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 そんなこんなで早四週間。最初こそダメ出しのオンパレードだったマブ達も、シェーンハイト寮長の納得のいく結果を出しているらしく、メキメキと成長目覚ましい。特にメインボーカルに抜擢されたフェルミエくんの歌唱力は、素人目の私でもその成長具合に驚いた程だ。元より協調性が薄く、反比例してプライドがバカ高いナイトレイヴンカレッジ生であるため、順風満帆とは言い難いが、ユウちゃんの持ち前の猛獣遣い監督生としての一面やカウンセリングよしよしタイムの使い分けも遺憾なく発揮された事により、大きな問題は起こらなかった。
 そうしてとうとうVDC当日。直前リハーサルで出場校同士の通し練習が行われるらしく、出場校のロイヤルソードアカデミーの曲は、当然ながら私には馴染みの無いものだったが、シェーンハイト寮長の言葉を借りるなら伝統的な曲らしい。驚愕の色を見せつつ、やられた、と溢す彼の顔色は異常な暗さを潜ませている。ユウちゃんも彼の変貌に気付いたようで、控室に戻る後を追っていった。

 「ヴィルさん、顔色悪かったな…」
 「みんなでヤッホー、だっけ?有名な曲なの?」
 「昔から知られている曲だな。子供向けの番組とかでもよく歌われている。」
 「へえ。伝統を重んじた面で不利を感じたのか…?」
 「…いや、あれは、どっちかっていうと、」

 言い淀むジャックくんの言葉を待っていたところで、ぶなぁ、と半泣きの様子で慌てたように此方に駆け寄ってくるグリムくんが現れる。確かユウちゃんと一緒にシェーンハイト寮長の後を追ったはずなのに、ユウちゃんは戻らず彼一匹が戻ってきた、という事は、彼女の身に何かあった可能性がある。トラッポラくんやスペードくんに泣きつくグリムくんの下へ急いで駆け寄れば、ヴィルが泣いてユウがあのボーテ男投げ飛ばして、とにかくヤベーんだぞ!と支離滅裂になりながらも必死に事情を伝えてくる。
 シェーンハイト寮長が泣いた事にも十分驚きだが、ハント先輩を投げ飛ばすユウちゃん、とは?思わずジャックくんへ視線を送れば、彼も予想外過ぎるそのワードに宇宙を背負っていた。とにかく来て欲しいんだゾ、とズボンの裾を引っ張ってくるグリムくんを抱き上げ、現場となる控室へと駆けつければ、一言へ言えばカオスが広がっていた。

 「…何事。」
 「あ、りっちゃん。ちょっとルーク先輩締め上げるの手伝って欲しいんだけど。」
 「また貴女はハイライトを何処に飛ばしてきたんだ…というか、何故ハント先輩を?」
 「裏切者には罰を。当然じゃない?」
 「裏切りとは…」
 「ヴィルさん、大丈夫っすか?」

 床に座り込んでハラハラと涙を溢すシェーンハイト寮長に、ハント先輩へコブラツイストを決めている、双眸のハイライトを消したユウちゃん。支離滅裂だと思っていたグリムくんの報告通り過ぎて、此方も思わず遠い眼になる。幼馴染だが、泣くほど弱った姿を見た事が無かったらしいジャックくんは、慌ててシェーンハイト寮長へと駆け寄り、そっとハンカチを差し出していた。
 とりあえず説明を、とユウちゃんへ事情を伺えば、ロイヤルソードアカデミー———厳密に言えば、ルージュ・リュバンシェの発表を見たシェーンハイト寮長が、長年のトラウマも生じて負けを確信してしまい、咄嗟にルージュ・リュバンシェが出場出来ない状況下を作ってしまえば良いのでは、と魔が差してしまったらしい。リンゴジュースに自身のユニーク魔法である呪いをかけた処を、心配で後を追ったユウちゃんに捕まり、安定のカウンセリングよしよしタイムを行っていたところで、同じく控室に戻ってきたハント先輩から衝撃の事実を告げられたという。

 「それが、ハント先輩が実はルージュ・リュバンシェのファンクラブ会員だったって事?」
 「しかも会員2だよ。つまりファンクラブが発足して二番目に加入していたってこと。」
 「…まあ、趣味や好みは個人の自由だろうし…」
 「甘いよ、りっちゃん。この会員bゥら察するに、ルーク先輩はルージュガチ勢。つまり、今回の発表会の投票も、ヴィル先輩率いるチームマブじゃなくて、ロイソに入れるつもりだったんだよ。そうに違いない。」
 「いや、そこまで決まったとは…」
 「あとチームマブじゃなくて、一応俺とジャミルもいるからな〜!」
 「…俺だってメインボーカルなのに…」

