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 全国魔法史養成学校総合文化祭が毎年この時期に開催され、その中でも音楽発表部門のボーカルダンスチャンピオンシップ、通称VDCが最も注目を浴びる祭典らしい。今年はこのVDCがナイトレイヴンカレッジにて開催される事となり、更には今や二大俳優と呼ばれているヴィル・シェーンハイト、ネージュ・リュバンシェも参加するという事で、メディアは挙ってこの一大イベントを取り上げ盛り上げを見せていた。
 ユウちゃんからこの話を聞き、最近寮内外問わず歌やダンスに励む生徒がチラホラ見えるようになった要因を悟る。ラブソングが主流で、ハッピーエンドこそ至高とするこのワンダーランドでは珍しく、捻くれ者が多いこの学園の生徒達も、やはり王道は王道として受けが大変宜しいらしい。

 「それで、学園長からそのVDCメンバーの合宿?を行うから、オンボロ寮を貸し出せって言われて…」
 「待った。」
 「あ、大丈夫!話を聞いたヴィル先輩が、女の子が暮らす処に押し込むとはどういう了見だって怒ってくれたから。」
 「…まあ、貴女がそれで納得したなら良いけど…」

 本来であるならば、そもそんな提案をしてきたあの学園長を、今度こそ社会的に抹殺するくらいの対応を取っても良いような気がするが、彼女自身が気にしていないというならば、これ以上根掘り葉掘り深堀する必要もない。
 それでね、マネージャーをしてくれないかってヴィル先輩から頼まれて。本題なのだろう話に切り替えたユウちゃんは、それから両手を合わせて合掌するような形を取ったかと思えば、上目遣いでチラリと此方を見つめてきた。

 「カロリーが低めで栄養価の高い食事とか…りっちゃん、そういうの得意だったりする?」
 「プロの栄養管理士という訳じゃないから得意とは言い切れないけど…まあ、一般的な知識ならある程度は。」
 「合宿中のご飯、お願いできないかな?ヴィル先輩からも頼まれてて!」

 実はVDC出場メンバーにハーツラビュルコンビことトラッポラくんとスペードくん、そしてフェルミエくんが参加するらしく、彼等が音を上げないヘルシーだけど美味しく、そして満腹感を味わえるものを作ってやりたいのだと、そう懇願するユウちゃんに、彼女も大概マブと呼ぶ彼等に甘いな、と微苦笑を漏らす。私も人の事を言えない自覚がある。そして彼女もまた、私から言えば甘くなってしまうマブの一人で。
 そういう事なら、協力するよ。快諾する私の返答に、ぱあっと喜色の笑みを浮かべるユウちゃんは、ありがとう、と早速これからの予定に関するスケジュール表を見せてきた。用意周到なこの様子から、断られる結果を考慮していなかったのだろう。無意識の可愛らしいあざとさに、学園内で紅一点として人気が出る所以を見た気がした。


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 低カロリーでいて、満足感も味わえるもの。その条件をクリアするとなると、自然と使用される食材やメニューは、ユウちゃんや私の世界に馴染みが深いものとなるだろう。購買部で購入したこんにゃくや鶏肉、自家製の豆腐や野菜類を並べた簡易キッチンで腕組をしつつ献立を考える。
 紳士なシェーンハイト寮長の異議申し立てにより、VDC合宿は体育館を貸し切って行われる事になった。因みに体育館を貸切るにあたってその許可申請を行った際、事情を聴いたクルーウェル先生の鞭が、学園長の尻に華麗に叩き込まれていたが完全な余談である。
 そして無事貸切となった体育館の一角、元は給湯室とも呼べないようなほんの些細な水回りがある程度の一室を、空間拡張魔法等により簡易キッチンとしたのだ。因みに拡張してくれたのは、これまたクルーウェル先生。対価は合宿中に提供した料理のお裾分け。生徒から対価を強請る教師とはこれ如何に。しかし代わりと言っては何だが、簡易キッチンと言いつつもオーブンやその他調理機材も充実させて貰えたので、これもまた等価交換という事なのだろう。私にはまったくの利益が無いが、そも今回のこれはボランティアであるため致し方ない。

 「それで、今日の晩飯はどうするんだ?」
 「…チキングリルかな。胸肉だから低カロリーだし、一緒に野菜もグリルにしてしまえば、栄養面でも十分だろうし。」
 「ん。じゃあ、俺は野菜切るぞ。」
 「ありがとう。」

 何故ここにジャックくんがいるのかは聞いてはいけない。敢えて言うならば、お手伝いする代わりにお零れ頂戴シェアハピしようぜ。所謂いつものである。
 最初こそ、VDC出場メンバーのマブ達も彼の登場に、何故?と首を傾げていたが、私の後を追ってキッチンに入っていく姿を見た途端、生温かい笑みに変わったのだからお察しだろう。私とジャックくんが一緒に行動すると、二人ばかりガルガルクルクル言いながら後を追ってくるのだが、今回はボランティア活動だし、働かざる者食うべからず、とユウちゃんからド正論をぶち込まれた為、悔しそうにしつつも自寮へと帰っていった。一緒になって手伝うという考えは端から彼等にはないらしい。
 プロ意識が高く、かなり厳しいシェーンハイト寮長の指導にヒイコラ悲鳴を上げつつも、ユウちゃんの応援にも応えるべく必死に喰らいつくマブ達をBGMに、早速メインである鶏胸肉を切り分ける。隣でジャックくんも同様に作業を開始し始めた。

 「ズッキーニとパプリカ、それからキャロットはグリルするんだよな?ブロッコリーはどうするんだ?」
 「ポタージュにする。」
 「生クリームって結構カロリー高いんじゃねぇのか?」
 「生クリームは使わない。代わりにこっちね。」

