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 先日のお泊り会を、せっかくだから思い出として映像に残したい。そう言ったユウちゃんのお願いを受け入れた結果、マジカメで大変な盛り上がりを見せているらしい。あまりSNSに馴染みが無くて、登録はしたものの、殆ど初期設定のままだったそれを開き、フォロー欄から飛んだユウちゃんのアカウントは、確かに以前見た時よりもフォロワー数が飛躍していた。
 映像を編集して数本の動画にしてみた、というユウちゃんの言葉通り、オンボロ寮のゴースト達と協力して撮影していた映像が、綺麗な三本の動画になっており、彼女の編集技術の高さが伺える。要所で見られる含みのあるカットが些か気がかりであるが、動画が投稿された翌朝から随分と多くの人に声をかけられたり、視線を浴びたりしていたな、と思い出してこれが原因だったのかと悟る。

 「…リツ、週末バーベキューするってレオナさんが。」
 「あー…まあ、こんな映像を見た後に動かない訳が無いか…」
 「…あのタレ。本音を言えば秘密にして置きたかったんだがな。」
 「タレだけじゃなくて、多分逐一私達の行動を把握してくると思うよ。」
 「…、」

 面倒くさい、という言葉は、生真面目な彼の口から零れる事は無かったが、目は口程に物を言うというべきか。鬱陶しい、面倒だ、という感情を隠し切れない表情に、此方も苦い笑みを返す。私も彼も行動を他者からつぶさに監視される事も制限される事も嫌う性質だから。
 シェアハピ系は落ち着くまで中止かな、と互いに頷き合ったところで、それまで視線を落としていたスマートフォンの通知が鳴る。ユウちゃんからの、ハーツラビュル寮とオクタヴィネル寮からのパーティーのお誘いが苛烈になってきた、というヘルプコールだった。トラッポラくんとスペードくんも、事あるごとに彼等の先輩達からお誘いを受けているらしく、辟易した様子でいた事を思い出す。

 「各所に被害が出ているな。」
 「もうすぐホリデーで暫く逢えなくなるから、余計に拍車が掛かっているのかも。」
 「…そういや、お前はホリデーどうするんだ?」
 「学園に残るよ。幸い、ホリデー期間中も滞在は認められているし。」
 「そうか…」

 私が異世界からの来訪者であることは、ジャックくんにこの身体の秘密がバレた時に伝えてある。他のマブ達にも、身体のことについてはまだ知らせていないが、異世界については、ユウちゃんと同じく話している。教員にも入学式当夜の出来事でとうに知られているため、学園に残る事にあっさりと許可が下りた。
 何かを言い淀んだジャックくんへ、どうかしたのかと尋ねたが、暫くの間を置いて、何でもねぇ、と返されたので、深くは追及しない事にした。あまり触れて欲しくなさそうな空気を何となく感じたのだ。


******


 ホリデーを間近に控えた事で、食堂でも在庫整理が行われていた。日持ちしない食材や調味料類は、これを機に一気に消費するが、量が量なので捌き切れない事も多いらしい。その際、殆どをブッチ先輩を通してスラムへと物資供給として譲る事が常のようだが、今回食堂のゴースト達の頭を悩ませているのは、最終日前日に誤発注で届いてしまった魚介類の消費だった。
 生もので日持ちがせず、加工しようにも限度があるそれらは、スラムへの物資供給として使用は難しい。そんな厄介な食材を前に、白羽の矢が立ったのが私だった。

 「という訳で、干物や味醂付け、西京漬けなんかを大量生産したわけなんだけど、それらに向かない一部の魚達を消費したいので、寿司を作ろうかと思うんだけど食べる?」
 「食べる!!!」

 体感にして三セベクくらいの声量で大きく頷いたユウちゃんと、そんなユウちゃんに若干引きながらも聞きなれない料理名に首を傾げるマブ達。あと気配で感じる聞き耳を立てているだろう一部の知人達。因みに現在昼時の食堂である。
 まさかこっちに来てお寿司が食べられるなんて、と感動の涙を溢すユウちゃんと、そんなユウちゃんの様子に、これは絶対美味しいものだと確信したらしいグリムくんが小躍りしている横で、フェルミエくんが、おすしってなんだべ、と首を傾げた。

