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 魔法を使うという事は、随分と体力を使うものらしく、スカラビア寮での騒動がひと段落着いてから数日間は泥のように眠っていた。突然魔力があって魔法が使えるようになったから、身体がその負荷にまだ耐えられるようになっていなかったらしい。今までぼんやりとしか意識していなかったマジカルペンに溜まるブロットを見たところ、今までに無いほど黄色の宝石が黒ずんでいた。危うくバイパー先輩の二の舞を踏む事になるところだった。
 ところでホリデー期間中は人が少なくなるため、防犯上闇の鏡、及び各寮へと続く鏡は基本閉鎖される。闇の鏡は完全に閉鎖となるが、各寮へ通ずる鏡に関しては、ホリデー期間中も学園に滞在する生徒が一定数いる場合、その限りではない。今回、オクタヴィネル寮とスカラビア寮は寮生の大半が残っているため特に制限は設けられなかったが、我が寮サバナクローは私一人のみという事もあり、防犯装置が適用された。簡単に言えば、寮へ通ずる鏡の鍵を私が管理する事が出来るようになったのだ。つまり私が鍵を閉じてしまえば、外部からサバナクロー寮に入る事が出来なくなる。
 わざわざホリデー期間中に他寮へ押しかけてくる者等いないだろう、と思っていたが、先のスカラビア寮に対するオクタヴィネル寮の行動を見てその考えを改めた。そのためこの数日間は何人たりとも侵入を許可しないよう完全に鏡を閉鎖していたのだ。普段集団生活を余儀なくされているから、一人の時間というのは実に心地良かった。
 さて何故こんな話をしたかと言えば、体調も平時と同様まで回復したところで空腹感に襲われ、食料を手に入れようと食堂へ足を運んだ時の事。此方を視認するなり血相を変えて駆け寄ってくるオクタヴィネル寮の三傑とスカラビア寮の主従コンビがいたからである。あんな鬼の形相で追いかけられたら、そら此方としても咄嗟に逃げの一択になってしまうのは致し方無いだろう。

 「どうして何も言わずに帰るんだ!しかも寮への鏡も閉ざして!中で倒れているんじゃないかと、どれだけ心配したと思っているんです!!」
 「この間のお詫びも兼ねて、スカラビアで宴をやる予定なんだ。リツも来てくれよ。な?」

 暗に心配したと声を荒げるアーシェングロット寮長と、のんびりマイペースに宴に誘ってくるアルアジーム寮長。そしてそんな二人を後ろで静観する各寮生。控えめに言ってカオスだが、いちいち付き合ってやる義理もないので、アーシェングロット寮長へは適当な相槌の返事だけをして、アルアジーム寮長へはキッパリとお断りの返事をした。
 食堂内に備蓄されている食材の幾つかを入手したところで、陸上の食に多大なる興味関心を抱いているらしいリーチ兄弟の眼がキラリと光った。何を作るのか、どんな料理なのか、俺私達にも食べさせて欲しい、と途端に喧しくなった双子も適当にあしらって基本スルー。先の前科があるため、リーチ兄弟程グイグイ来る事は無かったが、普段からアルアジーム寮長の食事の世話をしているバイパー先輩も、興味深そうに此方を観察していた。

 「ねえねえ、ソードテールちゃん。この間カニちゃんがマジカメに上げていたたこ焼き作ってよぉ。」
 「先日のお寿司もとても美味しかったですし、是非他の料理も食べてみたいです。」
 「俺はジャミルの料理以外食べられないけど、みんなで食べたらきっともっと美味いぜ!」
 「前回は機会を逃して食べられなかったからな。スカラビアのキッチンを貸すぞ?」
 「行かないと言っているでしょう。宴でもパーティーでも其方で勝手にやって下さい。」

 断っても食い下がる面倒な先輩達を振り払って、早々に寮へ通ずる鏡を潜る。リーチ兄弟が後に続こうとしてきたが、その前に接続を遮断したので、強かにガラス面に顔面を強打している事だろう。知った事じゃないが。


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 年が明けて早々に学園に戻ってきたユウちゃんから、いっぱい心配したんだよ、と半泣きで抱き着かれてしまい、一緒に帰ってきたトレイン先生を通じて今回のスカラビア騒動を知ったのだと察する。怪我もなく問題ないよ、と頭を撫でて宥めるが、何かあってからじゃ遅いの、と更にお叱りを受ける事となってしまった。
 ユウちゃんに遅れて新年一発目の出勤となったクルーウェル先生からも、何かあった時は遠慮せず直ぐに連絡しろと言っただろうが。顧問として、また一年の担当教諭として軽いお叱りを受けてしまったが、関係各所への連絡はアーシェングロット寮長達が迅速に行っていたため、不要だと判断したまでだ、と反論したところ、バッボーイ、とデコピンを喰らう羽目になった。余計なことを言わなければ良かった。
 そんなこんなで長いような短いようなウインターホリデーは終了し、新学期がスタートした。因みにユウちゃん伝手で他のマブ達にも情報共有されたらしく、帰って来るなり早々、ジャックくんの過保護力がカンストしてしまっていたが、まあ慣れてしまえばなんて事はないので、基本はスルーの方向で。相変わらずキングスカラー寮長とブッチ先輩が微妙な顔をしていたが。

