09

 祝勝で談話室にて焼肉パーティーが決定したから、早く帰ってきて手伝って。要約するとそんな感じの連絡をブッチ先輩から受け、大人しくハウルくんと共にサバナクロー寮へと足早に帰還した。きちんとお見舞い品の花束と、ジグボルトくんからのお見舞い品であるプリンを持って。以前、世間話で購買部の数量限定プリンが気になると話した事があったが、まさかそれを覚えて、お見舞い品として持ってきてくれるとは思わなかった。有難くいただいて、今度、彼の好きなサーモンを使った料理でも振舞おうと心に決めた。
 そうして花束は自室のサイドチェストの上に花瓶で活けて飾り、プリンを小型の保冷室に入れてから寮のキッチンへと顔を出して現在。所狭しと並ぶ食材の数々に度肝を抜かれた。祝勝というから肉多めだとは思ったが、そのランクが予想の五十倍上だったのだ。既に調理に取り掛かっているブッチ先輩へ事情を聴けば、キングスカラー寮長の兄上様からの差し入れとのこと。一国の王様からの差し入れともなれば、そらグレートも高い。
 キッチンの数口コンロでちまちま焼いていたら追いつかないので、談話室に炭火焼コンロを並べて即席のBBQにするらしく、その準備を手伝って欲しいという依頼。依頼というかほぼ命令。先程意識を取り戻したばかりの後輩に対してパワハラでは。溢した愚痴には、俺だって試合後のヘトヘトな身体に鞭打っているんスからお相子ッス、と怒られた。お相子、とは。
 そんなこんなで手早く食材を切り分け、串に通し準備を一通り済ませたところで、腹ペコ寮生達の急かす野次をBGMに今度はどんどん焼いていく。肉汁の滴る音、芳ばしい香りに、どんどんと群がってくる寮生をステイさせながら、ある程度の量が焼けたところで、乾杯の音頭が取られた。と言っても、キングスカラー寮長の短い乾杯という言葉だけで、即座に焼き立ての串焼きへ一斉に手を伸ばしていたが。

 「リツ、それ何してんだ?」
 「ジャガバター作っている。」
 「じゃが…?ポテトか?」
 「うん。食べる?」

 肉まっしぐらな寮生を他所に、調理担当の特権として、コンロの片隅で自分の好きなように調理をしていたところを、目敏く発見してきたハウルくんを共犯者に誘い込む。アルミホイルに、十字の切込みを入れた皮付きのじゃが芋とバター、塩を加えただけの簡単レシピだが、炭火焼で食べると何故か美味しさが倍増するのだ。いい感じに焼けたそれを端に移してアルミホイルを開けば、塩バターのいい匂いが漂う。ゴクリ、とハウルくんの咽喉が動いたのが見えた。
 熱いから気を付けて。そう声をかけて仲良くシェアハピする私達の背後にユラリと近付く影が幾つか。イイモン食ってんじゃねぇか。代表して声を上げたキングスカラー寮長が、私の取り皿に分けていたジャガバターを一片摘まんでいく。芋も野菜みてぇなもんだろ、と普段あまり食べないくせにこの強欲さ。

 「…なんだこれ。」
 「ジャガバターです。」
 「ポテトにバターと塩だけ?は?それがこんな美味くなるのかよ?」
 「うっそでしょ。ポテトすら、ケチャップたっぷりのフライドポテトとかじゃない限り食べないレオナさんが、美味いって言ったんスけど??」
 「事実美味いっすよ。ラギー先輩。」

 ハフハフと熱を逃がしながら目を輝かせるハウルくんから少しお裾分けしてもらったらしいブッチ先輩の大きな目もみるみる輝き出す。これ絶対チビ達好き!てかめちゃくちゃうめぇ!もう少し攫おうとしたポテトは、ハウルくんに逃げられた事で手に入らなかったらしく、標的を此方に変えてキングスカラー寮長と取り合い合戦を始めた。
 もっと寄越せ。作れ。実に端的な命令を下す我等が寮長に、あからさまな溜息を一つ溢してジャガバターの量産を開始する。どうせ他の寮生も食べたいと喚くだろうから多めに。みんながジャガバターに群がっている間に、焼きあがった串焼きを幾つか拝借して、同じく調理担当の権限として、こっそり作っていた自家製の焼肉のタレに付けて頬張った。

 「…リツ、」
 「いいよ。シェアハピしよう。」
 「このソースってもしかして自家製か?」
 「うん。」
 「天才かよ。」
 「ありがとう。褒めてくれたお礼に、もう一つシェアハピしよう。」

