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 お泊り会をしているらしい、何かと可愛がっている一年生のアカウントから投稿された動画を見て、ケイト・ダイヤモンドは、せっかくだからと談話室へと足を運んだ。予想通り、目当てのリドル・ローズハートとトレイ・クローバーの姿を見つけ、ケイトは動画について軽く説明した後、リドルの許可を得て談話室に設置されている小型のスクリーンに動画を投影させた。


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 動画の始まりは、オンボロ寮から撮影したのだろう、早朝の朝陽が差し込む学園内の風景だった。邪魔にならない落ち着いたジャズミュージックが小さく流れ出し、映像はオンボロ寮の談話室へと切り替わる。綺麗な花が生けられた花瓶が置かれたテーブル、買い替えて座り心地が良くなったソファを流れるように数秒間映し、そうしてとある薄暗い一室に移る。
 重たいカーテンの隙間から微かに差し込む朝陽で、ぼんやりと照らされた映像は、どうやら誰かのベッドサイドを映しているらしく、ベッドサイドテーブルに置かれたスマートフォンが朝の六時を告げるアラームが鳴り出す。ベッドのシーツの合間から伸ばされた左腕がアラームを止めようと、手探りにスマートフォンを探し、そうしてストップボタンを押された事で、音楽は再びジャズソングの小さなバックグラウンドミュージックのみになる。次第にシーツの擦れる音が混じり、どうやらこの映像は生活音を強調する撮影法を用いているものなのだと、視聴者は察する。
 シーツが擦れる音は、先程アラームを止めた者が起床した証であり、首から下が映し出されたその人は、知人であればお泊り会のメンバーの一人だと気付くだろう。黒のスウェットを着たリツが、ベッドから足を下ろし、室内履きを履いたところで、映像が少し引かれ、隣のベッドが映し出される。どうやら二人部屋らしい。そこでオンボロ寮の内装を知る者は、そこが客室としてリノベーションされた一室であると気付く。
 そして隣のベッドを使用していた者も、先のアラーム音で目が覚めたらしく、リツと同じく早々に起床して軽いベッドメイキングをしている姿が映った。今度は腰から下程度しか映らなかったが、筋肉質な足と揺れる尻尾から、彼等を知る者はそれがジャックである事を悟る。

 『おはよう。』
 『おはよう。走りに行く?』
 『ああ。顔洗ったら行ってくる。』

 彼等の日常会話なのだろう。少しトーンが抑えられた会話を幾つか交わし、リツが重たいカーテンと窓をを開いた事で、微かだった朝陽が風に乗って部屋へと差し込んでくる。窓の前で一つ大きく伸びをした彼は、同室のジャックと共に部屋を出て行った。
 シーンは移り変わり、時が進んだようで、玄関で靴紐を結ぶジャックの手元が映された。相変わらず顔は一切見えないが、肌の色や体格等の身体的特徴から、知人であればそれが誰なのか直ぐに分かるし、彼等を知らない者でも、この映像の中で登場する人物として照合していく事が出来る撮影方法となっていた。靴紐を結び終えたらしいジャックは、そのままドアを開いて朝陽で光る外へと姿を消していく。ドアが完全に閉まったところでシーンが切り替わり、今度はキッチンなのだろう空間でコンロの火をつけてケトルで湯を沸かすリツの手元が映り始めた。

 『おはよう。早いんだな。』
 『おはよう。ジャックと同じ時間に目覚まし設定したから。』
 『そうか。ジャックは…走り込みか?』
 『うん。今出たところ。珈琲淹れるところだけど、セベクくんも飲むかい?』
 『ああ、頼む。』

 不意に背後から低く落ち着いた声が聞こえ、リツの手元を映していた映像が引いていき、彼の後姿が映し出されたところで、画面端からもう一つの後姿が映り込む。ライトグリーンの髪の偉丈夫は、知人は当然ながら、知らない者も聞こえてきた会話で、それがセベクであると悟る。湯を沸かすリツの傍らで、マグカップや珈琲豆が入っているのだろうキャニスター、ミル等を準備するセベクの後ろ姿は、見ようによっては恋人同士の朝の光景に見えなくもない。
 湯が沸く音がケトルから鳴り響いた頃には、ミルで豆も挽き終えていたようで、ドリッパーに粉を落とすセベクの手元が映し出され、次いでそれを受け取ったユウが湯をゆっくりと注いでいくシーンへと移っていく。少し蒸らしてから、またゆっくりと、円を描くように注がれていく透明の湯が、ドリッパーを通してポットへと茶色い珈琲となってポタポタと流れ落ちていく光景は、珈琲好きだけでなく、見るものすべての心を落ち着かせるような、穏やかなワンシーンだった。

