不穏な花喰い殺傷事件


 突然の轟音と、あたり一面を覆う粉塵に視界が塞がれ、反射的に身を縮ませることしか出来なかった私を護るように、包まれた逞しい腕に安堵を覚える。間違えるわけがない。霞む視界の中で視線を持ち上げれば、葡萄色の長い髪が揺らめいた。蜻蛉切。粉塵のせいで声が掠れてしまったけれど、聞き逃すことなく彼はこちらへと視線を向けてくれた。
 ご無事ですか。その一言だけで緊張と恐怖で固まってしまった身体の力が抜けていくのだから不思議だ。絶対的な安心感とでもいうべきだろうか。声を出すことは出来なかったけれど、彼のおかげで擦り傷一つないとゆっくり頷けば、彼の目許が少しだけ和らいだ。
 謙信くんと小豆、大包平は無事だろうか。少し身じろいで周囲を確認すれば、すぐ傍に三口もいて警戒した様子で店の出入り口の方へと視線を送っていた。天井が崩れ落ちたけど、恐らく彼等が咄嗟に木材を弾いてくれたのだろう。柱などが落ちてくる心配はなさそうだった。

 「地震・・・とかじゃないよね。これ。」
 「遡行軍の気配がします。恐らく、敵襲かと。」
 「謙信くん、わかる?」
 「おおたちがさんたい。たちかうちがたながよんたい。あとちいさなけはいもすこしする。」
 「囲まれている感じ?」
 「ううん。たぶんいりぐちにかたまっている。うしろはへいきだ。」
 「小豆、蜻蛉、大包平、出られる?」
 「ああ。もんだいない。」
 「無論だ。」

 正確な数は定かではないが、謙信くんの索敵からすると恐らく短刀も少しいるのだろう。ならば、機動力の怖いそちらから撃破すべき。こちらは機動が少し劣るが練度差は望める。謙信くんは言わずもがな、小豆も太刀の中では早い方だ。それに大包平は太刀の中で最も衝力が高い。謙信くんと小豆で短刀の処理を頼み、抜けた敵を大包平に押し出してもらおう。ゲーム操作時はランダムだったそれも、現実 リアルでは意のままに狙えることを、こちらに来て既に知っている。
 頭の中で展開した作戦をそのまま彼等へと伝えれば、異論はなかったようで、皆小さく頷いて了承してくれた。大包平が押し出したところで私が全力で後退するので、そうしたら蜻蛉も前に出て大太刀から狙っていってもらうことにし、謙信くんの合図と共に瓦礫の隙間から飛び出した。
 指示通り、まずは一番早い謙信くんが探り当てていた小さな気配———つまるところ敵短刀の懐へと飛び込んでいく。一体撃破、という声と共に敵短刀はすべて四体であると追加で報告を受ける。一撃で撃破出来たということは、練度差がそれなりにあるということ。向こうの敵短刀が謙信くんを抜いて襲ってくる気配がないことから、機動力においてもそれなりに差がありそうだ。それならば、小豆が確実にもう一体撃破出来る。残り二体を大包平が食い止めてもらえれば。私のそんな考えを的確に汲み取ってくれたらしい大包平が、私を背に隠すように前に立ちはだかってくれた。

 「恐らく練度差がそれなりにある。蜻蛉も先に前に出て。」
 「御意。」

 予想通り小豆がもう一体の敵短刀を撃破してくれ、次に向こうから攻撃が来るかと思ったが、それよりも先に大包平があちらへと辿り着いていた。馬無しでこの差ならば、敵方が私の方へ即座に追いつくことは恐らくない。十分に距離が取れたと思える地点まで走ってから振り返れば、店内にいた他の本丸の審神者さんたちも、御伴の刀剣たちと同じ地点ほどまでに後退しているようだ。これならば、周囲の救助を気にせず眼前の敵に集中できるかもしれない。
 他所の本丸の鯰尾藤四郎と陸奥守吉行が、大太刀の方へと向かっていく姿が見え、特に問題のなさそうな動きに、彼等と敵方の練度差もそれなりにあるのだろうと判断し、蜻蛉へは打刀の処理を頼む。彼の槍で一体が呆気なく撃破され、残り三体がこちらへ走ってきたが、即座に追い付いた謙信くん、小豆、大包平の手によって処理された。少し遅れる形で他所の本丸の鯰尾藤四郎と陸奥守吉行、それからいつの間にか参戦していた山姥切長義が残る大太刀三体を撃破。
 最後に討たれた大太刀の咆哮を最後に、周囲が静寂に包まれる。固唾を呑んで状況を見守っていれば、偵察が終わったらしい謙信くんと鯰尾藤四郎がほぼ同時に、こちらに向けて手を挙げてくれた。周辺に敵の気配は無し、無事に完全撃破した勝鬨の合図。その姿に、ようやく張りつめていた空気が緩んだ気がする。