 またもや目敏く近付いてきたハウルくんに焼肉のタレをお裾分けし、実はキッチンで大量に炊いていた白米をよそう。茶碗はないから手ごろなボウルにだけど。きっと沢山食べるだろうハウルくんへは山盛りにしたそれを手渡す。さっきのタレを絡めたお肉で包んで食べたり、ワンバウンドしてから食べると、ライスにタレと肉汁が染み渡って美味しいよ。そう一言アドバイスを添えて。すぐさま実践したハウルくんの眼は、案の定キラキラと輝いていた。
 ヤバいライスだけで大量にいける。このタレとライスだけでいける。壊れたスピーカーのようにヤバいしか言わなくなってしまったハウルくんを隣に、次なる秘密レシピに取り掛かる。沢山差し入れてくれた食材の中にスイートコーン(ブッチ先輩曰く、野菜嫌いのキングスカラー寮長でも食べられる野菜とのこと)も沢山あったので、数本拝借して一部は芯から粒を削ぎ落し、ジャガバターと同じくアルミホイルに入れてバターソルトで蒸し焼きに、残るはそのまま炭火焼の上に並べて焼きとうもろこしにする。

 「オイこらそこの一年コンビ。コソコソ隠れて何してやがる。全部報告しろ。」
 「ジャックくん今度は何食ってんスすか!?ライス!?」
 「焼いた肉と一緒に食ったらヤバいっす。」
 「何でお前はジャックにしか寄越さねぇんだ。先ずは寮長である俺だろうが。」
 「そんな規則は聞いたことないです。ライスはキッチンにいっぱい炊いてあるので、セルフサービスでどうぞ。」
 「ラギー。山盛りよそって来い。」
 「ッス!」

 焼きトウモロコシに醤油タレを絡めた事で、ジュウという音と芳ばしい別の香りが漂い始め、そこで漸く此方の行動に気付いたらしいキングスカラー寮長が、ガルガルと不満そうに咽喉を鳴らす。で、それは何だ。こんがり焼き目を付けているスイートコーンに視線を落とした寮長へ、焼きとうもろこしです、とだけ返して、先に出来上がったバターコーンを一つ取り皿にお裾分けした。
 粒食べにくかったらスプーンでどうぞ。すぐさま出来立てのそれにがっつく寮長と、羨ましそうにジッと視線を送ってくる寮生にも分けてやりながら、もうシェアハピする気でしかないハウルくんと大人しくシェアハピする。続いて焼きとうもろこしもシェアハピすれば、同じコーンでも食感や味が違う事に感動したらしいハウルくんの尻尾が、先程から歓喜でぶんぶんと揺れまくっていた。

 「バターと和えるのもうめぇけど、焼くのも良いな。このソイソースの焦げ具合が、コーンの甘さを引き立ててくる。」
 「ジャックくんだけズルいっス!俺ももらい!」
 「ラギー、俺にも寄越せ。」

 因みに肉オンザライスは、サバナクロー生に大変好評を得たようで、先程からキッチンに長い行列が出来上がっている。皆山盛りによそった皿を持って出てくるあたり、追加で炊かないと足りなくなるだろうな。焼きとうもろこしもバターコーンも、寮長はじめ寮生全員で取り合い合戦になっているが、焼肉のタレはまだ誰にもバレていないらしい。タレがバレたら、肉もライスも全部レオナさんの胃に収まっちまう、とは、頑なに黙秘していたハウルくんの言い分である。
 ジャガバター、コーン、ライス、肉に各自群がる脇で、パプリカやズッキーニ、オニオン等を串に刺していく。そろそろ野菜が食べたいのだ。せっかくだからグリル焼きにしよう。野菜オンリーとなれば、流石のキングスカラー寮長も手を出してはこまい。野菜も美味しく食べられるハウルくんには目敏くバレたが、一緒に串に刺す手伝いをしてくれたので、仲良くシェアハピする事にした。スタンダードに塩をかけただけのも美味しいけど、オリーブオイルを加えるのもあり。焼肉のタレに潜らせてもいい。おすすめの味付けを一通り伝えてやれば、全部試していた。そして全部に目を輝かせていた。もうここまでくると可愛いね。

