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 バイパー先輩を要注意人物のブラックリストに登録したことで、他にもユウちゃんを付け狙う輩が現れるかもしれないと、早々に荷物を纏めて彼女の住まいであるオンボロ寮にお邪魔する事にした。防衛手段をグリムくんに頼り切るしかないユウちゃんとしても、私という存在の安心感があったようで、二つ返事で快諾してくれた事は有難い。
 あの時、魔法を使われた事は確かであるが、当事者しかそれを証明する手立てがなく、またすぐ近くにいた寮生達が何も知らないとなれば、立証は難しかろうと、表立って被害報告をする事は無かったが、それとなくクルーウェル先生へと事の次第を報告した。日頃のバイパー先輩がどのような生徒かは知らないが、驚いたように眼を見開く彼の様子から、普段から争いごとを率先して起こすような問題児タイプでは無かったのだろうと悟る。それが取り繕った仮面が見せる技なのか、単にユウちゃんという個人に対してのみ苛烈な感情を抱いた結果なのかは不明だが。
 いずれにせよ、そういった事情でユウちゃんとグリムくんのみで行動する事は危険だと判断した結果、私もオンボロ寮に一時的に滞在すること、此方も注意はするが、教職員が学園に滞在する際は、なるべく気にかけてやって欲しい事を依頼した。すぐにトレイン先生やバルガス先生に共有してくれたクルーウェル先生は、まだ出逢って数か月程度の私をそれなりに信頼してくれているようだった。

 「お義父さんがね。年末年始だけでも自宅で過ごさないかって、誘ってくれたの。」
 「へえ、それは良かったじゃないか。」
 「うん。それでね。りっちゃんも、もし良かったらって言ってくれて…どうかな?」
 「…いや、私は遠慮しておくよ。気にせずトレイン先生のお世話になっておいで。」

 そんな事があったからか、ユウちゃんと交流のある教職員が軒並み不在となる年末年始に、養父となったトレイン先生から誘いがあったらしい。ついでに同じく帰る場所が無い私にもお誘いをかけてくれたようだが、せっかくなら義親子水入らず、楽しい時間を過ごすのも悪くないだろう、とやんわり辞退すれば、その答えを予想していたらしいユウちゃんが、微苦笑を浮かべながら、そっか、と一つ頷いた。
 明日にはトレイン先生と共に、彼の自宅がある輝石の国へと行く事になったユウちゃんとグリムくんへ、お土産は期待しようかな、と空気を換えるために軽口を叩けば、乗ってくれた彼女も、お義父さんに、輝石の国の名菓をリサーチしておくね、と笑い返してくれた。


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 俺だって一番になりたかった。認められたかったと叫ぶバイパー先輩の背後には、ガラス瓶を被った化け物のような蛇が聳え立っており、彼自身も黒いインクに塗れたようにドロドロの衣装を纏っている。オーバーブロット。字面でのみ聞き覚えのあるそれが、現実のものとなった瞬間、強大な魔力が膨れ上がり、それは彼の生命を削り取って起こる魔力の大暴走だとか。
 事の次第はよく分らないが、どうやら謀反を企てたらしいバイパー先輩の計画が、どういうことかオクタヴィネル寮の三名にバレてしまい、開き直った結果の今らしい。まったくもってよく分らない。そして私がこの場に連行されている意味も分からない。
 トレイン先生と共に輝石の国へと向かったユウちゃんを見送り、私は早々に自室へと引き上げたのだが、家主がいなくなったことで、寮自体に細工を仕掛ける輩が出るやもしれないと、念には念を押して警邏という程では無いが、日々のランニングコースとしてオンボロ寮周辺を走る事にしたのだ。今日もそんな日々のとある一日で、オンボロ寮に異常が無い事を確認してから、自室に戻ろうとしたところで気まぐれなウツボの片割れに捕まった。
 何でも、アーシェングロット寮長の契約に対して、悪知恵を働かせて見事乗り切った手腕を見込んで協力して欲しいとか。随分な言われようであるが、わざわざ聞いてやる義理もないため普通にスルーしようとしたのだが、ダメなら小エビちゃんに連絡する、という脅しを噛ましてきたので致し方なく同伴したのだ。
 そこで長らく家同士で主従関係であった、バイパー先輩とアルアジーム寮長の関係に亀裂が入り、どうやらバイパー先輩がアルアジーム寮長を操って謀反を企てているとか何とか。メガネのブリッジを持ち上げながら、経緯をかなり掻い摘んでざっくりと説明したアーシェングロット寮長へは、はあ、と全く興味が無いという意思表示の相槌を返す。聞くところによると、ジャミルさんのユニーク魔法を退けたらしいじゃないですか。そう続ける彼へ、心当たりが無いわけではないが、確証もないので、何のことですかね、とスルーしようとしたのだが、何故かこの二人の関係修復に、並々ならぬヤル気を見せているオクタヴィネル三傑に通用するわけもなく。
 そうしてズルズルと引き摺られるままにスカラビア寮にお邪魔する事になり、そこでバイパー先輩の悪事を露呈させて、現在に至るという訳だ。

