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 最近、お気に入りの後輩と、何だかんだで可愛がっている後輩が、オンボロ寮でお泊り会をしている。そしてその日常を切り取ったのだろう動画がアップされている事を知ったレオナ・キングスカラーは、同じく事情を知っているラギー・ブッチと共に、アップされたばかりの最新動画の再生ボタンを押した。正確には、最新動画がアップされた事を通知で知ったラギーがレオナに報告し、レオナの許可の下、談話室に設置されているスクリーンモニターにその動画を投影した。当然、他の寮生も多く集う談話室。次第に寮生達も一緒になってスクリーンへと視線を集めた。


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 オンボロ寮のキッチンに立つ二人の後姿と共に、テンポの良いヒップホップソングがバックグラウンドミュージックとして流れ出す。画面向かって左側の青年が食材を等間隔に次々とカットしていき、その隣に立つ画面向かって右側の少女がカットした食材を串に刺していく。そんな単純な流れ作業であるが、バックグラウンドミュージックのヒップホップソングとシーンカットの編集力も相まって、まるで手元でダンスを楽しんでいるかのような印象を与える映像。キッチンの風景や二人の後姿、そして全体的な動画のスタイルから、これが数時間前にアップされて、今や数十万の拡散と評価がされている『とあるモーニングタイム』の続編なのだと視聴者は気付き始めた。
 前回の動画を見た者達は、後姿の二人がリツとユウである事を悟り、残る五名と一匹も後程登場するのだろうと、期待に胸を高鳴らせながら再生を続ける。そんな視聴者の期待通り、画面はオンボロ寮の外観、飾られているガーゴイルをワンカットずつ映してから、恐らくオンボロ寮の庭なのだろう、開けた空間に切り替わり、そこでそれぞれ役割分担で作業を行う五人と一匹が映し出された。

 『セベク、そっち持ってくれ。』
 『任せろ。』
 『デュース、もうちょい右。エペルはそこでオッケー。』

 横長のアウトドア用テーブルを組み立て、その近くに炭火コンロを移動させるジャックとセベク。少し離れたところでガーランドを飾り付けるデュースとエペル、それに対して指示を送るエース。そして足元やテーブルの上にキャンドルライトを飾り付けていくグリム。その作業風景だけで、これから庭でパーティーが開かれるのだろう事が簡単に予想出来た。
 ある程度五人と一匹の作業が進んだところで、お待たせ、という鈴鳴りの可愛らしい声が画面外から聞こえてくる。映像が少し引かれて、ベランダから庭へと大きなトレーを持ってユウとリツがそれぞれ歩いてくるシーンが映った。声に気付いたセベクが、運ぶ時は呼べと言っただろう、と文句を溢しながらも即座にユウからトレーを受け取り、テーブルの上へと置く。続いたリツも別のトレーをすぐ傍に置き、カメラはテーブル上へと切り替わる。
 先程のキッチンでのシーンで作っていた食材と、飲み物が入っているのだろうピッチャー、人数分のグラスと取り皿が映し出され、テーブルの端からひょっこりと覗き込んだグリムが、ふなぁ、と歓声を上げながら円い眼をキラリと光らせた。

 『さて、と。準備も出来た事だし、早速BBQを始めちゃおうか!』
 『待ってました!』
 『朝に続いて昼も肉…!!一生お泊り会していたい…っ!』
 『切実だな、エペル…』

 ユウの開始の音頭に合わせて、盛り上げ担当のエースやデュースが、イエーイ、と声を上げ、串に刺された大量の肉に感涙を溢すエペルの背をジャックがそっと宥めているシーンが映り、カメラは更に彼等に寄って、炭火コンロのすぐ傍が映し出された。
 ここでも調理を担当するのはリツで、食べ盛り六人と一匹の期待に応えるように、肉串からどんどん炭火コンロの上へと並べていく。既に熱せられていたコンロの上に乗った肉の油が弾けるジュウッ、という音に再び上がる歓声。立ち上がる湯気や火に焙られる肉の質感等を鮮明に描写するシーンに、視聴者達は朝食の調理シーンに続き、再び生唾をゴクリと呑み込んだ。
 肉が焼けていくにつれて油が滴り落ち、その油が熱された炭の上に落ちる事でジュワジュワと立ち込める芳ばしい香り。獣人として鼻が利くジャックが視聴者達と同じように、ゴクリと生唾を呑み、待ちきれない様子でリツの傍へとピッタリとくっ付いた。その光景に見覚えのある者達は、この間の焼肉パーティーの時もずっとくっ付いていたな、と思い出し、見覚えの無い者達は、今朝に続き仲の良い事だと微笑ましい気持ちで見守る。

