ロケット団から一時逃れ、草むらに身を潜めながらブルーから話を聞くと、ミュウというのは彼女の憧れのポケモンらしく、どうやらブルーとロケット団はそのポケモンを追っているらしい。さきほどブルーのメタモンのメタちゃんに変身して見せてもらったその姿は愛くるしく、けれどどこか不思議な雰囲気を感じるポケモンだった。
そしてボクらはレッドの案内で再びロケット団のアジト近くにやってくると、ミュウへと姿を変えたメタちゃんは飛び上り、ブルーはメタちゃんにロケット団を騙してくるように、と指示を出した。
「オ……オイ、どうするつもりなんだよ!」とレッドが非難の声を上げたが、ボクは込み上げてくる呆れとため息を抑えることが出来ず、はあという大きなため息とともに、ブルーをじとりと睨め付けた。
「キミさあ……」
「アラ、パープルは気がついているみたいね」
「……この近くにいるっていう確信はあるの?」
「勿論!」
「なあ、パープルは気がついてるって……どういうことだよ!」
「だから……あたしが本物のミュウちゃんを追っかける間、ロケット団のみなさんと遊んでもらうのよ!」
その言葉を言い終わるや否や、ゲームセンターの中から大量のロケット団員が姿を現した。全員鼻息荒くぴょんぴょんと逃げ回るミュウに変身したメタちゃんを必死に追い回している。しかし、メタちゃんがしているのは結局のところただの変身なわけで、撹乱作戦も長くは持たない。本当はもうタマムシシティから出たいのだけれどこうなったら自棄だ、とこれからどうするのかブルーに尋ねると、ブルーは先ほど取られたディスクとは別のディスク──どうやら取られたのは偽物だったらしい──を懐から取り出すと、それをゴーグルのような不思議な機械にセットした。
「それは?」
「アタシが作ったミュウ発見用のスコープよ」
詳しくは分からないけれど、そのスコープにミュウの姿を記録したディスクをセットすると、ミュウの居場所を感知することが出来るらしい。ブルーはそれを手早く自身につけると、辺りを見まわして東南の方向に反応があると言った。正直なところ、ボクはまったく機械類に詳しくないし、彼女自作のものがどれほどの性能のものかも検討がつかないが、自信満々なその態度に釣られ、やはり自棄になって彼女に着いて行くことにした。
「このあたりのはずなんだけど……」
レッドとともにブルーの後ろをついて歩く。彼女曰くこの辺りらしいのだが、ミュウの姿は影も形も見当たらない。やがて探すことのやめたレッドがその場に座り込むと、ブルーにどうしてそこまでしてミュウを探すのか?と疑問を口にした。どうやらレッドは忍び込んだロケット団のアジトで、ロケット団がミュウを使って凶悪なポケモンを作り出すところを目にしたらしい。
「ポケモンを使って……ポケモンを生み出す?」
「ああ……」
「そんな……そんな酷いことが……」
俄かには信じがたいが、他ならないレッドが言うのだ。嘘な筈がない。それでも、ポケモンを使ってポケモンを生み出すなんて──そんなこと、許されていい筈がない。だからこそ、レッドは何故ブルーがミュウというポケモンに執拗に拘るのかという疑問を抱いたのだろう。ボクは、彼女がそのように酷いことをするような人間ではないと勝手に思い込んでいるが、レッドはブルーのことをまだ深く知らないはずだ。知りたいのだろう、彼女の思惑が。ブルーはレッドの言葉に「ふうん」と気のない返事をすると、お金のためである、と軽く返した。
「え」
「ええ〜っ!お、お金〜!?」
いくら何でも、お金のためとは。確かに新たな命を創造することよりかはマシだが、しかし彼女がミュウを捕獲しようとしているその理由もまた犯罪ではないだろうか?予想していなかった答えに呆気にとられたけれど、彼女はそんなボクらに不服そうな視線を向けると、ミュウとは現在見つかっているポケモンの中で、ほかのどれとも違う幻のポケモンの事を言うらしい。だからこそ、世界中のブリーダーが欲しがっているらしく、上手く捕まえると高く売れるだろうとも言葉を重ねた。
