決めた彼等は、それぞれサイドメニューや持ち帰り商品などを眺めていた。

 「なぁ、このどーなつ・・・、」
 「ドラ猫。」
 「仔猫。」
 「・・・にゃぁ。」

 あれだけバーガーを食べたけど、甘いものは別腹精神の南泉のお強請りは、流石に食べすぎだと、兄貴分だけでなくお頭からもストップがかかってしまったらしい。むぅ、と唇を突き出して拗ねる姿なんて、正に末っ子そのもので本当にかわいい。
 彼等の一挙一動を逃さず追っていた女性客や女性店員たちも同じく、かわいい〜と黄色い声をあげ、店員はすかさずドーナツよりも軽いクッキーなどを勧めるし、攻めの強い女性客の数名は、私が買ってあげる、なんて声をかけ始めていた。

 「すみません。モカをホットでお願いします。」
 「モカのホットですね。チョコレートソースを無料で増量できますが、如何いたしますか?」
 「あ、じゃあお願いします。」
 「はい、かしこまりました。」

 先に決めていた三口の分は、女性店員が中心になってオーダーを既に受けてしまっていたようなので、結局定番のモカに決めた私も、女性陣に気圧されて引き気味になっている男性店員さんへオーダーをお願いした。流石サービス業。イレギュラーな現状でも、カスタマーがオーダーすれば、途端に営業スマイルを徹底するのだから。
 支払いはまだだから、三口分のと、南泉へのドーナツ。あと私用のチョコチップクッキーも追加注文すれば、チョコレートがお好きなんですね、と店員さんに笑われてしまった。僕も大好きで最高の組み合わせですよね、とさり気無いフォロー付きなのも、流石サービス業。
 カードで簡単に支払いを済ませて、あちらでお待ちください、と爽やかな笑顔と共にレシートを渡してくれた店員さんへ、ありがとうございます、とこちらもなるべく笑顔で受け答えしつつ、案内された場所へと向かう。するとそれまで邪魔にならない場所で待機していたはずの山鳥毛が、ピッタリと隣を陣取るように寄ってきた。

 「どうしたの?」
 「・・・いや。あの店員とは随分と仲が良さそうだったな。」
 「ああ、流石はサービス業だよね。これだけ騒がしくしちゃっているのに、すごい爽やかに対応してくれて。」
 「・・・、」

 別に嫌味とかそういう意味で言ったのではないが、騒がしく、という私の言葉に思うところがあったのか、グッと言葉を詰まらせるようにサングラスの位置を整える山鳥毛は、細く息を吐きながら、それでも、と続けた。それでも、少し親密過ぎなかったか。ボソッと溢された言葉に、最初は意味が分からなかったが、見上げた山鳥毛の顔が薄っすら赤らみ始めたのを見て、もしやあの短いやり取りすら嫉妬したのか、と驚きを隠せなかった。
 向こうは仕事だし、何もないよ。可愛い嫉妬に表情がだらしなくなりそうなのを堪えながら、山鳥毛が隣にピッタリと寄り添ったことで突き刺さる殺気には気付かないふり。うちの子のかわいいムーブにバフかかりまくりの私は、謂わば無敵状態だ。

 「あの店員、主に惚れたんじゃねぇのか?にゃぁ?」
 「違うよ。サービス業の素晴らしいサービス対応。」
 「・・・その割には、随分と親密そうだった気がするが?」
 「サービス業ってそんなものだよ。」

 一口釣れれば、全員来る。チンピラのような睨みを聞かせる南泉と、メガネの位置を調整する素振りで鋭く観察する日光。さり気無く例の男性店員さんの視界に入らないように私を囲むから、殺気も更に倍ドン。かわいいムーブのバフがかかった私には効かないが、体躯のいい大男に囲まれちゃったせいでちょっと圧がすごい。
 三口ともこちらに来たから、女性店員さんたちも自然とお渡し口側に集まったようで、完成したオーダー品のお手渡しは、視線で牽制し合って勝ち抜いた女性店員さんによって行われたため、私がそれ以上あの爽やか店員さんと会話するどころか、視界に入ることもなかった。