 『焼けたから、各自持って行って。』
 『よっしゃー!肉!!』
 『リツ。あのタレ無ぇのか?』
 『あるよ。テーブルの上。』
 『あのタレって何?』
 『この間、サバナクローで焼肉した時にリツの自家製のタレをかけて食ったら、めちゃくちゃ美味かったんだよな。』
 『焼肉のタレ!?私も欲しい!』
 『俺様も!!』

 テーブルの上に置かれたボトルを軽く振って、焼き立ての肉に豪快にかけていくジャックの手元が映り、画面の端に他のメンバーの取り皿が次々に映り込んでくる。ヒップホップソングのバックグラウンドミュージックに混ざって、ワイワイと盛り上がるマブ達の楽しげな声が、視聴者に一層このパーティーの盛り上がりを伝えてきた。
 肉だけが刺さる串、野菜と肉が交互に刺さる串、魚介が刺さる串を次々と焼いていくリツの手元や後姿が映り、焼く事ばかりを優先して、中々食べようとしない彼に痺れを切らしたのか、串から外した肉をフォークで刺し直して、リツの口許へと運ぶセベクの姿が画面に入り込む。途端、カメラが一気にズームになり、大人しく口を開けるリツの口許のアップが映される。肉を食べるだけのシーンであるのに、何処か妖艶さを醸し出しているのは、リツの食べ方の問題なのか、それとも遠くから全体を映していた時には気付かなかったが、セベクとリツの距離が意外に近かったからなのか。そのどちらもかは不明だが、視聴者の一部はそのワンシーンに、見てはいけないものを偶然覗いてしまったような気恥ずかしさに駆られ、ポッと頬を赤らめる。

 『りっちゃん、ごめん。変わろうか?』
 『いや、いいよ。気にせず食べな。』
 『リツの分は、セベクとジャックが食べさせるから問題ないっしょ。』
 『食べさせてもらう事が前提なのか…?』
 『自分で食べられえるけど…』
 『良いから。ほら、口を開けろ。』
 『仲良しさんだべ。』
 『いつもの事なんだゾ。』

 焼きながらでも片手間に食べられると主張するリツを他所に、今度はジャックがセベクの反対となりに立ち、同じように串から外したのだろうパプリカを始めとした野菜を、彼の口許へと運んでいく。軽い文句を溢しながらも、大人しく口を開くリツに対するマブ達の様子から、それが日常茶飯事である事が察せられた。仲が良い、というには少しばかり距離が近い三名に、勘の鋭い視聴者の一部が、おや、と首を傾げる。中には先程までとは違う意味で愉快そうに口許を緩める者もおり、コメントにもそれらを揶揄するものが一部残された。
 そうして動画はまた段々と引いていき、庭に咲き誇る花々や、風に揺れる木々のさざめきのシーンを経て、一瞬暗転した後に、オンボロ寮の談話室へと切り替わる。時間が経過したようで、庭で昼食を楽しんでいた面々は、反対に真面目な様子でテーブルにノートやテキストを開いて何かを書き込んでいる。この動画がナイトレイヴンカレッジの生徒達のものだと知っている視聴者達は、課題や予習、復習などの勉強タイムなのだろうと気付く。

 『あー…待って。妖精の粉とマルス草を調合してセレンの雫を一定間隔で一滴ずつ追加…?』
 『セレンの雫ではない。カロンの雫だ。因みに一定間隔は大体三秒に一滴ずつだな。』
 『もう一つの実験は、マルス草?マルロ草?』
 『マルロ草。』
 『あああぁぁっ!!もう訳分かんねぇ!だいたいマルスだのマルロだの、名称似すぎてややこしいんだよ!』
 『マルロ…マルス…マルロ…』
 『ダメだ、デュースクンが完全にショートしてる。』

