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 それは、購買部でいつも通り必要品を買い足していた時の事だった。会計のために店主のサムさんの下へ支払いに行った際、ほんの少しの世間話がきっかけ。

 「ところで小鬼ちゃん。次の週末のご予定は?」
 「特に何もありません。」
 「秘密の仲間から聞いた話だと、小鬼ちゃんはもう当に成人しているんだろう?そこでものは相談なんだけど、次の週末、教員で飲み会が開かれるんだ。その時の料理の提供をしてくれないかな。食材費は此方で持つし、お代として幾つかアルコールを提供するよ?」
 「…例えば?」
 「スタンダードにエール、ワインも赤、白、ロゼとあるし、シャンパンもウイスキーもある。あと、これはボトルごと、とはいかないけれど、極東のとある国から入手した清酒も、ちょっとならお裾分けできるよ!」
 「料理の希望や、品数は?」
 「そこは小鬼ちゃんにお任せするさ。でもリクエストが適うなら、色んな種類を満遍なく摘まめると嬉しいね。」
 「交渉成立ですね。宜しくお願い致します。」
 「セーンキュウ!それじゃ、来週末の十八時頃。よろしくね!」

 アルコールの品種などによっては遠慮しようかと思ったが、色々な酒を色々と楽しめそうだし、何よりあの清酒を頂けるとなれば行くしかない。此方の世界にもあった事に驚きだが、和の国出身の同期から譲ってもらった事があり、それからあの清酒の虜になっている身としては有難い限りだ。此処で沢山ポイントを稼いで、内密にアルコールの取引なんかもやってくれると更に嬉しいところだ。
 酒飲み達の集まりとなれば、彼が言った通り、様々な料理をちょっとずつ摘まむような、おつまみスタイルが好まれるだろう。此方でもメジャーなチーズ料理や、敢えての和食系のおつまみもありかもしれない。ああ、以前クルーウェル先生に大変好評いただいた枝豆はまた用意するとしよう。ちょうど収穫したものもある事だし。
 久しぶりに堂々とアルコールを摂取出来る機会に心を躍らせながら、来る週末へ向けて食材の取り寄せやら下準備やらに精を出す事にした。その度にジャックくんやらキングスカラー寮長やらが嗅ぎ付けてきたが、残念ながら今回はお裾分け一切無しである。キングスカラー寮長はともかく、いつも無条件でシェアハピしていたジャックくんも無し、という事に本人だけじゃなくてキングスカラー寮長やブッチ先輩からも驚かれていたが。

 「レオナさんはともかく、ジャックくんもダメって珍しいッスね?」
 「まあ、今回は自分用ではなく依頼を受けて、なので。」
 「幾らだ。」
 「因みに金を払えば請け負うという訳ではないので。」
 「ッチ。」
 「…、」
 「ジャックくんにはまた今度、シェアハピするから。そんな落ち込まないで。」
 「ジャックくんだけズルいッスよ〜」

 あからさまに耳も尻尾もぺしょっと垂れて落ち込んでしまったジャックくんを必死に宥めながら、自分達にも寄越せとクルクル、ガルガル鳴く先輩二名はいつも通りスルー。此処を甘やかすと本当に碌な事にならないから。あと私はあんた等の料理人ではない。
 後日、洋梨のコンポートでも差し入れしようと考えるくらいには、ジャックくんへ甘い自覚はある。ついでにユウちゃん達にもお裾分けすれば、週末に手に入れられたお酒の保管もお願い出来るかもしれない。そんな算段を企てながら。


******


 定番のフィッシュアンドチップスにサルサソースのトルティーヤ、カプレーゼにカナッペ等に加え、枝豆の塩茹でや串焼き、串揚げ、出汁巻き玉子に焼き魚等の和食類も付け加えたおつまみ各種がテーブルにズラッと並ぶ。それを見て先生達が、おぉ、と低い歓声を上げた。出だしは上々。あとは料理の並ぶテーブルとは、別のテーブルカウンターにズラッと並ぶ酒瓶を幾つか拝借すれば本日のミッションは完了である。

