不幸だった君にピンクの薔薇を


 あの爽やか店員さんのこともあってか、三口が店内での飲食にいい顔をしなかったので、テイクアウト用の紙袋を貰うことにした。その際、ストアカードが複数枚入っていることに気付き、クーポンか何かか、と取り出して確認してみれば、まったく違う連絡先が書かれたカードが五枚出てきた。それぞれ電話番号と、恐らくSNSのIDが書かれたそれに、携帯端末の存在は知っていても馴染みがない三口は不思議そうに首を傾げるだけだった。貰ったところで連絡を取ることはないし、個人情報だしそこらに捨てるわけにもいかないから、お手渡し口に集っていた女性店員さん達に、いただけないです、と一言だけ伝えてカードをすべてお返しした。その際の、テメェに渡したもんじゃねぇよ、という非難囂々の視線が凄かったけれど、今の私はバフで無敵状態のはずだから痛くない。はず。
 気の強そうな数名の店員さんからの追撃の気配を感じて、早々に店を後にする。アレは何だったんだ、という三口からの純粋な疑問については、みんなへの恋文だよ、と当たらずも遠からずの答えを返しておいた。

 「初めて逢っただけなのに、恋文・・・にゃ?」
 「一目惚れってあるじゃん。」
 「刀剣である我々には、無用のものだな。」
 「まあ、そうだよね。」

 見目こそ人間と変わりないが、彼らの本質は刀剣付喪神。人間との恋愛関係に至ることはない。この数日間で、多くの女性たちから色目を向けられているのを見ていたから、つい忘れそうになるけれど、彼らは人間ではないのだ。
 思えば、未だに不思議な感覚だ。これまでずっと画面の向こうにいるだけの存在だったのに、私が何気ない日常を過ごす場所に、同じように立っているのだから。

 「小鳥の時代の恋文とは、数字の羅列を贈るのか・・・何か暗号のようなものなのか?」
 「あー・・・うんまあ、そう、ね?」
 「主?」
 「そういうことにしよう。うん、そう。」
 「・・・なあ、ならその暗号?っていうの、法則を教えてほしい、にゃ。」
 「え。」

 俺が主に手紙を書くときに使いてぇから。サラッと告げた南泉の言葉に、足が止まる。彼からは修行に出たときにお手紙をもらったけれど、それ以外でのお手紙、とは?理解が追い付かなかった私に対し、なんてことのない顔で南泉は、どうした?と首を傾げている。え、これ私の感性がおかしいのだろうか。
 私にお手紙書く機会ってあるの?と純粋な疑問を尋ねれば、南泉はキョトンと丸い目をさらに丸くさせてから、少しだけ挑発的に目を細めて、にんまりと口許に弧を描いた。

 「恋文。贈るかもしれねぇ、にゃ?」
 「ん゛っ!?」
 「ドラ猫・・・。」
 「日光の兄貴だって、教わっておけばいいにゃ。」

 かわいい子の突然の雄味溢れる顔は心臓に悪い。それが顔のいい子ならいっそう。うちの子という自覚が強いから間違いを起こす気はないが、あんな顔されては、勘違い女子が殺到するだろう。思わず顔を覆って空を仰げば、後頭部に温かいものが触れる感覚を覚える。
 すぐに頭上に影が出来て、手を退かせば、先程の南泉に負けず劣らず———壮年の大人としての色気が加わった笑みで見下ろしてくる山鳥毛の姿。私にも、ぜひともご教示いただきたいものだ。小鳥よ。いい顔と良い声でそんな風に囁かれて、無事でいられる女はいるだろうか。私は無事じゃすまなかった。


******


 本丸で過ごす日も段々と増えてきて、それまでは週末の2日だけ、とかだったのが、一週間になり、10日になり、そうして今月は気付けば、月の半分以上は本丸で過ごしていた。このままだと週末2日のみ向こう現代に戻るような生活になるのも、そう遠くないのかもしれない。
 こんのすけをはじめ、みんなも私の環境の変化について色々と心配りをしてくれているお陰で、不慣れな本丸生活でも、特に強いストレスを覚えることなく順調に馴染むことが出来ている。まだ完全に現代との道を切り離すことは出来ないけれど、向こうでみんなと一緒に過ごす日々も中々に楽しいから、こういう生活も悪くないかもしれない。
 遠征部隊からの結果報告を貰って、政府へ提出するためのシステムにまとめた内容を入力する。登録すれば、電子報告書の完成となる。ペーパーレスが進んできたとはいえ、未だ紙ベースでの報告書も多かった現代に比べ、随分と事務処理も楽になったものだ。二百年後のAI技術や機械技術はここまで発展しているのかと、初めてそれに触れたときに感動したのを覚えている。