 「後でプリンもシェアハピしよう。部屋に戻ってから。」
 「セベクからの見舞い品だろ?いいのか?」
 「四個もらったから。一人二個ずつね。」

 食後のデザートのシェアハピも約束したところで、ハウルくんの尻尾が更にぶんぶんと揺れる。余談だが、完成した野菜オンリーの串焼きは、きっちりキングスカラー寮長にも横取りされた。野菜食べないって言ったじゃん。そんなツッコミは、驚愕を通り越してあんぐりと口を開けて固まるブッチ先輩を前に霧散した。異常事態だったらしい。
 更に余談だが、早々にシャワーを済ませて部屋に戻った私達を、野生の勘で怪しいと嗅ぎ付けたキングスカラー寮長とブッチ先輩の強襲に遭い、一人二個ずつでシェアハピする予定だったプリンは、一人一個ずつでのシェアハピに変更されてしまった。限定プリンだったというのに。ユウちゃんの法則に則って、末代まで呪うぞ、と宣言したところ、後日キングスカラー寮長のポケットマネーで、好きなだけ食材を買い込んできていいと許可が下りた。キングスカラー寮長の分も含めた、調理は自分で、という条件付きだったが。しかし、そろそろ魚が食べたい気分だったので、その条件でプリンは献上する事にした。


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 夕飯のBBQでかなり水を飲んだこともあり、夜中にトイレで目が覚めた。手短に用を足し、部屋に戻る最中。寮の造りの都合で、外廊下のようになっている渡り廊下から、円い月が淡い光を降り注いでおり、思わず足を止める。亜空間の上空に浮かぶ月は、現実のそれと変わらないらしく、今日は満月の夜だった。たとえ異世界であっても、この月光は変わらないのか。そんな感傷に浸りながら、頬を撫でる乾いた夜風を浴びていれば、不意に背後から気配を感じて振り返る。

 「何してんだテメェ。」
 「…どうも。」

 大きな欠伸を一つ溢したキングスカラー寮長の姿があり、夜間という事もあり自然と潜められた声で挨拶を一つ。ブッチ先輩の話だと、一度眠りに就いたキングスカラー寮長は、ちょっとやそっとじゃ起きない筈らしいが。今日は、普段では考えられないキングスカラー寮長の一面が沢山露呈している気がする。
 眠れねぇのか。自然と隣に並んで手すりに腰かけたキングスカラー寮長に対し、ただ月を眺めていただけですよ、と返す。眠気は普通にあるし、もう少しこの月を眺めたら部屋に戻ろうと思っていたのだ。

 「…あの時のアレ。嫌味か?」
 「はい?」
 「トカゲ野郎に向けたあの言葉だよ。『王様に道を開けろ』ってやつ。」
 「はぁ…?」
 「…ッチ。俺が永遠に王になれねぇ事は、成績優秀なお前なら知ってんだろ。」
 「…ああ、夕焼けの草原の。」

 別に嫌味でも何でもなかったのだが、捻くれた性格の彼は、それを嫌味として捉えたらしい。そんなんじゃない、という否定の言葉は、訝し気に此方を睨む双眸に跳ね返される。なぜあの言葉を吐いたのか、何故自分を王様と呼称したのか。その理由を、彼が納得する形で説明しなければ、きっと逃してはくれないのだろう。スルー出来ない状況に軽く吐息を一つ。
 この寮のボスはあなただ。つまり、このサバナクロー寮の王は貴方。だから呼称した。それだけ。その説明は、キングスカラー寮長の機嫌を直すほどのものではなかったが、一応は納得してくれたようで、ハッとまた小さく皮肉の笑みを浮かべる。そういえば、意識を飛ばすあの瞬間も、彼は同じように笑い、そうして泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めていた。

 「俺はどんなに望んでも、王にはなれない。嫌われ者の第二王子、だからな。」
 「そうですか。」
 「…おい、そこは『そんなことないですよ』って、ちったぁ慰めの言葉でも言うところじゃねぇのかよ。」
 「欲しいんですか。そんな上面の慰めが。」
 「…ッチ。」
 「正直な話、此処は私にとっての異世界で、誰が王であろうと、割とどうでも良い事なんですが。」
 「アァ?」
 「此方の価値観で言うのであれば、貴方がこうも国から嫌われる謂れが理解できません。」
 「…ンなもん、この呪われた魔法が答えだろ。」