 『いい香りがする。』
 『この間、購買部で試飲させて貰ったら味も良かったんで、ユウちゃんにお裾分けしたんだ。』
 『後で銘柄を教えてくれ。若様にも飲んで頂きたい。』
 『いいよ。はい。熱いから気を付けて。』
 『ああ、ありがとう。』

 会話を重ねていく内に抽出を終えた珈琲をそれぞれのマグへと注ぎ、片方へはシュガーとミルクを多めに、もう片方へは少しのシュガーを入れる。甘めの珈琲をセベクへと手渡したリツは、自身のマグを一口、息を吹きかけてからゆっくりと味わう。納得の出来だったようで、映った口許は緩やかな弧を描いていた。口許は映っても、鼻より上が映らない事から、顔出し自体はするつもりが無いのだろう事が察せられる。
 キッチンで立ち話を続けていた二人は、やがて談話室へと移り、並んでソファに座りながら、取り留めのない日常会話を続けていた。途中まで会話が入っていたが、その内に音はまたバックグラウンドミュージックのみとなり、穏やかなジャズソングと相まり、贅沢な朝の日常を思わせるワンシーンに、多くの視聴者は、映画のワンシーンのようだと心をときめかせた。特に毎朝忙しい時間を送る社会人からは、こんな余裕のある朝を送れるようになりたい、と言ったコメントを寄せるほどには。
 ソファに腰を下ろす二人の後姿や手元、それから室内の小物や窓から映る景色等をワンカットずつ切り抜くシーンを経て、また時が少し進んだようで、映りこんだ壁掛けの時計が朝の七時を示していた。珈琲タイムを終えたらしいリツが再度キッチンにて、今度は冷蔵庫から食材を次々に出すシーンとなる。

 『朝食はパンでいい?』
 『ああ。手伝うぞ。何をすればいい?』
 『じゃあ、野菜洗って。サラダにするから。』
 『分かった。』

 レタスやキュウリといった定番野菜を受け取ったセベクが、早速一口大に切り分けて冷水に晒す。映像の露出などの技術が、それなりにある者が撮影をしているようで、野菜の水気を弾くシーンでは、ただの野菜であるのに美味しそうだと視聴者に思わせるほど綺麗な描写となっていた。黙々とセベクがサラダ作りに勤しむ傍ら、リツはベーコンの塊を厚めに切り分け、大ぶりのソーセージに軽く切れ目を入れていく。流れるような迷いのない動作から、彼が料理慣れしている事を察せられた。
 コンロにアンティーク調のお洒落なフライパンを置き、火にかけ油を軽く注ぐ。全体に熱が伝わってから切り分けたベーコンを次々に乗せていく。ジュウ、と油が跳ね肉が焼ける音が大きく響き、視聴者は思わず生唾を呑み込んだことだろう。火加減を調整しながらベーコンに火を通すのと同時並行で、別のフライパンで今度はソーセージに火を通していく。そして空いたスペースに、いつの間にか準備されていた卵が次々と落とされていった。ジュワジュワと弾ける良い音と共に透き通る透明から白色へと変わっていく白身。ある程度のところでそちらのフライパンには蓋がされた。
 シーンはまたセベクの手元へと移り替わり、サラダを八名分のボウルに盛り付け終えたところのようで、自家製と思われるドレッシングを回しかけるシーンを経て、サラダは完成となった。次いでセベクはブレッドケースからソフトフランスパンを取り出し、それを等間隔に切り分けていく。切り分けられたそれを天板に乗せて、オーブンへと入れてダイヤルを回す。どうやらトーストにするらしい。
 再びリツの手元に戻り、芳ばしく焼けたベーコンとソーセージ、半熟の目玉焼きをこれまた八名分の皿に取り分けていく。八人前の朝食という事は、あともう五名、この後映像に映るのだろうと視聴者は予想を立てた。知っている者はこれがお泊り会の朝の風景かと楽しんでいるし、知らぬ者はシェアハウスの朝の風景かな、と様々な想像を駆り立てた。

 『おはよぉ…』
 『ふな…』
 『おはよう。ユウちゃん、グリムくん。もうすぐご飯出来るから、顔を洗っておいで。』
 『はーい。』

 視聴者の予想通り、新たに二名(正確には一名と一匹)が映像に映りこむ。これまで男性ばかりだったところでの女性。それも寝起きと思われるパジャマ姿と声音に、年頃の男性視聴者達はドキドキと胸を高鳴らせた。レディの無防備な姿を、こんな形で世に晒してしまっていいものなのか、と不安に思う者も出た。しかしそんな彼等を他所に映像はどんどん進んでいく。花瓶が置かれていたテーブルに八人分のランチョンマットが敷かれ、そこに完成した朝食が次々と配膳されていく。ある程度準備が整ったところで、いつの間にか帰宅していたらしいジャックが、シャワー上がりなのかほんのり湿った髪をそのままに談話室へと入ってきた。