 「お前を独りにしておくと、碌な事が起こらないから、次のホリデーはウチで過ごせ。家族には話を付けておく。」
 「え。」
 「本当はウインターホリデーも誘うつもりだったんだが、家族に前もって許可も得ていなかったし、お前も残る気みたいだったから遠慮したが、その結果のコレだからな。」
 「え。」

 生真面目であまり慣れ合わない心情の筈のジャックくんから齎された言葉に、スルーするつもりだったのに思わず立ち止まってしまった。これは過保護どころの騒ぎでは無くなっているのではないか、とジャックくんを見遣れば、真顔に少しだけハイライトが薄まっているような気がしなくもない。冗談とかの類ではない、という事だけは確定だった。
 まあ、うん。またホリデーが近くなったら追々ね。完全に否定する事も肯定する事も面倒な結果になると、培われた経験上、本能がそう警鐘を鳴らしたので、曖昧な返答で話題を流した。段々とジャックくんの過保護力が、向こうの上司と同じベクトルになりつつある気がするのだが、気のせいだと思いたい。
 因みにその後、何処からこの話題を聞きつけたのか、ジャックの処じゃなくて僕の処でもいいぞ、と同じような目でセベクくんからも詰め寄られかけてしまったのだが、これも何とか藪蛇に持ち込む事に成功したため省略とする。


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 ビーンズデーという単語を聞いて、豆撒き的なイベントなのかと想像していたが、実際は全学年合同のバトルロイヤル的なイベントだと知り、途端に面倒臭い気配が漂い始める。担任の話によれば、毎年この時期に行われるツイステットワンダーランドの伝統行事であり、勝者チームには成績で加点されるとか。別に加点が無くても十分それなりの成績を収められているから、欠席では駄目だろうか。そんな考えを持つ者は私だけではなかったようで、因みに正当な理由なく不参加となった者には、それなりの補習や減点対象となるから気を付けるように、と先手を打つように担任から釘を刺されてしまった。
 チーム振り分けをこれから配布する、という担任の言葉に配られたプリントを確認すれば、農民チーム側に名前を見つけた。つまり怪物に豆を当てながら琴を奪う役職。どちらの役職についても、基本的に一定場所に留まると敵側から狙われる事になるため、逃げ続けなければならない。つまり参加する以上、ある程度の労力は必須となる。まあ、さっさと敵側に捕獲されてしまえば良い話だが。

 「僕は怪物側…リツは農民か。互いにいい勝負になる事を期待する。」
 「…そうだね。」

 やる気十分というセベクくんのこの表情を見せられては、手を抜いてさっさと一抜けとかは出来そうにない。恐らく平然とそれを遣って退けるのはウチの寮長様くらいだろう。同等の怠惰っぷりと烙印を押されるのも癪だし、今回のこの伝統行事は過去の経験から魔法は一切使用禁止であるらしいから、きっと彼女もやる気を見せるに違いない。
 相変わらずマブと称した彼等に甘い自分に、少しだけ苦い笑みを内心で溢しつつ、三日後に控えるその一大イベントへと思いを馳せるのだった。


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 ユウちゃんがダイヤモンド先輩やリーチ先輩とチームを組んで行動している事には気付いていた。機転を利かしながら、意外と小回りが利いてすばしっこいユウちゃんも、どうやら最終局面まで無事に生き残っているらしい。
 残り時間も僅か。魔法の使用禁止の条件に触れないために武装色の覇気や六式は使えないが、見聞色の覇気は周囲にバレるモノでもないから存分に活用して、何とか私も逃げきっている。相手に気付かれずに豆を当てる事は容易いが、如何せん豆の残数がかなり心許ないのだ。農民側の方が人数比で多いため致し方のない事であるが、個人としてはどうにもやりにくい。
 琴が置かれているコロシアムに見つからないよう忍び込めば、その琴の前に立つ人影が一つ———ジャックくんの姿と、正に正面切って突入してきたダイヤモンド先輩を視認する。ユウちゃんの姿は無いが、先の作戦会議を盗み聞いた通りであれば、今頃豆粒程度の大きさになってジャックくんの眼を欺いている事だろう。
 幾らかの交戦を経て、まずダイヤモンド先輩が討ち取られる。ユウちゃんが攪乱している隙に琴を狙おうと、隠れていたコロシアムの客席から一気に場内へ飛び下りた。驚いたように眼を見開くダイヤモンド先輩を横目に流しつつ、琴へ向けて駆け出し目標へと手を伸ばしたその瞬間。