 黙々とテキストを参照しながらノートに書きこんでいくシーンがあったかと思えば、エースが途端にお手上げと言わんばかりにペンを投げ出す。隣に座るデュースがテキストを震える手で握りしめながら、ブツブツと単語を溢し、その更に隣に座るエペルが堪え切れない苦笑を見せた。対面に座るセベクとジャック、ユウは変わらず淡々とした様子でエースの質問に答えつつ、ノートに書きこむ手は緩めていない。
 この会話だけで知識のある者は、学生にしては随分と難しい魔法薬を錬成していると感心すると共に、ナイトレイヴンカレッジが名門である所以を痛感する。大半の者達は、その会話からどんな魔法薬が錬成されるのか解らず、ネットで検索して漸く答えに辿り着くも、その錬成手順の難しさから、中には早々に思考を放棄する者まで現れた。それ程に難題を解いている事を知った視聴者達は、やんちゃで問題行動が目立つナイトレイヴンカレッジも、腐っても名門校か、と印象を新たにさせた。

 『先程の魔法薬も、もう一つの実験内容も、ついこの間授業でやったばかりだろう。』
 『日頃から復習しねぇからそうなるんだ。』
 『くっそぉ…ぐうの音も出ねぇ…』
 『人間社会一年目のグリムに敗けた事が地味に悔しすぎる…』
 『にゃっはー!何てったって、俺様は未来の大魔法士になる男だからナ!』

  文句を垂れつつ、絶望の色を見せつつ、それでも課題を終えたらしい彼等は、どっと押し寄せる疲れにエースとデュースがソファに崩れ落ちた。エペルも二人程では無いにしても、苦戦した様子で一安心していたが、反面、彼等より成績優秀なのだろうジャックとセベクがエースとデュースへ呆れの視線を送る。
 そんな彼等から画面は何度目になるかキッチンへと切り替わり、そう言えば課題中に全く映らなかったリツの後ろ姿が映される。器用にフライパンを振って生地をひっくり返すその所作から、料理に心覚えのある視聴者はパンケーキを作っているのだと解った。彼の隣では、恐らくソファに崩れ落ちている彼等よりも先に課題を終わらせたのだろうユウが、人数分に分けられたパンケーキにクリームやフルーツを盛っていく。その傍らでポットが蒸されている事から、課題を終えてティータイムに入るのだろう。
 視聴者の予想通り、出来上がった人数分のパンケーキをトレーに乗せたリツが、談話室へと戻っていく。蒸されたポットとこれまた人数分のティーカップは、持とうとしたユウを制して手伝いに来たエペルが運んでいた。

 『パンケーキ焼いたから食べる人。』
 『食べる!…てか待って?え、リツ、課題は?』
 『出たその日に終わらせたよ。』
 『その日って、授業終わってすぐにオンボロ寮に集まったじゃん?いつの間に?』
 『実はりっちゃんが課題をしている時に、私とグリムは横で解説してもらっていたんだなぁ!』
 『二人が速かったのはそれでか!?』

 この動画で、彼等七人と一匹のそれぞれの学力レベルを察した視聴者は、自分も課題とかギリギリまで溜め込んでいた、とか、同じくその日のうちに終わらせていたなぁ、とか、今正に溜め込んでいる最中だわ、等とコメントを残していく。何気ない日常のワンシーンを切り取ったそれは、正に等身大の学生の日常そのもので。優れた編集力と名門ナイトレイヴンカレッジという看板から特別なワンシーンに思えていた彼等も、自分達とそう変わらぬ日常を送っているのだと、親近感を湧かせてまたコメントを残していく。
 そうして今回もまた『Thank you watching.』という文字を最後に動画は終了した。今回も楽しかった、また続きが見たい。そんな感想で溢れる投稿は、当然ながら例の人気モデルが再び引用コメントした事で、一本目に続き今回もまた多くのファンを生み出すのだった。


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 「…ラギー。次の休みBBQするぞ。アイツと食材買ってこい。荷物持ちはジャックにでもやらせておけ。」
 「シシシ。了解ッス。」
 「一年坊のくせに、俺に隠し事とはいい度胸だ。あのタレについてもきっちり説明してもらわねぇとなぁ?」
 「相変わらずジャックくんばかり優遇されているのは気に食わねぇッスけど、次はあの二人から眼を離さないようにしないと。」

 動画を見終えたライオンとハイエナが、そんな会話を繰り広げていた事も、それを聞いた他の肉食獣達も同様の悪い笑みを浮かべていた事も、いつかのハーツラビュル寮と同じくすべて別のお話である。