 「簡単に言うと、生の魚介をビネガーと和えたライスと一緒に食べるもの。」
 「生魚…」
 「え、魚って生で食えるの?腹壊さない?」
 「え、食べないの!?魚生で食べないの!?」

 此処で弊害を生んだのがカルチャーショック。どうやらこのワンダーランドで魚介の生食は、それこそ人魚達くらいでその他の種族はあまり口にしないらしい。極東の地域では一部食べられているようだが、鎖国気質の彼等がその食文化を普及している訳もなく。
 今までユウの喜ぶ料理ってどれも当たりだったけど、今回はパスしようかな。そんな遠慮を見せるトラッポラくんを始め、あわよくばお裾分けを狙っていたらしい聞き耳を立てていた知人達もさっと視線を逸らし始めた。唯一とある一角から、小エビちゃんって実は人魚なんじゃね?という声が聞こえたが、全体的な評価としてはマイナス寄りのようだ。

 「…なるほど。そうすると現状食べられるのは私とユウちゃん、グリムくんくらいか。そこそこの量があるから、捌き切れるかな…」
 「因みにお寿司のネタってどんなのがあるの?」
 「メインは鮪。ソテーとかフライにする予定みたいだけど、それらに向かないトロの部分が大量に余っているらしい。後は子持ちの所為でムニエルなんかにもあまり出来なかったサーモンやイクラ、同じ理由で鰤もそこそこある。」
 「お高いものばかりじゃん…?」
 「ゴーストシェフ達から聞いたけど、あまり此方の人はトロや魚卵なんかは食べないらしい。」
 「勿体ない…」

 今だけはグリム並みの胃の容量が欲しい、と嘆くユウちゃんを見て、段々と興味を持ってきたのか、セベクくんがそれ程に美味なのか、と呟く。彼の好物はサーモンのカルパッチョらしいから、生食自体に大きな忌避感は無いようだ。
 まあ、今日の夕飯ここで作るから、気になるならおいで。セベクくんへそう言えば、うむ、と少し恥ずかしそうにしながらも頷いてくれた。どうやら食に興味を持ったことが少し恥ずかしかったらしい。


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 予めシェフ達に許可をもらって炊いておいた大量の白米を櫃に移して、寿司酢を振りかけながら手早く混ぜる。米が熱い内に寿司飯を作っているところで、お腹を空かせた様子のユウちゃんとグリム、それから興味に釣られてセベクくんがやってきた。
 手伝うよ、と言ってくれたユウちゃんに有難くテーブル拭きと配膳をお願いし、酢独特の香りに気付いたセベクくんが興味深そうに作成中の酢飯に視線を落とした。

 「ビネガーが入っているのか?」
 「そう。寿司飯の特徴だね。」
 「ライスとビネガー…合うのか?」
 「このビネガーは、ライスから作られているから、元は同じ原料なので問題ないよ。少し摘まんでみるかい?」

 スプーンで寿司飯をひと掬いしてセベクくんに差し出せば、スプーンを受け取るかと思ったが、まさかそのまま口に運ぶとは思わず一瞬虚を突かれる。そんな私を他所に、味を確認するため、普段よりもゆっくり咀嚼して香りや食感を確かめる彼の表情は、段々と喜色の色に染まっていく。どうやら口に合ったらしい。
 初めての味わいだが、中々に美味い。素直に感想を溢すセベクくんに、それは良かった、と返しながら最後の仕上げに取り掛かる。その際、目敏く気付いたグリムくんも大きな口を開けて近寄ってきたので、同じくスプーン一口分の寿司飯を食べさせてやった。

 「ビネガーの仄かな酸味とコクが、ライスの甘さを引き立てて、しっとりとした食感が最高に美味いんだゾ〜!」
 「ああ。それにビネガーにも甘さがあるな。」
 「砂糖を少し混ぜているからかな。」
 「成程。それでビネガー特有の強い刺激が和らいでいるのか。」

