タマムシシティに到着すると、隣に立っていたはずのブルーは忽然と姿を消していた。まるで最初からいなかったかのように忽然と姿を消すから、彼女と交わした言葉はすべて夢だったんじゃないかと思ってしまう。けれど、ブルーの美しい笑顔も、驚いた顔も、全部現実だ。

「パープル!」

 この街には母さんがいる。見つかったら連れ戻されることが目に見えているから、長時間の滞在は好ましくないだろう。寄りたい場所がないわけではないけれど。家出を決行することを知らずに、ただいつものように微笑んでくれていたエリカちゃんのことを思い出す。ジムリーダーとしての仕事で忙しい、けれど時間が出来ればボクと遊んでくれたボクのお姉ちゃん。突然ボクがいなくなって驚いただろう。きっと、母さんはエリカちゃんに詰め寄っただろう。申し訳ないと思う。迷惑かけたことを謝りたいと思う。でも、もしものことを考えると、会うわけにはいかない。急いで聞き込みをして、素早く立ち去ろう。
 そう思ってすぐ、焦りを滲ませた声がボクを呼んだ。声の方に振り向けば、それは最早恒例とでも言っていいほど各地で再会を果たしているレッドが立っていた。彼はずんずんと大股で近づいてきたかと思うと、「ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」と声を上げた。ボクは突然のことに驚いて上手く返事を出来なかったのだが、レッドにはボクの方を思いやる余裕など一欠けらも残っていないのか「なあ!」と更に声を荒らげる。

「お、落ち着いてよレッド……。一体どうしたのさ?」
「これが落ち着いてられるかよ!」

 憤慨した様子のレッドをなんとか宥めながら話を聞き出したところ、どうやらレッドはインチキ道具を売りつけられたらしい。ポケモンの力を上げるプラスパワーなどという道具から始まり、果てにはわざマシンまで売りつけられ、被害総額は六千円。子どもにとっては勿論のこと、そして旅をするトレーナーにとっても六千円は財布への大打撃だ。

「ひどい話だろ!?」
「いや……うん……本当に……」

 本当にひどい話だ。詐欺なんて到底許される話ではないし、レッドが憤りを感じるのも当然のことではあるのだが。どこかで聞いたことのある手口だなと思う。インチキ道具を売りつけてくる女の子。結構です、と身を引こうとすると悲しげな表情で迫ってくるというそのインチキ商人。ああ、あんな真っ赤な偽物に騙される人って本当にいるんだなあ、とどうして世界から詐欺事件がなくならなのかわかった気がして、ボクは数日前の自分の判断の呑気さを少しだけ恨んだ。

「……いや、そうに決まってるよなあ……」
「?……あ!」
「え?」

 「もうだまされるもんか」と隣で憤っていたレッドが、ボクのいまいち鈍い反応に不思議そうな表情を浮かべていたかと思うと、突然声を上げた。そのままレッドはボクを置いて駆け出してしまい、慌ててボクも彼を追うため走り出す。

「ちょ、ちょっと、レッド!」
「あいつだ!あいつだよ、パープル!」
「あいつって……あー……」

 走る速度は一切落とさずに、けれど顔だけボクの方に振り返ったレッドは、目の前を指差す。言われるがままにレッドの前へと目を凝らせば、見知った長い茶色の髪が、真っ黒のワンピースが、焦ったように走っているのが見えた。ボクの中にはまあだろうな、という気持ちがストンと落ちてくる。
 レッドの話だけで既に分かっていたけれど、やはりレッドから六千円を毟り取ったインチキ商人とはブルーのことだったのだ。

「くっそー、逃がしてたまるか!」

 予想内というかなんというか、やけに逃げ足の速いブルーはボールを川に向かって投げたかと思うと、出てきたポケモンに素早く飛び乗ってそのまま更にスピードアップしていく。そこまでやるのか、という気持ちとまあブルーならやるだろうなあ、という気持ちがない交ぜになって口からため息が漏れる。けれど、やっぱり逃がすわけにはいかない。ボクも咄嗟に腰のベルトからひとつのボールを掴むと、川に向かって投げ、現れたカメカメの背に飛び乗った。

「パープル!?」
「悪いんだけど、今回は見逃してあげられないよ!」
「悪いけど、今回は掴まってあげないわよ!」

 ボクに向かって軽いウインクを飛ばし、得意げな顔で更にスピードを上げようとするブルー。けれど、そんな彼女の前に突如大きな壁──否、とびきり大きなポケモンが姿を現し、その進行を阻んだ。
 悲鳴を上げたブルーはぶつかった勢いのままポケモン──あれはカメカメと同じカメールだ──とともに陸地へと投げ飛ばされる。