「まったく。あきれるよ!やつらは最凶のバイオ兵器を作ろうとしてるってのに、キミはペット用に売ろうだなんて」
「え……?今のってそういう反応が正しいの?」
「え?」
「い、いや……ううん……ボクが世間知らずなのかな……?」
売るって、いや、それもどうかとボクは思うのだけれど。でも、交換ではなく売る、というその行為がトレーナーやブリーダーにとってどういう位置づけであるのかというのは難しいのだろうか。ボクとレッドで反応が違うのもそういうことなのかもしれない。そういうことだと思っておきたい。
「!」
「ブルー?」
ボクらとの会話を早々に切り上げ、再びミュウを捜索していたブルーが不意に言葉を上げた。同時に辺りに凄まじい風が起こり始めたのだが、ブルーがこれはただの風ではなく”サイコキネシス”によって起こされた空気の乱れであると即座に断じた。
「あそこ!!」
ブルーが叫ぶ。彼女の指差した先へと目を凝らせば、そこには先程メタちゃんが変身によって変わった姿──本物のミュウが飛んでいた。
「こ、こいつが本物のミュウ……」
「なに、ボーッとしてるの!はやく捕まえなきゃ!」
「よし!」
「お、お願い!」
ミュウを売り飛ばすことだって立派な犯罪だとボクは思うが、だからといってこのままロケット団にミュウを引き渡すつもりもサラサラない。この場から逃がすか、捕まえて一時的にも保護するかしかないだろう──その考えの元、サンサンをボールから出す。しかしミュウの移動速度は早く、とてもではないがこのままでは捕まえるどころか姿を捉えることも出来そうにない。
「スピードのはやいやつを捕まえるなら、オレのフッシーのツルがもってこいだ!だけど……、位置がわからねえ!」
「そういうことだったら……サンサン、”いわなだれ”!」
「わかったわ!カメちゃん、”ハイドロポンプ”よ!」
カメちゃんによって辺りから水柱が吹きあがり、サンサンによって空から大量の岩が降ってくる。そうしてふたつの障害物によってミュウは移動速度こそ早いものの移動できる範囲を狭められ、漸くボクらでもその姿をしっかりと捉えられるようになった。
その隙を逃さず、レッドのフッシーが背の花から素早くつるのムチを繰り出し、ミュウの身体を縛り上げる。
「!二人とも、危ない!」
しかし、その瞬間どっと嫌な予感が全身を襲ったのと同時に、どこからかサンサンが落としたものよりも数倍大きな岩が降ってきた。ボクの声でミュウから意識を離したブルーとレッドは素早く後退し間一髪岩を避けたが、そのすぐあとに怒声が響く。
「きさまらあ……!よくもダマしてくれたなあ!!」
「あっちゃあ!バ……バレた!」
崖上に陣取ったロケット団たち。その一番前に立った人物が、ぞんざいな扱いでメタちゃんをこちらへと投げる。慌てて駆け出し、両腕でしっかりメタちゃんを受け止めると、それと同時にロケット団は自身のポケモン──ルージュラというらしい──に”サイケこうせん”を指示した。ミュウを捕獲しているためその場から動くことのできないフッシーにその攻撃は直撃し、フッシーとミュウが苦悶の声を上げる。
「やーん、ミュ……ミュウが逃げちゃう」
「サンサン、ルージュラに向かって”とっしん”!」
「そうはさせるか!サワムラー、”メガトンキック”!」
「サンサン!」
ボクの指示のもと、サンサンがルージュラへ向かって一直線に走り出す。しかし、その進行は割って入ってきたサワムラーによって阻まれてしまった。強い力によって押し返されたことによりサンサンの小さな体が宙を舞い、どさりと地面に落ちる。慌てて駆け寄ってその身体を抱き起せば、力ない声でサンサンが鳴いた。
「っ……ゴメンよ、サンサン……ゆっくりおやすみ」
「くそ!ここは……オレがくいとめる!二人はミュウをもって逃げろ!」
「え……?」