 「主。怪我は無いか?」
 「大丈夫。誉は大包平なんだね。おめでとう。」
 「ふん、当然だな。」
 「格好良かったよ。流石は美の結晶。いつもありがとうね。」
 「・・・っ!?」

 腕を組んで胸を張りドヤ顔する大包平に、そういう顔も似合うなぁと思いつつ、いつも端末越しに伝えていた言葉を伝えれば、途端に挙動不審のような動きをするからこちらも思わず動きを止めてしまった。もしかして引かれた?流石に気持ち悪かった?目を大きく開いて固まる大包平へ謝罪を述べようとしたが、口を開く前に眼前が一面桜色に染まって言葉を失う。
 ブワッという効果音が一番似合いそうな勢いで舞い上がった桜の花弁だと気付き、目や口に入らないように腕で防いでいると、それまでドヤ顔で胸を張っていたはずの大包平が、顔を真っ赤に染めながらこちらを凝視して固まっているのが見えた。どうやらこの大量の花弁も彼から溢れて出ているらしい。
 誉桜か、と理解すると同時に腰あたりに襲ってきた衝撃。視線を下げれば、むぅ、と頬を膨らませて不貞腐れたような表情で抱き着いてくる謙信くんの姿が。え、なに、かわいい。色々なことが同時に発生し過ぎて処理が追い付かない。

 「・・・ぼくだって、がんばったんだぞ。」
 「そうだね。一番に気付いてくれて、的確な偵察のおかげで助かったよ。頼りにしているよ。」
 「うん!」

 不貞腐れた顔を浮かべているかと思えば、にぱぁっと可愛い笑顔で見上げてくる姿に、ノックアウトを食らいかけた。なに、かわいい。実年齢で言えばずっと年上のはずだけど外見年齢に引っ張られているのか、めちゃくちゃに可愛い。待って、先程まで不貞腐れていたのって、もしかして大包平だけ褒めたから?自分も頑張ったのにってこと??え、可愛い。
 あまりの可愛さに身悶えそうになる衝動を堪えつつ、戻ってきた小豆と蜻蛉へ視線を向ければ、こちらもどこか不服そうなご様子で、また変な声が出そうになった。もしかして大きい子たちも同様の理由で不貞腐れていた??

 「小豆、蜻蛉も。ありがとう。助かったよ。」
 「主がぶじでなによりだ。」
 「当然の務めを果たしたまでです。」

 二口の強みを中心に褒めれば、収まりつつあったはずの花弁が再度大きく舞う。二口分だから先程よりも量が多い。桜に溺れそう。慌てた様子で花弁を抑えようとしている二口だけれど、今のところ止まる様子はない。小さい子だけでなく大きい子も可愛すぎる。とうとう我慢できなくて天を仰いだ私は悪くないと思う。


******


 自分たちの成果を直接的に褒めてもらえたことが嬉しくて堪らなかったらしい。ようやく落ち着いた花弁と、すっかり桜色の山が出来てしまった周囲に苦笑を溢せば、未だ顔を赤くしたままの大包平が、普段の声量からは考えられないほどに小さな声で事情を説明してくれた。
 主は、演練には頑なに同行しようとしないから。本当はずっと前からこうやって自分たちの働きを見せたかった、それを見て褒めて欲しかったと訴える彼の言葉に、周囲からの眼が怖いとか言っていた自分を殴りたくなってくる。そんなもの、うちの子の笑顔や喜びの前では塵も同じじゃないか。

 「ごめんね。今度からは演練もちゃんと同行するから。」
 「ほんとうか!?」
 「う、うん…。」
 「嘘ではないな?真だな?二言は無いからな!?」
 「はい・・・。」

 すごい勢いでグイグイ来られた。演練に同行しなかったことが余程堪えていたらしい。戦を知らない時代に生きていることは知っていたから、実際に刀を振るう姿は疎ましく思っているのかもしれない、なんて噂も出て不安だったのだという言葉も聞いて、ますます自分をぶん殴りたくなってくる。違うの。君たちのせいじゃないの。
 随分と上にある大包平の頭を撫ぜながら、もう一度謝罪をして改めて約束する。もう周囲の眼とかどうでもいい。白い眼を向けられようが後ろ指をさされようが、うちの子たちが喜んでくれるならそれでいい。

