小悪魔のような仕草を真似て


 どうして主さんは演練に同行してくれないの?眉根を下げながらしょんもりとそう尋ねてくる乱くんに、どうして否と言えようか。ゆくゆくは尋ねられるだろうと思っていた質問を、まさかの短刀くんに尋ねられてしまい、心のダメージが倍増した。罪悪感で死ねそう。
 担当さんから『さにわちゃんねる』の存在を教えてもらい、早幾何。すっかり本丸で日々を過ごし、月に数日だけ現代へと戻る生活が定着してきたころ。演練だけは頑なに同行せず端末越しで指示を出していたので、いつか誰かしらから疑問は投げかけられるだろうとは思っていた。しかし考えてみても欲しい。審神者の大半が利用しているネット上に、この本丸黎明城に相応しい主像なんてものが出回ってしまっているのだ。今のところ、代々有能な審神者を輩出している、名家の深窓のお嬢様説が有力となっているそのスレッドを見かけて以来、おいそれと外に出回ることが出来なくなってしまったのだ。
 だってお淑やかで嫋やかな大和撫子、なんて表現までされ、イメージ図として絵の上手な審神者さんが麗しのお嬢様と加州清光が寄り添うイラストをアップしたりしているのだ。これだけ素敵な女性としてイメージが固定されている中に私が出たらどうなるか、なんて火を見るよりも明らかである。
 それを彼等へ正直に伝えても、主さんだって十分綺麗だよ、とこちらが恥ずかしくなるお世辞を言ってくれるだけだから、堂々巡りになるのだ。私は周囲の眼が怖い。彼らはせっかく審神者あるじが来たのだから演練も一緒に行きたい。

 「そういえば、以前創作とかでお面?布?を被る審神者さんを見かけたんだけど、こっちにはそういう人いるの?」
 「雑面の類でしょうか?古くから伝わる神職家系の審神者様の中には、付けていらっしゃる方もいますね。」
 「それを私もつければ、顔バレしないで済むかな?」
 「あれは特殊な霊力により、認識疎外をしているものですので、そういった力が無く面をつけたところで、あるじさまの視界の妨げになるだけで、特に隠蔽効果は無いかと・・・。」

 二次元(と思っていたもの)と現実がつながったのだから、そういった創作に出てくる謎パワーだって有効になるのでは、と安易な考えから浮かんだものだったけれど、こんのすけからバッサリ切り捨てられてしまった。まあそう上手い話はないですよね。
 こんのすけも、どちらかといえば刀剣達寄りのようで、何故そこまで周囲の眼を怖がる必要が?と首を傾げている。ただの平凡な元OLが周囲から注目を集める機会なんて、あるわけがない。その辺の心情をあるじは凄い人と心底思っている彼等には理解が及ばないのだ。わたしはそんなすごい人間ではありません・・・。
 だから話題が落ち着くまでは、これまで通り端末からの指示じゃダメかな。私なりの精一杯のお願いポーズに、乱ちゃんは、まだちょっと不服そうな面持ちであったが、無理強いする気はなかったようで、わかった、と不承不承で了承してくれた。まことに申し訳ない。


******


 乱藤四郎からの報告を受けた加州清光は、隠すことなく溜息をこぼした。周囲の審神者から向けられる眼が怖い、なんて。どれだけ彼女が畏敬の眼を向けられているのか全く理解していない。過小評価が過ぎる己の主に、呆れ混じりの溜息がこぼれるのも無理はないだろう。
 審神者あるじがいない本丸。そう囁かれてきて早数年。それでもここまで注目を浴びてきたのは、偏に主たる彼女の優れた采配があってこそだ。他の本丸をはじめ、政府ですらその優れた能力に注目していたし、想像をはるかに超える結果を残し続ける彼女が、その姿を現したところで白い眼を向けられるわけがない。
 今までその姿をまったく見せることが無かったので、面白半分に様々な人物像がネット上で飛び交っているのは事実だが、それはあくまで偶像に過ぎず、その偶像と比較して彼女が気落ちしたり尻込みする必要などまったくないのだ。そう伝えたくても、元来の性格が遠慮しいを通り越して自虐的とも言える彼女には通じないのだろう。これに関しては、以前卑屈を拗らせていた山姥切国広すらも溜息をこぼしてしまうほどだった。

 「まあ、俺も気にしすぎなところがあるから、あまり人のことは言えないかもだけどさ。それにしたって主は周囲の眼を気にしすぎだと思う。」
 「ああ。俺も人のことは言えないが、主は十分に可愛いし綺麗なのだから、何も気にする必要はないと思う。」
 「あ〜あ。どうやって主をその気にさせるかなぁ。」
 「・・・無理を通せば、益々閉じこもるだろうな。何せかつての俺がそうだった。」
 「国広が言うと説得力あるわぁ。」

