よく知った過去のデジャヴ


 このまま向こうに戻ったら、うっかりお前のこと隠しちまうかもな、という、二次創作でよく見た脅し神隠ししちゃうぞをリアルで言われ、先ずはこの土日の二日間、此方で過ごすから体験本丸させて、と懇願して何とか折衷案となった。やだ…私ってば、刀に愛され過ぎ…?
 二日分のお泊りセットを持ってくるために帰宅した際、ピッタリ引っ付いて離れなかった肥前と、そんな肥前を笑いながらも全く止めない陸奥守に内心で震えつつ、あまり準備に時間がかかって他の刀たちからも、コイツもしかして…?と勘繰られては堪らないので、早々に荷物を旅行バッグに押し込んで本丸へとんぼ返りした。襖を開ける度に違う刀が笑顔でお出迎えしてくるんだけど、これもしかしなくても見張られている?
 審神者部屋は、私が襖を通じて行き来していた場所らしく、本丸と自宅を繋ぐキーであるアプリを停止した状態で襖を開いたら、何もない八畳ほどの和室が広がっていた。本来、此処に審神者が暮らしているのが一般的な本丸らしく、主のための家具なんかも揃えないとね、とワクワクした様子で語る清光に居た堪れない気持ちになる。定住する気は今のところないから、家具なんて揃えんで良いし、お布団一つでいいのよ…。口に出したらハイライト消えそうだから言わないけど。
 そうして今から宴でもするか、というテンションマックスな刀たちを、もう遅いから寝なさい、私が眠いです、と宥めて何もない審神者部屋にお布団を敷いて、早々にメイクを落とし寝間着へと着替えた。一緒に寝たいです、という短刀たちの可愛いおねだり監視体制には、風紀の乱れは宜しくありません、と尤もらしい言葉を吐いて不可とした。せめてもの足掻きなのか、近侍の山鳥毛が、近侍部屋で寝る事にしたらしい。自室あるなら戻ればいいのに。
 そうして慣れぬ空間で中々寝付けないのでは?という不安は、久し振りの残業と怒涛の展開で疲れ果てていた脳と身体には関係ないようで、何の障害も無くぐっすり入眠したのである。やだ…私ってば、図太過ぎ…?


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 アラームを特に設定したわけではないけど、自然と眼が醒めてスマホで時刻を確認すれば、午前五時前。早過ぎないか、と思わなくも無かったが、そう言えばこの本丸の活動時間は、前の主の影響が強くて朝早いとこんのすけから説明を受けた事を思い出して、二度寝はせずに起き上がる。睡眠時間は短いが、意外にも頭も身体もスッキリしているから問題ないだろう。
 布団を畳み、着替えをして、審神者部屋に備わっている洗面所で洗顔と歯磨きを済ませる。有事の際の籠城場所とされている審神者部屋は、トイレ、風呂、キッチン、洗面所完備のワンルーム仕様であった。審神者が女性の場合、男集団の中で風呂やトイレなどの衛生面を配慮した形ともいえるだろう。
 スキンケアと軽い化粧も済ませ、さて朝食はどうしようかと考えたところで、ふとそう言えば昨夜即席で作ったお手軽おつまみピザに対し、他の刀たちが羨まし気に肥前と陸奥守に突っかかっていた事を思い出す。何でも私の手作り料理には、私の霊力が多量に籠められ、手入れとほぼ同等の意味合いを持つとか何とか。私の霊力で顕現し、私の霊力でその身を保持している刀剣男士からすれば、極上の逸品と呼んでいいものだとか何とか。
 それならせっかくだし、全員分の朝食でも用意するか、とゲームアプリを起動する。自宅へ戻って、必要な調味料やら食材やら調理器具やらを見繕ってこよう。でも勝手に帰宅したともなれば、また方々から詰め寄られそうだから、廊下に書置きでも残しておこうかな。予定を組み立てつつ、メモ帳に要件を書きながら襖を開けば、スッと頭上に影が落ちる。視界に入る見覚えのある長い脚に、ゆっくりと顔を上げれば、口許は笑っていながらも眼が全く笑っていない、刺青を赤く滾らせた山鳥毛の姿。あ、これもう既に要らぬ誤解を与えている予感。

 「おはよう、小鳥。朝が早いのだな。」
 「おはよう…」
 「それで、その端末はどうした?何故起動させている?」
 「朝ご飯、作ろうかと思って、追加で色々持ってこようかな、と…」
 「朝ご飯…?」