 「教職員が殆ど不在のホリデー期間中に、まさかオーバーブロットするとは…!」
 「…え、予想していなかったんですか?貴方達が引っ掻き回した結果だというのに?」
 「オーバーブロットなんて早々起こり得るものではありませんよ!」
 「常に最悪のケースを想定して動くのが常識だろ。でなければ唯の当たり屋ですよ。」
 「ええい!今はとにかくジャミルさんを止める事が最優先事項です!!」

 最悪の事態も考慮せずに一方的なお節介でこのザマとか本当に笑えない。しかしまだ未熟な学生が成す事と言われてしまえばそれまでだ。重たい溜息を一つ長く吐いてからマジカルペンを構える。どちらにせよアレを収めない事には、被害がどんどん拡大するだけで、問題解決にはならない。
 リツさんはジャミルさんを止める手立てがありますか、というリーチ先輩の問いかけに、彼の身の安全を保障しなくてもいいのであれば幾らでも、と返したところ、隣に立つアルアジーム寮長から、ジャミルの生命を救う事が絶対だ、と普段の朗らかな様子とは変わり、真剣な様子で釘を刺されてしまったので、生命を奪うどころか、五体満足でなければならないというハードモードに変更されてしまった。
 生命を取る事までとはいかずとも、例えば手足の一本や二本を犠牲にして強引に捻じ伏せる事が許可されるのならば、最短ルートでの解決となるのだが、それが厳禁とルール付けされてしまった今、如何に彼の被害を最小限に留めながらオーバーブロットを収束させるかを考えなければならない。

 「取り合えず、あの厄介な蛇から撃破しましょうか。バイパー先輩への攻撃は最小限、彼からの攻撃に関しては基本回避か防御に徹して下さい。」
 「軽々しく言ってくれるじゃありませんか。」
 「寮長クラスが二人もいながら、その程度のことも出来ないんですか?」
 「アハ〜、言ってくれるじゃん。後で絞めてやっからな。ソードテールちゃん。」

 敵の能力が如何程かを判断するために放った一撃は、背後の化け物に直撃するもあまりダメージにはなっていないようだった。しかしその攻撃の余波や影響をバイパー先輩が受けている印象もないため、あの化け物はバイパー先輩と直接的に繋がりは無いのだろう。あくまでマジカルペンに堪りきらなかったブロットが放出された結果の産物であり、バイパー先輩の意志で動かす事は出来ても、偶像であるそれに攻撃したところで、バイパー先輩への影響は殆どない。両名撃破が目標である場合、面倒な相手ではあるが、今回のミッションにおいては寧ろ好都合であった。
 様子見の一撃よりも強大な連撃を放ち、化け物が怯んだタイミングで一気に駆け出す。魔法で錬成した槍で敵のカウンター攻撃を弾き、バイパー先輩からの連撃は、援護射撃に回ってくれたアルアジーム寮長の防衛魔法に弾いて貰いながら、踏み込んだ足に覇気を纏わせて一気に跳躍する。優に三メートルは超えるだろう化け物の頭上まで跳躍して、落下の勢いに合わせて槍を思い切り突き通せば、頭部のガラス瓶が割れて、ブロットなのだろう、黒いインクのようなドロドロとした液体が零れ出す。

 「カリムさん!」
 「任せろ!『枯れない恵みオアシス・メイカー』!」

 アルアジーム寮長のユニーク魔法だという恵みの雨が、私や周囲に飛び散ったブロットを洗い流していく。予てより水は浄化の効果を持つ。対してブロットは不浄の塊。怯んだ化身へと錬成した槍を投げやりの要領で、武装色の覇気を纏った指銃に風魔法を加えて一気に放つ。以前マジフト大会にてやって見せたアレと同じもの。今回はディスクではなく槍だが。
 丁度化身の心臓部を貫いたことで、大絶叫と共に化身が爆発四散する。最後の足掻きと飛び散るブロットは、アーシェングロット寮長が広域に張った防衛魔法に弾かれ、そのまま恵みの雨と共に流れ去っていった。

 「ジャミル!」
 「急いで手当を。ジェイドは念のため、先生方へ連絡を入れて下さい。」

 力を失った事で意識を飛ばすバイパー先輩を支えるアルアジーム寮長と、的確に指示を出すアーシェングロット寮長。取り合えずひと段落着いた事で、どっと疲れが押し寄せて来たのか、もう無理、と愚痴を溢しながらリーチ先輩がその場に座り込んだ。
 寮内の建物や備品の防衛と避難に徹していた他の寮生達も、皆一堂にバイパー先輩の下へ駆け寄り、彼はそのままアルアジーム寮長と共に自室へと運ばれていく。アーシェングロット寮長はリーチ先輩と共に、宿直の先生への報告と、他の先生方への連絡のため席を外してしまったため、今この場に残るのは私と、気まぐれな方のリーチ先輩のみ。

 「ソードテールちゃん凄いねぇ。随分と戦い慣れしているみたいじゃん。」
 「…そういう職に就いていたので。」
 「戦う専門って事?ナニ、どっかのお国の衛兵とか〜?」
 「まあ、そんなところです。」

 さして興味はないのか、そっかぁ、と相槌を一つだけ返すなり、その場で寝転んだリーチ先輩を横目に、ウェアに付着した汚れを出来るだけ手で払い落してから、寮の外へと続く鏡の方へと歩を進める。特に引き留めてくる様子も無かったので、これで解散でいいのだろう。勝手にそう結論付けて、早々にスカラビア寮を後にした。