 自家製大豆から作った豆乳を見せれば、見慣れない食材らしく、ジャックくんは匂いを嗅ぎながら小首を傾げる。豆乳について軽い説明をしてやれば、合点が言ったように一つ頷いた。ゆるりと動く彼の尻尾の様子からも、出来上がりが楽しみな様子が伺えて、相変わらず可愛らしいその一面にこっちも自然と頬が緩む。
 主菜と副菜、それからスープがある程度整ったところで、吸水を終えた雑穀米の入る鍋に火をかける。その頃には、悲鳴を上げつつも何とか喰らいついていた厳しいレッスンも終わりに差し掛かっているようだった。


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 テーブルに並べた品々に、レッスンを終えてヘトヘトの身体を引きずりつつ、シャワーを浴びてきたマブ達が一堂にサムズアップするくらいには好評を得られた。やはり疲れた後の肉料理は成長期真っ只中の食べ盛りには嬉しいらしい。

 「随分とメニューが沢山ね。カロリー的には平気なの?」
 「此方が各メニューのカロリーと栄養価の内訳です。」
 「…うそ、これだけのボリュームでこのカロリー!?それにこれ、ポタージュよね?それなのに生クリーム不使用って…」
 「まあ、冷めないうちにお召し上がりください。」

 わーい、と両手を挙げて喜ぶマブ達に、ボーテ、とよく分らないが称賛を送ってくれたのだろうハント副寮長に続き、スカラビアの主従も席に着く。アルアジーム寮長の食事に関しては、事前にバイパー副寮長を含め両名から了承を貰っているため、今回のみ特例で私の料理を食べる事となっている。元よりアルアジーム寮長の食事に関しては服毒を警戒しての事のため、君ならば問題ないだろう、とバイパー先輩も特に心配した様子はないらしい。この二人からも先のホリデーを経て随分と信頼頂けているようだ。
 さて見た目とカロリー的に合格は得ても、料理の大前提となるのは味。しかしそれも、すっかり私の料理に信頼を置いて頂いている先輩達は、特に訝しむ事も無く、ユウちゃんの食前の挨拶に倣うように手を合わせて早々に各々食事を開始した。

 「ん〜!さっぱりしているのにジューシーで柔らかい!」
 「合宿期間中は肉諦めていたのに…リツサン、ほんとありがとう…!」
 「此方のポタージュは、確か生クリームを使用していないんだったな。それなのにこのコク…代用したものは何だ?」
 「豆乳ですね。」
 「トーニュー…?」
 「大豆を濾したものです。」
 「ダイズ…確か、不屈の革命者レヴォリュショネが温室で育てていたビーンズだね。」

 ミソやエダマメにも驚いたが、これもまたあのダイズから出来ているとは、と驚くハント先輩の私の呼び方に、ユウちゃんは、れぼ…?と聞き取れなかったようで首を傾げていたが、正直ちょっと痛々しい渾名なので即刻辞めて欲しい身からすれば、覚えて頂かなくて全く問題ないため、スルーした。いや、海軍が付ける通り名も中々な痛々しさを含むものも多いけど。
 そしてこのメンバーなら一番ネックであろうシェーンハイト寮長へ視線を送ったところ、一通りのメニューに口を付けたのだろう、驚愕が大きかったのか固まっていた。マナーや美醜を拘る彼にしては非常に珍しい光景らしく、対面に座るフェルミエくんも、恐る恐るヴィルサン?と呼びかけていた。

 「…ごめんなさい。あまりにも美味しかったから。この味で、このボリューム、なのにあのカロリー…未だに信じられないわ。」
 「野菜は当然ながら、胸肉も豆乳も低カロリー高タンパクとして有名な食材です。ライスも通常の白米ではなく雑穀米にすることで栄養価アップ、低糖質にしています。その結果ですね。」
 「雑穀って事は、他の穀物を入れているって事よね?例えば?」
 「代表的なのはハト麦。あとは、キビやアワなどです。」
 「どれも化粧水なんかにも使われるヤツじゃない…!」
 「ええ、なので美容効果もあると言われています。」

 そこまで聞いたシェーンハイト寮長が引っ繰り返った。文字通り椅子から。ヴィルサン!?やら毒の君!?といった悲鳴が上がったが、ジャックくんの手を借りて身体を起こした彼は、わなわなと震えながら、何故か此方をキッと睨み付けてくる。この流れ、いつかのクルーウェル先生の時とそっくりだ。
 アンタ、アタシの専属料理人になるつもりはない?訊ねておきながら、逃がすつもりはない、とでも言うようにギラギラとした眼を送ってくるシェーンハイト寮長に、内心で溜息を吐きながらも答えは当然ノー。ギャラは弾むわよ、と更なる交渉を持ちかけてこようとするが、そも誰かの料理人になる気も、誰かの食事の面倒を見てやる気も無いため、須らくノー。

 「何が不満なのよ。」
 「貴方が、というより、誰の下にも就く気はないので。」
 「りっちゃんは、私達の大事なマブなので、ヴィル先輩にはあげません!」
 「そうだゾ!俺様達の料理係なんだからな!」
 「く…っ、一年生ばかり美味しい思いするのは、狡いじゃない!」
 「別に公平性は求めていないです。」

 またもやデジャヴを感じさせる会話に、とうとう堪え切れなかった溜息が口をついて出た。なら俺の処に、と立候補しようとしていたアルアジーム寮長と、虎視眈々と狙う視線を向けてくるバイパー先輩も、当然ながらスルーである。