いびつの結晶化



船長、トラファルガー・ローとの付き合いは長い。お互いの家族を失ってからはずっと一緒に生きてきた。今でも考えることがある。あの日が来なければ、あの病がなければ、白鉛など存在し無ければ、私たちは笑顔で暮らせていたのだろうか、と。しかしいくら考えたところで、忌々しき政府と王族の裏切りは消えようもない事実である。
あの日、偶然橋の下へ逃げてきたローと会えたことだけが、私にとっての幸運だった。いつ見つかって殺されるかも分からないあの時間は、私たちの心をすり減らすのには容易な事だった。わるい・・・大人に見つからないよう二人身を寄せ合って息を殺した夜を忘れはしない。そうして明け方、物言わぬ影に紛れて町から抜け出した。
憎しみと復讐に燃える人間の横にいると、急に頭が冷えて冷静になってくる。死ぬまでに全て壊したいと言うローを止めることは出来なくても、傍に居なくてはと思い至るのは容易だった。彼について行くことで精一杯だった私は、ドフラミンゴファミリーに転がり込んだことで、この先更なる数奇な運命が待っている事なんて思いもしなかったのだ。






「ナマエ」

名前を呼ばれ、元々浅い眠りだったのですぐに意識が浮上する。最近は殆ど部屋から出られていない。昼間ローが行動する分、夜に不寝番を兼ねて研究室を出歩いているせいだった。

「すぐ用意をしろ」
「何かあったの?」
「海軍が入って来やがった」

パンクハザードに滞在し始めてから数ヶ月、表立った侵入者の話は聞いたことがなかった。そもそも研究室の周りは氷河で、簡単には入ることが出来ない。闇雲に壊したところで通り道があるとは分からないし、何より海軍はパンクハザードには近付かないはすだ。それをあえて乗り込んできたとなれば、無人島と思われているこの島に何かしら異変を察知したに違いない。直ぐにベッドから身体を起こしてサイドボードに置いていた武器ホルダーを手に取った。

「一体誰が……?」
「白猟屋だ。下っ端連中ならまだしも、あいつはそう簡単には騙されてくれねェだろうな」

追い返す役を買ったというローは、これから下に行って白猟屋スモーカーに会うらしい。かの将校と対峙したことは無いが、海軍の中でも相当な曲者だと言うことは知っていた。派手にやり合うような事にならなければ良いのだが、恐らく不可能だろうなとぼんやり考えつつ、椅子に掛けていたコートを羽織ってローの方へと向き直る。

「手筈通りに」
「任せて」

ローが先に部屋を出る。彼がスモーカーと戦闘になった際、すぐさま動けるようにしておかなくてはならない。どうも別の所では"ワノ国の侍"が入って来ていたようで、ローが数時間前に対処したと言っていた。どうも一筋縄では終わりそうにない気がする。
予感は当たるもので、研究所内が騒がしくなった。部屋から出て全身スーツに覆われた兵に事情を問えば、案の定ローとスモーカーがやり合っているらしい。また、別の侵入者を閉じ込めていたが脱走したらしく、その連中を追いかけるのに必死なようだった。思っていた通り、次から次へと問題が発生しており、今後の対応を考えて頭が痛くなる。予定では混乱に乗じてシーザーを捕らえるつもりであったが、一旦待った方が良いかもしれない。一先ず戦況を確認すべく、シーザーの居るであろう部屋に移動することにした。

「あ、おかえり」
「ちょうど良かった。お前も来い」

その道すがら、ちょうど正門から戻って来ていたローと出くわした。その手には能力でくり抜かれた心臓が乗せられており、状況からしてスモーカーの心臓と予想する。体格から考えて少し小ぶりに見えるが、追求はしない。
ローに連れ立って広間で聞かされた内容は予想を遥かに超えるもので、彼がため息を付くのも納得だった。まさか、あの麦わらの一味が来ているなんて誰が思うだろうか。少し前にシャボンディ諸島で復活の新聞記事を見たばかりだというのに、爆速で航路を進んでいるのでは無いかと思う速さだ。話の途中、シーザーに銃を突き付けられたりと軽いやり取りはあったものの、戦闘になった際は協力するという形でことは収まった。広間を出たローが宛てがわれている部屋とは別の方向に向かおうとするので、訳を聞けば裏口から外に出るという。

