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 ユウちゃんと共にオクタヴィネル寮へと行ったらしいハウルくんが帰ってきた。ユウちゃんを連れて。もう夜分も遅い時間に女の子を連れて来た事で、紳士代表のキングスカラー寮長は大変厳しい顔をしていたが、事情を聴いてみるみる怒りの形相へと変わっていった。
 何でも先の期末考査にて大量のイソギンチャクが発生し、その全貌は、オクタヴィネル寮の寮長アズール・アーシェングロットによる、ユニーク魔法であった事が判明したのだという。期末考査の対策ノートを貸し出す代わりに、テストで上位五十位以内に入ること。担保は、契約者の得意魔法を一時的にアーシェングロット寮長へ譲渡すること、契約不履行時は、担保の卒業までの没収と、イソギンチャクとして、オクタヴィネル寮が経営するモストロラウンジでの奉仕活動を始め、彼等の手足となって無賃労働をすること、らしい。
 そしてこの問題解決として、白羽の矢が立ったのがユウちゃん。学園長から食費を主とした生活費を盾に、お願いされたとのこと。やはりあの鴉はクソだったか。最初に出た感想がそれだった。早めに扶養から抜け出して正解だった。つい先日、学園長から相談があると話をチラッと聞いた事を思い出し、最初は私にこの面倒ごとを押し付けるつもりだったんだな、と察した。相談事があります、と声を潜めたあの鴉に対して、そういえば内容も聞かずにバッサリきっかりお断りしたわ、私。

 「つまり、契約担保としてオンボロ寮を差し押され、寝るところに困り此処に来た、と?」
 「ジャックが声をかけてくれなかったら、温室で野宿しようと思っていたの。」
 「無謀では?」
 「だって食費…グリムがひもじい思いするの、耐えられない…」
 「ぶなぁ…。俺様もユウも頑張って赤点回避したのに、何で碌な努力もしねぇ奴等のために、家を取られなきゃならねぇんだゾ…!」
 「ごめんね、グリム。私がりっちゃんみたいに優秀だったら、こんな思いさせなかったのに…」
 「ふな、俺様だってリツみたいにもっと魔法使えていたら、子分にこんな思いさせなかったんだぞ…」
 「まって、私を兼ね合いに出すのを止めて欲しい。居た堪れなくなる。」

 彼女達のそれは、純粋な尊敬の念から来ているものだろうが、学園長のお願い事をキッパリバッサリ切り捨てた手前、若干の後ろめたさが残るのだ。
 因みに契約内容は、珊瑚の海にある博物館からとある集合写真を取って来る事、らしい。その集合写真は、王子と地元のエレメンタリースクール生との交流場面を撮影したもので、文化的価値のあるものでも金銭価値があるものでもないので、盗られても何ら問題ないはずだから。そう言われたようだが、金銭価値が無くとも、他人が所有しているものを無断で盗れば、それは立派な窃盗罪では?
 契約期間は三日。一秒でも過ぎれば契約不履行としてオンボロ寮はそのまま差し押さえ、オクタヴィネル寮の一部となるとのこと。つまり契約不履行した途端、彼女等は帰る家を無くす。

 「オクタヴィネル寮に対してどうこう言う前に、鴉に物言いたいところだが…その様子だともう契約した後だよね。」
 「うん…」
 「はぁぁ、せめて契約前であれば、如何様にも出来たのに…」
 「如何様って?」
 「異世界から無垢で無知な少女を拉致した挙句、学園内に監禁し、その上自身の利害の道具として使い捨てる非道な魔法士、として告訴とか。」
 「え。」
 「でももう契約したとなると、此方が不利だ。当人達が了承の上で行った契約であり、何も認知しない、と言い逃れされて終わる。生活費で脅された時も、録音していなかったのだろう?」
 「うん…」