 『悪ぃ。俺もすぐ手伝う。』
 『その前に髪を乾かせ、戯け。』
 『セベクくん、三人起こしてきて。』
 『分かった。』

 セベクがマジカルペンを取り出したところで、視聴者は漸くこれが、名門ナイトレイヴンカレッジで撮影されたものだと気付く。訪れた事が無い者でも、生徒手帳の代わりともなるマジカルペンは広く知られており、その色から、詳細を知っている者は、セベクがディアソムニア寮生であることも察した事だろう。彼がそのマジカルペンを一振りした途端、ほんのり湿っていたジャックの髪が一瞬で乾く。魔法を使ったと気付かせるそのシーンに、今度は年頃の女性達が胸を高鳴らせた。髪を乾かす魔法は、生活魔法の一種として広く知られているが、ペンを一振りしただけで、少し離れたジャックの髪を乾かす事が出来るのは、それこそ名門校に通うような魔法士だけである。そしてより有能な魔法士というのは、このツイステットワンダーランドではモテる大きな要素ともなる。幼い頃、足が速く運動神経が良い男の子が、同級生の女の子から好かれる現象と同じだ。
 これまでリツとセベクで行われていた朝食作りが、今度はリツとジャックに変わり、デザートなのだろう、フルーツを切り分けるリツの傍らでジャックがケトルに火をかけた。先程も登場したケトルだが、同時並行で準備されるものが珈琲だけでなく紅茶もあった事で、視聴者は朝食のお供となる飲み物の用意なのだと悟る。

 『相変わらず、目覚まし時計よりも効果的だな。セベクの声。』
 『寝起き一発目にアレは正直しんどいと思う。』
 『寝坊助共には丁度良いだろ。』

 二人の会話からも察せられる通り、バックグラウンドミュージックに交じって、セベクのものと思われる大声が微かに入り込んだ。起きろ、という風に聞こえる事から、残る三名を起こすためのものらしいが、編集で声量を弄ってもなお聞こえるその音量に、知る者は遠い眼をし、知らぬ者は驚きの色を浮かべる。リツと会話していた時のセベクの声が、落ち着いたものだったから余計に。
 ジャックが紅茶を注ぎ、リツが珈琲をカフェラテにアレンジし終えたところで、バタバタと走り回る音がし、談話室が一気に騒がしくなる。寝坊した、やら、セベクうるせぇ、やら色々と聞こえてくる事から、八名(正確には七名と一匹)が全員揃ったのだろう。そこで映像も手元などのズームばかりだった描写から、一気に引いた談話室全体を映すものへと切り替わる。相変わらず後姿や首元から上と、顔が全面に映る描写は避けられているが、身体的特徴から、特に知人等は誰がどれなのか容易に察する事が出来た。

 『朝からめっちゃ豪勢じゃん…。俺こんなキチンとした朝飯久しぶりかも。』
 『僕もだ。』
 『それは、お前等が朝ギリギリまで寝ているからだろ。』
 『朝からお肉…最高だべ…!』
 『エペくんは、ただただドンマイって感じ。』
 『私の分のソーセージもお食べ。』
 『いいの!?』
 『自分で作っておいてなんだけど、ちょっと量が多い。』
 『リツは、寧ろもう少し食べたほうが良いんじゃないのか…?』

 食卓に着きながら、各々自由に会話を始め、トーストされたソフトフランスパンにバターやジャムを塗る者もいれば、自分の皿から幾つか相手の皿へと移す者もいる。自由でありながら賑やかで楽しそうなその光景は、この八名(正確には七名と一匹)の仲の良さが窺える。
 いただきます、とこのメンバーで唯一女性のユウの声を合図に、全員が声を揃えて同じく、いただきます、と挨拶をしてから楽しい朝食タイムがスタートした。その光景を数秒間映しながら、映像は段々とフェードアウトし、ゆっくりとまた風に揺れる木々やオンボロ寮周辺の景色へと移り変わり、そうして一度暗転してから、『Thank you watching.』という文字と共に映像は終了した。
 投稿されたこの動画のコメント欄には、『とあるモーニングタイム』というタイトルが記されており、瞬く間に評価と拡散がされていった。返信欄には動画を視聴したのだろう多くの人々から感想や続編を待ち望む声が上がり、フォロワー数五百万を誇る、とある人気モデルが引用コメントを行った事で、その拡散度合いは加速の一途を辿るのだった。


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 「え、ナニコレめちゃくちゃ最高…凄い映えだし、一年生ちゃん達の仲良しっぷりが覗けるし、次も絶対アップして欲しい〜」
 「…トレイ。」
 「ああ、分かっているよ、リドル。次の何でもない日のティーパーティーには、一年生達全員招待しような。」

 動画を視聴し終えたケイト、リドル、トレイを始め、談話室のスクリーンで視聴していた事で次第に増えていったハーツラビュル寮生達が、そんな決意を新たにしていたが、それは別の話。