 「ならば、早速今から演練に行くぞ!」
 「今日はもう受付終了しているよ。」
 「ぐ・・・っ、では明日!」
 「明日は、きみは編成に組まれていないよ。」
 「俺がまた誉を取る!だから俺を編成に加えろ!」
 「だめです。」
 「何故だ!?」

 ローテーションやら育成やら色々と事情はあるが、何よりも彼だけを特別扱いしては、方々から不平不満を集めるからです。現に、明日の演練の編成の話になった途端、三口からも期待を含ませた視線をビシビシ受けているのだ。とにかく順番です、と話を打ち切って、ずっとこちらの様子を窺っている一角へと意識を向ける。
 話しかけたくても話しかけられないといった様子で、気まずそうにこちらの様子を窺っていたスーツ姿の男性陣と、興味深そうな眼で見遣ってくる山姥切長義へ視線を遣れば、慌てた様子でスーツ姿の男性が駆け寄ってきた。話を聞くに政府の人間らしく、今回の襲撃事件について調査をしているそう。

 「あ、あの。もしかして黎明本丸の・・・?」
 「え?」
 「四口とも極の姿で、山姥切様の話によれば、かなりの練度であったと。それほどまでに強い刀剣男士様を、黎明本丸以外で知りません。」
 「はぁ…」
 「つまり貴女様が、かの黎明本丸の審神者様でいらっしゃいますか…!」

 逢えて感激です、といった顔で眼を輝かせ始めた政府の人に、少したじろぎつつも、事情聴取について尋ねれば、ハッと我に返ったようで、失礼しましたと数回咳払いしていた。当時の状況から敵の数なども含めて確認したい、とのことだったが、生憎私はパニックになりながら成行きを見守っているしかなかったので、明確な事は分かり兼ねてしまう。
 いの一番に敵を察知しただろう謙信くんへ視線を向ければ、心得たというように一つ頷いて、当時の状況を明確に報告してくれた。流石短刀様。とても頼りになる。

 「なるほど…どうやら、別で報告を受けていた内容と相違ないようですね。」
 「別?」
 「我々が通報を受けたのは、この甘味処が襲撃された時間よりも少し前————丁度、敵が結界を破ってこの万屋街に侵入してきた時なのです。」

 政府役員の男性の話によると、この周辺の結界に一部綻びがあったようで、そこを突かれて敵方に侵入されてしまったとか。外にいた審神者さんたちは、直ぐに侵入に気付き迅速に避難したため無事であったが、屋内にいたことで反応が少し遅れた我々が襲撃されたとのこと。
 また政府所属だったらしい山姥切長義の報告によると、敵の練度はおよそ厚樫山付近に出没するレベルだったとの事で、もし私の本丸や、鯰尾藤四郎、陸奥守吉行の本丸がいなければ、被害はもっと大きくなってしまったかもしれないとのことだった。

 「何はともあれ、被害が家屋一棟だけだったのは幸いだ。協力、感謝する。」
 「我々は主を護ったまでのこと。礼を言われる覚えはない。」
 「ですが、結果的に他の審神者様や万屋街の住人を救ってくれたことは事実ですので、後程特別報酬という形で送らせていただきます。」

 思わぬ臨時収入に内心でガッツポーズを決めながら、かしこまりましたと一つ頷いて、事情聴取も済んだことだし撤収しようかと、踵を返したところで、背後に出来ていた人だかりに思わず肩が跳ねた。え、何でこんなに人が集まっているの?事故現場の野次馬的な?
 皆さん、黎明本丸の活躍をご覧になりたくて集まっているんですよ。必要な確認事項が済んだからか、またテンションを上げ始める政府役員さんの言葉に、そういえば我が家はちょっとしたアイドルグループのような扱いを受けていたな、と思い出す。同時に、あれほど隠そうとしていた私の存在が、こんな形であっさりとバレてしまった事に今度は肩を落とした。

 「ほんとうだ。すれっどのほうでも、こたびのことがわだいになっているようだね。」
 「主がその他大勢に見られるのは、あまり面白くは無いが、まあ虫除けにはなるか。」
 「…これで、主が憂いておられた懸念も、払拭されますな。」
 「気付いていたの…。」
 「恐れながら、主が懸念される事は、杞憂かと思いますが。」
 「今までこんな大勢の人に注目を浴びる事なんて無かったの。まあ、きみたちの話を聞いて、今更やっぱり遠隔で、なんて言うつもりはないけどさ。」

 約束通り、明日からの演練にはきちんと同行しますよ。改めてそう宣言すれば、また四口から溢れんばかりの誉桜が舞い散る事になった。