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 半数近くの生徒の脳天に生えていたイソギンチャクが消えた事で、学園内は一時騒然となった。全然話題に上がらなかったので知らなかったが、実はイソギンチャクになっていたトラッポラくんとスペードくんには、今度は仲良くあのユニークなハートの首輪が引っ提げられていたが、ハウルくんから事の顛末を聞いたのだろう。昼休みになって深々と私とユウちゃんに頭を下げてきた。

 「マジ助かった。サンキューな!」
 「これに懲りたら、甘い蜜ばかり吸っていないで自立しなよ。二度目はないから。」
 「はい、すみません。もう不用意に契約はしません。」
 「契約だけじゃなくて。何で他所から来た魔力の無い私が、この世界に十六年も生きていて、魔力がある君達の面倒を見なきゃいけないのさ。親分の爪の垢煎じて飲んだ方が良いんじゃないの。」
 「「申し訳ございません…」」

 彼女にとって、この世界で唯一の拠所となっていたオンボロ寮を一時的にとはいえ、取り上げられた事は余程堪えたらしく、何だかんだとマブに甘い彼女が、珍しく絶対零度の視線でハーツラビュルコンビを見下ろしていた。中庭で繰り広げられたその光景に、通り過ぎる他の生徒達は、同じ元イソギンチャクとして背筋を正したり、彼女へ同情の視線や、慈悲深いその姿にトキメキを覚えたり、と実に忙しそうだった。
 因みに入学当初は、人間社会に馴染めず我儘を言うばかりだったらしいグリムくんも、今じゃユウちゃんにきちんと人間社会の営みについて教えてもらっているようで、他の生徒間との揉め事や、勉強面での不安もないらしい。基礎知識が無い分、ユウちゃんと同じく赤点回避が現状関の山らしいが、それでも真摯に授業に取り組む姿は、あのトレイン先生をも感心させるほどの変貌ぶりのようだ。流石猛獣遣い監督生
 そして現在昼休み。中庭に集合したのは、ハーツラビュルコンビにお説教をするためではなく、昼食を摂るため。そういう訳ですっかり数が増えた弁当箱を開いた私に、それまで絶対零度の視線を向けていたユウちゃんの顔が一気に華やぐ。ユウちゃんとはオンボロ寮を偶に使用させてもらう事を条件に、こうしてお弁当の提供を約束しているのだ。

 「今日のメニューは何ですか?」
 「ユウちゃんのリクエストに応えて、豚の生姜焼きです。デザートにフルーツ大福もあるよ。」
 「生姜焼き〜!!やったー!!」
 「ふなー!早く食べたいんだぞ!」

 両手を挙げて大喜びするオンボロ寮コンビへ、それぞれ弁当を手渡し、同じく肉料理メインという事で眼を輝かせたハウルくんと、ジグボルトくんへもそれぞれの分を手渡す。ハウルくんはいつもの通りシェアハピしている延長上で、ジグボルトくんはそんな私達を羨まし気にジトリと睨んできたので、ついでに作ったのである。因みにフェルミエくんも欲しそうにしていたが、寮長に殺されるから遠慮しておく、と自ら辞退してきた。
 俺等の分は?説教から解放された事で、胸を撫でおろしていたハーツラビュルコンビへ向けるユウちゃんの視線は、相変わらず冷たい。碌な努力もせずに、他人に頼ってばっかの君達に用意されるわけが無くない?用意しなかった理由は、単純に欲しいと言われなかったからなのだが、まあ指摘する必要もないのでそのまま流す。途端に膝から崩れ落ちる二人を他所に、皆で手を合わせていただきます。やはり羨ましそうに生唾を吞み込んだフェルミエくんへは、少量であれば問題なかろうと生姜焼きを二切ればかりお裾分けした。

 「ふな〜甘辛いタレに生姜のさっぱりとした香り、豚の脂身の甘さが絶妙なハーモニーを奏でているんだゾ。単体でも十分ウメェのに、ライスと合わせて食べたらボリュームも味も倍増して更にウマイ!!」
 「あ゛ああぁぁぁっ!!グリムの食レポ辞めてくれ…っ!」
 「何で僕はあの時、あんな契約に乗ってしまったのだろう…」

 グリムくんの食欲と想像力を掻き立たせる食レポに頭を抱えながら、モソモソとサンドウィッチを頬張るハーツラビュルコンビの眼は死んでいる。肉系の総菜パンが既に売り切れており、レタスとトマト、チーズとなけなしのハムが挟まれたサンドウィッチでは、食べ盛りの男子学生には物足りない一品のようだ。
 反してドカベンと呼べそうな、大きな弁当をガツガツと食べ進めるハウルくんとジグボルトくんは、先程から、美味い、と、やばい、しか言葉を発さなくなってしまった。それほど美味しかったか、生姜焼き弁当。頬を上気させながら大きな一口で食べる姿は存分に可愛らしい。因みに少し離れた渡り廊下から突き刺さる、幾つかの恨めしい視線はすべてスルーである。見覚えのある可愛らしいお耳と尻尾が不機嫌にパタパタ動いているようだが、知った事じゃない。