「裏に何かあったっけ」
「行けば分かる」

裏口に続く長い廊下を歩く中、頭を上げてローの表情を盗み見る。いつもなら煩わしそうに文句を言ってくるはずが、全く気にも止めていないようだ。聞いたところで大した返事がもらえるとも思っていないが、疑問を言葉にしてみる。

「何か考えごと?」
「.......いや、あとで話す」

裏口に辿り着くと、シーザーの部下たちが外に海軍がいると騒いでいた。私たちがやって来たことを不思議に思ったのか、近付いてきた。

「あれ?お二人ともどちらへ!?」
「.......知らねェよ」

言い終わるや否や、一瞬にして門番たちを両断した。

「どこへ行こうとおれの自由だ」

ローの能力によってバラバラにされた部下たちが雪の中に転がる。これでシーザーへの裏切りは決定的なものになった。数分前の"必要なら呼べ"という協力的な発言は何だったのだろう。ローに気付かれないよう、こっそりため息を吐いた。





吹雪く雪山の中を歩くこと数十分。出くわした麦わら帽子の船長に、ローは四皇を引きずり下ろす策があると言い放った。何やら施設で考えていたことはこの話だったらしい。いくつかのやり取りの後、麦わらの一味と同盟を組むことになった。

「あんたは文句の一つや二つないの?」

中身が航海士のナミとはいえ、背の高く大きな身体で詰め寄られると迫力がある。若干気圧されながらも、船長の決めたことだからと返す。私はこの同盟に異論はない。寧ろ大賛成だった。ローがこの先実行するであろうドフラミンゴを倒す作戦において、彼自身の生存は必須では無い。刺し違えてでも止めてみせると、そう思っている節がある。麦わらの一味を利用する形であれど、私は少しでも彼の生存率を広げておきたかった。なぜなら、死んで事を成すことがあの人の本意では無いと思うからだ。少なくとも、私はそう思っている。ほんのちょっとの短い期間ではあったけれども、あの人から受け取った愛情は、何ものにも代え難い宝物だ。だから、あの人が自分のために命を懸けてまで己がなそうとしていたことを実行するのはあまり良い顔はしないだろう。それこそ、苦虫を噛み潰したような表情なんかしたりして。それでも、決してそのことを否定したりはしないということろまで想像できる。だから、私はローの傍で生命を投げ出さないよう見張っているのだ。なんてそれっぽい理由を並べておいて、本当のところは、ローに死んで欲しくないという自分のエゴでしかないのだけれども。

「ナマエはおれの決定に不満を持つことはねェ」
「それはそれは.......ムカつく言い方ね」
「ま、まあ異論は無いのは事実だから」

そうこうしている内に一部の精神と身体を戻したり、船医のチョッパーをローの頭に乗せられたり色々あったものの、協力関係が正式に組まれることになった。

「おれたちは一足先に研究所に戻る」

ナミやチョッパーの希望により、施設に捕らわれていた子供たちに投与された薬を調べることとなった。
研究室からモネを連れ出してしばらくした頃、ローの様子がおかしくなる。

「..............!!」
「ロー!?」

突然膝を付き倒れ込むローに駆け寄る。胸を押さえ血を吐いていることから、誰かが彼の心臓を握っていることになる。しかし、あれはここに滞在する条件でシーザーに渡した物であり、彼は研究室で別れてからローの動向は知らないはずだ。警備の者を斬ったものの、それが彼の耳に届いているとも思えなかった。

「そこに.......居んのは誰だ!!」

ローが息も絶え絶えに叫ぶ。暗闇の奥から響くゆっくりとした足音、その人物から発された声に耳を疑った。

「おれだ」
「っ、どうして」
「何で、お前が.......ここにいる」

現れた人物は今ここにいるはずのない男、ヴェルゴだった。



 Index 


TOP