 「仔犬の料理をつまみに吞めるとは…テスト採点頑張って良かった…」
 「声をかけた俺に感謝してくれよ〜?小鬼ちゃん、素敵な料理の数々をありがとう。お礼に今日は好きなだけ吞んで、幾つか気に入ったものを持ち帰ってくれて構わないよ!」
 「ありがとうございます。因みに、定期販売とかは…」
 「う〜ん、それは学園長の許可が無いと、ね?」
 「学園長。」
 「なりません。」
 「特製ランチボックスお届けしますよ?」
 「許可しましょう!私優しいので!」

 チョロい。いつ、どれだけの期間かも提示していないのにあっさり許可出してきた。酔っぱらってきたタイミングで、それなりの理由を付けて後で契約書にでもサインさせよう。ランチボックスは一回のみの提供である事と、今後私の在学期間中は、継続して好きなタイミングで酒を取り寄せて構わないという許可の文言を添えて。
 お疲れさまでした、と乾杯の音頭もそこそこに、思い思いに料理に手を伸ばし酒を傾ける先生達から少し離れたところで、久方ぶりのアルコールを堪能する。キンキンに冷えたグラスに並々と注がれるエールの美味いこと。そこに塩茹での枝豆と串揚げを添えれば、文句なしの無限ループの完成である。塩気のある枝豆、のどごしのあるエール、アツアツの串揚げ、冷えたエール。この繰り返し。

 「仔犬…リツ…お前は天才か…?そのループの所為で、さっきからエールが止まらないんだが…??」
 「知りません。」
 「この塩茹での豆は良いな!黒エールにもよく合う!」
 「辛口のワインでも良い。豆だから腹にも溜まりにくく罪悪感も少なくて良い。」

 クルーウェル先生だけでなく、バルガス先生やトレイン先生にも大好評の塩茹で枝豆。以前クルーウェル先生の反応が良かったから、多めに用意しておいて正解だった。何となしに他へ視線を向ければ、学園長は出汁巻き玉子を、サムさんは串焼きと串揚げを延々ループしながらエールを煽っていた。
 ある程度エールに満足したところで、ズラッと並ぶ酒瓶を確認する。そのまま飲んでも良いが、せっかくジンやウォッカなんかもあるのだから、カクテルにするのも悪くないかもしれない。とりあえず王道のマティーニを作れば、過程をずっと見ていたクルーウェル先生が、ほぉ、と感嘆の声を溢す。

 「随分と手慣れているな。バーで働いていた経験でもあるのか?」
 「いいえ。ただ、海上で長く過ごす事も多かったので。飽きないよう色々と独学で調べただけですよ。」
 「成程な。俺にもジントニックをくれ。」
 「…自分で作って下さいよ。」
 「此処に当たり年として人気の高い赤ワインがある。」
 「はい喜んで。」

 いい様に使われている気がしない事も無いが、その分きちんと対価も頂いているので、これはあくまで等価交換。クルーウェル先生のリクエスト通りにジントニックを提供し、あっさりとしたジントニックには、濃い味付けのものが合いますよ、と味噌ベースのピリ辛のタレで焼いた串焼きとローストビーフサラダを一緒に添えれば、グッボーイ、と対価だった赤ワインに加え、二十年物のウイスキーを一杯とレーズンバターも付け加えてくれた。酒飲みの等価交換最高か。有難くいただき早速一口。スモーキーな香り高いウイスキーに、ほんのり甘いレーズンバターが最高に合う。
 せっかくだから余っているクラッカーに挟んでいただいたところ、仄かな塩味が加わって更に美味しい。クルーウェル先生も同じようにクラッカーに挟んで食べ始めたのを見て、酒飲みのシェアハピも悪くないな、と思えてくる。
 そうして度数の高いアルコールを味わい、箸休めならぬ酒休めで度数の低いカクテルを挟みながら数時間。意外と酒に弱かったらしい学園長がまずダウンし、続いてバルガス先生が寝落ちし、痺れを切らしたルチウスのお迎えに、自制の利くトレイン先生が離脱した。サムさんの顔色は左程変わっていないが、近くで飲んでいたクルーウェル先生の頬は、普段見慣れないほどに紅潮し、眼もトロンと溶け始めている。そう長くない内に彼も寝落ちする事だろう。