 「絶対お前ならこのタイミングで来ると思っていたぜ、リツ!!」
 「な…っ!?」
 「りっちゃんごめーん!」

 ユウちゃんにターゲットを定めていた筈のジャックくんが、その高い身体能力をフルに利用して、早々にマジックハンドでユウちゃんを捕獲したかと思えば、そのグローブを即座に脱ぎ捨て、勢いを殺さぬまま此方へ狙いを定めてきた。彼の瞬発力と距離、私の琴までの距離を即座に計算して、捨て身で前方へと飛び込んだ、が。
 背後から覆い被さってくる重量に思わず舌打ちをする。精一杯伸ばした右腕の指先が、ギリギリ琴に届いていない。対してジャックくんは完全に私の上に伸し掛かっている状態。つまり。

 「制限時間ゼロ。よって勝者は怪物チーム!」

 審判役のバルガス先生が拡声魔法を使って、学園全体に競技終了の合図を宣言する。あと数センチどころか数ミリ。僅かに届かなかった琴を前に、ガックリと身体の力を落とせば、頭上に影が降りてくる。視線を持ち上げた先に、汗を伝わせながらも、勝利した興奮から随分と悪い笑みを浮かべるジャックくんの姿。以前からかなり高い身体能力とポテンシャルを感じていた彼だったが、まさか此処までとは。ユウちゃんが攪乱してくれていた事で、大分時間稼ぎになっていたと思っていたのに。自身の計算と身体能力が劣った結果であるだけに非常に悔しい。
 俺の読みが勝ったな。勝ち切った表情を浮かべながらも、流石に連続で全力疾走をしていたから、疲れたように崩れ落ちてくるジャックくんの重量が再び襲ってきて、思わず、うぐ、と呻き声が漏れた。筋肉質で上背もある彼はそれなりに重たいのだ。

 「あーん…絶対勝てたと思ったのにぃ…!」
 「ふなぁぁっ、悔しいんだぞー!!」
 「…ユウちゃんとグリちゃんのこの反応って事は、リツちゃんが来る事も作戦だったってこと!?」
 「作戦とか何にも無かったですけど、りっちゃんなら絶対来るだろうな、とは思っていました!まあ、ジャックもそれを予想していたみたいで、即座に反応されちゃったんですけどね。」
 「リツの性格なら絶対そうすると思ったからな。」
 「リツの事を良く知っているのはジャックも同じだったんだゾ…」
 「ええぇぇ…けーくんだけ何も分かっていなかったの、ちょっと恥ずかしいんですけど〜…」

 悔しそうに地団太を踏むグリムくんを抱えながら、私達の直ぐ傍に腰を下ろしたユウちゃんも、それにしても悔しい〜、とジャックくんの上に上体を凭れさせたせいで、余計に負荷が加わる。そこは凭れるのではなく助けて欲しいのだが。ジャックくんも何故甘んじて受け入れたんだ。一番下の私の負荷を考えて欲しい。
 今回は一年生ちゃん達の仲良しっぷりが敗因か〜、と肩を竦めながらもちゃっかり写真を撮ってきたダイヤモンド先輩に、視線で助けを求めたが、ニッコリと意味あり気な笑みを浮かべるだけで助けてくれる気配は全くない。

 「#ハッピービーンズデー、#負けて悔しい、#でも一年生ちゃん達可愛すぎ、#仲良しサンドウィッチ、と。きっとこれ見たらエーデュースちゃん達もこっち来ると思うよ。」
 「ケイト先輩、この写真保存しても良いですか?」
 「モチモチ!ついでにあと数枚撮ったから、そっちも送るね!」
 「いや、写真交換する前にいい加減退いて欲しいんだけど?」
 「悔しいからもうちょっとサンドウィッチしてやる〜」
 「何で???」
 「はぁ。流石に疲れたな…」
 「いや、君も平然と私の上で寛ぐの止めよう?」

 ニマニマと悪戯っ子のような笑みを浮かべるユウちゃんと、完全に人の上で脱力するジャックくんに溜息を溢しつつ、仲良しさんだね、と未だ笑いながらとうとう動画まで撮り始めたダイヤモンド先輩に軽い殺意を覚えた。見聞色の覇気で聞こえてきた複数名の足音に、これ以上負荷を掛けられたら堪ったモンじゃないと、腕力と背筋で上に居座る二人をひっくり返す。ベシャっと二人が地面に崩れ落ちたが知った事じゃない。
 直ぐに駆けつけてきた残りのマブ達を代表して、トラッポラくんが、俺達も更に上から乗ってやろうと思ったのに、と宣ってきたので、腹いせと八つ当たりとして足を払ってユウちゃんの隣に転がしてやった。すぐさま状況を把握したユウちゃんとデュースくんが彼の上に伸し掛かった事で、#仲良しサンドウィッチVer.2、とダイヤモンド先輩がもう一枚マジカメに投稿し、何故か先の投稿と合わせてナイトレイヴンカレッジ内で拡散されていったらしい。