レッドはフシギダネとボクを海上に残し、攫われたポケモンたちを探しにサントアンヌ号に忍び込んでいった。残されたボクは、必死にカメカメの名前を呼び続ける。どこにいったの。どうしていってしまったの。ボクはここだよ。帰っておいで。
何度も何度も、繰り返す。けれどいつまで経っても聞こえてくるのは波の音ばかりで、カメカメのつるりと丸い水色の頭も、大好きな声も、そのどれもが見つからない。気を抜けば泣いてしまいそうな現状で、つるで優しく腕を撫でてくれるフシギダネだけが救いだった。
「カメカメ……っ」
どこへいってしまったの。ボクを置いて、どこに。帰ってほしい気持ちばかりが募って、けれどいつまでもカメカメが見つからない現状にいらいらするばかりだ。なんでなんでどうして。すべては答えの分からない疑問で、いくら考えても答えに辿りつくことできなくて、冷静になったはずの頭はぐるぐるとまた不安に支配され、焦燥感から唇を噛み締める。
「……?」
不意に、サントアンヌ号の上に人の姿が現れる。目を凝らして見れば、そこに立っているのはたぶん、レッドらしき人物ともうひとり。名前も知らない、けれどガタイの良い金髪の男の人だった。レッド、そう思うよりも先に、ばしゃんと大きな音を立ててなにかが海に沈められた。なにか──いや、なにかなどと呼んでいいものではない。たったいま、金髪の男の人の手によって沈められたのはレッドのニョロゾだったのだから。
「ニョロゾ!」
考えるよりも先に身体が動く。本来ならばニョロゾはみずタイプで、海の中でも問題なく動けるはずだが、沈みゆくニョロゾは一切の抵抗を見せなかった。それはつまり、あの子が何かしらの傷を負っているかもしれないということで。それはいけない。だってあの子は、レットがとてもとても大切にしているポケモンだ。
「っ……」
追いかけるように海に潜り、ニョロゾを探す。けれどその姿はどこにも見当たらなくて、お腹の底から不安な気持ちがせり上がってくる。どこ。どこにいるの。ぴくりとも動かないニョロゾが、もしもそのまま野生のポケモンと出会ってしまったら。取返しのつかないことになるに決まっている。そんなこと、あってはいけない。
「!?」
息が苦しくなって、それでもニョロゾは見つからなくて、一度海面に顔を出さなくては、と思ったのと同時だった。ボロボロになったレッドが沈んできたのだ。彼の瞳は固く閉ざされていて、そのままゆっくりと海底へと沈みこもうとしている。慌ててレッドに近寄り、腕を自身の肩に回そうとしたところで、ボクに限界が訪れた。がぼ、と口から息が漏れる。
「!」
ごぼごぼと息が出ていくばかりで、苦しくてどうしようもなくて、どうにかもがいていたボクの身体が不意に何かが抱え込んだ。それはボクが支えているレッドも同じように抱えると、一足飛びに海上へと飛び上る。
「キミは……!?」
「ニョロボン!?」
飛び上ったニョロゾ──どうやらニョロボンに進化したらしい──は、レッドとボクをそっと船上に下ろすと、鋭い視線で金髪の男の人を睨みつける。男性は突然現れたボクと、帰ってきたレッドとニョロボンを見て目を剥くも、次の瞬間にはしっかりと状況を把握し、隣に立つエレブーへと指示を出した。
「いけっ、エレブー!」
鋭い電撃がニョロボン目掛けて飛んでくる。しかし彼は腕を薙ぎ払うことでその電撃を軽く流して見せると、今度は腕に力を集中させ始めた。
「う……ま……まかせたぞ、エレブー、コイル」
辺りからわらわらとコイルが集まってくる。ニョロボンはやる気で満ち溢れているようだが、明らかに分が悪かった。ボクも参戦しようと、腰のモンスターボールに手をかける。
「うあっ!?」
でんきタイプに有利なポケモン──じめんタイプのサンサンを出そうとしたところで、鋭い痛みがボクの右手を襲った。見なくても分かる。目の前のコイルがボクの右手に向かって電撃を放ったのだ。直撃した右手からは肉の焼けるにおいがしていて、だらだらと夥しい量の血が流れている。
「悪いが、この船に乗り込んだやつはただで帰すわけにはいかねえんだよ!」
「グッ……」
金髪の男がニッと笑みを浮かべる。その笑みに合わせ、周囲のコイル全てが動き出した。
「ここで消えちまいな!」
「!!」
男の声を合図に、四方八方から電撃がボクに真っ直ぐ向かってくる。避けるのも、ポケモンを出すのも間に合わない。ニョロゾだって今は力を貯めている途中で、どうしようもない。万事休す。脳裏にその言葉が浮かんだ。
もうどうすることも出来なくなったボクは、固く目を瞑り、衝撃から身を守るために蹲る。けれど、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開け、顔を上げれば、目に飛び込んできたのは見慣れた茶色の甲羅──いや、見慣れたものよりも、やや大きな茶色の甲羅だった。浮かび上がっていたはずのコイルは軒並み地面に倒れ伏していて、船上にはずらりと見たことのないポケモンたちが金髪の男を取り囲むように揃っている。