 食に関して並々ならぬ語彙力を発揮するグリムくんに、同意するセベクくんも納得するように一つ頷いて、やはり来て良かった、と恐らく辞退したのだろう他のマブ達へ、勿体ない事をしたな、とフフンと鼻を鳴らして笑った。
 そうして出来上がった酢飯はそこそこの重量で、運べない事は無かったが、ユウちゃんと同じく手伝いを買って出てくれたセベクくんに運んでもらい、食堂のテーブルの一角に即席の握り用カウンターが完成する。楽しみ、と期待の色を見せるユウちゃんが、出来上がった寿司飯とネタとなる綺麗に切り分けた魚介の写真を収めて、早速マジカメへとアップしていた。

 「さて。何から食べたい?」
 「「サーモン!」」
 「じゃあ俺様も!」

 珍しく声を揃えたユウちゃんとセベクくん、それに同調するグリムくんへサーモンを握り始める。本格的な寿司職人に比べれば素人の出来栄えであるが、長い海上生活でよく作っていた料理の一つでもあるため、手順に迷いはない。駄目元で購買部で尋ねてみた山葵も、少量であるが手に入ったのでユウちゃんの分にはそれもつけて。
 少し潰れた俵型に形成した寿司飯の上に山葵を軽く乗せたところで、その存在に気付いたセベクくんが、それは何だ、と首を傾げる。山葵に関する簡単な説明と、ほんの爪楊枝の先程度の味見を提供してやれば、唐辛子とは違う辛味に驚いたように眼を見開いていた。

 「山葵は無くても十分楽しめると思うけど、どうする?」
 「…俺様は、無い方がいいんだゾ。」
 「僕は少し欲しい。」
 「了解。」

 要望通りに作成したサーモン握りを二人と一匹の前の皿へと置いてやれば、また見慣れないその完成形にセベクくんとグリムくんが、ほぉ、と形を確かめるように、皿を持ち上げて色々な角度から覗き込んでいた。ユウちゃんも先程の写真に続いて此方もマジカメにアップしたようで、テーブルの上に置かれた彼女のスマートフォンが先程から沢山の通知を知らせるようにバイブレーションが止まらない。
 手掴みで醤油に少しつけて一口に食べたユウちゃんに倣って、同じように握りを一貫頬張った初めてコンビの顔が、先程の味見とは比べ物にならない程、喜色の色に染まっていく。サーモンの蕩ける油と酢飯の優しい甘酸っぱさ、醤油の塩味による引き締め、それらの相乗効果で最高に美味い、と相変わらずの食レポを見せるグリムくんは、もっと食べたいと、可愛らしく両手を挙げて催促してきた。

 「生魚は、それこそカルパッチョのようにサラダとして少し食べる程度しか経験が無かったが、ライスとの組み合わせが最高だな。主食としても十分だ。」
 「今回はお寿司だから寿司飯だけど、普通のライスを丼によそって、上に沢山の刺身を乗せて一気にかき込む海鮮丼なんかも美味しいよ!因みに次に頼む予定のイクラはおにぎりの具としても最高です!」
 「イクラ…サーモンの魚卵だな。パスタの上にほんの数粒添えられる程度のものかと思っていたが、主役になるのか…」

 という訳で次はイクラお願いします、というユウちゃんの要望に応え、イクラの軍艦を提供する。先程の握りとは違い、海苔で巻いている事にまた驚きを見せるセベクくんとグリムくんへ海苔についての簡単な説明をして、同じく一口で頬張ったそれに、キラキラと眼を輝かせる。
 プチプチと弾ける食感と、それからジュワッと染み出すイクラの旨味と醤油漬けの出汁が、パリパリの海苔としっとりとしたライスに合わさって最高のハーモニーを奏でているんだゾ。両手で頬を抑えながら嬉しそうにそう食レポをするグリムくんの事も、ユウちゃんはバッチリ動画に収めたらしい。早速それもマジカメにアップしていた。
 これは彼女のマジカメを見たマブ達を始め、面々が押しかけてくるだろうな。そんな私の予想通り、みんな来るって、とマジカメのコメント欄を見せてくるユウちゃんに、何だつまらんな、とセベクくんは少し残念そうに次の握りを頬張っていた。