 二度目の溜息を溢した加州は、少し温くなった湯呑を傾け、視線を天井へと向ける。演練に審神者の同伴は必須ではない。常駐している本丸であっても、審神者が同伴しないこともある。しかしどうしても彼等は彼女を望んでしまうのだ。出陣先に同伴することは叶わないから、せめて演練の場にて自分たちの活躍を見て欲しい。あわよくば褒めて欲しい。そして演練が終わったら近くの食事処で、軽食を楽しみながら演練結果や反省点なんかを話し合いたい。
 主がいないことが当たり前で、適わない望みなのだとずっと思っていた。それが常だった。しかし、今はもう。どんどん欲深くなる自分に苦笑を溢しつつ、加州はもう一口湯呑を傾けた。


******


 万屋街でセールが開催されるとのことで、朝一番に早速足を向けた。初めて訪れたときからお気に入りとなった珈琲店の店員さんから、ウチもセールするからぜひ来てくれと誘われたのだ。ただでさえ安くて品質が良いのにこれ以上安くして大丈夫なのか、と少し心配になったがそこはカスタマー目線。品質をそのままに値下げするならば、その機会を逃す訳にはいかない。
 お出かけすると言えば必ずついてくるという本日の御伴は、荷物持ちならばお任せをと胸を叩いた蜻蛉と、同じくセールで買い物をしたいと名乗りを挙げた小豆、謙信くん。そろそろ俺を連れて行けと直談判してきた大包平の4口である。他の子たちも直談判しに来たが、あまりぞろぞろ大勢で連れ歩くのも周囲の迷惑になるから、と今回は遠慮してもらった。出遅れた長谷部と鶴丸が恨めし気に大包平を睨んでいたが、選ばれたことが余程嬉しかったのだろう彼にはまったく通じていなかった。

 「謙信くんたちは、製菓コーナーでいいかな?」
 「うん!あと、おかしつくりにひつようなざいりょうもほしい。」
 「今回は何をつくるの?」
 「主がたべたいといっていた、がとーしょこらにちょうせんしてみようとおもっている。」
 「だから、ちょこれーと!かいたいんだ!」

 以前、どんなお菓子が好きか、と尋ねられて答えた内容を覚えていてくれたらしい二口の可愛さに、ニヤけそうになる顔をグッと堪えながら、相槌を打って巡る順番を決めていく。セールともあって通常よりもかなり混みあっているから、効率よく回っていかないと時間が無駄になってしまう。こんのすけから事前に貰っていた万屋街のエリアマップを確認しつつ、人混みに紛れて逸れてしまわないよう謙信くんの手をしっかりと握った。


******


 買いたいものを買って、色々と見て回ってしばらく。歩き回ったのと人混みに少し疲れを覚え始め、立ち寄ったカフェにて一服。荷物の殆どは蜻蛉が持ってくれたのに足に怠さを感じるのは、運動不足の表れだろうか。少し痛み出した脹脛を擦っていれば、隣に座った謙信くんが心配そうに眉根を下げてしまった。まことに申し訳ない。
 つかれたときは、あまいものだぞ!とまだまだ元気な様子の謙信くんにおすすめされるまま、注文したのはプリンア・ラ・モード。昔ながらの少し硬めのプリンに、くどくない優しい甘さのクリームとフルーツが添えられているそれは、レトロ喫茶をモチーフにしたこのカフェによく合っていた。味も申し分ない。

 「主は、こーひーがすきなのかい?きょうもいっぱいかっていただろう?」
 「うん。結構好きかな。特にあのお店は、質も良いからお気に入りなんだ。」
 「それなら、こんどこーひーをつかったおかしつくりでもしてみようかな。」
 「良いね。珈琲ゼリーとか好きだよ。あとシフォンとか、クッキーとか。」
 「つくりかたをしっているの?」
 「珈琲ゼリーは割と簡単にできるから。他は、レシピは覚えていないけれど、定番のお菓子だから多分ネットにもいっぱい載っていると思う。」

 今度一緒に作ろうか。小豆と謙信くんにそう提案すれば、嬉しそうに頷いてくれる二口。とても可愛い。心が癒される。特に謙信くん。短刀くんだからそれだけでも十分に可愛いのに、ちょっと舌足らずな口調だから余計に。
 もう少し休んだら、みんのお土産を買って帰ろうか。そう提案しようと口を開こうとしたところで、ゾワリと背筋を駆け抜ける寒気に思わず身震いした。風邪を引いたときの寒気とかとは違う、もっと本能的というか、直感的なもの。今すぐここから逃げろ、と警鐘を鳴らしてくるようなそれに、思わず隣に座る謙信くんの手に縋り付いてしまった。
 あるじ、ぜったいにてをはなしちゃだめだぞ。いつになく真剣な様子の謙信くんに、私のこの直感に誤りは無かったのだと察する。息が詰まりそうな緊張感。同じく自身の刀剣男子とお茶を楽しんでいた審神者さんたちも、次第に緊張した面持ちで周辺の様子を窺うように息を潜めていた。索敵能力が高い短刀と脇差がまず異変の根源に気付き、次いで打刀が、続く形で太刀やその他の刀種もそれぞれ抜刀体制に入る。
 上だ、と誰かが声を上げたのとほぼ同時。天井が崩れ落ちる様子と木材が圧し折れる轟音が鼓膜を刺した。