「ブルー、怪我は……」
「やいやい!よくもダマしてくれたな!」

 体を痛そうにさすっているからぶつかった拍子にどこか怪我でもしたんじゃないかと思って陸地に戻り慌てて駆け寄ろうとするも、それよりも先に怒り心頭といった様子のレッドがブルーに詰め寄った。ブルーはさっと表情を変えると、しどろもどろに言い訳を始める。ボクは彼女に伸ばしかけた手を下ろして、やれやれとため息をつくと傍観に徹することにして、カメカメをボールに戻した。

「ご……ごめんなさい。わ……私ったらついその……、そ……そうそう、あなたにあやまりたかったの」

 ブルーはそう言って立ち上がると、がばりと目の前に立つレッドに飛びついた。

「会いたかったわ!」

 驚いて絶句するレッドを他所に、ブルーは後から気がついたのだけれどさっきの道具は不良品だったのだ、と言葉を重ねる。しかし、レッドからは見えないだろうがボクからは彼女の表情が見えているわけで。全く悪びれていないし、今までの彼女の行動を見るに不良品だったなんて真っ赤な嘘だろう。
 ボクのそんな感情が表情に出ていたのか、ボクと視線が合ったブルーは人差し指を立てて黙っているように、というジェスチャーをすると、レッドから体を離し、嘘の涙を浮かべた顔でレッドと向き合った。

「会えてよかったわ!」
「……あ、う、うん。そうだったのか」
「そうなのよ……。本当に、」

 ブルーはそこで言葉を切ったかと思うと、突然レッドの身体を突き飛ばした。

「本当〜にゴメンなさい!」
「!?」
「ちょ、!?」

 突き飛ばされたレッドがたたらを踏む。ブルーはその隙を逃さず「スキあり!」と即座に隣に並ぶカメールにあわ攻撃を指示したが、それよりも先にレッドの姿が消えた。──いや、消えたのではない。先程出現した大きなポケモンの肩に咄嗟に飛び乗ったのだ。

「そーくると思ったよ。トレーナーバッジを2つも持ってるオレに、ポケモンバトルをしかけようなんて……、ちょっと身の程知らずだぜ」

 レッドのポケモンが腕を振り上げる。回避しようとブルーが走り出すが、しかし彼女が逃げ切るよりも先にレッドのポケモンの攻撃態勢が整ってしまった。「メガトンパンチ!!」の掛け声とともに、ポケモンの右腕が地面を砕く。再び悲鳴を上げてブルーがカメールとともに落下していくが、ボクは咄嗟にディディをボールから出した。

「ディディ、お願い!」

 素早くボールから出てきたディディが、ブルーの服の裾を噛んで彼女が落下するのを防ぐ。そしてボクはブルーの腰から空のボールを取ると、未だ落下していくカメールに向かって翳し、カメールをそのボールに収めた。

「はあ……よかった」
「わ、悪い、パープル。ありがとな」
「別にいいけど……ちょっと危なかったとは思うよ」

 意識を失い、全身の力が抜けたブルーを近くの木の下まで移動させる。ディディにはお礼を言い、ボールの中に戻ってもらった。レッドはその間にブルーの財布から六千円を取り戻すと、ついでというようにブルーのカメールに図鑑を向けた。

「!!ゼ……ゼニガメの進化系……?」
「ボクのカメカメも、いまカメールだよ」
「え?あ、いや、そうなのか?」
「うん。クチバシティで進化したんだ。レッドはあのとき気絶してたからね」

 どこか慌てた様子を見せるレッド。けれど彼は事情を話すつもりはないのか、ぶんぶん首を振ると、「オレはもう行くけど、どうする?」と尋ねてきた。確かにボクももう聞き込みに回らなくてはいけないけれど、けれど気絶しているブルーをここで一人にするわけにはいかない。

「ボクは彼女が目覚めるまでここにいることにするよ」
「そっか。……じゃあ、もう悪いことすんだよ。パープル、じゃあな」

 右手を振り、レッドが去っていく。ボクはブルーのすぐ横に座り込み、バッグからタウンマップを取り出して今後の方針でも決めることにする。そのまま数分そう過ごしていると、突然右腕が掴まれた。

「!?」
「ハーイ、パープル。ご機嫌如何?」

 腕を掴んだのは勿論ブルーで、彼女はいっそ不気味なほど美しい笑みを浮かべながら「アタシのこと、手伝ってくれるわよね?」とボクに告げたのだった。

20180203
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