 しょぼん、と肩を落とすユウちゃんとグリムに、責めたかったわけじゃない事を添えて謝罪し、とりあえず寝床として彼女達を部屋へと案内する。生憎と直ぐに用意できる空き部屋が無いので、私とハウルくんが使用している部屋になるが。
 その旨をユウちゃんへ提案すれば、友人と同室である事に安堵したようで、何度も頷きながら、一緒に寝ようね、と抱き着いてくる。紳士の代名詞、女性優位をモットーとする寮生ばかりが集う我が寮のため、その瞬間に各方面から鋭い視線が突き刺さったが、まあスルーでいいだろう。

 「ちょっと待て。野郎の二人部屋に、女一人を寝かせられるか。」
 「りっちゃんがいればすべて解決です。あとジャックはそんな野蛮な人じゃないので無問題!」
 「問題大有りだ!!」
 「確かにジャック君はそんな非道な男じゃないでしょうけど、こればっかりは俺も容認できねぇッスね。」
 「大丈夫です!大丈夫ったら大丈夫なんです!!」
 「何を根拠に、」
 「大丈夫なんです!!!」

 力強く圧していくユウちゃんに、流石に気圧されたのか、キングスカラー寮長とブッチ先輩が数歩退く。こうと決めた女性の決心の固さや頑固さを、身を持って知っている二人は、これ以上あまり強く出られないらしい。代わりに私とハウルくんへ物凄く厳しい視線を送ってくるが、此方の回答は既に決まっている。

 「じゃ、そういう事で。」
 「ユウ、荷物貸せ。」
 「わーい!お世話になります!」
 「なります、だゾ!」
 「テメエ等ァァァっ!!!」

 ライオン様の叫び声が轟いたが、持ち前のスルースキルで当然ながらスルーした。


******


 「ところで、契約書の控えはある?」
 「うん。はい。」
 「…写真を持参する事、とは書いてあるが盗んで来いとは書いていないね。」
 「まあ、流石にそんな事書いたら、それをネタに向こうが不利になるだろうからな。」
 「裏を返せば、そういう表現しか出来なかった事を巧みに利用してやればいいのでは。」
 「と、いうと?」

 シャワーは事前に済ませてきたと言うユウちゃんと、既に夢の中へ旅立ったグリムくんをベッドに座らせ、備え付けのチェアへと腰を下ろした私は、同じく自分のベッドに腰を下ろしたハウルくんと共に、今後についての作戦会議を開いていた。何せ三日しかないから、時間を有効活用せねば。
 当初は、海の中にある博物館から、肺呼吸の人間が写真を盗ってくるという不利な状況に、海中でも呼吸が出来る魔法薬を特別にもらったから、それを使用して現地にて回収するつもりだったらしい。しかし思えば、わざわざ現地に行かずとも、上手く交渉すれば博物館側から提供してもらえるのではないか、と考えたのだ。例えそれが焼き増しの原本でなくとも、契約不履行にはならない。だって今回の契約は、博物館から集合写真を持参することなのだから。原本であれという表記はどこにもない。
 とりあえず、博物館の公式ホームページから問い合わせフォームにて、集合写真を提供してもらえないかメールを送る事にした。内容としては、今度学内にて王国における、王族と国民との交流に関する発表を行うので、参考資料として、王子と地元エレメンタリースクール生の集合写真が欲しいという旨で。

 「まあ、断られたら大人しく当初の予定でいくとしよう。」
 「最初からそうしないのは何で?」
 「リスクが高い。金銭価値が無くとも、他人の所有物である事に変わりはなく、立派な窃盗罪だ。それに、海の中は、謂わば相手のホーム。敵の有利な状況を作らない事に越したことはない。」
 「成程…流石りっちゃん!」
 「頼むから、今後こんな契約は二度としないように。第一、学園長に脅された時点で、トレイン先生に相談しなかったのかい?」
 「…テストの点数あんま良くなかったし、それに採点明けでお疲れのようだったから、気が引けて…」
 「まあ、お国柄、と言われたら強くは言えないけれど。今後は、せめて私には相談して欲しい。可能な限り力になるよ。」
 「うん、ありがとう。」