「な、なに言ってるのさレッド!」
不意に、レッドが声を上げた。両腕を限界まで開き、ボクとブルーを守るようにロケット団へと立ちはだかる。
「やつらに……やつらにミュウを渡しちまったら……」
相手のルージュラは立ちはだかるレッドを気にも留めず、技の威力を上げる。レッドは苦し気に呻きながらも、再びミュウを連れて逃げるように叫んだ。
「ミュウを渡しちまったら、恐ろしい怪物の材料にされちまう!はやく!」
「っ、ボクも残る!キミは逃げて!」
慌てて立ち上がり、ボクもレッドの横に立ち並んだ。瞬間、全身を凄まじい痛みが襲う。ブルーはやや躊躇したあと、覚悟を決めたようにミュウへと走り出すが、それよりも先に”サイコウェーブ”が放たれた。
頭が馬鹿みたいに痛み、苦悶の声を上げる。それと同時に、ミュウを繋ぎ止めていたフッシーのムチがぶちりと途切れた。ミュウの身体が宙を舞い、地面へと向かう。
「う……ぐ……リュリュ……!」
「くっ、間に合ってくれニョロ!」
ほぼ同じタイミングで、二つのボールが宙へと放たれる。中からは見慣れたリュリュとニョロが姿を現し、リュリュはミュウへと下半身を伸ばし、ニョロはその拳をミュウを狙うルージュラの手の平とぶつけ合わせたが、瞬間”ふぶき”が二体を襲う。
「ああ……!」
「リュリュ!」
一秒もたたず二体の全身が凍り付いた。その間にもミュウは落下していくが、偶然にもムチがとれたことによって自由になり、その身体が眩く輝きだす。
「いかん!ルージュラ、はやく捕……」
「!?」
視界が白で覆われる。あれだけ騒がしかった筈なのに音すらも聞こえなくなり、やがて光がおさまると、ロケット団の団員とポケモンたちが無言でその場に崩れ落ちる。
「な、なにが……?」
リュリュは未だに氷漬けだし、ブルーとレッドが他のポケモンを出したような様子はない。それならば、先ほど発光したミュウが、ロケット団たちを倒したのか。状況からそうとしか考えられず、呆然とした思いでこちらをじっと見つめるミュウへと視線を向けると、ミュウはボクたちの視線を受け止め、やがて現れたときと同じく凄まじい風とこの場を去っていった。
ブルーがずるずるとその場に座り込む。ミュウを捕まえることが出来ずショックを受けているとでも思ったらしいレッドが彼女へと声をかけるが、信じられないことに彼女は笑い声をあげたのだ。
「うう……ウププププ」
「?」
「はあ……」
「撮影大成功!」そう喜びの声を上げ、ブルーがビデオとともに美しい笑顔をこちらへ向ける。やっぱり、ただでは転ばないということか。そんな呆れた気持ちが込み上げてくるが、逆にブルーらしいというか、なんというか。レッドはまだブルーの調子になれていないらしく、自分たちが必死に戦っていたのに……!と怒りを露わにするが、ブルーはカメちゃんを戻し、プリンをボールから出すと再び膨らんだプリンの足に掴まり飛び上ってしまった。
「くそーっ、勝手にしろやい!」
「ほんと、とんだお騒がせ女だなあ……」
「ん?」
「……え?」
ふと、上着のポケットに手を突っ込んだレッドが声を上げた。なにかがポケットの中に入っていたらしく、レッドはそれを握りしめたまま手を出すと、開いた手のひらの上に一枚のメモと二つのジムバッジが乗っている。
「え、レッドバッジ取られてたの!?」
「ま、まあな……」
「ええ……まあなってキミさ……」
通りでロケット団に忍び込んでまでブルーと接触を図るわけだ。しかしレッドは無事帰ってきたからか、もうあまり気にしていないらしく、そのメモに書かれた名前を読み上げる。
「ブルーか……」
「二人ともー、じゃーね!良ければまた会いましょう!」
「今度は普通に話しかけてよね!」
終わり良ければ総て良し、ではないけれど。本人が納得しているならばボクが口を挟むことでもないか、と思いボクはブルーへと向かって大声で叫んだのだった。
20180208
2020105//修正