 「デザートのフルーツ大福も、外側がモチモチ、中の生クリームとゴロッと一つ入ったフルーツの甘酸っぱさの、絶妙な組み合わせが最高なんだゾ!」
 「まさかこっちに来て大福が食べられるなんて…!フルーツだけど。」
 「餡子もあったから、今度はスタンダードな豆大福とかにする?」
 「食べたい!欲を言うならあんまん食べたい!あとお饅頭!」
 「アンマン?オマンジュウ?何かは分からねぇが、ユウがそんなに眼を輝かせるって事は、美味いんだろうな…」
 「アンコってなんだ?」
 「小豆を甘く似てペースト状にしたもの。粒感を残すか、滑らかさを追求するかで、好みが分かれる。」
 「へえ。気になるな。」

 頭上から聞こえてきた言葉に視線を持ち上げれば、見慣れた深い緑色の髪と、頬に小さなクローバーを描いた先輩が一人。言わずもがなクローバー先輩である。最近、食べ物———特にスイーツ系の話をしていると、どこからともなく湧いて出てくるようになった、厄介な先輩である。
 俺も気になるから、作る時に立ち会って良いか?あとついでに、そのフルーツ大福も少し分けてくれないか?疑問形のくせにイエス以外の返答を受け付ける気が無い先輩に、これ見よがしの溜息を溢して、タッパーに詰め込んだ大福を一つ手に取る。ある一方向からずっと突き刺さっていた視線が鋭さを増したが、気にせず先輩に手渡す———なんて事はせずにそのまま自分の口へと頬張った。

 「…今の流れ、分けてくれるものじゃないか?」
 「何で分けなきゃいけないんですか。」
 「分かった。対価を払うよ。幾らだ?」
 「プライスレス。」
 「そうか、じゃあ一つ貰うな。」
 「金銭での売買はしないという意味であって、無償で提供するって意味ではないです。」

 伸びてきた指先に掻っ攫われる前に、タッパーごと避難させる。因みにその際にハウルくんとジグボルトくん、とうとう我慢ならなくなったフェルミエくんに一つずつ持っていかれたが、初めからお裾分けする気であったので特にツッコミはしない。
 一年生だけ赦されるのは狡くないか?ここ最近よく聞くようになったフレーズに、耳にタコが出来る思いで、別に公平性は求めていないです、と何度目か解らない同じ答えを返す。

 「あ、ボクの生クリームじゃなくてカスタードクリームだ!」
 「何!?どれだ?僕も食べたい。」
 「薄っすら黄色い奴じゃねぇか?こっちの茶色っぽいのはチョコだな。イチゴとの組み合わせが美味い。」
 「私もチョコとカスタードの食べたい!」
 「俺様も!!」
 「待って、待って!俺にも譲って!!頼む!!」
 「カスタード…!カスタードだけでも…!!」

 静かな睨み合いを続ける私達を他所に、ワイワイと手を伸ばすマブ達の自由なこと。ちゃっかり混ざろうとしたウツボツインズとハイエナさんは、食に関して圧倒的な強さを誇るユウちゃんに、武力でもって制圧されていた。二メートル近くある巨体を一本背負いする勇ましさは、投げ飛ばされたのが自身の片割れだというのに、リーチ副寮長が思わず拍手するくらいには鮮やかに決まっていた。
 しかしそんなユウちゃんを見ても、めげない、しょげない、諦めないクローバー先輩に、とうとう我慢の限界がきて、自分の取り分であった一つを半分にして譲ってやった。生クリームとイチゴの組み合わせのやつ。あれだけグイグイ押してくるくせに、いざ貰えるとなった途端、気恥ずかしそうに頬を緩めるのだから、これがもし計算だったとしたら、二度と普通の男を自称しないで欲しいと思う。
 因みにお裾分けしたもう半分は、瞬間移動でもしたのかという速度で突撃してきた、どこかのライオン王子様に奪取された。クローバー先輩が良くて自分がダメという状況が、我慢ならない我儘王子なのでしょうがないね。ハイエナ先輩からクルクル咽喉を鳴らして甘えられたが、マブ達による最後の一個をかけた、仁義なきじゃんけん大会が開かれたので、当然華麗にスルーした。



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 部活動中に、顧問であるクルーウェル先生から、今回のオクタヴィネル寮の騒動をどのようにして解決に導いたのか、事の顛末を報告するよう指示を受けたので、学園長の横暴な行為から終息に至るまで、掻い摘んでハイライトでお届けした。アーシェングロット寮長のバブタイムは、彼の尊厳と今後の取引を考慮して口を噤むことにした。学園長の横暴加減に、みるみる顔を顰め始めたクルーウェル先生は、最終的に何処かへ連絡を取ってから、グッボーイ、と一言添えて飴ちゃんを握らせてきた。ダルメシアン型の可愛いスティックキャンディーである。
 余談だが、今晩のディナーは鴉料理にしようと思うのだが、いいレシピを知らないか。鞭を撓らせながらそういうクルーウェル先生へ、鴉は臭いので食用には向かないと思います、とだけ返しておいた。