 明日も学校があるため、一旦作戦会議はそこで切り上げ、就寝する事にした。シングルベッドを二人(+一匹)でシェアするのは少々手狭だったが、小柄なユウちゃんが猫のように縮こまって寝るタイプだったのでそこまで気にならなかった。久しぶりに得た人肌に、気付けば意識がドロリと溶け落ちるくらいには、安眠できたのだと思う。


******

 結果として、問い合わせフォームでの交渉は成功した。博物館という立地も相まって、学びの協力は向こうとしても惜しむ気はないとの事。朝一にその返信を受け、至急の案件だと伝えれば、翌日に到着する速達便で送ってくれることになった。その事をユウちゃん達に伝えれば、パアッと顔を明るめさせて、ありがとう、とまた抱き着かれる。それを受け止めながら、取り合えず到着したら一緒に持っていくから、と約束をして、朝食の仕上げを行う。

 「えへへ〜朝からりっちゃんのご飯食べられるの幸せ…!」
 「それはどうも。」
 「朝からツナマヨ最高なんだゾ!この豚汁もコクがあってめちゃくちゃうめぇ〜!」

 談話室で花を咲かせながら、もぐもぐとおにぎりを頬張る姿は、リスやハムスターの如し。そう思ったのは私だけでなく、朝練を終えて集い始めた他の寮生達も、皆朝から癒しの光景に頬を緩ませていた。肉食動物の獣人達は、軒並み小動物な女性に弱いらしい。
 で、今後はどうするんだ。朝練から戻ったキングスカラー寮長がドカリと対面に腰を下ろし、彼の朝食も用意したブッチ先輩が隣に並ぶ。私の隣にはハウル君が腰を下ろした。

 「博物館から、写真の提供の許可を頂けたので、明日には此方に到着する予定です。」
 「あ?提供許可?」
 「学内発表の参考資料として是非使わせて下さい、と懇切丁寧にお願いしたら快諾いただけましたよ。」
 「…お前は、相変わらず…」
 「シシシ。ほーんと、リツくんがウチの寮生で助かったっス。敵に回したくねぇ。」
 「誉め言葉としていただいておきます。」

 ところでこの朝食となったおにぎりと豚汁であるが、元は自分用に寮内のキッチンで作ったものだった。しかし獣人族という嗅覚や聴覚に優れる寮生達が、これを見逃すわけもなく。初めに目敏く気付いたハウルくんへシェアハピをしたら、そのまま芋づる式に寮長とブッチ先輩が吊れ、現在に至る。おにぎりと豚汁は寮の経費で作る代わりに、寮生全員分を用意する事。そう取り決めをしたのだ。ちなみにおにぎりと豚汁のみなので、その他おかずについては契約外だ。つまり私がだし巻き玉子を作って、それをユウちゃんやハウルくんにシェアハピしても、対面の二人は文句が言えないという事。

 「俺の分は。」
 「契約範囲外ですね。」
 「なーんで毎回ジャックくんの分はあるんスか!不公平っス!!」
 「別に公平さは追及していないです。」
 「ふわふわの食感に出汁がジュワっと広がって、それにこの大根おろしと、ちょっとの醤油が全体的なやさしさの中に、ピリッと辛い引き締めを生み出す…最高なんだゾ!!」
 「グリム君、今すぐ食レポ止めて!!食べたくなる!!」
 「おいラギー、作れ、これ。」
 「無理っス!!!」
 「おいリツ。」
 「嫌です。」

 ガルルル、と唸り声を上げるライオンは華麗にスルー。以前優しさを見せた事で、全て掻っ攫われた経験のあるハウルくんも、これに関してはスルー。食に対して並々ならぬこだわりと欲望を持つオンボロ寮組が、慈悲を見せるわけもなく。だし巻き玉子は、マブ達でシェアハピされるのだった。