 意外な回答だったらしく、刺青は未だ赤いままだが、一旦は聞く体制を取ってくれた山鳥毛へ、今し方思いついた提案を素直に話せば、先程までとは違う意味で刺青が赤く染まり出す。連鎖するように精悍な彼の顔にも薄っすら赤みが差し、堪え切れなかったように、ひらひらと数枚の花弁が舞い散った。刀剣男士が、感情が高揚すると桜を散らせるのは本当らしい。
 そういう訳だから、一旦戻るけど勘違いしないで欲しい、と話を纏めれば、すまない、という小さな謝罪と共に何故か彼の逞しい胸元へと抱き寄せられる。何故、と硬直すれば、自分たちのために朝食を用意しようとした私の心遣いが堪らなく嬉しかった、と理由が伝えられる。恥ずかしがり屋だと自称するだけあって、ポソポソと途切れ気味に紡がれた言葉に、こちらの顔も熱くなりそうに感じながら、山鳥毛から距離を取って、じゃあ戻るね、と襖を再度開いた。アプリを起動しているから、昨日寝泊まりした和室ではなく、自宅の廊下が続いてるそこへ足を踏み込もうとした———と同時。
 今度は腰を抱き寄せられ、縺れて倒れそうになる身体が、再び山鳥毛の鍛え抜かれた身体に支えられる。せっかくだ、私も手伝うとしよう。荷運びくらいならば協力できそうだ、と一緒に自宅の廊下へと踏み込んできた。この子、喜んでいたくせに絶対に逃がさないマンはそのままだった…。どれだけ信頼無いのだろうか私は、と一瞬気落ちしそうになったが、見上げた先に映った彼の含みのある笑顔を見て、単純に独占欲がバカ高いだけだな、と悟り、早々に諦めの境地に至る事となった。


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 いくつかの調味料や食材、調理器具を見繕い、ついてきたからにはきちんと手伝ってもらおうと、大きな手提げかばんにつめたそれを山鳥毛に持ってもらい、来た道を引き返すように本丸へと戻る。その足でそのまま厨と呼ばれるキッチンへと向かえば、既に起きていたらしい数口の刀から朝の挨拶の言葉がかけられた。それに一つずつ返事をしつつ、厨へと続く土間へ顔を覗かせれば、まだ誰の姿も無いようで無人であった。
 荷物を近くの作業台に置いてもらいつつ、保管されている食材や、火の回り、水回りなどを確認する。井戸から水を汲んで竈で木から火を熾すスタイルだったらどうしよう、という危惧は、シンクの蛇口と、見た目こそ竈であるがガスコンロのように、つまみ一つで火熾しや火加減を調節できるらしいそれを前にあっという間に霧散した。

 「私も手伝おう。小鳥よ。まずは何をすればいい?」
 「お米炊きたいから、人数分洗って浸水させてくれる?」

 手伝いを買って出てくれた山鳥毛に有難く指示を出し、お米の用意をしてくれている彼の隣で、おかずの用意を始める。恐らく朝食用に仕分けていたのだろう鮭の切り身を見つけたので、白味噌と蜂蜜を和えたタレに浸してしばらく寝かせ、その間に汁物の具となる白菜や人参を切り分けていく。とにかく人数が多いので、手早く、効率良くが大事である。
 羽釜に米を入れて浸水させてくれた山鳥毛へ、続いて昆布で出汁作りをお願いし、切り分けた白菜、人参を大ザルへ、ほうれん草は沸騰した大鍋へと根元から入れていく。しんなりとして色が鮮やかになるまで茹でたところでザルに上げ、冷めるまで脇に放置し、続いての工程へ。食糧庫に立派な南瓜があったので、一口大に切り分けて甘辛く煮詰めようと、ほうれん草と同じく沸騰した鍋へと切り分けた南瓜を放り込んでいく。
 そうこうしている内に昆布出汁が完成したので、山鳥毛にお願いして切り分けていた野菜類を根菜や白菜の白いところなど、固さのあるものから順に入れてもらい、全体に火が通るまでひと煮立ち。野菜全体がしんなりしたところで、一口大に切り分けた豚バラ肉の薄切りを解しながら鍋に入れ、更に火を通しつつ、時折浮かんでくる灰汁を取る。
 汁物の調理は山鳥毛に任せ、茹で上がった南瓜のお湯を捨ててから、水気を通すように炒めつつ、醤油や砂糖、味醂などで甘辛く味付けし、南瓜へと染み渡らせるべくコトコトと煮込んでいく。さらに同時並行で冷めたほうれん草の水気を固く絞り、これまた一口大に切り分けて、大きめのボウルに移し替える。そこに砂糖や白だし、自宅から持参した胡麻油等を回しかけ、最後に炒り胡麻を振れば、ほうれん草のお浸しの完成。
 続いて漬け置きしていた鮭を取り出し、軽く表面の水分をキッチンペーパーで拭き取ってから、大型のグリルへ一気に投入してじっくり十分。甘味噌の焼ける芳ばしい香りが漂い始めたところで、浸水を終えた羽釜に火をかけて米を炊いていく。
 炊飯の火加減を山鳥毛に託し、代わりに十分煮込まれた汁物の味付けとして、味噌と砂糖、味醂を加えながら味見もちょこちょこ行う。豚汁風の味付けにしてみたが、如何せんどれもこれも量が規格外に多いため、味付けがちゃんと出来ているか不安になるのだ。