 「へぇ。小鬼ちゃん、結構イケる口なんだね?」
 「阿呆みたいなペースで飲み続ける連中に付き合わされていたので、それなりに。単純に自分の飲みたいものを呑みたいペースでってだけなのもあります。」
 「フフ。大体いつもデイヴが寝落ちしたところでお開きになるんだけど、小鬼ちゃんの限界も気になるところだなぁ。」
 「魅力的なお誘いですが、あまり遅くなり過ぎるとルームメイトにも迷惑が掛かりますから。そろそろお暇しますよ。」
 「残念。また今度ぜひ、よろしく頼むよ。学園長の許可も下りた事だし、お酒も仕入れておくね。」

 ダウンする直前に結んだ契約書は、証人として控えの一枚をサムさんに持ってもらっている。対価は、次回以降の飲み会での継続した料理提供。とりあえず今日の取り分に関しては、購買部で保管してくれるとの事なので、明日の午後にでもユウちゃんに交渉しに行くとしよう。いい感じにアルコールを摂取して心地良い気分に浸りながら、片付けは此方でやっておくよ、というサムさんの言葉に甘えて、自室へと戻るためにのんびりと夜風に当たりながら鏡舎へと歩みを進める。因みに部屋を出るころにはクルーウェル先生も寝落ちしていた。
 少し肌寒い風が、アルコールで火照った熱を落ち着かせてくれるのを感じつつ、不意に視界の端に現れた淡い緑の光に視線を向ければ、少し遠いところでドラコニア寮長が歩いている姿が見えた。そういえば以前セベクくんが、ドラコニア寮長は、よく夜の散歩に出かけると言っていたような気がする。この淡い光は、彼が発しているものなのだろうか。そんな事を考えている内に、向こうも此方に気付いたようで、不思議そうな面持ちで此方へと近付いてきた。

 「随分と遅い時間に散歩か?」
 「こんばんは、ドラコニア寮長。そういう貴方もこんな時間にお散歩ですか。」
 「ああ、この時間の散歩は静かで気に入っているからな…ん?アルコールの臭いがするが、呑んだのか?」
 「まあ、少しだけ。」
 「…少し、という量の臭いとは思えないが。」
 「内密にしていただけると嬉しいです。」

 対価はこれを、と先の飲み会で余ったおつまみ類の入った紙パックを少しお裾分けすれば、キョトン、と少し眼を見開いてから、ドラコニア寮長は可笑しそうに咽喉を鳴らして笑った。僕に残り物の差し入れとは、相変わらず恐れ知らずだな。聞きようによっては、不敬と言わんばかりのものだが、本人も笑っているし特に怒っている様子も見えないので気にしないでおく。元からこういう話し方をする人なのだろう。

 「それよりも、この間の怪我は大事ないか?」
 「めちゃくちゃ不味い魔法薬を飲まされる羽目にはなりましたが。問題ないですよ。」
 「…すまなかった。」
 「いいえ。でもそうですね。次からはもう少しチームプレイというものを意識されると、より楽しいプレーが出来ると思いますよ。まあ、要らぬ世間話と流していただいても結構です。」
 「ふふ、いや…参考にしよう。ではな。」

 また淡い光を漂わせながら踵を返すドラコニア寮長と別れ、アルコールが抜け始め段々と冷えてきた身体をこれ以上冷やさぬよう、足早に寮へと戻る。すぐにシャワーを浴びて、なるべく足音を殺しながら部屋へと戻ったが、帰りが遅かった事で心配をかけてしまったらしく、眠りが浅かったジャックくんを起こしてしまったし、酒臭ぇ、と怒られてしまった。やはり、酒を飲む日はオンボロ寮に泊まるのがベストだ。次回以降、その辺も踏まえてユウちゃんと調整しよう。そう心に決めた。