 マジカルペンを軽く一振りしただけで、手摺の一部が砂に変わるその魔法は、彼のユニーク魔法だという。それを知ったのは入学して間もなく。彼の親族が統治する夕焼けの草原出身者である新入生の一人が、忌み嫌われた魔法、と噂話をしていたのを偶々聞いたから。
 乾燥地帯において重要となるのは水。慢性的な水不足に陥りやすい環境下で、そのすべてを砂に変えてしまう彼の魔法を、人々は恐ろしいと感じ、呪われた、忌み嫌われたものだと揶揄する。それこそが、理解出来ない点であるのだけれど、どれだけ言葉を選んだところで、既に根幹から諦念が纏わりついてる眼前の彼には、真の意味で声は届かないのだろう。

 「…お前は違うって言いたいのか。」
 「いえ別に。」
 「言え。寮長命令だ。」
 「…乾燥地帯にて恐れる災害と言えば何だと思いますか。」
 「旱魃。」
 「ではその旱魃を防ぐためには、どうすれば良いでしょうか。」
 「水源の確保。治水工事。」
 「つまり土木工事ですね。深く広く穴を掘って、水源から水を通す必要がある。」
 「だから何だ。」
 「すべてを砂にする呪われた魔法は、これらの事業にうってつけですよね。水路を引くために穴を掘る際も、水流を塞き止める巨岩を退かす際も。何十人、何百人の人手を使って大量の土や岩、巨木を退かさなければならないが、呪われた魔法それは、すべてを乾いた砂に変える魔法。しかもその魔法を行使するのは、たったの一人。どれだけコスト削減になりますかね。」

 は、と無意識に口に出た吐息は、いつも彼がよくする皮肉交じりの鼻で笑う笑みではなく、考えつかなかった事に対する、虚を突かれた際のもの。驚きに目を見開きながらも、鋭さを滲ませているのは、きっと彼が冗談でも慰めでも、自分の魔法を偽られたくないから。
 巨岩を大人数で、浮遊魔法や風魔法で退かしたり砕いたりせずとも、たった一人、貴方がその巨岩を砂に変えてしまえばいい。後はその砂を運搬するだけ。手間も時間も大幅短縮。そうなれば一日でも早く水道が通り、生活の豊かさ、普及も早まる。それだけの有用性を秘めているその力を呪われた魔法なんて、正に滑稽ですね。先程から呆けたまま固まるキングスカラー寮長に、皮肉交じりの笑みを一つ送り、踵を返す。

 「どんなに強大な魔力があって、有能な魔法があったとして、それを行使するのは須らくヒト。つまるところ、どんな物事においても最後は知能ココに行きつくんです。」

 非常に有能で思慮深く、頭の切れる第二王子様。貴方の知能ココは、どう使うのが最適解ですか。蟀谷の少し上、側頭部を指先で二回ほど叩いてから、おやすみなさい、と最後の挨拶を送って部屋へと戻る。明日は休みだが、あまり夜更かしし過ぎるのも良くない。
 不器用で皮肉屋で、誰よりも努力家。どんな不条理にも権力にも食い下がらない不屈の人。どこか上司の一面を連想させる我等が寮長様が一人、あの不遜の笑みを浮かべていた事は、月のみが知ること。


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 キングスカラー寮長が自国のスラム改善策の一環として、治水工事に打って出たらしい。調査の結果、スラム近くにある森林付近に大量の湧き水がある事が発見され、固い地盤の所為で塞き止められている事が判明したのだという。すぐに地盤工事に出た国の代表として現地を訪問した彼は、呪われた魔法でもってつるはしも簡単に通さないほどに固い地盤を一瞬して乾いた砂へと変えて見せた。彼が砂に変えた穴から大量の水が湧き出したのを見て、調査部隊を始め多くの人々が歓声を上げたという。
 それから瞬く間に彼のユニーク魔法でもって水路が作られ、スラム地区にも安全で清潔な地下水が普及される事となる。この功績を受けて、忌み嫌われた第二王子から瞬く間に、繁栄を築く偉大なる王弟殿下へと呼称が変わった彼を、未だに悪く言う国の中枢部達は、内部告発をした者達の手によってあっという間に失脚したらしい。何でも、スラム改善を長年支援していた者達の支援金の大半を、自身や自身の立場を擁護してくれる者達へと、不正に横流ししていたのだという。内部告発を行った者は、王弟殿下がこんなにも国を豊かに、貧富の格差を無くすべく尽力して下さっているのに、これはそんな王族への立派な反逆罪であると、漸く決心する事が出来たから、とのちに語ったようだ。

 「お陰様で、チビ達を始めスラム街の皆も、飲み水に困る事は無くなって、作物も一部育つようになったんスよ。」

 流石は俺達の王様ッスよね。ニシシ、と、とあるハイエナはそう言って笑ったらしい。