 「・・・審神者ちゃんねる?」
 「はい。基本本丸は空間ごと独立した要塞なので、審神者の皆様は、あまりご自身の刀剣男子以外の他者と関わることが少ないので、こうして電子の波を通じて他の審神者様と交流や情報共有を図ったりするのです。」
 「でも、こういうのって匿名でしょ?」
 「ええ。ですが、このサイトは政府のセキュリティで固く守られているので、少しくらい個人が特定できてしまいそうな内容や、写真なんかを投稿しても問題なのです。もちろん、実際に顔を合わせる『意見交流会』などといったものも、政府主催で開催されたりはしますが、日々の何気ない会話や娯楽などには、現代の方々にはネットの方が利用しやすいようで、皆様よくご利用されていますよ。」

 本日の報告書をいつも通りシステムで登録した後、担当さんからメールが届いたので、何か不備でもあったのかと慌てて確認すれば、審神者ちゃんねるのお知らせとリンクが添付されており、私の隣でちょこんと大人しく座っていた———基、日向ぼっこを楽しんでいたこんのすけへと詳細を尋ねれば、現代で言う掲示板や5チャンネルなどと言われるものであるということが分かった。
 確かに、本丸でずっと生活していれば、演練か万屋街くらいしか他者と顔を合わせる機会はないだろうし、気軽にコミュニティを形成するのも難しいのかもしれない。私が暮らしていた現代でも主流だったSNSのような形であるならば、老若男女問わず気軽にコメントを残したり、文面上での会話を楽しんだりもできる。最初こそ、審神者のメンタルケアを目的とした交流場という目的で設置されたが、今では鍛刀の適正レシピや、新たな出陣先の攻略方法などといった業務面でも大いに活用されているらしい。政府の強固なセキュリティに守られているからこそ成せるものなのだろう。

 「恐らく椎名様は、あるじさまにもそういったコンテンツがあることのお知らせと、参考までに利用してみてはいかがでしょうか、というご提案の意味で送られたのだとおもいますよ。」
 「たしかに、ほかの審神者さんが、どうやって過ごしたり業務を行っているのかは、気になるかも。」
 「今はこのコミュニティもかなり充実しているので、ベテランの審神者様から新人審神者様へ、審神者教習所では教えてもらえない、より実地的なレクチャーをされているスレッドなどもありますよ。」

 椎名さん———この本丸の専属の担当さんは、初めましてしたときに少しお話しした以来、あまり顔を合わせることはないけれど、こうして定期的に本丸や私のメンタルの確認や、此方では割と常識的な内容についても教えてくれたりするので、貴重な情報源なのだ。それが本丸専属の担当さんの仕事なのだろうけれど、二百年ものジェネレーションギャップがある立場からすると、意外と知らないことも多いのでとてもありがたい。
 物は試しだと、本丸備え付けのパソコンから審神者チャンネルへアクセスしてみれば、ズラッと様々なコンテンツが表示される。掲示板と動画サイト、SNSがすべて一つになったようなそれは、最初こそ操作に戸惑ったが、基礎的な部分は現代で利用していたそれらとあまり大差はなかったので、すぐに馴染んだ。中には、審神者だけでなく、本丸全体、あるいは刀剣男子が主流となったコンテンツもあるらしい。

 「『燭台切光忠の今日のお料理?』」
 「それは、古参本丸の燭台切様が、週に3日ほどのペースで配信されているお料理番組ですね。」
 「『鶯丸のティータイム』・・・。」
 「そちらは、最近再生回数が上昇傾向にある、とある本丸の鶯丸様が、様々な産地のお茶をレビューしつつティータイムを楽しまれている動画です。」

 本当にいろいろある。今一応戦時中なんだよね?と疑問に思えてくるようなコンテンツもある。しかし確かに、これだけジャンルが様々であれば、孤立した空間に身を置く審神者のいい娯楽の場になるだろう。お料理番組や、バラエティ企画なんかも豊富なので、それこそ現代でテレビやサブスク、SNSなどを楽しむのと変わらない。
 実は、この本丸を題材にしたスレッドなんかもあるんですよ、とこんのすけの可愛いお手手でタップされたタブレットには、『黎明本丸目撃情報その106』というタイトルが表示されている。目撃情報ってなんだと思ったがそれ以上にその106って。え、そんなに長寿スレッドなの。思わず眼下のこんのすけを見遣れば、いつかと同じく、ふんす、と自慢げに胸を張っていた。かわいい。