 「山鳥毛。これちょっと味見して。」
 「…ああ、美味いな。」
 「薄くない?」
 「ちょうどいいと思う。私はこの味が好きだな。」

 山鳥毛のお墨付きをいただいたので、一安心して鍋の火を止める。南瓜も良い具合に味が染み込んだので、豚汁同様一つ取って半分に割り味見。ちょっと濃いめの醤油タレが絡む南瓜本来の甘みが口の中に広がった。硬さも申し分ない。自分基準なので、こちらも念のため山鳥毛へお伺いを立てれば、文句なく花丸印をいただけた。
 小鳥は、随分と料理上手なのだな。感心した様子で笑う山鳥毛へ、まあこんな大量に作った経験は無いけれど、趣味も兼ねているから、と答えつつ、最後の仕上げへと取り掛かった。


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 同郷の白花色の太刀に揺すり起された藍鉄の髪の太刀は、飛び起きるなり見遣った時刻に顔を青褪めさせた。完全に寝坊したと頭を抱える彼へ、白花色の髪の太刀———鶴丸国永は、気にする事無いさ、と励ますように肩を叩いた。急いで準備を済ませ、朝食の準備をしなければ、と部屋を飛び出したところで、同じく朝寝坊をしてしまったらしい、厨当番の竜胆色の髪の打刀———歌仙兼定と出くわす。君もかい、と言う打刀の言葉に、格好悪いことにね、と眉根を下げつつ、厨へと駆けつけた藍鉄の髪の太刀———燭台切光忠は、広がる光景に眼を見開く事となった。
 調理担当が揃って朝寝坊したため、何の準備もされていないと思っていた厨には、所狭しと小鉢や平皿が並び、短刀を始めとして十数名の刀たちが盛り付けや配膳を行っている。これは一体どういうことだい、という歌仙の呟きに、近くにいた縹色の短刀が答えを教えた。あるじさまが用意してくれたんだ、と。

 「主が…?え、これ一人で全部かい?」
 「一人じゃなくて、山鳥毛と。途中から他の子達も色々と手伝ってくれたよ。」
 「なに、私は小鳥の指示に従って動いたまでさ。大したことはしていないよ。」
 「俺達だって、出来上がったモンを皿に取り分けたくらい、にゃ。」

 背後からかけられた声に、燭台切と歌仙が振り返れば、エプロンを外して笑う主———暁の姿と、彼女に寄り添うように立つ山鳥毛、そして大量のテーブルクロスを持つ南泉一文字の姿があった。
 思わず歌仙が並べられている料理の数々に視線を向ければ、朝食にしようと準備していた鮭は、こんがりと焼き目がついて味噌ベースのタレがかけられており、小皿には南瓜の煮付け、ほうれん草のお浸しが綺麗に盛り付けられ、大きめの汁椀には、白菜や人参など野菜がたっぷり入った豚汁がよそわれ、漆塗りの茶碗にはつやつやふっくらとした白米が光り輝いている。一汁三菜、正に理想の朝食が完成されていたのだ。

 「いつもは二人が用意してくれているって聞いたけど、せっかく私がこっちに来たんだし、霊力も豊富?らしいから、丁度良いかなって。食材とか勝手に色々使っちゃったけど大丈夫だった?」
 「そりゃあ、勿論…」
 「最高、意外の言葉が見当たらないよ。すまないね、ありがとう。」
 「こちらこそ。いつも本丸で美味しいご飯を提供してくれてありがとう。出陣や遠征もある中で、頑張ってくれていたみたいだね。」

 暁の感謝と称賛の言葉に、燭台切と歌仙からひらひらと花弁が舞う。その様子を微笑ましく眺める短刀たちは、元気な声で、配膳も済ませましょう、と一致団結して手早く大広間の長机へと一人分ずつ配膳を始めた。慌てて南泉一文字も、テーブルクロスを引いていき、燭台切たちと同様、朝寝坊をしていた面々もゾロゾロと欠伸を溢しながらも大広間に集まってくる。
 全員が揃い、食前の挨拶をしようとしたところで、今朝はすべて主の手作りである、という趣旨の説明をするべく歌仙が代表して声を上げた。途端に事情を知らない刀たちの視線が一斉に暁———黎都へと向かう。まだその大量の視線になれていない彼女は、また山鳥毛を盾に身を隠してしまったが、この数日ですっかり彼女の料理の虜となっていた肥前は、小さくガッツポーズをして、早速手を合わせてほうれん草のお浸しへと箸を伸ばした。釣られるように他の刀たちも次々に食前の挨拶もそこそこに、卓上に並ぶ朝食へと箸を伸ばす。
 一口食しただけで、その霊力の量を多分に理解した霊刀たちは、改めて己が主の凄さを痛感し、単純に味の良さに驚きを隠せない者達も、次第に皆笑顔へと変わっていく。
 一気に賑やかになった食事の場に、山鳥毛の隣で眺めていた黎都は、頬を綻ばせた。食事の楽しみを知り、食べる事への喜びと感謝を知っている彼等は、きっと始まりのその日から、自分達で工夫しつつ人と同じ営みを続けてくれたのだろう、と。

 「美味しいね。」
 「ああ、とても。」

 近侍の銀鼠色の太刀へと笑いかけてそう言った黎都へ、愛して止まない唯一人の人の子に山鳥毛も優しく笑みを返すのだった。