「キミは──カメカメ……?」
茶色の甲羅がぴくりと動く。少しためらった様子のあと、そのポケモンはゆっくりとこちらに振り向いた。間違いなかった。目の前にいるのは、カメカメだ。宝石のように真っ赤な瞳は悲し気な色をしていて、ボクが怒っていると思っているのかもしれない。けれど、目の前に広がる光景を見ればわかる。
カメカメはボクとサントアンヌ号を眺めていたあのとき、何かしらの理由でポケモンたちがこの船に閉じ込められていることに気がついたのだ。それで居ても立っても居られなくなって、海に飛び込んでサントアンヌ号に忍び込んだのだろう。そんなカメカメを、誰が責められようか。ボクはゆるく首を振り、カメカメに気持ちを伝える。
「さあ、カメカメ。ニョロボンも準備が整ったみたいだ。……やれるね?」
カメカメが声を上げる。それに合わせて取り囲むポケモンたちも表情に怒りを滲ませた。
「一発キツイのをお見舞いしてあげて!──れいとうビーム!」
冷気を纏った光線がコイルに迫る。避けることも叶わず、たくさんのコイルたちは氷漬けになった。続けてニョロボンがエレブーを投げ飛ばし、金髪の男も巻き込んで一体と一人は船上からはじき出される。そしてそれを追うように、辺りを囲むポケモンたちが氷漬けのコイルたちにありったけの技を叩きこみ、彼らはどこかへと飛んで行った。
「やったあ!カメカメ、キミのおかげだよ!」
飛び上り、カメカメに抱き着く。すっかり頼もしい表情のカメカメにバッグから取り出したポケモン図鑑を向ければ、カメカメはゼニガメからカメールに進化したらしい。
「う、うぅ〜ん……」
カメカメがボクのもとに帰ってきてくれたこと、進化してとびきりかっこよくなったこと、そのことに興奮していると、今まで意識を失っていたらしいレッドが唸り声をあげた。慌てて駆け寄り、その肩を揺すれば、緩慢な動作で真っ赤な瞳が開く。
「よ、よかった……レッド、意識は大丈夫?気持ち悪さとかない?」
「パープル……?なんで……オレは……?」
「キミが海に落ちてきたとき、ボクも同じように海の中にいたんだ。それで、キミの頼もしい仲間に助けてもらったんだよ」
「オレの……仲間……?……!!」
レッドが跳ね起きる。何かを探すように辺りを見まわし、そしてニョロボンを目にとめるとぱっと表情を変えた。
「キミの頼もしい仲間の、ニョロボンだよ」
「ニョロボン!!」
それから数時間後、惜しくも犯人である金髪の男──マチスには逃げられてしまったが、捕まっていたポケモン全員がトレーナーのもとへと帰ることができた。嬉しそうに船から降りていくポケモンたちと、涙を浮かべて再会を喜ぶトレーナーたち。その光景にこれは体を張った甲斐があったなあと包帯が巻かれた右手を眺めながら考えていると、レッドが近寄ってきた。
「パープル、カメカメは見つかったんだよな?」
「うん。カメカメもレッドと同じように捕まったポケモンたちを助けようとしていたみたいなんだ」
「そうなのか!」
「そうだよ。一緒に探してくれて、ボクのことを気にかけてくれて、ありがとう」
「いや、それはいいんだけどさ……」
「うん?」
不意にレッドが言葉を濁す。どうかしたの、尋ねてみれば、どうも一つ問題が残っているらしい。もう一度問いかけてみようと口を開くと、同時に「おおーい」と誰かから声がかかった。レッドと二人で振り返れば、立派な白い髭を蓄えたおじいさんがコチラへと近寄ってくる。その人はレッドの知り合いなようで、「会長さん!」とレッドが声を上げた。
「おや、キミは?」
「あ、ボクはパープルで……」
「ムムム!キミはポケモントレーナーではないかな?」
「え?まあ、そうですけど……」
こんなやり取り、数日前にもした気がする。確かブルーと。けれどおじいさんは困惑した様子のボクを置いて、にこりと笑顔を浮かべるとボクをポケモンだいすきクラブ名誉会員に認定する!と宣言した。ポケモンだいすきクラブ?名誉会員?気になることは沢山あったが、おじいさんはレッドと会話を交わすと自分のポケモンを探し始めた。彼のポケモン──ケーシィというらしい──はしかし、どこにも姿が見当たらない。
「そ……それが……」
懸命にケーシィを探すおじいさんに、レッドが恐る恐る口を開く。聞けば、おじいさんのケーシィは捕まっている間に進化してしまったらしい。
「お、おじいさん!」
余程ショックだったのか、おじいさんは泡を吹きながら倒れてしまった。辺りからトレーナーの人たちが集まってくるが、ボクはケーシィから姿を変えたフーディンを見て唇を尖らせる。
「フーディンだってかわいいのにねえ」
「ウーン、会長はどうも小さいポケモンが好きみたいなんだよなあ」
「えー、ボクとは趣味があわないかも」
20180112
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