 「一つの本丸がこんなにも継続的に話題になるもん?」
 「だから申したじゃないですか!この本丸は政府だけでなく、他国の審神者からも注目を集めているって!」
 「えぇ・・・。あと、目撃情報ってなに?」
 「主に演練で対戦した本丸からの部隊報告や戦術の共有ですね。あるじさまは、向こうにいらっしゃる時から毎日欠かさず演練に参加していただいていたので、鍛錬度で育成状況とかがよく共有されているのです。」

 極が実装された際も、いの一番に極短刀で一部隊結成されて、かなり話題になりましたよ。その時のスレッドの加速具合がいかに凄かったのか、それがどれだけ誇らしいことだったのかを自慢げに伝えるこんのすけは可愛いけれど、これは注目を集めてしまっている男子達の心境とかは大丈夫なのだろうか。特に目立つことがあまり好きじゃない光世とか、国広とか。
 私の心配を察したらしく、みなさまもとても誇らしげにいらっしゃっているので、問題ないと思いますよ、というこんのすけのフォローを聞いて、一安心。しかし演練は本丸名が表示されるから理解できるが、スレッドをざっと流し読みするに、万屋街や政府施設などでの目撃情報も挙がっているようで、どうやってうちの子と判断しているのか気になってくる。

 「刀剣男子って、自分の子はわかるけど、他所の子も見分けがつくものなの?」
 「霊力が豊富な審神者様は、ある程度見分けがつくようですが、基本的にはご自身が顕現された刀剣男子様以外は難しいかもしれませんね。」
 「じゃあ、このスレッドのうちの子たちの目撃情報は?」
 「恐らく、同行されている刀剣男子様からの情報だと思います。刀剣男子様同士は、人間と同様同位体であっても見分けがつくそうなので。」
 「というか、演練の戦術とか練度?は理解できるけれど、日常報告の『一期一振がお団子買っていました。』とか、『御手杵と獅子王が買い食いしていた。』とかって何?そんなこと共有してどうするの?」
 「ファンというのは、推しの日常とか行動を知りたいものなのでは?」
 「推し。」

 え、うちの子たち、他所の審神者さんから推されているの。その場合、推しから無条件に慕われている立場の私って、他所の審神者さんからしてみれば、邪魔な女以外の何物でもないのでは??辿り着いてしまった答えに戦慄いていれば、最新スレッドの更新がされたようで、一気に投稿が流れていった。
 マウスでスクロールしながら辿ってみれば、ハンドルネームから同国出身?らしい審神者さんが投稿した内容に他の審神者さんたちが反応しているらしい。その内容を目で追って、マウスを持つ手がピシッと固まる。

 ———黎明本丸に、とうとう審神者が来たらしい。
 
 ———マジ?あの本丸って、主がいないことで有名な特殊本丸だろ?
 
 ———引継ぎ的な?それとも乗っ取り?
 
 ———詳しくはわからんが、この間万屋街で黎明本丸の長船を見かけたうちの子が、『主へのお土産』って会話をしながらお菓子選んでいたらしい。

 ———男子がそう言っているってことは、ほぼほぼガチじゃん。あんなゴリラ本丸を束ねる審神者って、ゴリラか???

 誰がゴリラだ、というツッコミなどをしている場合じゃない。この投稿のせいで、スレッド内が瞬く間に『黎明本丸の審神者像』で持ち切りになってしまった。政府高官の娘だの、代々神に仕える一族の末裔だの、どこかの王族じゃないかだの。様々な憶測が飛び交い始めているスレッドに、そんなやんごとなき高貴な身分じゃないです、と声を大にして言えたらどんなに良いか。というか、こんな期待値を上げられて、いざ私ですって周囲に知られたら絶対に白い眼を向けられるし、何なら後ろ指をさされること間違いなしじゃないか。
 某名探偵な黄色い鼠の如く、しわくちゃな表情になりながらそっとスレッドを閉じる。もう黎明本丸うちに関するスレッドを追うのはやめよう。心臓に悪い。私に関する様々な憶測が飛び交っていることに、何故かまた胸を張ってドヤ顔をするこんのすけのお腹へと、現実逃避をするようにそっと顔を埋めた。心身を落ち着かせるのは、やはりモフモフなのである。