 違う方向で落ち込む熱砂主従は一旦脇に置き、曲解を始めるユウちゃんを宥めるべく先ずは、その身長差とパワー差でどうやって繰り出しているんだ、とツッコミたくなるコブラツイストを解かせる。真っ青になっているハント先輩の顔を見て欲しい。しかし、意外な事に、彼女の言葉は的を得ていたようで、シェーンハイト寮長と同じくその場に座り込んだハント先輩は、普段の飄々とした態度とは打って変わり、顔面蒼白の様子で、トリックスターの言う通りだ、と白状し始めた。
 発表会本番の投票は、NRCではなくRSAに入れるつもりだった。ポツリと語ったハント先輩へ、今度はラリアットが喰らわされる。先程からユウちゃんの物理攻撃の威力が尋常じゃない。火事場の馬鹿力だの窮鼠猫を噛むだのの騒ぎではない。そして真実を聞くや否や更にハラハラと涙を溢すシェーンハイト寮長も異常事態である。

 「アタシだって…アタシだってネージュみたいに輝きたかったのに!最後まで舞台の上にいたいのに!何時だってアタシは悪役で、脇役で途中退場!主役になんてなれない…っ!」
 「…いや、それが貴方の本音なんでしょうけど、ハント先輩の自白との関連性が見えない。」
 「あれだけアタシの事を世界一美しいとか言っておきながら、やっぱりアンタだってネージュが一番なんじゃない!!」
 「ヴィル、それは…!」
 「裏切者は黙ってろ。」

 ラリアットからの寝技で決めるユウちゃんは、文字通り短い悲鳴と共に撃沈したハント先輩を放り捨てて、シェーンハイト寮長の傍へと駆け寄る。分かっていた事なのに、それでも諦めきれなくて喰らいついて、誰よりも美しくあろうと努力して、それなのにたったこの一瞬で誰よりも醜い行いをしようとした自分が許せない。恐らく彼は、魔が差した時の己の感情を差しているのだろう。それに対しユウちゃんは、そんなこと言ったら私なんて、ヴィル先輩に顔向けできないくらいのドブスですよ、とその背を撫でながら宥め始める。

 「グリムやエース達を見る度に、私も魔法が使えたら良かったのになって勝手に僻む事もあるし、マジカメで可愛い女の子の写真とか見ると、どうせ恵まれて育ったんだろうなぁ、とか醜い感情を持つ事もあります。それをたった一瞬、ちょっと魔が差しちゃったくらいで許せないなんて、そんなのあまりにもヴィル先輩が可哀想です。」
 「でも、」
 「ヴィル先輩。ヴィル先輩はとても美しくて、ストイックで、誰よりも真摯で真っすぐな人です。貴方からすれば、貴方の先程の行いは赦しがたかったのかもしれません。でも貴方も人間なんです。ロボットやお人形じゃないんです。嫉妬とかそういった負の感情も、ヴィル先輩がヴィル・シェーンハイトとして生きていく上で、抱いて当然の感情なんです。」

 何でもヘラヘラ笑って許して、何の妬みも嫉みも無く生きていく人間に、向上心なんて持ち合わせる訳が無い。誰よりも高みを目指し、一番を目指し、そうして自分が納得する自分を目指す。そんな直向きな貴方だからこそ、抱いて当然の感情であり、そしてそれを良くない事だと律せる貴方は十分に気高く美しく、孤高の人なんですよ。ハント先輩への絶対零度の眼差しとは違い、力強い双眸で一心にシェーンハイト寮長を見つめるユウちゃん。そしてそんな彼女に同意するように、強く頷いて、此処で負けを認めて逃げるなんざ、ヴィルさんらしくねぇ、と鼓舞するジャックくん。
 自己肯定感爆上がりよしよしセラピーコンビからの叱咤激励を受けたシェーンハイト寮長も、段々とその美しい双眸に光を宿らせ始めた。

 「そう…そう、よね。此処で立ち止まるなんて、アタシらしくなかったわ。ジャック、それにユウ。…ありがとう。」
 「えへへ。やっぱりヴィル先輩はカッコ良くて美しくて、とーっても素敵な世界一の女王様です!」
 「ああ、やっぱりヴィルさんはカッコイイな。」

 カオスが繰り広げられたかと思えば、スポ根精神逞しく立ち上がるシェーンハイト寮長。これは無事解決という事で宜しいのだろうか。そっと成り行きを見守っていた熱砂主従へと視線を向ければ、片方は、解決して良かったな、と朗らかに笑い、もう一人は私と同じような顔で黙って首を横に振っていた。俺に振るな、という意味らしい。
 メイクも衣装も整えて、本番頑張りましょう。マネージャーらしい応援と共にシェーンハイト寮長を立ち上がらせたユウちゃんは、恐らくその脇で撃沈するハント先輩の事など最早視界に入っていないのだろう。
 一度敵と見做した奴には容赦ねぇんだゾ、とわなわな震えるグリムくんと同じく、一度敵判定をされてイソギンチャクの件で同じ絶対零度を喰らった事があるマブコンビも、ガクブルと生まれたての小鹿のように震えながら部屋の隅に縮こまっていた。